第4章 「出頭要請」
元化25年5月某日
この日も私はいつものように、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に登庁して、当直勤務をしていたの。
もっとも、毎日事件が起きる訳でもないので、在籍校である堺県立御子柴高等学校からリアルタイムで配信されてくる授業の動画を視聴したり、戦闘訓練をしたりと、至って平和な時を過ごしていたんだ。
そのまま何事も起きずに時は経ち、学校では5時限目の授業が始まろうとする頃、私達4人は支局の休憩室にたむろしていたんだ。
「A組とB組の次の授業は音楽だから、私達にはどうしようもないね。」
私は青い左サイドテールを弄びながら、生徒手帳の時間割ページを広げて他の3人に示した。
「実技授業は遊撃士と機動隊だけでまとめてやるしかないからね、お京。そういえば、私たち向けの合唱課題曲は何だっけ?」
黒髪を右サイドテールにしたクールな少女が、時間割を覗き込んで呟いた。
この子は和歌浦マリナちゃん。私と同じ御子柴高等学校の1年B組だ。
私とマリナちゃんとは、小5の3学期に編入した特命遊撃士養成コースからの付き合いになるね。
「あっ、ええ…確か、『防人の本領』だったと思いますよ、マリナさん…」
癖の無い茶髪を腰まで伸ばした、内気で気弱な御嬢様風の少女が、マリナちゃんの質問に礼儀正しく応じる。
この子は生駒英里奈ちゃん。
英里奈ちゃんは生駒家宗という戦国武将の末裔なんだけど、御両親の厳格な教育方針が災いして、内気で気弱な性格に育ってしまったの。
それでも、特命遊撃士になって友達も増えたし、色々な作戦に参加して修羅場を何度も潜ったから、以前よりは精神的にタフになったと思うんだ。
ちなみに、この「防人の本領」という曲は人類防衛機構極東支部の隊歌の1つで、私も大好きな曲なんだ。人類防衛機構所属メンバーを対象にした合同授業だから、音楽の先生も私達に合わせた選曲をしてくれたんだね。
「じゃあ、マリナちゃんは低音パートだね。」
黒髪をサイドテールにした少女が、無邪気そうにマリナちゃんに話し掛ける。
この子は吹田千里ちゃん。
英里奈ちゃんと同じ1年A組で、英里奈ちゃんとはとっても仲良し。
ただでさえ童顔で幼児体型の傾向があるのに、その上で髪型をツインテールにしているものだから、余計に幼く見えるんだよね。
見た目に違わず、明るく無邪気な性格の子だよ。
英里奈ちゃんと千里ちゃん。そしてマリナちゃん。
ここに私が加わると、仲良し4人グループが出来上がるんだ。
気弱で少し頼りない英里奈ちゃんと、無邪気で子供っぽい千里ちゃんは、私達のグループでは妹的なポジションにいて、クールでカッコいいマリナちゃんは、お姉さん的な役割を果たしているよ。
私はさしずめ、悪友ポジかな?
「あのさあ、ちさ。私の声ってそんなに低いかな?」
マリナちゃん、今は大分声が低いよ。
そのトーンだと、何だか凄んでいるみたいだね。
このまま、マリナちゃんと千里ちゃんが揉めて気まずくなっても良くないな。
私なりに話題の軌道修正をしてみようかな。
「マリナちゃんの声は、そこまで低くないよ。せいぜい、アルトぐらいじゃないかなと私は…んっ?」
このように言いかけた私のスマホに、第2支局の広報課オフィスからメールが届いたんだ。
軍用スマホに視線を落とした私は、思わず我が目を疑った。
「えっ?出頭要請?」
私の声に、マリナちゃん達が何事かと覗き込む。
「あっ、ああ…京花さん、何か心当たりはございますか…?」
「京花ちゃん、何かやらかしちゃったとか…」
「おいおい…英里、ちさ…仮にそうだとしたら、お京を呼び出した相手は、ユリ姉か特命警務隊のはずだよ。広報課の案件じゃないはずだ。」
特命警務隊は、怪事件の捜査及び人類防衛機構内部の規律と治安維持が主要任務。軍隊でいうと憲兵にあたる部署だよ。
それにしても、まるで私が不祥事をやらかしたみたいな言い草だよね、3人とも。別にいいけど。
「とにかく、行ってみれば分かると思うんだ。」
私は3人に向かって爽やかに笑いかけると、休憩室を後にしたの。
それにしても、さっきの出頭要請が、いい具合に話題と雰囲気を変えてくれたね。何が幸いするか、本当にわからないよね。