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四章 虚妄の万彩 (後)



…それからずっと逢応とは険悪な仲の日々が続いた。


-

一週間、二週間経っても、一向に良くならなくて、ほとんど話もしなかった。

何回か仲を取り戻そうとして接してみたけれど、素っ気ない態度と、嫌な顔をされて距離をとられてしまった。

-


きっと、鷹痕を持った人間は皆嫌われるべきなんだって、ようやく逢応も気付いたんだと思った。





逢応は学園の庭で一人、ベンチに座ってぼーっとしていたら、そこに歓札がやって来た。



歓札「逢応、最近元気ないぞー?どうした?」


逢応「あ、歓札くん…」



辛かったこと、寂しかったことを歓札に話すと、たくさん聞いてくれた。



逢応「ありがとう、元気出た。

歓札くんの事、かーくんって呼んでいい?」


歓札「うん、全然構わない」



逢応は、歓札とそれからよく話をするようになった。


都の実情などの話もした。

みんながお互いに傷つけ合うのをやめて、どうしたらもっと人々は優しくなれるのかなとかそんな話し合いをしながら、次第に逢応と歓札の距離も近付いていくようになった。







それから二ヶ月ほど経ったある日、烏蓮はなんとなく逢応の家の近所の庭園に通りかかった。


そこで、逢応の姿を見た。

別に探していたわけじゃないんだけど、偶然目にしてしまった。

またどうせ避けられるからって思って、声を掛けずに遠くから少しだけ見たあと、帰った。



逢応「あ…烏蓮…来てたんだ」



…と、思ったら見つかっていた。



烏蓮「…ごめん、すぐ帰るから」


逢応「待って、行かないで」



その言葉が凄く嬉しかった。



逢応「烏蓮のこと、避けてばっかりでごめん」


烏蓮「…嫌いになったんだって、思った。」


逢応「そんなこと無い、私、烏蓮が本当にすごく好きだから、だからなんだ。

皆が意地悪ばっかり言うから、付き合ってるのが怖くなって、烏蓮から逃げたりしたくなって、それで…。

…でも、もう避けたりなんかしないから。

私はそんな意地悪な人たちに負けないって決めたんだ」


烏蓮「本当に?」


逢応「うん」


烏蓮「これからも付き合って、一緒にいてくれるの?」


逢応「…うん。」



何だか、改めて告白したみたいだった。



逢応「ねえ今度、大社にお参りしに行こう?二人で。それでさ、もっと都がよくなるようにってお願いしよ」


烏蓮「分かった」


逢応「絶対に来てね!」



そして、息を飲んでから逢応は言った。



逢応「それでね、私決めたんだよ、いつか必ずこの都で権力を持って、色んな発言を届けられる人になって、この矛盾だらけの世間に抗議して、都の人たちの考えを変えてみせる。

例え傷つけ合って争うのが生物の本能だとしても、他人を貶めて自分の価値を見いだそうとするなんて間違ってるって、平等を失った先は人間の理性や道徳を捨てるのと同じで、そこに本物の幸せなんてどこにも無いんだって言ってやる」



その言葉を聞いて、少し驚き、同時にやっぱり逢応の力強さには敵わないなって感じたら、その時の逢応がすごくきらきらと輝いているように見えた。





◆都でビルの事について情報を探っていると教えてくれた人が居た。



布纏った人「あのビルに居るのはカシャクだよ」


烏蓮「カシャク…?それは何?」


布纏った人「カシャクはあまりにも繁殖力が強すぎたせいで、もうビルの中いっぱいになってるんだよ。

自分はその中に行って見てきたから。

君も直に分かるようになるよ、この都に居る限りね」



その布を纏った彼が何者かは分からないが、詳細については結局最後まで聞けなかった。◆






一週間後、空穂本大社へ二人で参拝をしに行く日になった。

夕方になって辺りが暗くなり始めていた。



逢応は大社に着いて、烏蓮が辺りに居ないか少し探したけど、見つからないので同じ所で待っていた。

少し憂鬱になっていて、先にお祈りを済ませちゃおうかなーなんて思っていた。


すると、自分を呼ぶ声が背後から聞こえてきて、振り向くと、そこに居たのは歓札だった。



逢応「あれっ?かーくん、どうしたの」


歓札「たまたまここ通りかかったら逢応がいたから、声掛けた。

逢応こそ、どうしたの?」



なんだか、歓札が来てくれたことですごく嬉しくなって、憂鬱だった気分が一気に消えた。



逢応「別に何にもないよーっ」



そう言って、歓札の元へ駆け寄って、歓札の腕にくっつく。



歓札「ね、ちょっと話そ。ここ、今少し人が多いみたいだから、こっち来て」



そして、歓札に連れられて、細いわき道に入ると、なんか分かんないけど、少しだけドキドキしていた。





烏蓮は、少し同じ場所で待ってたけど、その後、大社の辺りを探し始める。

もしかして、迷ってたりしてるのかな、なんて微笑みを浮かべながら、細いわき道に入った。


そこで歓札と一緒に居る逢応の姿を見つけた。

逢応は笑顔を見せて、歓札と腕を組みながら寄り添っていた。



烏蓮「えっ…?逢応…何で?

何してるの、えっと…あれは歓札…?なんで…?」



すかさず息を殺し、静かに様子を窺っていた。




逢応「それで、また今朝もね、親から烏蓮といることを色々言われて、もう帰んないからって言って飛び出してきたんだよ。

駄目なのかな、本当に好きな気持ちだけじゃ…。

かーくんとなら、私は辛い事も寂しい事も感じることは無いのかもしれない。

かーくんにはこの私の寂しさだけを埋めてほしい、って思ってる。

こんな身勝手な理由で歓札と接していい?」


歓札「いいよ」


逢応「ありがとう。

…私って結構酷い人なのかな。私だって色々考えて、辛い事や寂しい事を乗り越えようと思ったけど、耐えられない事も多いから…だから、歓札となら紛らわすくらい出来るかなって」


歓札「逢応が酷い人じゃなくて、烏蓮くんが悪いんじゃないかな。

それと、逢応は都の人たちを変えたいって思ってるかもしれないけど、多分きっと、この都は逢応の思うようにはならないと思うよ」


逢応「……あなたは大嫌い。」



と言ってから少しだけ笑みを見せて、歓札に体を預けて目を瞑った。


歓札と居ると、何だか自分が特別な気分になった気がして、心が舞い上がってしまう。

懸命に平等を努めようとしていた自分が、歓札に全て取り払われるみたいになって、この人なら、もしかして私を幸せにしてくれるんじゃないかなって思っちゃう。


…すごくドキドキした、こんなに距離が近付いたの初めてじゃないかって思った。

それで少し経ち、思い立ったように歓札に向けて顔をあげた。



逢応「顔、こっち向けて。

………。

…む、…かかと、今日の高くないから…口、届かない、なんて」



エへって微笑む…と、

歓札は逢応の両肩を支え、何の抵抗もしないで顔を上に向けた逢応の口元に寄り、キスをした。



逢応「…しちゃったね」



少し沈黙があった。



逢応「…烏蓮が待ってるから行かなきゃ」


歓札「えー、もう少し一緒にいようよ」


逢応「これ以上は…私、まだ、そんなこと出来ないし。

本当は、烏蓮が居るから…」


歓札「そっか…じゃあもうやめよ、それじゃ、ばいばい」



急に突き放して去ろうとする歓札を、…呼び止めた。



逢応「あ…待って、ずるいよ。

やっぱり嘘…だから。

…私、誰かを好きになるのなんて凄く単純で、凄く容易くて、…愚かだなって思った。

誰かが近くに居てくれるだけで離れて欲しくなくて、どこかに行かないで欲しくて、それが好きだって想う気持ちなら、私って軽くて空っぽで菲薄な女だった、そういう事だったんだって、分かった」




烏蓮は口を手で覆い、叫びそうになる声を抑えて見ていた。


今この場で自分が出ていったとしても、意味のないことだって分かっていた、逢応との関係がまた悪化してその内離れていくだけなのだから。

だから…もう全部終わったんだって思った、いや、終わらせなきゃなんだって思った。


物音も、嗚咽の一つも出しちゃいけない気がして、口を必死に塞ぎながらその場を離れた。


大社から出て、人気のない場所に行くとその近くの木陰の脇に立ち、額を木につけた。

木の幹に手のひらを這わせて、爪を立てていた。



烏蓮「全部、自分が弱いせい、だから…」



逢応は言っていたんだ、発言を届けられる人になって必ず都を変えてみせるって。

だから、そうなるまでの間に…僕が隣にいてはいけないってことは気付いていた。

おそらくその時になる頃には、そこに僕の居場所なんて無くなってるだろうけれど。


鷹痕…嫌いだな、この体…嫌いだな。

鷹痕が無ければ自分も都を変えたいって思うけど、今のままでは何を言っても邪険に扱われるだけだから。


それよりも、鷹痕がそもそも始めからこの体に無かったらこんな考えも持たなかったのかもしれない、都の一般人と同じように鷹痕を持つ人間を嫌っていたのかもしれない。


だから…逢応は凄いんだって、そう思った。







陽はもう沈み始めていた。



歓札「そうだ、この間親戚から頂いた良いものがあったんだ。逢応に似合うと思うんだけど。」


逢応「なに?」


歓札「うちに来てほしい」


逢応「…うん、分かった」



もう約束の時間だったけど、歓札が家へ誘ってくれたので行くことにした、ちょっと寄るだけ、すぐまたここに来るからって思って。



そして、逢応は歓札の住むお屋敷に来た。

歓札の住む部屋は4階にあって、そこに着いて見ると、そこには自由に走れるくらい広い視界が広がっていて、見ていたら急に走りたくなった。



逢応「部屋、すごく広いねー!ちょっと走っていい?」


歓札「は?」



タッタッタッと、歓札の有無を聞かぬ内に駆け出す。



逢応「わあー広ーいっ!」


歓札「…子供かよ」



駆けてから戻ってきた逢応は、歓札の所にダッシュで飛び込んで胸に抱き付くように体当たりした。



逢応「子供でいいもん」



その後、歓札に待っててって言われたので、少し待っていた。

すると、奥から桐の箱に入った着物を持ってきて、それをあげるといって渡された。



逢応「えっ、これ!綺麗な着物…私に、似合うのかな、何か、恥ずかしいな」


歓札「それね、うちの養子の姉のために親戚がくれたんだけど、ちょっと今この都から離れて暮らしてて居ないんだ、だから逢応にあげるよ。

大丈夫、逢応は可愛いし綺麗だからきっと似合うよ」


逢応「…そっか、ありがとう。」


歓札「着てみて」



少しの間の沈黙があった。



逢応「…えっと、今着てみるからあっち向いてて。

大丈夫、一人で着れるから」



-

新しい着物にそっと袖を通す。

滑らかな生地が肌に優しく触れて、感じたことのない良い肌触りを知覚して、それだけで何か新しい世界に踏み込んだみたいだった。

通した袖から僅かに指先を出す…ちょっと大きいのかな?

-


すっかり陽が落ちて部屋の中が暗くなってきた。


歓札と一緒にベランダ方へ出て外を見ると、都全体の通りはいつものように明るかった。


-

逢応は鼻歌を口ずさみながら、新しい着物の袖を振り、くるっと回ってみた。

その華やかに彩られた容姿端麗な被写体は、お屋敷の四階から見える都の街灯りと重なり合って、本当に綺麗に映っていた。

-


ベランダで長い時間そうして都の景色を眺めていたら、歓札が言った。



歓札「実はね、本当の事を言うと自分は、こんな暮らしをして、逢応と一緒にこんな高い所から都を見渡せるような人じゃないんだ。」


逢応「ん?なんで?」


歓札「本当は自分はこの都で一番の貧困な生活を送らなければならないんだよ。お金なんてどこにも無い、だから今あるのは幻影のような物なの」


逢応「…え?どういうこと?」


歓札「うちの父親の事を知っているかな?」


逢応「うん」





歓札の父は一世代だけで築き上げた資産家で、常に様々な企画を大金を元手に行ってきた。

その中で、かなり大きな事業を手掛けていたのだが、数年前にコエデハの騒動によって都に混迷が訪れ、その存続が危ぶまれたことで、一時的にその事業が中断となり、結果として大失敗に終わり、信じられない額の負債を作った。

もう家の財産全て売り払っても全く払いきれないくらい。


父はその負債を作ったことを公にされるとまずいと思って権力によって隠蔽してきた。

が、しかし、その父親は責任を放棄して、一年ほど前にこの都から逃亡した。


現在は、父親の身内であり部下でもある人と共に、経営が任されていて、歓札の家にはまだ父が居るということで世間には通し、なんとかその存在を隠している。


世間的にはまだ資産家であるという事になっているので、幾らでも債権を発行して事業を始めたり、働き手を雇ったりして、安い賃金で働かせて何とか資金を集めて隠し通しながら生計を立てている。





歓札「この偽物の紙切れにいつみんなが気付いて、暴落するのか不安で、毎日全然よく眠れてない。

自分もいつでもここから逃げる事が出来るようにしてるんだ」


逢応「そんな事、全然知らなかった…」


歓札「ごめん、こんなこと言って。

けど逢応に知っていて欲しかった。

同世代で自分と同じような人なんて居ないし、そんな事なんてみんな知らないから、一人で抱えるのが辛かったから。」


逢応「うん、別に良いよ」


歓札「自分はみんなが羨むような人じゃないってこと、それを逢応だけには知ってて欲しいって思った」




一度部屋に戻ると、少ししんみりとした空気があったけど、逢応は歓札の手をずっと握っていて、歓札の体がすごく近くにあるのを感じていた。


どんなに裕福で不安なんて無いように見える人でも、弱さを抱えてそれでも毎日みんな必死に生きてるんだ。


なんて思ってたら、急に、時間がかなり経っているってことを思い出した。

そして、烏蓮の事が頭によぎる。



逢応「あの、やっぱり私、烏蓮と約束してるから行かなきゃ…」



言ってから、立ち上がって帰ろうとする。


すると、腕を掴まれた。

歓札は黙ってたけど、行くなって強く言われているような気がした。



逢応「えへへ」



引き止められる事を望んでいた。

始めから分かってたけど、やっぱりすごく嬉しくてつい笑ってしまった。

振り返ってから、歓札の元へ歩み寄ると、その体にぎゅってしがみついた。


自分だけは特別だってずっと歓札に言われてるような気がして、全部、私という体をこの人にあげても良いかなって思ってた。

今だけしか経験出来ない事が目の前にあるって感じたら、もっと今この瞬間を楽しみたいと思った、もっと全身にこの思い出を刻み込んでおきたいから。



逢応「私だけの人になって欲しいから、だから私もかーくんだけの物になりたい。

この体だけは…ね、かーくんだけの物でいいから。

だから、もっと、私の寂しさを埋めて?もっと特別だって、言って?綺麗だって、愛してるって言ってほしい」


歓札「うん」



…気がつくと私は袴の紐が解かれ、下ろされると無防備に脚を晒しベッドの上で仰向けになっていた。

計らぬ内に…なんて、ただの冗談。

だってこれは私の意志だったのだから。


少し恥ずかしくて顔を反らすと、体を横にして素肌を隠すようにちょっと抵抗してみる。

歓札にそれをあっと言う間に解きほぐされると、その抗いは何の意味も果たさなかった。



挿絵(By みてみん)



私の身体、歓札に気に入ってもらえるのかな。

もっとどこの誰よりも夢中にさせる事が出来るのかな。

どんな事をしたら手放さないでいつも見ていてくれる?

可愛い女の子だって思えてくれたら、誰よりも綺麗だって思えてくれたら凄く嬉しい。

きっと綺麗じゃなかったら、この歓札の前に私は居られないし、差別されてきた者たちのように、たちまちにこの都から存在を消されてしまうって分かってたから、だから今、歓札と居られるのがすごく特別なものなんだって思ってた。


-

楽しそうに響く都の喧騒は、この建物からはほんの僅かな環境音だった。

都の眩しい灯りも、この建物に届く頃にはぼんやりと照らす木漏れ日のよう。


都を彩る花々のどれよりも逢応は綺麗のように思えた。

新調した着物が逢応の全身からはだけていて、その姿はどこか儚くて、より美しく見えるようで、細い腕も、細かな指先も、その全身に至るまで傷一つ無い肌、何の汚れも一つとしてない、非の打ち所のない身体には触れてもいいのか多くの人が迷ってしまうんじゃないかと思うほどだった。

-


お腹に歓札の手のひらが直接当てられて、少し冷たかった。



逢応「…冷たい」



私は何にも動けずにいた、歓札のなすがままだった。


歓札と口で繋がってる。


私が欲しかったのは、この温かくて、満たされる気持ちだったんだ。

きっとお腹に当てられた歓札の手のひらが冷たかったのは心が満たされて熱くなって、私の体まで火照ってきていたからなんだ。

心臓の鼓動が早まって、ドクンドクンって強い音が鳴ってる。

鳥肌が立つみたいに体がぞわぞわして、髪が、皮膚が、全身から逆立つのを感じていた。

私は今、生きてるんだって思った。

幸せなんだって思った。


こうやって抱きしめてもらえる事が、こういう形で私を認めてくれる人がいてくれる事が望みだったんじゃないかって思う。

そうしたら不安も何にも感じなかったはずだから。

目の前に居る子よりもっと可愛くなって、誰からも一目置かれる人になりたいんだって思ってた。

そうしてなきゃ、捨てられるって思って怖かったから。

どれだけ浅薄な望みだとしても、それくらいしか自分の魅力を作る意味が無いようで、日々何のために努力して、何のために、誰のために、一番誰よりも可愛くならなきゃいけないのか分からなくなる。



ねえ、見て烏蓮。

やっぱり私、最低だって思うかな。

今、少しだけだけど幸せを感じてるのかもしれない。

こんなことになってるけど、全然平気だから。


烏蓮が思うような結果じゃないかもしれないけど、良いかな?

私の幸せ願っていてくれて、それまでそばに居てくれて、ありがとう。


私、可愛い女の子になれてたのかな、皆が求める綺麗な物になれてたのかな。


もちろん今でも烏蓮の事は大好きだし、ちゃんと一心に想ってるよ。

でも辛いことあった時、耐えられない時、どんなことで逃げ道を探すか…なんて、私にはこんなことしかなくて。

…だから、許してほしい。







鷹痕がこの都に出始めた当初、まだあまり鷹痕が知られなかった頃に、忌避されていく発端となった話。

ある男が孤独な家の自室で死んだそうだ。

死因は首吊り自殺。

だけど、その姿は本当に首吊りで死んだのか疑うような見た目をしていたそうだ。

全身が真っ黒に染まり、顔に至るまで全ての肌は、焼けただれたかのように荒れ果てていた。

それは鷹痕を持った人間の末路だそうだ。

もちろん、鷹痕自体にはその肌を除いて何の実害、病状も無かった。

鷹痕が悪化し始めると、始めは全身に布を纏ったりして身を隠そうとするが、その内、あまりの自分の残酷な姿のショックに耐えきれずに自殺をするんだそうだ。

その自殺した男を見た人は皆、口を揃えてこう言ったそうだよ。

これが同じ人間とは思えない、と。





更けた夜の大社の参道を逢応は一人で歩いていた。

歓札の家を一人で出て、烏蓮と待ち合わせをしていた大社まで今更ながら来ていた。

人は誰も居なくなっていて、辺りは静まりかえっていた。

もう約束の時間なんて何時間も過ぎている。


予想出来ていた通り、烏蓮がもうその大社に居ないのが分かった。

…だけど、必死に何度も探して、烏蓮の名前を何度も呼んで、泣いていた。



逢応「烏蓮ーっ!うれ"ーん!うれ…ん…

ごめん…烏蓮、遅くなってごめんね、どこで待ってるの?出てきてよ…」



…あれ、何で私泣いてるんだろ。

だって、全部自分のせいなのに、裏切ったのは全部自分なのに、いつも裏切るのは私なのに。

何で今さらになってまた烏蓮が隣にいてくれないからって辛くなってるの?


どうしたいのか分からない、私は何がしたかったのか分からない。

綺麗になって誰からも好かれて求められる人になりたかったこと、それが本当に私の願望だったの?

好きになるって結局何だったの、何回も拒否したり、求めたり、バカみたいじゃん。


-

一番に好きだったのは烏蓮だった。

嘘なんかじゃない、その想いは烏蓮を知り始めた頃からずっと変わらなかった。


だから…本当はね、大好きな烏蓮と一緒に仲良く連れ添って暮らして、みんなに祝福されて、そしてみんなに、可愛くて綺麗なお嫁さんだねって言われるのに憧れてただけのはずだったんだ。

-



逢応「私も…もっとがんばる"から"…見た目だけじゃなくて、本当の美しさを都の人たちに教えられるようにがんばるから…」



何度も同じ間違いを繰り返していた、そんな気がして、そのたびに自己嫌悪していた。

…だから、全部終わらせなきゃなんだ、こんな事。


私は都を変えてみせるって言った、だからそれにはまず、自分がいつもこんな浮ついた半端な気持ちでいたら駄目なんだ、こんな自分勝手な欲望に動かされていたら駄目なんだ。



逢応「この寂しさも、切なさも、いつか絶対に克服するからっ…!!!

そうなったら必ず、誰かと繋がってることに満足したりなんかしない!!

誰かの上に立ちたいなんて思わない!!

自分だけが特別でありたいだなんて絶対に思わない!

自分を綺麗だって認めてくれる人がいなくたって平気だって思えるようになるから!

そうなったら烏蓮とも本当に愛し合えるようになれるはずだから…だから!…待ってて欲しいなんて言わない、けどその時にはまた、どこかで、何かの縁で会えたら良いなってずっと思ってるからっ!!」



止めどなく零れてきた涙を何度も飲み込んでいた。

そして、こんな悲しみは二度と経験しないようにと自分に約束していた。






烏蓮は徒歩で帰路に向かって、長い時間掛けて歩いていた。


-

楽しそうに会話する逢応の幸せそうな笑顔が脳裏に焼き付いていた。

逢応の隣が自分の場所だって勘違いしていたことに今更になって気がつくと、自分はここまで何をして生きてきたのか分からなくなっていた。

ほとんどの人は鷹痕を見ると微妙な距離感を取って接してきていた。

その中で、いつも近くにいて笑顔で接してきたのは逢応だけだった。

-


夜も更け、都の裏路地に入ると、女性のやめて…もうやめて下さい…という声が聞こえてきた。

声のする方へ行くと、布を全身に纏った女性が声をあげていて、鷹痕を持った男に乱暴されていた。


その女性の声を聞いて、前に会話した女性であることが分かり、烏蓮は急いでその元へ行き、鷹痕を持った男に飛びかかった。

鷹痕を持った男は、烏蓮に体当たりされて少しよろけたあと、舌打ちをしてから烏蓮を蹴り飛ばして去っていった。


布を全身に纏った女性は、ずっと縮こまっていた。

そこへ烏蓮は咳き込みながら歩み寄る。



烏蓮「あの…大丈夫ですか…?もしかして前に話した…」



言葉を制するように女性は言った。



布を纏った女性「…私は、自分から望んだんです、こうやるしか、もうお金が無くて、生きていられないから…邪魔しないでほしかった…」


烏蓮「…。

なんだよ…それ…そんなの、間違ってるよ…おかしいよ」


布を纏った女性「…でも、もういいです。

私、この生活にも疲れました、こんな生活するくらいなら死んだほうがマシです、生きてる価値なんてないから…あなたも同じだよ」


烏蓮「なんで…なんでそんなこと、言わないで」



烏蓮は、布を纏っていた隙間から女性の顔らしきものが見えていたことで声が震えていた。

その布が、さらりと全身から剥がれた時、そこに、真っ黒い何かがあった。

一瞬だけ動揺したと同時に、それが何なのか理解すると、強烈な吐き気がこみ上げてきた。


そこにあったのは間違いなく鷹痕が全身に広がった姿だったんだって分かった、分かったけど信じたくなかった。



女性「ほら…ね、だって私…もう人間じゃないもん…ね」



嘘だって思い込みたくて必死に頭の中で否定して、見ないようにして、裏路地を駆け抜けて、都の中へ逃げ出した。

背後から先の女性の泣き声が聞こえていた。



烏蓮「なんだよ…おかしいだろ…そんなのおかしいよ…」



最後にああなるなら、幸せになんか絶対になれないって決まってたようなもんじゃないか。

気が付くといつの間にか絶叫していた。



烏蓮「…なんだよっ!!なんなんだよっ!!!

鷹痕を生まれ持った人は今まで何か間違ってたことしてたのかよっ!!」



喉を傷めるのも気にせずに、一瞬で枯れそうなくらいの大声で叫び続けたけど、滲んだ声は叫喚ではごまかせなかった。



突然、逢応の声が頭の中で聞こえた気がした。



逢応「ねえ、私、あなたより全然良い人いっぱいいるんだよ、自分の事、少しは惨めだって思ったら?私はずっと悲しかった、あなたが弱くて」



烏蓮「やめろ…やめろ…

もう逢応が好きだって思いたくない、恋していたって思いたくない」


彼女を一度も心から笑顔にすることが出来なかったんじゃないかなって、自分は不幸にするだけなんじゃないかなって思っていた。



逢応「そうだよ、その体気持ち悪いからさ、早く捨てなよ、誰も悲しまないよ、むしろ喜ぶ人の方が多いよ」



人を好きになることが必要のないことだって分かってるのに、初めから分かり切っていたはずだったのに。

自分を失望させるために誰かがこの体を操って誘導しているかのようで、この抑えられない気持ちは自分の感情じゃないと言い聞かせていた。



逢応「あなたが大嫌いだった」



初めから自分が嫌われる人間だったなら何も期待させないで欲しかった。

何度も自分の価値を誤評価させるくらいなら初めから値打ちの無い物として生きているほうが楽だった。



鷹痕が悪いんじゃない、鷹痕を嫌う人が悪いんだって思い込みたかった。

今までずっと差別するやつが悪いんだってどこかで思い込んでいた。

いや、今でもそう思い込むように自分に何度もそう洗脳するように教え込んだ。




鷹痕がなんなの?全ての人間は鷹痕で決まるの?

鷹痕がある人は何もかもが何の価値も持たないの?

…じゃあこんな鷹痕なんか全て壊してしまったほうがいいんじゃない?



烏蓮「分かったよ…これが望みだったんだろ?

社会は、人民は、不必要で不純なものには罰を与えたかったんだよね?」



鷹痕のある体に刃を立て、ぐちゃぐちゃに何度も何度も何度も切り裂いた。

流れ出る血に、動揺も何も感じなかったし、自分の痛覚は全部使い果たしたかのようで、痛みも全部消えてしまっていた。



挿絵(By みてみん)



生まれた時から自分は操られた道化と同然だったということを改めて実感していた。

弱者は、誕生したその時から既に人として下等とされ、下界で踏まれるためだけに意義のある惨めな人間で、いつだって皆と同じ位置に立てていないのだ。


だってそうでしょ?

平等を装って救いを与える者も、心の内では、弱者として初めからずっと見下ろしていたんだろ?

平等な概念なんてそもそも初めからこの物質世界のどこにも無かったんだよね。

そんなものをこの世界において求めることが既に間違っているのだ。


それは…僕と逢応の間でも、ずっと永遠に!


そうだよ、平等なんて無いよって、お茶の間でこの下民の陳腐な与太話を見て、そして笑われたら、明日になれば忘れ去られる、そんな物なんだ。

自分には関係ないと思ってるからだ。




建ち並ぶ派手やかな都の建物の中からは、晴れ晴れしく宴に興じる愉快な声と、かすかに女の嬌声が聞こえていた。





差別されてたのは鷹痕だけじゃない、少しの汚れがあったり、少し道から外れたものだった事で瞬時に打ち捨てられてきたものは数知れない。


それを平気で見ない振りをして、勝ちや負けなどという観念にばかりこだわり、偶然授かった恩恵だけを自分の実力によって得たものであるという見当違いをして、自分の弱さには目を瞑り、虚栄を張り、目の前の悦楽に溺れている人間全員の過ちだったんじゃないか。

それは自分も含めた上でだ。


この悲嘆の呪詛を空想の下らないものだと切り捨てて、自分には関係のない事だと、ああこんな辛いこともあるんだねって素知らぬ顔で現状を受け止めようとしない者共が、

自分だけは良かったと、幸せだと、勘違いした結果、それらが絶望の種を蒔き、子を成し、新たな被害者を産み、失意と苦悩の連鎖が連綿と続いていく。


話そうとする、接しようとする、何か夢を持とうとする、何かを成そうとする、何かを遂げようとする。

これら全部、思いやりの欠片もない、人間という名の悪魔のすることだったんだね。



…ふと、自分の肩にもぞもぞと動く物を感じた。



烏蓮「ん…、これ…なに…」




切り裂かれた肩の皮膚を見ると、中から斑点模様を持った鮮やかな虫がこちらを見ていた。

その虫は烏蓮の体内から血を抜き出し、それをドバドバと口から吐き出していた。



それを見た時に痛覚が急激に蘇った。



烏蓮「痛"い…!!い"だい"!!ぁいい"い"たぃ"いいい"ぁ"いぃ"いぃあ!!!」



その虫を手で鷲掴みするように力強く握ると、思いっきり引き抜いた。

その虫は長い紐のように長くて、烏蓮はその虫を体から何度も引っ張り出す動作を行って引きずり出すと、その度に切り口から血が溢れ出していた。


ようやく全て体から抜き出すと、2mほどのその虫は、おびただしい量の流血と共に地面に落とされ、跳ね回っていた。







一週間後、朝、歓札の家。



歓札「おはよう、いつも家の経営ありがとう」


代桐家の身内「おはよう、ああ、どういたしまして。君はちゃんと学校に行って勉強してなよ。」



そう言って彼は、歓札の持ってきたお茶を受け取ると、続けて言った。



身内「でも良いよね、俺もあんたの親父に感謝したい、自分も28歳にして実業家となって、こんな豊かな暮らしが出来るのはここに住んでるお陰だからさ。

あんたの親父は逃げたけどさ、この破産してることが公にバレて広まるなんてこと無いと思うよね。」


歓札「どうして?」


身内「ん?だってそりゃさ、大衆の信用さえ得てしまえばあとはこっちのものだからさ。」


歓札「確かに、指摘する人もいないか。

あとは、不良債権だと気付かれなければいいってことか。」


身内「いや、いくつかの得意先の業者も薄々気付いていると思うけど、今の経済が破綻してることを認めると、自分らにも都合が悪いから黙ってるんだよ」


歓札「なるほど」


身内「多くの間抜けの無教養の民は、真実がどうであるかなんてどうだっていいし、毎日を生きるのに精一杯だしね。

お金持ちはお金持ちだって、平民は平民だってそれは長きに渡って変わりないものなんだって信じ続けてるんだよ。

ただお金があるって事を羨むだけで、その実、ほんの少しの賃金で貧しい暮らしをすることを自ら求めてるんだよ。馬鹿だから。

大して裕福な暮らしも出来ないくせに、幻の幸せを求めて次から次へと新しい貧困者を生むからね。

本当、こちらとしては大助かりだよ。」



彼はお茶を口にして、思い出したかのように言った。



身内「あ、そう言えば、この前は逢応ちゃんだっけ?と遊んだんでしょ、どうだった?」


歓札「うん、可愛い子だったよ」


身内「あれ?ああいうしつこくて甘えてくる子、嫌いだって言ってたんじゃない?」


歓札「まあ…ね」


身内「え、どうしたの、もしかして好きになっちゃったとか?

若いねぇ~。

俺なんてもう、学生の頃過ぎてから恋愛沙汰なんてめっきり無いよ、ははは…」


歓札「逢応は、良い子だから」



そして歓札は続けて、聞こえないくらいの小さな声で、「逢応がこの狂った都を少しでも良い方向へ変えてくれる、その意志を信じてるから」と言った。

期待は…していないのだけれど。





弔詠烏蓮は都から消息不明となっていた。

親族からは失踪届が出されていたが、もはや詳細を知るものは誰も居なかった。

烏蓮のものと見られる血痕がいくつか発見されたが、周辺にその体はどこにも無かった。



絢爛な都と知られた宮海壮は、今も多くの人が行き交い、その華々しい佇まいで健在している。



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