おじさんと私
私は人見知りをしない子供だった。両親が経営するホステルのロビーで暇そうにしている大人を見つけては、何か面白い話をしてくれないかとお願いをすることが、言葉を覚え始めてから初等教育を受けるまでの数年の日課だった。大抵は困惑を眼差しだけに留めて無言の微笑みを返しながら、どこへ行くにも私より回転数が少なく済むだろう足を素早く動かして立ち去った。
カプチーノの泡を底から見上げたような雲が広がっていて、遠くの方では青色が続いていた。カップの外が散策日和だと容易に判断できた。
周辺の観光スポットが記されたパンフレットを手慰みにしているおじさんに声をかける頃には、この人も例に漏れずしがない旅人なのだろうと、置いていかれる準備をしてから決まり文句を口にしたのだった。
おじさんといっても年上の男性への一般的な呼称であって血の繋がりは無かった。ホステルの連泊さんは私に自己紹介をしなかったし私も特に彼の名前を欲していなかったので、貴方と呼び止めるより幾らかは愛嬌があるだろうと選択した要約であった。
何か面白い話を知らないかと突然湧いて出て尋ねた私におじさんは驚きはしたものの、憐憫の眼差しを送ることも冷笑を返すことも遠ざかることもしなかった。それ以降、私はおじさんをあざとく見つけては新しいお話をせがんで、時間が許す限り需要と供給を繰り返した。
『昔々あるところに』
おじさんが話し始める時のそれは、使い古されたことによって意味が削り取られた台詞のような開演の為のブザーのようで、或いは自分から遠く離れた出来事だと言い聞かせる呪文のようだった。毎回続く物語の内容は違うのに、いつでも同じ時間と場所と人へ向けられたものなんだろうと想像してしまうくらいに、鮮明な響きをしていた。私は羨ましく思った。
おじさんは話し始めと終わりに、持ち合わせているのは全てノンフィクションだと頑なに強調して、私は本物か偽物かひたすらに知る術を持たなかった。ただし、おじさんがチェックアウトの順番待ちをしているときに聞かせてくれた物語については、なんだか詳細に作り込まれていて、他にも増してわざとらしく紡がれたように思った。私は手のひらに運命線が刻まれていなかったので、そういった類の指摘はせず、目を閉じて想像することに徹した。子供の私にはそちらの方が重要なことであった。
私が会社員と分類されるようになって、オフィスの近くの公園でタマゴサンドを頬張りながら、あの嘘くさい物語を思い出すとき、多分と仮定してからきっとと切望し絶対と同調する。おじさんは誰かに何かを吐露してしまいたかったのではないだろうか。出来ることなら今の私のように耳を遠くする方法を知っていて、ぼんやりとした切れ間に相槌を打ってくれるような人が理想的な相手であっただろう。しかし、旅をしてもついに出会えなかった。
だからこそ、聴覚が発達しきらないほど幼かった私に、昔話という形でうっかり底意を浮上させてしまったのではないだろうか。
「昔々あるところに、といっても僕も旅の途中で出会った友人から聞いた話で、そいつは言及する必要性を感じていないみたいだったから、どれくらい昔でどんな所だったのかぼんやりとしか分からないのだけどね。」
おじさんは言い訳から始めて、少しの間黙り込んで、授業中に挙手をしようかしまいか迷っている少年のような顔をして続けた。
「もしもお嬢ちゃんが誰かにこの話を聞かせる機会が訪れたなら好きなように仮定すると良いよ。」
おじさんが意識的に長い瞬きを一度したので、私はそれを真似た。
突然に窓ガラスを叩く軽い音によって雨の降り始めが知らされた。しがない旅人は二の足を踏み、おじさんは水滴の行方を眺め、私はそんな大人達を見やりながら、みんな此処に止まれば良いのにと祈った。




