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勇者と俺と異世界と  作者: 伊藤元竜斎
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第1章 闇の勇者 1話 始まり

ーー気がつくと彼の目の前には異様な光景が広がっていた。


キーンコーンカーンコーン・・・


鐘の音が響き渡る。


耳に馴染むいつもの鐘の音とは違う、不思議と安堵を覚える音が耳朶を打つと、前に立つ老齢と言っても差し支えないであろう男性がこちらを見下ろしながら言う。


「それでは、次は中世ヨーロッパですね。今日の授業内容は次の試験に出るので覚えておくように」


その男はそう言って部屋を出て行く。思わず彼が老齢の男を目で追うと、


なんだアレは?


扉が横に滑った?


それに、男が話す言葉は何なんだ?


聞いたこともない言語だ。それなのに、何故か理解出来る。これは、まさか・・・。


再び彼が前を向いてみると、男が立っていた背後には大きな黒い板が壁一面に貼られている。


「ねえ」


まさか。


「ねえ」


まさか、まさか。


「もしも〜し」


まさか、まさか、まさか!


「聞こえてる?」


そこで彼は女性の声が自分に話しかけているのではと、遅まきながら気付いて声の方に振り向いた。


「すみません。少し考え事をしておりました。何か御用でしょうか、マドモアゼル」


・・・・・・。


瞬間、部屋全体が氷付いたように静寂に包まれた。


何だ? 何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?


「あははっ!」


「嘘っ!」


「お前マジかっ!」


「うっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」


笑いの旋風が部屋を満たす。


女性は、いや少女といった年齢の整った顔の、愛らしいと表現するのに些かも躊躇いのなく断言できる少女は、大きく優しげな瞳に溜めた涙を指先で拭いながら彼を見つめて言う。


「あの、昨日休んでたでしょ? 転校初日がお休みで、登校したと思ったら最後の授業にいつのまにか出てきてるし、その、いつ来たのかとか、名前はとか、色々気になることがあったんだけど、何だか今の面白かったから。 ごめんね笑っちゃって」


部屋全体の視線が彼を見つめ、彼の次の言動を待ち構えているのが手に取るように分かる。彼はそんな視線に僅かながら躊躇いを覚えつつ、


「世界は平和だろうか?」


爆笑が部屋を満たす。




嘲笑でも、哄笑でもない、笑いの渦が過ぎてから少しして部屋は落ち着きを取り戻した。部屋にいた男女たちは彼に興味を覚えつつも何か用事があるのか、各々荷物を持って談笑しながら部屋を出て行く。


「改めまして初めまして。私はこのクラスの委員長の真白翼です。あなたは?」


少々は愛らしい瞳を彼に向けて自己紹介を始め出す。


「僕の名前ですか?」


「そう、あなたのお名前」


「僕の名は、フェニックス」


「は?」


「フェニックス・ダイヤフェザーです。以後お見知り置きを、マドモアゼル」


・・・・・・。


既視感。


またも笑いの渦が部屋中を包み込んだ。





気がつくと彼の目の前に執事が立っていた。


もう本当に紛うことなき執事である老紳士然とした男は、黒い燕尾服を優雅に着こなしている。


誰?


彼、山神幻夜やまがみげんやがそう思ってしまうのも無理からぬことであった。


確か俺は修学旅行の途中のはず。


手元に目をやる。何の変哲も無い木刀を握っている。修学旅行先の奈良の土産物屋で買った一本千円の代物。別にこの木刀に特別惹かれた訳ではなく、ただ何となく購入してしまった木刀だ。


一人で観光地を回っていて冷やかしに入った土産物屋で、一時間あまりも時間を潰させてもらった礼も兼ねているが、それだけの代物。別に伝説の武器とかでは決して無い。


その筈なのだが・・・。


老紳士は幻夜の前で片膝を着き瞑目し、あまつさえ涙を流し始めた。


「お待ち申し上げておりました」


老紳士は閉じた瞳をしっかと開き幻夜を見やる。次いで、厳しくも真摯な眼が幻夜の持つ木刀に注がれる。


「伝承の通りで御座いますな」


微笑を浮かべながら一人納得顔で頷いている老紳士を他所に、幻夜は自分のこれまでの行動におかしな所が無かったか脳内での確認作業に入る。


別に現実逃避とかでは無い。


本当に。


俺は昨日の夜から修学旅行に来ていた。


旅行先は奈良。


いつもの如く、一匹狼な俺は孤独という名の友と共に旅行先を回っていた。


宿泊先の部屋は担任の先生と一緒だ。


完全に嫌がらせだよね?


そもそも、俺が休んでいるときに部屋割りやグループ分けをするっていうのもどうなのよ!


そして、それを止めない先生アンタは鬼か!


しかし、幻夜は誰も責めるつもりは無いのだった。


いつものことだ。


自分にそう言い聞かせると、脳内確認作業を再開する。


一日目は大仏見たり、寺を見て回ったりして宿に帰って寝た。


オーケー、ここまでは普通だ。


全然面白さの欠片も見出せないが、まあ、良しとしよう。


高校生にとって修学旅行とは特別な超重大イベントで、あまつさえ気になるあの子と嬉し恥ずかしなイベントがあったり無かったりという、甘酸っぱかったりほろ苦かったりな経験を経て大人への階段を駆け上がる、謂わば高校生活どころか人生の中でも重大なイベントではなかろうかとは思うのだが、良しとしよう。


たしか、グループ行動の時間になって愉しげに会話をしながら顔を輝かせている同級生たちを見ていると、居たたまれなくなって一人で土産物屋を回ることにしたんだよな。


それから・・・


『助けて』


そう。


何処からか女性の声が聞こえてきたんだ。


周りを見渡してみると、そこは奈良の古き良き街並みがあるだけだった。


俺と同じように修学旅行生だと見られる奴らも何人か見えたが、その中に女の子は居なかった。気の所為だと思って土産物屋で時間を潰していたけど、なんだか冷やかすだけじゃ悪いような気がして意味もなく木刀を買ってしまって、それから・・・


『お願いっ! 助けてっ!』


木刀を買い店を出た瞬間、周りが霧に包まれて驚いたのを覚えている。


だけど、そこまでだ。それから先は全く何も分からない。霧で前が見えなくて立ち往生していると、今度は暗闇が俺を飲み込んだ。


『お願いっ!助けて!あの子を・・・助けてっ』


そんな声が俺の耳に届いたかと思うと、あら不思議。目の前には素敵な老紳士がいるじゃありませんか!


改めて思い返してみても、自分の置かれた状況が把握出来ない!


「五百年」


老紳士は強い決意を感じさせる瞳を幻夜へと向け言う。


「五百年この時を待っておりました。そして、今その時がやって参りました。私の宿願がようやく手の届くところまでやって来たのです! 我が魂、我が知恵はこの身が滅ぶその時まで貴方様と共にある事をここに誓いましょうぞ!」


饒舌に言い切った老紳士。


あれ、なんか誓われちゃいました?





少女、真白翼さんは本当に楽しそうに笑う。


その愛らしい笑いにつられるように、黒く、艶やかな腰まで届く髪が、楽しげに揺れる様を見てフェニックス・フェザーは思う


あぁ。 こんなに楽しそうに笑う人を見るのは久しい。この国は、平和なんだろう。


「君って面白いね〜」


「そうだろうか? 皆にはお固いだとか真面目すぎると言われていたのだが」


「お友達に?」


翼の言葉にフェニックスは少し考えるように間を置き、


「・・・友か。そうだな、彼らは私の掛け替えのない友だった」


懐かしい。辛く苦しい戦いの連続だったが、彼らと共に過ごした時間は私にとって本当に大切な宝物なのだと今なら分かる。何故あの時にもっと・・・。


私は彼らを・・・・・・


「ごめんね、聞いちゃダメなことだったかな?」


「いや」


「ねえ、フェニックス君って、あ、フェニックス君って呼んでもいいかな?」


「ああ」


「フェニックス君って、どこの国の人なの? 見た目はアジア系というか日本人にしか見えないけど違う国の人? 帰国子女とかそういうこと?」


キコクシジョ?


「よく分からないが、君の言う通り僕はこの国の人々とは違う国で生まれ育ったよ」


フェニックスは自らの故郷、愛しき地ダイヤフェザーに想いを馳せる。


「そうだ、この国に何か連絡手段はないかな?」


問うと、翼はスカートのポケットに手を入れ何かを取り出した。掌に収まる大きさの薄いソレを、フェニックスが好奇な瞳で注視していると、


「珍しいかな? スマホ」


すまほ?






「申し訳ございません。あまりの喜びに名を名乗るのを失念致しておりました。私の名はアレクサンドル・ダイヤフェザーと申します。貴方様のお名前を御拝聴させて頂く名誉を私に下さいませんでしょうか」


何が何だかわからない間に事が進んでいく様子に、幻夜は大いに戸惑いながらも律儀に答えを返す。


「俺の名前は・・・」


炎弾丸ファイア・ブレッド


突如、幻夜の身体に痛みが疾る。それは段々と激しさを増していく。


痛みの部位に視線を下げると、そこには大きな穴が穿たれていた。へそがあったであろう箇所を中心にバスケットボール大の綺麗な円が幻夜の身体に出現している。


肉の焼け焦げた臭いに、




腹、減ったなぁ〜。



そんな余裕さえ感じる呑気さでいたのだが、次いで痛みが無慈悲にも全身を支配する。


「あっ、がっ、息が・・・」


呼吸が出来ず、視界がぼやけ、身体は音を立てて地面に倒れ伏す。


「お初にお目にかかる勇者様んっ! 俺様はエボニー! 勇者エボニー! 勇者は俺一人で充分だっつうーのっ! 取り敢えず、死んでてくれる? お願いだよね〜ん!」


ぼやける視界にもはっきりと認識できる真紅の外套をはためかせ、狂ったような笑みを浮かべる男。


特徴的な狐目を冷酷に吊り上げ、身体を反らして幻夜を嘲笑する男は、銀髪を振り乱しながら続けて言う。


「勇者は何をしても許される! 金も、権力も、女も! 全ては勇者の物っ! こんな良い思いを他の誰にも譲るつもりはねぇ〜よなぁ〜ん! 例え勇者の印を持っていようがいまいが関係ねぇ〜ん! この世で勇者は俺一人だ! ただの一人の例外なく勇者を殺し尽くして俺が世界を救い、俺が世界の王となる! その為の邪魔は誰であろうと潰すのが当然だよなぁ〜ん? 焼いて、焼いて、焼きまくってやるのがこの俺様、炎の勇者エボニー・ミナージュ! っておい、聞いてるか? 聞いてないか? 死んだ? 死んでくれた? 何に愛された勇者か知らないが、まあ、お前を勇者に選んだこのクソ世界を恨んでくれやっ! 俺はお前の分まで世界を蹂躙(救う)からよ〜!」


「・・・愚かな」


老紳士アレクサンドルの呟きを最後に、幻夜の意識はそこで途絶えてしまう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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