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五章 忘却されたもの、思い起こすことの出来る夢(前)



舞永吊べつりは、倫想苑りんそうえんきょうの階層の高い建物の軒先の廊下から、向かいの景色と遠望を眺めていた。


挿絵(By みてみん)



舞永吊「巴馴はなれ…また戻ったらなんて言おう…。

謝ればいいのかな…いや、違う。

私がわがままを言って無理にでも…違う」



倫想苑の郷に来てから五日が経過。


巴馴の事を心の中で気に掛けていたけれど、すぐにまた戻って会いに行くのが怖かった。


拒絶されるだけのような気がしていたから。


どんな言葉を掛けたらいいのか、どんな表情を見せたらいいのか分からない。

また私と会うことで巴馴を困らせたり、接することで傷つけたりするかもしれないと思ったから何も出来なかった。




この倫想苑の郷で始めに目が覚めた時の事を思い出していた。


五日前、一番始めにここで裏錯りさくと会った。

彼を目の前にしてから感極まってわーわー言ってしまったことを反省していた。


あのあと部屋に戻ってじっとしていたら、一時間くらいしてからすぐにまた裏錯が戻ってきたので、昔のことを少しだけ話をした。

裏錯も過去のことをあまり覚えていないらしく、詳しい話を聞かせては貰えなかったけれど。





五日前。



裏錯「落ち着いた?」


舞永吊「まあまあ、かなあ」


裏錯「そっか」



少し離れた位置に座った裏錯の横顔を見る。



舞永吊「えーっと、色々と聞きたいことがたくさんあるんだけれど…。」


裏錯「なに?いいよ、何でも聞いて。

分かる範囲で答えるから。」


舞永吊「ありがとう。

まず一つ目に、ここは倫想苑の郷なの?」


裏錯「そうだよ」


舞永吊「やっぱりそうだったんだ。

それで…えっと、ここすごく静かなんだけど、ここは裏錯以外にも人はいるの?」


裏錯「人はたくさんいるよ。

今はちょっとみんなこの建物から出てるけど、またそのうち帰ってくるよ。

僕は舞永吊が起きるのを待っていた。」


舞永吊「そっか…うん、ありがとう。分かった。

それと…ここは何なの?この倫想苑の郷はどこなの?

ここからまた元居た場所に帰れるの?」


裏錯「倫想苑の郷は何か…これについて詳しいことは自分もあまり分かっていない。

どういう原理で成り立っているのか、ちょっと分からないことが多い。

僕もここに来てまだ一年しか経っていないから多くのことは知らない。


それと、元居た場所にはいつでも帰れるよ。

ほとんどが聞いた話だけれどね。

この倫想苑の郷には、元居た場所と繋がる門があるから、そこを通ればいつでもここから出られる。

舞永吊は今境ききょう神社からやってきたよね。

その神社の専用の門があるから、そこを通ればその神社へと出ることが出来るよ。」



裏錯に連れられて部屋を出ると、裏錯は遠くの景色の中の一点を指差して、あれが先に話した門の中の一つであると言っていた。



裏錯「だけど、この倫想苑の郷に入る事が出来るのは稀なことらしいから、元の場所へ出られたとしても、またこちらへ戻ってこれるとも言えないよ。」


舞永吊「へ…へぇ…。

そんな複雑な構造してるんだ、なんか面白いね」





そして、私は息をゆっくりと大きく吐き出した。



舞永吊「あと、大切なことを最後に聞きたい」


裏錯「うん」


舞永吊「私は、昔のことをあんまり覚えていない。

裏錯の事もほんの記憶の中の片隅にいた憶えしかないし、自分が今までどこにいたのかを完全に忘れてしまっている。」


裏錯「そっか。」


舞永吊「裏錯なら、私のこと少し知ってるかなって思って…」


裏錯「…」



裏錯は目を閉じて少し黙っていた。

それから、言葉を濁すかのように言った。



裏錯「それより、本当に会っていたかどうかは分からない。

ただ、お互いが知っているのならそれで良いんじゃないかな。

僕もあまり昔のことは舞永吊と同じようにあんまり覚えてないから。」



私はその言葉を聞きながら、何か隠しているような感じに気付いていた。

でもそんなもので良いのかな、と思っていた。





その後の五日間、裏錯とは全く顔を合わせていない。

裏錯はこの倫想苑の郷で暮らす人たちの世話で忙しいみたいだった。


-

裏錯の言った通り、倫想苑の郷に人はたくさん居た。


子どもたちも居たし、私に優しくしてくれて色々とお世話してくれる年配の人もたくさん居た。

初めて会ったのにも関わらず、みんな親切に出迎えてくれた。

-



倫想苑の郷の地平線の先はどこまでも世界が広がっているように見えた。


倫想苑の郷では、あんまり遠くまで行き過ぎると迷子になって戻って来れなくなる。

何人かの人達が前に地図を作ろうとして遠くまで行ったことがあったけれど、その全ての人が帰って来なかったらしい。


だから、倫想苑の郷の中ではあまり遠くまで行ってはいけない事が通説になっていた。

具体的には、中心部から半径50km圏内ならほぼ大丈夫だろうとされていて、その奥には立ち入らないようにと、柵が作られてあった。







…忘れるな。


…過去を。


…思い出せ。


もう一度、思い出す。

過去の記憶を忘れてはならない。





ずっと望んでいた、幸せな暮らし。

何も知らなければそれが続くことだけが幸せなはずだった。

この倫想苑の郷に来た時には、全部遅過ぎたような気がする。

ゆっくりと歩幅を合わせて後ろから付いてきている幸せ。


私は何かを経験し過ぎてしまったせいなのかは分からない。

ただ、まだラッカに住んでいた頃の私が今のような倫想苑の郷にもっと早く出会っていれば、ずっとここで住んで生きていようと思えたはずなのに。


たった数日しか居なかったけど分かったことがある。

ここは私が居ていい場所じゃないってこと。





眠っている?起きている?

…分からない。



倫想苑の郷で暮らしていると、小さな子供の姿もたびたび見ていた。

その子供の姿を見ていると…なんだか自分の純粋な頃を思い出せるような…


そんな気がして…


「子供たち、子供は…よく泣くよね。」


そんなことを思っていると…

ぼーっとして、次第に自分の手や足の感覚が無くなる感じがして…

いつの間にか、周りが真っ白になっていた。








古い記憶を思い起こすように再生していく…。

閉じ込めていた扉を開き、忘れていた記憶を掘り起こす。


ここからは私、朧封おぼろふ 舞永吊べつりが体験してきたことの覚えている限りの記憶を記していこうと思う。



幼い頃の記憶というものは誰にとっても曖昧で、人によるけれど、多くの出来事を覚えているのもせいぜい2ケタ台の年齢の頃の記憶までだろう。


今の私にとって思い出せる限界は、私が10才だった頃の微かな記憶だ。



それは、夕日が沈みかけて、黄昏時と呼ばれる目の前に見える人が影になって映るようなあの時間帯だった。

季節は晩夏。

耳に痛いくらい鳴り響くひぐらしの鳴き声が聞こえてきて、「ああ、もうそろそろ帰らないとな」って私は思っていた。



そうそう、本当の故郷は歳春サハルという名前だった。

その時の私は少し悪ぶってて、何だかなんとなく家に帰るのが億劫になっていた。


それで、私は何の気なしにサハルの町の中を彷徨っていると、「コサツバ」という所を発見したので、そこへ入ることにした。

そこは普段、勝手に入っちゃ駄目だよって言われてたんだけどね。


カラン、カラン、って音が鳴っていた。

少し安っぽいけど木製の鈴のような音だった。


コサツバの中へ恐る恐る入ってみると、コンクリートで打ちっ放しにされた内部が広がっていて、そこにはガランとした空気があった。

中には何に使うのか分からない大きな機械がいくつかあるだけで、別段変わった物も無く、面白くも何ともなかった。

中は静まり返っていたけど、木の鈴のようなカランって音はどこからか聞こえていた。

つまらなかったので、すぐに私はその場から立ち去った。



その頃は確か「カホちゃん」っていう名前の女の子の友達が居たんだ。

その友達のカホちゃんは生まれつき上手く言葉が喋れない子で、何か声に出したとしても全部、何言ってるのかよく分からなかった。

カホちゃんは必死に何かを訴えて言葉を伝えようとして口を開くんだけど、モゴモゴ言ってる様にしか聞こえないんだ。


カホちゃんは目がくりくりしてて可愛らしい子だった。


私は、いい子いい子ってするようにカホちゃんの頭を撫でてあげてから、

「無理に喋らなくても、私にはちゃんと伝わってるよ」って言うと、カホちゃんは満面の笑みを作って私にじゃれてきた。



ある日、カホちゃんの元へ遊びに行くと、カホちゃんはちょうど顎のすぐ下辺りの首に木製の鈴を付けてた。

カラン、カランって安っぽい音が鳴ってたけど、何だか自分もその鈴に興味が湧いてきて、



「良いなーっ、私も欲しい!」



私はそう言って、カホちゃんの首の鈴を何度も引っ張っていた。

カホちゃんはずっとモゴモゴ言いながら至って嫌がる顔してるから、私は何だかそれがすごく面白くてもっと嫌がらせして見ていた。



それから少し数日が経った。


カホちゃんがいつもの場所に居なくて、どこに行ったのかと捜していた。


日が沈み始める頃、ふらふらとサハルの町の中を彷徨ってるうちに、また前回と同じようにコサツバにやってきていた。

そっと中を覗いて見ると、コサツバの中には大人たちが数人居て、鉈のような大きい刃物がいくつも置かれていた。


そのコサツバの中にカホちゃんが居た。

カホちゃんの首には鈴が付けられていて、カランカランって音を鳴らしている。


周りの大人たちは何を話してるか分かんなかったけど、何か笑顔で楽しそうな話をしていた。

それで近付いていってみたら、私が覗いてる事がバレたらしく、大声で呼ばれた。



「おい、舞永吊。そこで何してる、ちょっと来い」



私は怒られるのかなって思って、恐る恐る大人たちの所へ向かうと、笑いかけられた。



「ちょうどいいからお前もちゃんと見とけ」



私には何の事かはよく分からなかった。


不安そうな顔をしてるカホちゃん、必死に何かを伝えようとして口を開くけど、モゴモゴ言って聞こえない。

何だか、私は面白くて笑ってしまった。

そんな私の笑い声につられるように大人たちもカホちゃんを見て笑ってた。



その後、一人の大人がカホちゃんの元へ歩み寄ると、肩を鷲掴みして引きずっていく。


するとカホちゃんは大きく体をジタバタとさせてから、思い切り暴れはじめ、口を大きく広げて叫んでいた。

相変わらず何言ってるか分かんなかったけど。


それで、その引きずってた大人がカホちゃんをうっとうしいと感じたらしく、そのカホちゃんの頭を固く握ったゲンコツで何回も叩き、カホちゃんを黙らせていた。

カホちゃんは叫んだらゲンコツされるって分かったみたいで静かになって、おとなしくなった。


大きな機械の中にカホちゃんは入れられると、手足を固定されていた。

カホちゃんの目からは涙がぼろぼろと零れていて、必死にその機械から抜け出そうと暴れ、悲鳴に似た叫び声をまたあげ始めていた。

私はその声が少しうるさくて耳障りで、静かにして欲しいと思っていた。




そのあと、また大人が大きな刃物を持ち出して、綺麗に研いでからカホちゃんの元へ行く。


カホちゃんはその刃物を見るやいなや、絶望したような表情を見せていた。

それでもなおカホちゃんは暴れることを止めず、口を大きく開き、モゴモゴと何度も叫び声をあげていた。



私はそのカホちゃんの姿を見届けていた。

号泣して、悲鳴をあげるカホちゃん。

ちょっと耳障りでうるさかったカホちゃん。


その上手く喋れなかったカホちゃんが、最後にはっきりとした言葉を言った気がした。

いや、泣きはらした目で私を見て正確に喋った。




「助けて」




そう言った直後、カホちゃんの首は切り落とされた。


頭が地面に落下する。

その衝撃により、その根元に付けられていた鈴が音を鳴らした。


地面を僅かに転がった頭、涙で赤くなった目は見開いていて、口は大きく開かれたまま動かなくなっていた。


断面になったカホちゃんの首からは勢い良く鮮血が噴き上がり、目の前にいた大人の胴体を真っ赤に染めていった。

首を切断されてもなおカホちゃんの体は、体全体を上下させ脈打つように暴れまわっていた。

そのせいで首から流れ出た血は辺りに散布し、飛び散っていた。

大量の流血はほんの数秒で足元に大きな血溜まりを作っていく。

切断されてから数十秒ほど経ってから、カホちゃんはようやく絶命したのか完全に動かなくなった。



周りの大人達は笑顔を見せて、楽しそうな会話をしてる。

だから私は、たぶんここは笑う所なんだって思って、足元にあるカホちゃんの棄てられた頭部を見ながら笑ってた。


コサツバの中に夕日が差し込んできて、オレンジ色の眩しい光が目に入り込む。

夕日が全部沈む前に家に帰ろう、温かいご飯が待ってるから。



挿絵(By みてみん)






色化け、ノイズ、途切れ、遊離した心象。

不可解、おかしい。

存在、認識、自我の喪失。







…なんて、そんなことはありませんっ。


私の名前は朧封おぼろふ 舞永吊べつり、きらきらの10才。


私の本当の故郷は都から少し外れたところに位置する町、語有カタリです。

そこのレクルハリナーっていう私の親戚が経営するお店で私の親は働いていて、私もそこの看板娘としてたまに一緒に働いてます。

このお店は洋服屋さんで、和服から洋服まで色んな服を取り扱っています。

私はそこに訪れるお客さんを接客していっぱい話をします。

また、このお店のデザイナーさんからいつも新しいデザインと製法を学んで、将来、立派なファッションデザイナーになるために修行中です!

このお店で経験を積んで都に出向き、将来は都に自分のお店を出すのが夢です。


それと…。

じ・つ・は、今、私にはちょっとした秘密があります。

知りたいですか?


えー、それは、宮海壮クウソという都に住む千瀬ちぜ 裏錯りさくという一つ年上の男の子に恋をしてしまったんです!ででーん!


私と同い年の男子はみんなアホみたいに騒いでる子ばっかりだけど、裏錯は落ち着いてて背も高くて、凄く魅力的な人です。


でも私は恋にばかりうつつを抜かしてばかりいられません。

絶対に、夢も恋も叶えてみせるんだからー!







堕ち欠けの胸像、倒錯的な愛玩、感受。




それからサハルでの生活を続けて3年が経った。

私は何の疑問も抱かずに日々を過ごしていた。

ちょうど今から4年前くらいになる、私が13才になった頃の話。


私は裏錯という名前のよく分からない人物との出来事をよく話すようになっていた。



「今日はね裏錯と、裏錯とね、お出掛けしたの」


「裏錯がー、転んだ!」


「そういえば裏錯と…なんだっけ忘れた」





サハルの公民館でみんなで集まって食事していた。

大きなテーブルには彩り豊かに盛り付けられた手料理が並べられていた。



舞永吊「このお肉美味しいね」



いただきますって言ってから、周りの大人たちが丁寧にひとくちサイズに切ってくれた、その肉汁たっぷり溢れ出す芳醇なお肉を口に運ぶ。

とろける美味しさだ。


そのテーブルを囲う大人たちと一緒に「そうだね美味しいね」って言って笑顔で楽しい話をしていた。

ちゃんと感謝しなきゃだね。

ありがとう。


大人たち…大人タチ…オトナタチ。

そういえばこの中のどれが私の親なんだろう。

聞いたことなかったな。



ごはんを全部食べ終えた私はその後公民館を出て、家路に向かっていた。


コンクリートで建てられた建造物が視線に入る。

あの建物なんだっけ…忘れた!


足下に注意を向けていなかったせいで、いつのまにか気付かないうちに泥のぬかるみに入り込んでしまった。

そこに勢いよく足を突っ込んでしまう。

そのまま思いっきり転ぶと、土と砂利で固められた地面に頭から倒れこみ、鼻と腕を強打した。



舞永吊「いったいぃ…!!!痛い…、…うぅ…」



泣きべそをかいていた。


痛い…。擦りむけた腕が痛い。

体に痛みを感じる、耐えられない。


痛み…痛み…。




その時に何か足音が聞こえた。


コンクリートで出来た建物のほうを見ると、そこからこちらへ向かってくる大人の人が見えた。

助けてもらおうと呼び掛けようと思ったけど、何か様子が変な感じだった。

鉈のような大きな刃物を持ってこちらへ向かってきていた。


その近付く影を見ているうちに怖くなっていた。

逃げようと思ったけど、ぬかるみにハマった足が思うように抜けない。

焦って何度も体をよじらせて暴れていた。



舞永吊「…!、、やめて…やめ…て…や…め…来るなあーっ…!」



5mほど近くに来たとき、もう靴はどうでもいいと思い、はまり込んでいた靴ごと脱ぎすてて、ぬかるみから脱出した。

這い出るようにその場を抜けて立ち上がると、裸足で駆けて大人の人を振り切って逃げた。


誰も来ない林の中まで逃げ切ると、そこで身を潜めていた。




ふとその時に、私の中に今の体の痛みや恐怖に抗おうとして、何かそれを緩和しようとする者が現れた気がした。


そう感じた僅か数秒の間に、3年前のコサツバでの出来事の記憶が止まらない雪崩のような勢いで、私の脳内に急激に入り込んできていた。


気がつくと私は体の中の物を全て吐き出していた。

目からは大量の涙が流れだし、吐瀉物の中にこぼれ落ちていく。



舞永吊「カホちゃ…ん…、カ…ホち"ゃ…ん…ああ"ああ…カ…ホ…ちゃ"…いゃああ…ああ…あ"あぁあ…!」



その吐き出した物の中から必死にカホちゃんを探そうとしていた。

肉の破片を一つ一つ組み上げたらカホちゃんは帰ってくるのかと思っていた。


何故、私はあの時笑っていたのか分からない。


どうして恐怖の中で悲鳴をあげるカホちゃんを見て平気な顔をしていられたのか分からない。

今の私には、3年前の自分が本当に自分であったのかという確信すら持てなくて、その証明も出来るはずがなかった。



光の線、通り過ぎた凋落の景、無惨な声。







今日は、良いニュースがあります!


私が看板娘として働いていたレクルハリナーが、都にも新しくその店舗を出店することになりました。

私もお祝いの品として、着物を貰いました。


10才だった私も、今や13才になって、都にある学校へ進学することになりました。


ここだけの秘密…ね!

そこは裏錯が通う学校で、そこで裏錯といつも会って、もっといっぱい時間を共有する仲になりたかったからです。


裏錯とは10才の頃からよくお話する仲になって、知り合いから友達の仲になりました。

(私の本当の気持ちは友達なんかじゃないよっ!大好きなんだから気付いてよ裏錯っ!)


よく出掛けて遊んだりすることもあります。



たまに裏錯をカタリに連れてくると、カタリに住むおじさんやおばさんに、「舞永吊が男を連れてきたぞー」なんて言ってからかってきます。


その様子に裏錯も照れた笑いをしてました。

私もちょっと恥ずかしかったです。


でもそこで私が裏錯を見てると、裏錯は照れた顔をこちらに向けてくれました。

そして目があったときに、笑いかけてくれました。


あれ、もしかして、両想い…?

え、どうしよう、、やだ、幸せ過ぎておかしくなっちゃいそうっ!!

うわ、顔がにやにやしちゃったかも…恥ずかしい。

いやいや、冷静にならなきゃ!私はそんな単純な女の子じゃないんだからね!







雫の結晶、涙の形、私の形成。



サハルであのあとどうしたのか覚えていない。

ただ、次の日になると私は言葉がうまく喋れなくなっていたのが分かった。

周りの景色が真っ暗になっていってなにも見えなくなっていく。


カラン、カラン…。

いつの間にか私の首には安っぽい音の鳴る木製の鈴が付けられていた。


どこか分からない檻の中に閉じ込められていた。

周りには冷え切ったコンクリートが見えるから、きっとコサツバの中に居るんだと思う。


必死に叫び、もがく、鳴く、口を開ける。

言葉になっていないモゴモゴとした声で叫ぶ。



「出して。この檻の中から出してよ」


「この体から解放してよ」



この自分の身体の口はしっかりと動いていなかった。

口は僅かに開くだけで、うまく言葉にならない。


さっきの言葉は誰が喋っているのか分からなかった。

ただ叫んでいた。



「どうして閉じ込めるの」


「どうして逃がしてくれないの」



檻の中には私と同じように何人かの子供たちが居て、その子たちも言葉にならないけど口を開けてモゴモゴと喋っていた。



するとそこに一人の大人がやってきて、何人かの子供たちを外に連れ出した。

私も一緒に同じように外に出た。


その大人の人は、優しそうな目をしていた。


助けてくれたのかな。



暗い夜。

外に出ると、周りのサハルの景色は歪んで見えていた。

黒く汚れた地面はひび割れて、その裂け目の中からは何か邪悪なものが湧き出てきているかのように見えた。


そしてそれは、いつしか空中に浮かび上がっているかのように映っていた。

彩度の高いカラーが色化けし、点と線が入り乱れている。

そんな謎の物体があった。

いや、物体と言っていいのかも分からないような、点滅を繰り返す映像のようだった。

不完全な数式と、気味の悪い記号の羅列のようにも見えた。



A/1∞;「お前たちに自由意志など無い。

我々の言うことを聞きなさい」


C+40;「その体はお前たちの子孫へと繋ぐ役目としてある。

産め、それがお前たちの使命だ」



大人の人はそれに受け答えていた。



大人「違う、それはただ多くの苦しみを増やす行為なだけだ」


A/1∞;「弱い、弱すぎる。

それならお前は負けだ。

負けるんだよこれからも」


X%2:;「勝ちたいなら食え。

悲鳴をあげるものを殺傷し続け、勝ち上がれ。

自分が殺されたくないなら相手を殺せ。

これが当たり前だって、常識だって、そう教えられてきたでしょう?」


大人「そんな常識なんて要らない。

私たちは、ただ安息の地に帰りたいだけだ」


A/1∞;「お前たちに自由意志など無い。

我々の言うことを聞きなさい」



会話が途切れたあと、その大人の人の中の体内に先ほどまでの気味の悪いものが入り込んでいったように見えた。

するとその人は、一度俯いたあと、お腹をおさえてその場に座り込んだ。


数人の子供たちが心配そうにてくてくと大人の人に近付いていく。

私も何人かの子供たちの陰に隠れながら近付いていってみた。

何か呟いているのが分かった。



大人の人「お腹空いた…。

食べたい…食べたい…食べたい。

あぁ、、美味しそう…。」



彼は立ち上がると懐に隠し持っていた大きな包丁を取り出していた。

その包丁は何度も肉を捌いてきたかのように年季が入っていて、その切っ先は血の雫が垂れていた。


それを大きく上にかかげたのが強襲の合図だった。


それを確認すると一斉に私も含めて子供たちは逃げ出した。

一番近くに居た子が三人ほど犠牲となっていく。


後ろを出来るだけ振り向かずに走って逃げていると、私の横を走っていた子供も捕まえられてしまった。

私はその捕まえられた子を見て立ち止まった。


その子の体がズタズタに何度も裂かれていく。

何度も何度も、何度も何度も、もう動かなくなっている子供の体に、包丁が突き刺されていた。


その光景を私はずっと涙を流しながらすぐ間近の横で見ていた。



追憶の架け橋、マナの開花、灯りの導き。







今、私は悲しみに暮れています…。


何故かって、ここに手にしている人形のせいです。

裏錯はこんなのを私にくれて去っていってしまおうとしてるんです!

最低!

私は今までどんな思いで裏錯と一緒に居たのか分かってるのっ!?


ちょっと分からない人に詳細を説明します。


実は昨日、裏錯から二つの人形を貰ったんです。

この人形は私と裏錯そっくりに作られて、可愛らしく出来てて、すごく私は嬉しかった。

しかも、都の人形の専門店で特別に作られたここにしかない物なんです。


それなのに…!それなのに…!

裏錯はこれを私にくれてから、なんて言ったと思う?



「実は僕、今日の夜に引っ越しするんだ。

だからこれは舞永吊が寂しくないように、いつも二人で居られるように…覚えていられるように、あげるね」



だって!そうなんだって!

裏錯は悲しそうな顔してたけど、私はもっと悲しかったよ。



もちろん今日は裏錯に会うことはありませんでした。

それで今、このカタリの夜の星空を見ながら思っています。


挿絵(By みてみん)



ありがとうの言葉も、何も言えなかったなって。

そして、大好きだよって言葉も言えなかったなって。

言っていたら何か変わってたのかなって思ってる。


その時に、私は星たちの声を聞きました。


「明日ちゃんと素直な気持ちを伝えれば大丈夫だよ」って。



だから私は決めました。


明日になったら裏錯のあとを追い掛けてこの人形を持って会いに行って伝えます。

この思いを。


北西のほうにある山を越えた先の町に向かうって言ってました。

だから車を出してもらって、朝から出発して裏錯を追うようにお母さんにお願いしたら、了承を貰いました。


必ず向かうから待っててね裏錯。








暗闇の奥に感じた瞬き、掴み取る白い粒子。




大人の人は、バラバラにされた子供の体の血を吸い尽くしてから、その肉を全て食べ尽くすと優しそうな目に戻っていった。

その直後に、その人は痙攣して泡を吹きながら眠りについた。



サハルには夜空が広がっていて、綺麗な星空が辺りを照らしていた。

辺りの陰惨な光景と対に、星々は清い瞬きを放っていた。


私の手元には人形が握られていた。


いえ…たぶん、人形だと感じているのは私だけなんだろう。

サハルの土と草をかき集め、なんの手順も踏まないで稚拙な創作意欲に任せて何度もこねくり回していた。

そのぐちゃぐちゃに固められた泥と木の葉で出来た人形のようなものを私は手にしていた。


それを夜空にかざす。


お星さまはこちらへ降りてきて、にんまりと不気味な笑顔を作っていた。

何だか…気味の悪い顔。


私はそのお星さまに向かうと、何とか口を開けて話しかけていた。



「今日ね、裏錯にね、悲しい顔をさせちゃったの。

裏錯が、寂しくないようにって都のお土産にお人形をくれたんだけどね…」



…明日になればまた裏錯に会えるかな、明日になったら言葉を交わせるようになるのかな。



そこでぼーっとしてると、一人の大人の人がまたやってきた。

私を殺しにでも来たのかな。

でも私はもうどうでもいいやって思っていた。



大人「舞永吊…。私の娘、舞永吊…。」



娘って言った…?

この人、私の親なの?


その大人の人は、男のような低い声だったので、父親だったのかもしれない。

夜の暗闇のせいで暗くて顔はよく見えなかった。

その人からは言葉では言えないけれど何か暖かいものを感じていた。


私は、彼に話し掛けていた。



舞永吊「会いたい人が居るから連れて行ってほしい」



その大人の人は静かに頷くと、車を出してくれた。

私は、車に乗り込んでから行く先の旨を伝えていた。



舞永吊「北西にある山を越えた先に神社があるのが分かる。

その神社を祀っている大きな町がある。

そこに私は行きたい。…そんな気がする。」






そして、全ては変わり始め、融合する。





私は朝になってからカタリを出て、お母さんと一緒に車に乗り込んで北西へ向かいました!

長い長い道のりです。

北西に山は見えるけど、いつになってもたどり着きません。

田舎道を越え、変わらぬ空を見上げていると、時はまた過ぎていきます。



私は父親と一緒にサハルを出ると、長い道のりを車で走っていた。

北西に見える山は遠くにある。そこをずっと目指していた。



そう、何の意味もなく。





時間は進みゆき、また日が沈んだあと。


暗い夜空が広がる中、私「朧封 舞永吊」は、ついに北西に見えていた山の中まで入り込んでいた。

山中で車はガタガタと揺れ、この体は振動と音に耐え、何度も負けじと忍ぶ。


また裏錯に会えるかな。会えるよね。




この山を…越えた…先に…!!!!







衝撃音。

激しくぶつかり合った轟音。

そこに今、確実にあった音。


それを聞いていた。


二つの走っていた車はぶつかり合って、大破していた。

そこに、もう走る物体は何も無くなっていた。



目がまだ開いていない。

まだ、その景色を見ていない。


私はサハルにいたのか、カタリにいたのか、よく分かっていない。


そして目を開けたとき、周りにあった景色は山の中、大破した車。

そして死体として動かなくなっていた両親。

辺りにあったのは明るい真っ赤な血と、暗くて青い夜空だけだった。


私は体全体が負傷していて、もう自分でしっかりと立つことすら出来なくなっていた。

息をぜえぜえと吐きながら地面を這って、それでもまだこの北西の山を越えようとしていた。





子供の頃から、何故今この動かそうと思った手が動くのか、というのが疑問だった。

その答えは…わざわざ言う必要も無いだろう。

全ての人が始めから知り得ていることなのだから。

当人が覚えているかどうかは知らないけれど。


ところで何故私たちは毎日のように無意味に争いあっているんだろう?

わけがわからない。


子供の頃の私はその現状を見て、「そういうものなんだ」と「おかしいな」という二つの感情が交差する期間が短かったように思う。


それが何を意味するかなんて、子供には分からないよね。

いいや、涙を流す事を知らない大人ほど分からないだろうね。







体の痛みに耐えながら、山をひたすらに這い続ける。

服はボロボロに破け、血を吐きながらも進んでいた。

車がぶつかり合った地点からは少し離れたけど、それでも山は全く超えられる気がしなかった。


もう限界が来ていた。


その山中で、「もう…ここで息絶えて死ぬんだ…」って思っていたら、一人の女性が目の前に立っていた。


その時に現れた人が何か綺麗なオーラを纏っているかのような、女神のような存在に見えた。

淡い紫色の髪をポニーテールに束ねた人物。

彼女の背におんぶされ、ラッカという村にまで運んでもらったんだ。

今思えば、それが散槃ちりはとの最初の出会いだったんだ。





続く


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