転生した勇者がデスゲームに巻き込まれたと思ったら世界が滅びてました。何を言っているのか(以下略
頭を空っぽにして楽しんで頂けたら嬉しいです。
僕が目を閉じると、視界には魔王と戦う勇者たちの姿が映し出された。
それは驚くほどに現実感に溢れた光景だった。
「これで終わりだ! 魔王グロースター!」
「くぅ、おのれぇ勇者セシルめ! 我は滅びぬ! 滅びぬぞぉっ!!」
「もう黙れ!」
聖剣から放たれた光の一閃が魔王の胸を突き穿つ。
それが止めとなり、魔王は光の中へと消えていく。
「なぁ、フィリア……俺たちは勝ったのか?」
「そうね……待ってセシル! 後ろ!」
背後に突然降って湧いた闇が勇者へと迫る。
聖女と謳われし女神官にして、彼の幼馴染でもある少女の悲痛な叫びを聞きながら、彼の意識は黒に呑み込まれていった。
◆
目覚めると、彼は陽光に満ちた部屋の中にいた。
「ここは教室か……? 俺は……生まれ変わったのか?」
今の彼は勇者ではなく、現代を生きる高校生"十束光輝"となっていた。
そしてここは名門・叡山高校の2年C組の教室である。
「光輝ったら急にどうしたのよ? 話の途中でボケーッとしちゃって……」
そう心配そうに光輝を覗き込むのは、幼馴染の美少女"瀬川遥"だった。
休み時間を利用し、彼に相談を持ち掛けていた。
「悪い悪い。ちょっと考え事をしてて……」
「ねぇ、私の話ちゃんと聞いてた?」
「す、すまない。なんの話だっけ……?」
「もう! えっとね。そのね、お父さんからコンサートのチケットを……」
テレテレと目を泳がせながらも、遥は勇気を振り絞り光輝をデートに誘おうとする。
しかしそれは半ばにて遮られてしまう。
『あなた達は生贄に選ばれました。これから全員で殺し合いを行ってもらいます』
突如として校内放送から流れてきたのは、無機質な音声で紡がれる意味不明の言葉だった。
「はぁ、殺し合い?」
「なに、なんかのネタ?」
「キャハハッ、なにそれウケル―」
当然、生徒たちは真に受けることなく笑っていた。
しかし前後の扉が、一人でにビシャンと大きな音をたてて閉じられたことで、俄かに静まり返る教室。
「お、おい! マジかよ! ドア開かないぞ!」
「ま、窓もだ! てかなんで外なんにも見えないんだよ!」
気が付けば陽光は消え去り、教室を照らすのは天井に吊るされた電灯だけ。
「け、携帯も圏外だわ!?」
「おいおい、どういうことだよ、これ!」
混乱する生徒たちを置き去りに、無機質な声が再び響く。
『ファーストゲームは禁句詠唱。1分ごとに増えていく禁句、それを最初に発した者に死が与えられます』
そんな声と共に、黒板にあいうえお表が浮かび上がっていく。
『一分経過。最初のタブーワードをセレクト』
黒板に描かれた"さ"の言葉にバツ印が入る。
「こ、これって、"さ"を呟いたら死ぬってことか?」
「ば、ばかっ!」
お調子者の和幸がそう呟いた瞬間、背後に死神が現れた。
命を刈り取る形をした黒い大鎌を持ち、それが彼の首元へと振るわれる。
ズシャァと勢いよく血が噴き出し、胴体から別たれた首が地面へと転がった。
「きゃ、きゃぁぁぁぁ!!」
「い、いやぁぁぁ!!」
その光景を見た女生徒たちから、悲鳴の声が次々と上がっていく。
「お、おい……。マジかよこれ」
「ほ、本当に俺たちに殺し合いをさせる気なのか……?」
男子生徒たちも驚愕に後ろずさり、そのまま腰を抜かし尻餅をついていく。
「こ、光輝。わたし、怖いよ……」
「安心してくれ遥。俺が絶対に守るから……」
怯えた表情で裾を掴む遥の肩を引き寄せた光輝は、勇気づけるようにそう告げる。
『セカンドゲームは殺人投票。殺したい相手を一人選び投票を行います。もっとも得票数が多かった者に死が与えられます』
投票BOXと投票用紙が教卓の上へと出現する。
「嘘だろ……」
「俺たちの投票で……人が死ぬ?」
先程の惨劇で、嫌でもこのゲームが現実であると思い知らされたクラスメイト達。
だからと言って、そう簡単に人を殺す覚悟など出来るはずもなく、戸惑いを露わにする。
『制限時間は10分です。それまでに投票しなかった者にも死が与えられます』
だが、そんな彼らへと追い討ちをかけるように、告げられた短い制限時間。
嫌でも彼らに殺人を犯させる、そんな意図が見え透けていた。
教室中が絶望に包まれる中、光輝は教卓の前へと立ち宣言する。
「みんな! 俺に投票してくれ!」
「こ、光輝!? なにを馬鹿なこと言ってるのよ!」
戸惑う遥かの声に、光輝はただゆっくりと首を横に振る。
「……いいんだ。ここで互いに争えば、それこそ黒幕の思うつぼだよ」
「で、でも! それだと光輝が死んじゃうじゃない!」
「心配しなくていいよ。俺なら大丈夫だから……」
涙目の遥の頭を撫でて宥めながら、そう力強く告げる。
「な、なぁ、光輝もああ言ってることだし……さ」
「あ、ああ……。本人がそう言うんだから仕方ないよな……」
男子たちの中では、光輝に投票を集める雰囲気が醸成されていく。
学園のアイドルたる遥の幼馴染であり、学業優秀、スポーツ万能でモテモテの光輝に対し、彼らは嫉妬心を抱いていた。
無論、性格も良い彼をわざわざ殺したいとまで思っていた者はほとんどいなかったが、この異常な状況が彼らを狂わせていた。
「な、なんで光輝君を殺さなきゃいけないのよ! あんた達が身代わりになりなさいよ!」
「そうよ! そうよ!!」
密かに光輝へと思いを寄せる女生徒たちから、そんな抗議の声が上がる。
だがそんな彼女たちを光輝が手を上げて制する。
「ありがとうな、香奈、聡美。でもいいんだ。そうやって皆が争う所を俺は見たくないんだ」
「光輝くん……」
「光輝……」
この状況において尚、爽やかな笑顔を浮かべる光輝に対し、女子生徒たちの多くはウットリとした表情を浮かべ、彼を生贄にしようとした男子生徒たちは罪悪感からか顔を背ける。
「さぁ、みんな急ごう。時間切れになったら大変だ」
光輝の促しに、複雑な表情を浮かべつつも皆が投票を行っていく。
『全員の投票を確認。では結果を発表します。最多得票者は十束光輝』
無機質な声が次の生贄の名を告げる。
そして選ばれた光輝の背後へと、死神が姿を現した。
「あ、ああ……」
愛する少年の死が決定し、絶望に崩れ落ちていく遥。
他の生徒たちも、これ以上の惨劇は見たくないと必死に目を逸らす。
「いやぁぁ! 光輝ぃ!」
狂乱し泣き叫ぶ遥を尻目に、死神の鎌が光輝の首元目掛けて振り下ろされる。
誰もが彼の死を確信し、諦めに満ちた表情でただ俯いていた。
しかし、張本人である光輝だけは違った。
「捕まえたぞ!」
光輝は迫る大鎌の刃を両手で挟んで受け止めた。白羽取りだ。
「なるほど、召喚者はそっちか!」
死神に触れた事で、それを操る黒幕の居場所を探り当てる光輝。
転生した今も、彼の勇者としての技能は健在だった。
そのまま転移魔法を使い、黒幕の元へと向かう光輝。
そこは廃墟と化した見知らぬ街だった。
その一角に、巨大な角を生やし趣味の悪いローブを纏った悪魔が立っていた。
「このデスゲームを仕組んだのはお前だな! 暗黒司教ザラスト!」
奴こそが魔王グロースター配下の軍団長――その唯一の生き残りだった。
残りの5人は討伐した勇者たち一行だったが、奴だけは取り逃がしたまま魔王との決戦へと挑むこととなっていた。
「くぅっ、まさかこのような世界にまで追って来るとは、おのれ勇者めぇ!」
「今度こそ年貢の納め時だな!」
光輝が聖剣を具現化し、一気に距離を詰める。
ザラストも懐から剣を抜き放ち、迎撃しようとするも一歩出遅れた。
「滅びろ!」
光輝の振るった聖剣はザラストの剣を弾き飛ばし、そのまま肉体を切り裂いた。
「ぐはっ! まさか貴様……」
「いいから黙って死んでおけ!」
大きく目を見開いたザラストの頭部を、トドメとばかりに光輝の聖剣が貫いた。
かくしてデスゲームの実行犯は滅びを迎えた。
◆
一方で光輝が去った教室では、クラスメイトたちが肩を落としていた。
「ううっ……光輝……」
「死体も残らないなんて……」
惨劇の瞬間、目を逸らしていたクラスメイトたちは、光輝が死んだモノと勘違いしていた。
その尊い犠牲を前に、皆がすすり泣く。
そうして彼らが悲しみに溢れる中、唐突に教壇の前に光の扉が出現した。
ポカンとした表情で見つめていると、その中から一人の少年の姿が見せる。
死んだはずの光輝だった。
「みんな、安心してくれ! デスゲームはもう終わったんだ!」
姿を現すや否や、彼はすぐにそう叫んだ。
その証拠か、ドアの封鎖はいつの間にか解かれており、窓からは柔らかな光が差し込んでいた。
「本当に……終わったのか……?」
「もう……死神に怯えなくてもいいの?」
未だ半信半疑のクラスメイトたちを安心させるように、光輝は優しく微笑みかける。
「や、やった……!」
「お、俺達助かったんだ!」
安堵に顔を綻ばせ、口々に歓喜の言葉を漏らしていく。
「光輝……。無事で良かった。本当に良かったぁ……」
そんな中、一人遥だけは涙でぐしゃぐしゃとなった顔で、光輝へと縋りつく。
「ごめんね! ごめんね、光輝!」
「いいさ。だって遥は自分に投票したんだろう?」
「そんなのただの自己満足だった! わたしは……わたしはっ……!」
光輝の慰めの言葉を聞き、ますます泣きじゃくる遥。
「気にしてないさ。それよりも遥に涙なんて似合わないよ。いつもの笑顔を見せて欲しいな」
「ううっ、光輝ぃ……」
いい雰囲気な2人を前に、クラスメイトたちは少し呆れた顔を浮かべつつも黙って見守る。
だがそれも長くは続かなかった。
「な、なぁ、ちょっと……」
「ん? なに急に上ずった声なんか出して……はぁ、なんだありゃ、火事か?」
窓から外の様子を眺めていた男子たちから、そんな素っ頓狂な声が上がる。
それに続き、他のクラスの様子を見に行っていたはずの女子が、戻って来る。
「ね、ねぇ! 誰も見当たらないんだけど!」
「こっちもよ!」
一気に教室中にざわめきが広がる。
「どういうことだよ、これ……。デスゲームは終わったんじゃなかったのか!」
その叫びに、しかし答えを返す者はいない。
「……ともかく状況を確認しよう。それと今は全員固まって動いた方がいいと思う」
顎に手を当てて少し悩んだ素振りの後、光輝がそう告げる。
「そ、そうだな。光輝の言う通りにしよう」
「お、おう……」
そうして、2年C組の一団は光輝を中心に校舎の外へと踏み出していく。
「おいおい……なんだよこれ……」
「う、うそ……。なんで……こんな……」
校門を抜けて長い遅刻坂を下りきると、そこには廃墟と化した街並みが広がっていた。
「え、うそ……あれ死体……?」
朽ちていたのは、何も建物だけに留まらなかった。
この街の住人だったモノが、腐った血と肉をまき散らし、そこら中に転がっていた。
「な、何があったんだよ!」
「分かんないわよ! 電話も、ネットも繋がらないし!」
「ああ……助かったと思ったのにぃ……」
デスゲームを抜け出した彼らを待ち受けていたのは、終焉した世界だった。
「くそっ、どれも腐ってやがる!」
この世界を生き抜くため、手始めに食糧確保に動いた彼らだったが、その成果は芳しくなかった。
コンビニやスーパーだったと思しき場所には、放置された商品が残されていた。
しかしどれもこれも中身は腐敗しきっており、とても食べれそうに無かった。
「なぁ、俺達が閉じ込められて、一時間も経ってないよな?」
「くそっ! 一体、何がどうなってやがる!」
焦る彼らの前に、突風が降り注いだ。
「な、なんだ……!?」
「ねぇ、あ、あれ……!」
舞い上がる砂埃に皆が目を顰める中、一人の女子がスカートを抑えながら上を指差した。
「おい、嘘だろ……」
そこには鈍色の鱗を持った巨大な生物が、大きな翼を広げて滞空していた。
「まさか……ドラゴン、なのか?」
幻想の中だけの生物が、彼らの目の前にいた。
獰猛な牙と鋭い爪を持ち、大型トラック以上の巨体を持つ脅威の存在を前に、皆恐怖で立ちすくむ。
「お、俺たち……ここで死ぬのか?」
「い、いやよ! 折角生き残ったのに!」
だが逃げ出そうにも鋭い眼光の威圧を受けて、誰も彼もが動けずにいた。
そんな中、光輝が彼らを庇うようにして前へと進み出る。
「皆、動かないでくれ。こいつは俺が倒す!」
宣言と共に、光輝は聖剣を具現化し空へと飛び上がる。
その時点で既に脅威の人間離れした跳躍力だったが、彼の肉体が落ちてくる気配はない。
「空を……飛んでるの?」
「おいおい、これ……夢だよな?」
「ああそうだな。きっと夢だよ……いてっ」
自身の頬を思いっきりつねった男子が、そんな間抜けな声を漏らす。
「くっ、ちょこまかと! 腐ってもやはりドラゴンかっ!」
一方で上空の光輝もまた、ドラゴン相手に苦戦を強いられていた。
全力を出せば一息で倒せる相手だったが、しかし今は近くにクラスメイトたちがいる。
もし彼の本気のオーラに当てられれば、非力な彼らは下手をすれば死にかねない。
それに……
「ガァァァ!」
「セイクリッドガード!」
鈍色のドラゴンが口を大開きにし、死の気配に満ちた灰色のブレスを吐き出した。
それに対し、蒼く輝く七輪の花びらの盾を展開する。
「光輝……どうか死なないで……」
皆がこのあまりに非現実な光景についていけない中、遥だけは両手を握りしめて、ただ光輝の無事を祈りそう呟く。
その聖女染みた姿に感化されたのか、他のクラスメイトたちも徐々に声をあげ始めた。
「こ、光輝、頑張れー!」
「お、お前がいなくなっちまった、俺たちはもうオシマイだ! だから……頼んだぞ!」
そんな彼らの声援が力となったのか、光輝の動きに勢いが増していく。
「まったく手こずらせてくれる! なら、これでどうだ!」
光輝の持つ聖剣に、光が集まっていく。
「食らえ! ブリリアントセイバー!」
光輝が聖剣を勢い良く振るう。
すると、その先から一筋の閃光が飛び出し、宙を舞うドラゴンへと向かっていく。
「ガァ!」
高密度のエネルギーを纏った閃光を、ドラゴンはその身をよじってどうにか回避しようとする。
「甘い!」
だが、その動きに追随するかの如く、閃光がその軌道を横へと曲げまげた。
「グガァァァ!!」
閃光がドラゴンの胴体を貫いた。
苦悶の声を上げて、フラフラと逃げるように地上へと落ちていく。
「これでトドメだ!」
だがその隙を逃す光輝ではない。
空中を疾駆しすぐに追いついた彼は、その頭蓋へと聖剣を突き立てる。
「グギャァァァ!!」
一際甲高い呻き声を上げた後、力を失い真っ逆さまへと墜落し、地上へと激突した。
「ふぅ、やっとで倒せたか……」
そう呟く光輝の声に満足感はなく、ただ空虚な瞳がその死骸を真っ直ぐ見つめていた。
「おーい! 大丈夫か、光輝!」
そこに慌てた様子でクラスメイト達が駆け寄って来る。
ドラゴンと共に地上へと落ちたはずの光輝だったが、その衝撃にも傷一つ負っていない。
「俺は大丈夫だよ。それよりも皆、怪我はないか?」
「あ、ああ。俺たちは大丈夫だけどよ……。光輝、お前……」
「……その辺については後でゆっくり説明するよ。それよりも今はこの肉の処理に取り掛かろう」
「肉の処理?」
「ああ、このままだと遠からず俺たちは飢え死にだ。ならこんなのでも、食べるしかないだろう?」
そう言って光輝は、ドラゴンの死骸を指差す。
「「ええっ!?」」
光輝の提案に、一様に驚愕の声を上げたクラスメイトたち。
最初は反発の声も多かったが、状況を理解した彼らは渋々ながらにそれを受け入れていく。
「切り分けの方は俺に任せてくれ。その間に皆は、食器とか燃料とか使えそうなモノを探して来て欲しい」
勇者だった頃の経験により、光輝はドラゴンの解体技術を持っていた。
その肉体を切り裂ける聖剣を扱えるのは彼だけという事もあり、その役目を進んで請け負った。
「おっ、いい感じだな」
残された食糧類はどれもダメになっていたが、鍋などの金属製の品は辛うじて原型を留めていた。
それらを近くの廃墟から拾い集め、校舎の家庭科室へと向かう。
「問題は、火だよなぁ……」
ガスコンロはあるが、肝心のガスが通っていない。
廃墟となった街にも、燃料に使えそうなモノは何も残されていなかった。
この世界では――少なくともこの周辺地域では、木々や草花さえも死滅していたのだ。
「こうなったら本とかを燃やすか……」
「いや、それは最終手段にしよう。ここは俺に任せてくれ。フレイムトーチ!」
光輝の掌から炎の球体が浮かび上がる。
「へっ!? なんだこれ?」
「炎の魔法だよ。1時間くらいは持つから、コンロの火の代わりに出来ると思う」
「……なぁ、お前ほんと何者なんだよ?」
クラスメイトからの当然の疑問に、光輝は曖昧な笑顔を返すだけ。
「なぁ、皆お腹が空いただろう? 話はその後にしよう」
「あ、ああ……」
続いて光輝は、ドラゴン肉の調理へと移っていく。
そうして出来上がったのは、ドラゴン肉のソテーだ。
家庭科室に残された調味料は少なく、塩をちょっと振っただけの簡易な料理となる。
「ううっ、これだけかぁ」
一応ドラゴンが鈍色なのは鱗だけだったらしく、肉質はそこらの牛肉と大差ない赤身だったが、そこへと至る過程を見てしまうと、やはり食欲はそそられないらしい。
「ドラゴン肉は完全栄養食だから、これだけでも当分は大丈夫だと思うよ」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
勇者時代はサバイバルな生活も長かったため光輝は慣れているが、他のクラスメイト達は違った。
いくら栄養面で問題がなくとも、ドラゴン肉などという得体の知れない――しかも塩を振って焼いただけ料理など、どうしても拒否反応が出てしまうようだ。
だからか彼らはお腹を鳴らしつつも、中々手を出そうとしない。
「ねぇ、食べてみてもいい?」
「もちろんだよ、遥」
そうして皆が躊躇する中、一人彼女だけがドラゴン肉のソテーへと手を伸ばしていく。
なんといっても光輝の手料理なのだ。味云々よりも愛が勝るが故の行動だった。
「じゃあ、いただきます! うん、すっごく美味しい! やっぱり光輝ってお料理上手だよね?」
「あはは、素材本来の味だよ。それにドラゴン肉って実は割と高級食材なんだ」
「へぇ……そうなんだ。光輝って色々と物知りだよねー」
ドラゴン肉を頬張りながら、遥が楽し気に口の端を歪めながらそう呟く。
「そ、それ美味しいの?」
「お、俺もちょっと食べてみようかな?」
遥が余りに美味しそうに食べていたせいか、興味をもった数名が恐る恐る料理へと手を伸ばしていく。
「おお、マジだ! なんで塩も振っただけなのに、こんな美味いんだ!?」
「やべぇ。めっちゃ米が欲しくなる!」
そうして手を付けた彼らの絶賛が引き金となり、結局クラスメイト全員がドラゴン肉のソテーを食べることとなった。
「うんうん。お腹いっぱい食べるといいよ」
光輝は、そんな彼らの姿を満足気な表情を浮かべて見守る。
満腹となった彼らは、そのまま校舎の中で一夜を明かすこととなった。
少し落ち着いたその内心では、家族らの安否など様々な不安が渦巻いていたが、誰も表には出さずに済んでいた。
「皆、今夜はゆっくりと眠るといいよ」
光輝が、精神を癒す結界をこっそりと展開していたからだ。
そうして彼らは、安らかな眠りを得る。
◆
そして翌朝。
目覚めの合図は、一人の少女の悲鳴となった。
「きゃぁぁぁ!!!」
少女の――栗林香奈の腕には、分厚い青い血管がいくつも浮かび上がり、ドクドクと力強く脈打っていた。
「な、な、なによこれ!?」
その鼓動は全身へと広がっていく。それに伴ってか、血管だけでなく筋肉の肥大化が始まる。
細い香奈の二の腕が、少しずつ膨らみ始めていた。
「うるせぇぞ、もう少し寝かせろー」
「もう、こんな朝早くにどうしたのよ、香奈?」
騒ぐ香奈の声に、他の生徒たちも続々と起き上がって来る。
「って……。どうしたのよ、その腕?」
「わ、分かんない! 分かんないわよ!!」
混乱する香奈だったが、それは直ぐに他の者たちへも伝播した。
「え!? ちょ、なんで……」
「なんだこれ、気持ちワリィ!」
男女の別なく、同じ現象が次々と他の者たちにも発生していく。
「おっ、始まったみたいだね?」
そこにいつの間にか教室の外に出ていた光輝が、戻って来る。
「ねぇ、光輝くん、助けて! わたしの身体が変なの!」
香奈がそう言って光輝に縋りつく。
「ああ、大丈夫だよ香奈。それは必要なことなんだよ」
「必要な……こと?」
「そうだよ。君たちの身体はこの終わった世界を生きるには、余りにひ弱なんだ。だからドラゴン肉を食べて、その進化を促しているんだよ」
「ねぇ、なにを言ってるの、光輝君……?」
「おかしいとは思わなかったかな? 植物さえも死滅した世界で、どうして君たちが生きていられるのか、さ」
「え……?」
「全部俺が守っていたからなんだよ。でもね、いつまでも続けられることじゃない」
そう言って光輝は悲しそうに首を横に2度振る。
「この校舎が残ったのも、俺が張った結界のお蔭なんだ。だから世界が滅びても、その中だけは綺麗なままなんだよ」
勇者としての記憶に目覚めてすぐ殺気を感じた彼は周囲に守護結界を展開した。直後、世界の終末が訪れる。
ザラストの襲撃はその後だ。
まさか光輝がいるとも知らず、遊びに耽ろうとしたザラストは見事、彼に逆撃を受けた訳だ。
校舎の外に出てからは、クラスメイトそれぞれへと個別に結界を展開したため、光輝は全力を出すことが出来ずにいた。おかげでアッシュドラゴン程度の相手にさえ苦戦を強いられてしまう。
このままではいけない。
彼は悩んだ末に、一つの策へと思い至る。
ドラゴン肉を食べさせることで、彼らの肉体をこの過酷な世界で生き抜けるよう進化させることだった。
ドラゴン肉はたしかに高級食材だ。
しかしそれは美味だからではない。人間の肉体を新たなステージと引き上げるための劇薬としての価値だった。
「ねぇ、わたしたち……これからどうなるの?」
「ドラゴン肉の進化に適応出来れば、この世界で生きていけるだけの力を得られると思うよ」
「じゃあ……もし適応出来なかったから?」
「……死ぬだろうね」
「そんな……」
光輝の話を聞いたクラスメイトたちは、一様に絶句する。
だが静寂もわずかしか持たず、すぐに悲鳴が上がる。
最初に進化を迎えた香奈の肉体が、最終局面へと突入していた。
「いやよ! 私死にたくなんてない!」
細かった香奈の二の腕は、今はもうボディビルダーの如き肉厚へと変化を果たしていた。
それでも膨張は留まる事を知らず、全身を脈打つ鼓動はドンドンと強くなっていく。
そうして尚も膨らみ続けた香奈の肉体は、ついに限界を迎えてしまう。
バンッという巨大な破裂音が鳴り響き、教室中に血の雨が降り注いだ。
「……ダメだったみたいだね」
悲しみが籠った光輝の言葉に、クラスメイトたちも遅れて事態を理解する。
「か、香奈?」
「う、うそだろ? 本当に死んだ……のか?」
「まさか、このまま俺達も……」
クラスメイトたちの批難の視線が光輝へと集中しかけるが、すぐに彼らはそれどころではなくなってしまう。
「ああ……俺はまだ死にたく……」
「お母さん……たすけ……」
悲痛な表情を浮かべながら、肉体を肥大しきった彼らが次々と破裂し死んでいく。
その凄惨な光景を虚無の瞳で眺めながら、光輝はとある事実に気付く。
「ん? そう言えば遥はどこに?」
死んでいったクラスメイトたちの中に、一番仲の良かった少女の姿が見当たらない。
その気配を探ろうと彼が意識を教室の外側へと向けた瞬間、聞き慣れた少女の声がすぐ傍から響いた。
「私ならここよ」
「くっ!?」
声と同時に、短剣が振るわれていた。
一瞬の油断を突いた一撃だったが、光輝は勇者たる超反応をもって飛び退り、薄皮一枚の被害へと留めて見せる。
「流石はセシルね。でも甘いわ」
だが致命傷は避けたはずの光輝は、膝を落としてしまう。
「なるほど、毒か。やるね」
短剣には毒が塗られていた。
幸いにして、この程度の量では命に別状はないが、しかし当分は動きが鈍りそうだ。
(この手口……どこかで見覚えが……? 遥の身に何があった?)
一番最初にドラゴン肉を食したはずの彼女が、まだ生きている。
それは彼女が進化の試練を乗り越えた事を意味するのだが、その程度で一般人に肉薄されるほど光輝は弱くない。
ならばそこには確実に裏が存在する。
「何故、俺がセシルだと知っている? 遥、君は一体何者なんだ?」
「……幼馴染の顔を忘れたのかしら? ホント酷い男よね。あなたってば、いっつもそう……」
その口振りと、毒塗りの短剣を使った手口から、一つの可能性へと行き当たる。
勇者だった頃の幼馴染の少女へと。
「まさか、君はフィリアなのか?」
「そうよ。あなたを追って転生したのはいいのだけれど、記憶まで飛んじゃってね。あの腐った肉を食べたお蔭でやっと全部思い出せたわ」
「そうだったのか……。しかし毒塗りの短剣まで持ち出すのは、ちょっとやり過ぎじゃないか?」
少し驚かすだけのつもりなら、毒なんて塗る必要などない。
それ以前に、一歩間違えれば毒抜きでも致命傷を受けかねない鋭さだった。
「そう? だってあなたを殺すつもりだったんだから、当然のことでしょ?」
「僕を殺す? 何故君が?」
「簡単な話よ。あなたはもう、私が愛した勇者じゃないからよ」
「僕が勇者じゃない?」
光輝が、訳が分からないといった様子で首をかしげる。
「やっぱり自覚が無いのね。今のあなたは魔王グロースターの闇に染めらてしまった漆黒の勇者なのよ」
「漆黒の勇者?」
「あるいは闇勇者とでも呼べばいいのかしら。世界に光をもたらし救うのが勇者なら、その逆の存在が今のあなたよ」
「君は、何を言って……」
「まだ分からないの? この世界を滅ぼしたのは、あなたなのよセシル」
「俺が……世界を……?」
否定の言葉を叫ぼうとするも、しかし光輝は何も発せずにいた。
「少しは思い出したのかしら? 自分がやったことを」
「お、俺は……」
忘れていた記憶が蘇る。
滅びの星を召喚しこの地球を死の惑星と化した事も、その後戯れにザラストを召喚しデスゲームの開催を命じた事も、この地にアッシュドラゴンを召喚したのも、全部彼の仕業だった。
そうして自身がやった事の記憶さえも封じ、勇者のように彼は振る舞っていた。
「勇者が、簡単に他人の命を諦める訳がないでしょ? でも聖剣は扱えた。だから今のあなたは勇者であって勇者でない存在なのよ」
「そうだったのか……。なるほど、そんな俺を止めにきてくれたのか、君は?」
光輝の問い掛けに、少し顔を逸らしながら遥は答える。
「別にそんなつもりじゃなかったんだけど……まあ結果的にはそうなってしまったわね。今のあなたをこれ以上見てなんかいられない。聖女フィリアの名において、あなたはここで滅ぼすわ!」
「そうか、ありがとう。愛してるよ、フィリア」
「ええ、わたしもよセシル」
そう言って2人が微笑み合う。
無防備に手を広げた少年の胸元へと、少女が短剣を突き立てる。
笑顔を浮かべたまま、少年の身体がゆっくりと床へと崩れ落ちていく。
「さよならセシル。大丈夫よ、私もすぐにそっちに行くわ」
少年の死を……そして魔王の残滓が潰えるのを見届けた少女は、血に染まった短剣を自身の胸へと突き立てる。
こうしてこの世界からは、全ての異物が取り除かれた。
しかし時計の針はもう巻き戻らず、世界は滅びたまま……。
◆
BAD END
僕の視界にはそんな文字がデカデカと表示された。
「はぁ……。どこで間違ったかなぁ」
ヘッドマウントディスプレイ型のVRマシンを外しながら、そんな呟きを僕は漏らした。
さっきまで僕がプレイしていたのは、VRRPG"ヴァリアブルワールド"だった。
RPGと言っても、レベル上げなどの要素は存在せず、オンライン要素もない。
昔で言うところのサウンドノベルに近いタイプのゲームだ。
主人公の行動によって進み未来が変わり、その中で正解となる結末を――すなわちトゥルーエンドを引き当てるのが目的のゲームだ。
しかしヴァリアブルの名の通り、ちょっとした行動によって世界はすぐにその形を大きく変えてしまう。
例えば前回のプレイでは、ヒロインの遥とコンサートデートに行った後、テロリストたちの襲撃を受けた挙句、何故か成り行きでロボットに乗って世界と戦う、なんて超展開へと突入した。
ちなみにその最後は、脳を弄られ敵軍のパイロットとなった遥と再会し、彼女を撃てずに死んでしまったのだが。
「ルート分岐の条件が、まず意味不過ぎるんだよなぁ」
過去にあったサウンドノベルゲームとこのゲームの最大の違いは、決まった選択肢が提示されず、プレイヤー側がある程度自由に行動できることだろう。
そのため無数に思えるルート分岐が存在していた。
もちろんゲームである以上、限界はあるはずなのだが……・
「でもネットの情報とか見ても、皆違うルートを進んでるっぽいんだよなぁ」
部分部分をピックアップすれば、ある程度似かよった展開を経験するプレイヤーも多いようだが、最初から最後まで全く同じ展開になったという報告は、まだ見かけていない。
実際僕自身も、前回と全く同じプレイを心掛けてみた事があったのだが、何度やっても何故か別のルートへと突入してしまった。
「そもそもホントにトゥルーエンドなんて存在するのかな?」
珍しいタイプのゲームという事もあって、売れ行きは割と好調だと聞くが、今のところトゥルーエンドに到達したという報告は見ていない。
いや、そう主張する報告はいくつか存在していたが、どれもこれも信憑性に乏しいモノばかりだった。
そんな感じで僕がこのゲームについてあれやこれや思い悩んでいると、一階から母さんの声が聞こえて来る。
「光輝ー! 遥ちゃんが来てるわよー!」
「分かったー。すぐ行くよ!」
幼馴染の少女の到来に、僕はゲームのことなどすっかり脇に置いて、部屋を飛び出し階段を下っていく。
玄関で待っていた少女は、僕の姿を認めると微笑みながらこう告げてくる。
「そのね、お父さんからコンサートのチケットを……」
良ければ感想などお待ちしております。