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四章 虚妄の万彩 (前)



烏蓮うれん逢応あいのが好き、ずっと逢応が好きだった。

いや、今でも変わらなく好きで、毎日想い続けていて…。

だから、…付き合って、恋人になってほしい」


逢応「…はい、いいよ。」



烏蓮は浮かれる気持ちを抑えながら喜びを感じていた。

彼女を幸せに出来るんだろうか。


僕の名前、弔詠とむらえ烏蓮うれん

彼女の名前、流求雨るもとめ逢応あいの


お昼前に終わった学園の帰り、逢応を家まで送ってから、その別れ際の雰囲気に飲まれてつい告白してしまった。



素直に喜んでいいのかな、もっと嬉しそうにしたら逢応も喜んでくれるのかな。

正直、不安もいっぱいだった。

もしも始めから嫌われていて、告白を酷く蔑まされたなら諦めも付くし、そもそも断られても良かったのかもしれない。


実を言うとこの展開は想像していなかった。

なんて、逢応に認められたのにこの胸中は失礼だね。





-

大きく発展し、躍進した都、宮海壮クウソ

煌びやかな様相をしているこの都は、いつも人々の往来と繁栄の拠点だった。

-


ここで暮らす者の中には、体に鷹痕ようこんと呼ばれる痕が、体に一部ある人々が居た。

真っ黒い痣のような痕だ。

鷹痕はほとんどが生まれた時からあって、主に親から遺伝されるとされていたが、起源時期や原因は共に不明だった。



烏蓮もその鷹痕を持つ者の一人だった。


実害は全くない。

しかし、この鷹痕を持つ人々は鷹痕を持たない人々に気味悪く思われ、忌み嫌われていた。

そうしていく内に、日々の暮らしが分けられた区域もほんのごく僅かだが存在した。


僕は、逢応という鷹痕を持たない女性に恋をして、その想いは身を結んだ。



逢応「私も…烏蓮が好きだよ、大好き」



そう言われて思わず笑みがこぼれる。


その時に自分の頬に刻まれていた鷹痕がわずかに歪んだ気がした。

それに代え、一つの汚れもない美しくて綺麗な逢応の顔、それは僕には似つかないのかな。



烏蓮「ねえ、僕は逢応の恋人として相応しい相手なのかな、釣り合いのとれる彼氏になれるかな」


逢応「そんな、私だって全然だから…。

私は烏蓮みたいなカッコいい男の人と恋人だなんて凄く幸せだよ」




無言で見つめ合いながら、どちらともなく手を前に出すと、お互いの手がかすかに触れた。

その感触を確かめると、両手で逢応の手を包み込むように握り、それに応じるようにまた逢応ももう一方の手を使って両手で握り返してくれた。


そうしながら少しの間だけ無言で見つめていたら、逢応が恥ずかしそうに笑ってから、目を逸らした。



逢応「な…何だか恥ずかしくなってきちゃった…エヘヘ。ねっ、こっち来て」



手を引かれ、逢応の家の前を出ると、その先の近所にある庭園へと連れていかれた。

逢応の柔らかくて優しい手の温もりを感じていた。





-

遠くに背の高い二本の高層ビルが見える。


そして、この地点からは見えないがその周辺には大きい大社がある、空穂本そらほ大社だ。

遠くといってもここから5kmほどであり、車で行けばすぐに届く距離である。


この都の街並みは、その二本の高層ビルと大社を中央にして、その周りを囲むように多くの通りが並ぶ。

大社の裏手には森と小高い山がある。


逢応の家は住宅街が建ち並んでいる場所で、多くの住民がその地域で暮らしている。

大社から5km地点の逢応の家は、中央にほど近い位置にあるとみていい。


この庭園のすぐ脇には土手があって、その麓には川幅の狭い小川が穏やかに流れ、それがせせらぐ音を響かせている。

その川には、古くに建てられた祠がいくつかあった。

毎日のように彩りを変える都の中心部と比べて、この庭園と住宅街は昔からあんまり変わっていない。

-



烏蓮「逢応の手、温かいね」


逢応「やめて、恥ずかしいこと言わないで」


烏蓮「あはは…」


逢応「私の手、汗ばんでない?もうドキドキして、自分の体じゃないみたいに分かんなくなってる」


烏蓮「平気、何ともないよ」



-

空は天高く青く広がって、射し込む光は庭園の池の水面を反射して空に帰る。

逢応は手を繋いだままこちらを振り返る。

-



挿絵(By みてみん)



逢応「恋人が出来たらこの庭園も見せたかったんだ。」



光は逢応にも注がれていて、それは目が眩むくらい綺麗で、その光の中に逢応の無垢な眼差しがあった。



逢応「この庭園にコエデハって蝶が居るんだけど、たまにお話するんだよ。

話してる内容なんて、全然面白くもないけどね。

例えば、今日は風が気持ちいいねーとか、今日は一段と空が高く感じるねーとか、

つまんない内容でしょ、でもそうすると返事が返ってくるように聞こえるんだ。

もしかしたら、この蝶はすごく頭が良くて人の言葉も行動も全部分かってるのかな。」



逢応は少し照れた笑いを含ませて言う。



逢応「私、初めて好きになれた人が烏蓮で良かった。

明日かな、明後日かなって、いつか自分も誰かを本当に好きになれるのかなって不思議だったけど、今は烏蓮が本当に大好きだったんだって思えるんだ。

ずっと、烏蓮を知り始めた頃から好きだった、もっと早く告白して欲しかった。」


烏蓮「遅かったかな」


逢応「いや、ううん。

全然いい、これからいっぱい今までのぶん、一緒にいようね」



そんな話をしながら、昼過ぎになるまで庭園に二人で居た。







―そんな事があったのは今からちょうど半年ほど前。

それから、未だに付き合い続けて今になる。



逢応「都の中心街、毎日いろいろ変わってて楽しいね、あっ、ほら、あそこの和菓子屋さん、日替わりのお菓子出てるよ、行こっ!」


烏蓮「もうバス来ちゃうよ」



-

烏蓮や逢応が通う学園は、小中高大一貫の、都の中央近辺に位置する大きい学園であり、そこまではバスに乗って通っている。

今日は学園の放課後、そのバスが一時的にかなりの遅れが出ていたので都の中心地でぶらぶらしていた。

-



逢応「えーやだー。バスなんて次ので良いじゃん、もうちょっとここで遊ぼうよ、ね、お願い」


烏蓮「もう…仕方ないなぁ」


逢応「やったーっ!」



逢応は僕の腕にしがみついて、体を極端に寄せると、その大きい胸を腕に当てていた。

ベタベタくっついてきて、連れ回すように引っ張られていた。


-

宮海壮は30年ほど前まで、大社があるだけの元は閑静な町だったと聞いている。

その大社は今や巨大な象徴となり、空穂本大社として中央に置かれ、都に住む多くの民に受け入れ慕われてきた。


しかし、その脇にある二本の高層ビルは、それがいつ出来たのかは分からないが、見るからに都の景観から逸していた。

そのビルのいくつかの窓は鉄格子で出来ていて、その中には誰も居ないと聞かされていた。

-


都の中心街を行き交う多くの人々。

その中に、いつしかその姿を見るのが自然のようになっていた一部の人が居た。

全身を大きい布で纏い、一切の素肌を見せることなく俯いて歩く人たち。

深い海底を見つめているような、虚ろで生気の無い目。

いや、実際にはその目なんて見えていない。

その目すらも見えないくらい深く頭に布を被っていて、顔も表情すらも伺えない。


烏蓮は、彼らを一瞥すると一度だけ振り返り、眉をひそめて気に掛けていた。





学園にて。



萌云めい「それで、昨日、歓札かさねくんといっぱい話しちゃったんだ。すっごいカッコ良かったー!」


最中樺さなか「えー、ズルい。アタシも誘ってよ、絶対行ったのに~っ!」


露由つゆ「男目当てのつもり?最中樺、あんたは、彼氏居るでしょ、もう。」


最中樺「いやー、そうなんだけどー。」


萌云「式典のあったあとで、近くのラウンジで代桐よぎり家が受け持つお茶会みたいなのがあったんだよ、聞いてなかったの?学園の友達って言えば誰でも入れたよ」


最中樺「えっとー…ちょっと最近忙しくってさー、全然分かんなかったよー。

んっと…そういえば、逢応は行ったの?」


逢応「えっ?ん?何?」


最中樺「ちょっと~冗談やめてよっ!」


露由「逢応も彼氏居るじゃん?」


逢応「…ああ、えっと、昨日のお茶会の話?行ったよ」


露由「えっうそ!本当?」


最中樺「マジでーっ逢応ーっ!っで、で、歓札とは何か話したん?」


逢応「まあ、ちょっとだけね」


最中樺「このーちゃっかり者が、良いなー逢応は可愛いからどうせそのお茶会で周りの男に言い寄られてたんでしょ?」


逢応「そんな事ないです~」



最中樺「ねー何で逢応は弔詠みたいなやつと付き合ってんの?」


逢応「好きだからに決まってるでしょ」


最中樺「あのさー、ほら、鷹痕とか怖くないの?」


露由「ちょっと最中樺、酷いって」


逢応「別に。全然怖くないし、烏蓮は誰よりもカッコいいから」


最中樺「うーん~、良いねー。こっちまで照れちゃいそう」


露由「最中樺…、本当お前は馬鹿だな」


萌云「あはは、露由ちゃんのその言い方も酷いって」


最中樺「そうだそうだ~露由の最低ーっ!」





都の茶屋で話をしていた。



逢応「鷹痕、怖くないの?っだって。友達が言ってた。

辞めた方が良いんじゃない?って、なにされるか分かんないよって親からも言われた。

そういえば、代桐よぎりくんも言ってた。

みんな酷いよね」



-

代桐よぎり歓札かさね

都の中心街にある五階建ての大きいお屋敷に住む彼は、親の七光りによるお金持ちといった人物だろうか。

彼も烏蓮や逢応と同じ学園の生徒で、たびたび学園で見かける。

-



烏連「そっか…逢応はどう思うの?」


逢応「別になんともないよ。

だいたい、鷹痕を執拗に嫌う人なんて恋人すら出来ない人たちだよ。

上手くいかなかったりしてて、だから私と烏蓮が付き合ってるのを単に妬んでるだけなんだよ」



茶屋を出て、逢応を家まで送っていた。



逢応「こんな世間の嫌味で別れたくなんかない。

他の人がどう思ってるなんか私は気にしない、私は烏蓮が好きだから。

せっかくお互いが好きで付き合えたのに、別れるなんてやだ」


烏連「そうだよね」


逢応「いつか、私たちで差別のない、鷹痕を持つ人も持たない人も平等に暮らせる都を作ろう?

私たちがその初めの人になるから、ね?

私と烏蓮は平等な世界だから。」



そう言う逢応だったけど、今日一日中、絶えず不安そうにしていた。



ずっと考えていた。

このまま、逢応とこれからを共にする事が出来るのか、それが本当に幸せなのか。

僕はそれで良いのかもしれない。

けれど逢応は本当にそれで幸せであるのか、

しつこく自身に問い質す度に間違っていたんじゃないかって思うようになっていた。


-

過去の逢応の事だってよく知っている、昔からよく見てきた。

健康的な身体をちゃんと作って、お洒落も手を抜かず、いつかの誰かのために魅力的な女の子になるために精一杯の努力をしてきていた姿を見て、いつの間にか惚れていた。

-


そんな逢応を全て自分という存在だけが手にして、逢応という存在を何か別の人のように差し替えてしまって良いのか。

殊更、何もかも出来た自由を初めから奪ってしまう行為のようで、そんな障害だらけの幸せに人望を得ようとする事は、

玩具を手にするような感覚で逢応を自己満足のためだけに所有しようとする万人に似ると言っていい、

…なんて傲慢、なんだろうね。





◆三年ほど前の烏蓮の記憶。



女友達1「逢応ちゃん、その髪綺麗だね、どこで切ってもらったの?」

逢応「これはね、都の3番街のミウファって所で切ってもらったの」


女友達2「そのアクセも可愛いー、私も欲しい」

逢応「じゃ今度私と一緒に風雅ふうがって所に買いに行こー」


女友達3「あ、逢応すごく良い匂いする」

逢応「ちょっとっ、そんなに嗅がないでよ」



遠くからその様子を横目で見ていた。

誰もがそのやりとりの中の中心にいる逢応に目を奪われてしまいそうだった。

やっぱり逢応は可愛いなって、もっと自分もカッコよくなって逢応といっぱい話せるようになりたいなって…なんて、夢見過ぎかな。◆






「幸せな都、宮海荘を守ろう。

平和な環境、安心した暮らし、協力し合って作りましょう」


-

ここ最近では、都の中心街でそのような言葉を放ち、人選されて街宣する人々が居た。

華やかで煌びやかな洋服を着て、傷一つ無い整った顔立ちで、綺麗に細かな化粧をして、立派な立ち姿で発言をしていた。

-


烏蓮は、都の中心街でその様子を一人で見ていた。

辺りには賛同する人民が集い、歓声をもって演説を聞いていた。


-

その付近から少し外れると、周辺には大きな布を纏った者が道半ばでうずくまり、ほとんど倒れ込んでいる状態の人が数人ほど居た。

都の通りを行き交う人々によって足蹴にされた砂埃が舞い、彼らにかかっていた。

先ほどの歓声を挙げていた人達が通りを練り歩くなり、彼らに目もくれず、ただ水溜まりを踏みしめて跳ねた水しぶきを彼らに浴びせるだけだった。

-


烏蓮は、人の往来が少しだけ止んだ時に、布を纏った人の中の一人へ話し掛けにいった。



烏蓮「大丈夫ですか?どうなさいましたか?」


布を纏った人「…」


烏蓮「生きていますか?」


布を纏った人「…誰ですか」



女の人の声だった。

ほんの微弱で消え入りそうな声だったが、確かに女の人のものだった。



烏連「弔詠烏連という名前の、ただの学生ですが、話を聞かせて下さい。

どうなさったのですか?」



その女性は最初は動揺していた様子だったが、話し始めると次第に打ち解けていき、色々な話をしてくれた。



その女性は小さな雑貨屋で働いていた。

その雑貨屋はこの都の中でも老舗と言えるほど古くから経営されている店で、元は様々な観光客に広く人気を得ていた。

しかし、都が近代化し発展していくにつれて次第にその影をひそめ、2年ほど前に倒産したとの事。

その雑貨屋の経営者は他界して、残された従業員もみんな同様に職にあぶれ、今ではどこも雇ってくれるものは無いらしい。




布を纏った女性「今は…、もう食べるものも無いんです、誰も助けてくれる人はいません」


烏蓮「ここに倒れ込んでいる人たちは皆そのような様々な事情があったんですね…。」


布を纏った女性「多分、それぞれ事情は違うと思うんですけど…職も帰る家も、おそらくこの数年で全て失ってしまった人達です。

…私は…何か間違った事をしていたんでしょうか…。

都がより良い場所になるように私も一員になって働いてきたのに…ただみんなが喜んでくれるが好き…だった…のに」



最後の方は涙ぐんだ声で聞き取り辛かった。


どうして布を全身に纏っているのかをその後に聞いてみたが、その女性は言葉に詰まるようにして、何も話さなかった。

ただ、私は人前に出ちゃいけないんですって言って悲しそうにすすり泣くだけだった。





久しぶりに烏蓮は、逢応の家の近所の庭園へ訪れると、そこにコエデハの姿がどこにも見えなかった。



逢応「コエデハがどこにも居なくなっちゃったんだ。

ううん、それ自体は別に良いんだけどね。

でもどうして居なくなったのかな、私が嫌いになったのかな。」



逢応が僕にコエデハの事を教えてくれた。



逢応「コエデハってね、昔この都の近くに多く生息していたんだけど、今残っているのは本当に数少ないんだって。

何でかって、その細胞が恐れられて、多くが迫害されてきたから、それも都全体の人々が一斉になって。

今の多くの人はもう何かそのコエデハの存在を覚えてないかのように忘れてしまって、一時期のように皆で迫害するという事もなくなったみたいだけど…。

でももしかしたらやっぱり今でも嫌ってる人も居て、駆除されてるのかな。

…コエデハは遠くの人の寄り付かない場所に逃げたという噂を聞いたけれど、どうなんだろ。

コエデハは自由になれたのかな、きっと自由になれたよね。

今、どこかできっと幸せな暮らしを営んでいるはずだよね。」


烏蓮「分からない…けど始めからそうする方が良かったのかもしれない」



逢応が遠慮がちに僕の腕を握ってきた。



逢応「何か、私寂しくなってきちゃった。

最近、ずっと思ってたことがある。

都の街は、毎日色んな物が変わってて楽しいけれど、昔好きだった美容院とか、雑貨屋さんは、

まるで始めから無かったかのように、いつの日からかその存在を都の街から消していて、

たった2年ほどで全く違う街になったみたいになってて、何か…都全体が早送りになってるかのように感じる。

私だけが置いて行かれてるみたい。

私もいつの間にかこの都から存在を消されるみたいな気がして怖い。

何でか分かんないけど、もっと自由な世界に行きたいって思う、なんで、なんで誰もお互いに認め合うことが出来ないの?どうして…?」



そう言った逢応からは、少しでも強い衝撃を与えたら瞬く間に壊れてしまいそうな脆さを感じ取れた。


返答に困って、少し目を逸らして間を置いていたら、逢応が僕の袖を何回も引っ張ってきた。

なんだか、潤んだ目でこちらを見ていた。


僕はそっと両腕を軽く広げると、逢応は微笑みを浮かべてから、控えめな様子でこちらへ寄ってきて、頭を僕の胸に預けた。



逢応を自分の物にしたいって思ったこと、何かをしてあげたいって思ったこと。

そういう止められない感情が湧き出ているのを実感していた。





ある日、烏蓮は肩にあった鷹痕を見るとそれが広がっていってるのが分かった。


-

顔から肩にかけて一部だけだった鷹痕が、胸と腰辺りまで広がり、黒く染められている。

何度も擦ってみたけど落ちない、何度も爪で掻いてみたけど皮膚が裂けて血が出るだけだった。

-



烏蓮「何で消えないんだよ…落ちて、取れろ、消えろよ…!」



いずれ全身のほとんどが鷹痕で黒く染まるような気がしていた。

怖くて、何度も削り取ろうと思った。







それから、ひと月ほど経った。


学園にて、逢応と最中樺が話している所に歓札がやってきて、三人で話していた。

◆最中樺は前回のお茶会の話題があった時に歓札の事を聞いて、興味が沸いたらしく、どうにか機会をたくさん作って歓札とかなり親しくなったらしい。◆



逢応「へー、じゃあ歓札くんは今恋人とか居ないんだ」


歓札「まあねー」


逢応はちょっと照れながら歓札を見る。


最中樺「逢応~、何ちょっと顔赤くなってんの」


逢応「なってないよっ!」


その日の学園は半日で終わりを告げ、正午には解散となっていた。


最中樺「さて、羽伸ばしに都で存分に遊ぶぞー!歓札も来るよな?」


歓札「暇だしいいよ」


逢応「私も行く!」


最中樺「逢応は弔詠が居るからそっちで遊んでろよ、彼氏裏切るのか?」


逢応「え、でも私も皆と遊びたいから…てかそんな事言ったら最中樺だって彼氏居るじゃん」


最中樺「あー、あいつはどうでもいいから」


最中樺は笑いながら両手を組むと、上に伸ばしてからそれを頭の後ろに置いた。


最中樺「そういえば逢応、近所にコエデハ飼ってたんだって?」


逢応「えっ…なんでそのこと」


最中樺「いやー噂で聞いたんだけど、1ヶ月ほど前、たまたま逢応の家の近くの庭園を通りかかった都の人が逢応がコエデハに何かぶつぶつ呟いてるとこ見てたらしいんだって。

んで危険だからって業者が後日、全部捕らえて一掃したらしいよ。」


逢応「一掃って…」


最中樺「全部殺したでしょそりゃ、危ないよ?

逢応さ、昔からそういう鷹痕といいコエデハといい、汚い物にわざわざ顔突っ込む癖やめたほうが良いよ」


逢応「酷いっ!!汚くなんか無いよ!!」


逢応は最中樺の体を押しのけてその場から去っていった。


最中樺「あれー怒っちゃったな」


歓札「君、言葉が乱暴だね」


最中樺「それほどでも」


歓札「ははは…いや褒めてないから」



逢応はその日、自分の部屋で布団を被って、涙をにじませていた。

1ヶ月ほど前コエデハが居なくなったのはやっぱり都の人達のせいなんだ…。

どうしてコエデハを汚いものなんて言うんだろう。

あんなにも綺麗な羽根をしてるのに。






布を纏って倒れ込んでいる人々に救いの手を差し伸べる人も居た。

しかし、その人たちは決まっていつもの時間に帰り、その活動を大々的に発表して、それが善意の元に行われているというアピールをすると、活動に寄せられた寄付金を資金源として暮らしていた。

見ている周りの観客達はその活動に拍手喝采だったそうで。

布を纏った人々のことを本当に気に掛けて、根本を見直して解決しようとする人なんて誰も居なかった。




挿絵(By みてみん)




夜になった都の中央部は、毎晩がお祭りかと思うくらいに煌びやかに彩り輝いて、騒がしい人々の宴が開かれる。

階層の高いお屋敷から見る都の通りは絶景と言えた。

いくつもある提灯は都全体を灯し、笛の音色がどこからか聞こえて響いていて、大社の方からは篳篥や太鼓の音も聞こえていた。



烏連は、夜の都の中心街に一人で来ていた。

無人だと言われていた二本の高層ビルも中から灯りを点していた。



烏蓮「誰か居るのかな?」




そのビルの中に、一瞬だけ人影が見えた気がした。

気のせいだったのかもしれないと思って、もう一度よく見ると、触角がウネウネと生えてる奇妙な人間のような形をした何かが、ビルの鉄格子の窓から出ようと、その粘土の塊のような体を窓から出し、曲がりくねるように動いていた。

それが、そのビルのほぼ全ての階層の窓からだ。



驚いてビルの方に近づいて行くと、いつの間にか人だかりの前に出ていた。



都の人たち「こないだ、ウチの家内が病気になってね、汚い物に触ったせいだろうか」


「それ聞いたよ、もうそれ聞いて関係ない私たちの家まで大騒ぎだったよ、大丈夫だったかい?みんな心配してるよ」


「あーうん、今は全然平気だよ」


「そっか、でもしかし本当にこの宮海壮は暮らしやすくて良い場所だよね」


「これだけ安心した暮らしが得られるのはちゃんと私みたいに働いてなくちゃだからね」


「そうだそうだ、自分はこの都で一番重要な仕事してると思うよ、これが無くちゃこんな暮らしは成り立たない」


「本当、役に立たないのに権利だけ主張する輩には参っちゃうよね」


「そもそもこの都をここまで大きく出来たのは私達のおかげだからね」




烏蓮はその会話を聞き、不快な気分を感じていた。

みんな、自分たちが生きるのに必死なんだ。

自分たちの地位や自分たちだけの幸せな暮らしというものを守るのにいっぱいいっぱいなんだ。


その人たちの談笑している僅か数十mほど先の路地裏には布を纏って横たわっている者が居た。

その倒れ込んでいる人たちを横目に置きながら、尚も愉快な歓談を繰り返していた。




都の人たち「あー本当幸せだなー、幸せだねー。」



烏蓮はその都の人たちの間の中に入っていく。



烏蓮「それは違う!!!」



都の人たちは一瞬静かになってから烏蓮の居る方を向いた。

誰この子…という言葉が聞こえた。



烏蓮「もっと周りをよく見ろよ!お前らが嫌ってるもの、お前らがなりたくないと思ってるもの、全部お前らにも訪れるかもしれない事だろ!?

いつどうなるかなんて分かんないんだぞ!

幸せなんてどこにも無いって分かってるくせに、自己欺瞞ばっかり繰り返して、目を逸らし続けるなよ!

苦しいことや辛いことを見ないふりすんなよ!

今目の前にある悲惨な出来事を自分の出来事だって感じて見ろよ、それでもっと他人の痛みを知れよ!」



都の人たちは烏蓮を避けるように離れていく。



「鷹痕持ちのくせに、一人前に何言ってるんだろ」

「まあまあ、あれはまだ所詮子供だから何にも分かってないんだよ」

「その内大人になれば分かるさ」

「はははっ」



それらの笑い声を背にして、烏蓮は雑言を吐いて走り去った。





逢応の家。



逢応の母「この前また鷹痕を持った人が一般人に暴力したって話聞いたよ。

逢応、まだあの鷹痕持った男と付き合ってるの?やめなさいよ。」


逢応の父「そうだよ全く、いつも逢応は…。

うちのとこまでそのしわ寄せがきてるんだよ、周りの評判がどんどん下がって困るから…」


逢応「…は?最低、無神経、うるさいバカっ!!」



逢応は家を出て庭園の方へ行った。

怒りや悲しみが溢れてるのに、どこにも吐き出せないでいた。


-

少し曇り空だったせいで辺りが暗かった庭園の中に、光るものが見えていた。

近付いてみると、それは大きな羽音をバサバサとさせて飛び回る無数のコエデハだった。

-



逢応「…え?なにこれ、凄い…!」



…と、言ったと同時にその無数のコエデハが黒く染まって溶けていき、それらがうねうねと動きだし、自分の体に入り込んでくるように見えた。

そして、その入り込んだ自分の体に、鷹痕が一瞬だけ見えた気がした。

多分、幻覚だったと思う。



逢応「うわああっ!」



叫び声を上げてから、腕や足を振り回して、周辺の草や花を刈り散らしてしまった。






次の日、学園に来た逢応はずっと怯えた様子で挙動不審な行動をしていたらしい。

何の異常もない綺麗な自分の腕や肩とか首筋とかを何度もじっと見て、安心したと思ったら、またその数分後に確認するという事を繰り返していた。

周りの友達に顔色悪いけど大丈夫?と聞かれると、逢応は全然平気だから、と答えていた。




学園が終わったあと、逢応が一人で先に帰ろうとしていたので、烏蓮はその元へ行って話し掛けた。



烏蓮「今日なにか怯えてたみたいだったって聞いたけど大丈夫?」



逢応は俯いたまま何の返答もしてこなくて、困って少しだけ近付いてみると、急に大声が聞こえた。



逢応「どっか行って!!!」



驚いて、黙ってしまった。



逢応「みんな嫌い、馬鹿ばっかり。

お互いに認め合えない、結局、人間なんてみんな同じでしょ?

下らない価値しか持ってないくせに、誰かより優れてるって勘違いしたり、誰かを貰おうとか、手にしようとか、そんな感覚で他人と接するんだよね、烏蓮だってそうじゃないの?」


烏蓮「ごめん…」


逢応「ね、なんで烏蓮はさ、私と付き合おうって思ったの?付き合えると思ってたの?

そんなんで恋人を幸せに出来るとか思ってたの?」


烏蓮「ごめん…」


逢応「謝ってばっかじゃなくてなんか言ってよ!」



逢応の言うとおりだったから何も言い返せなかった。

烏蓮は、大声で謝ってから、悲しい気持ちやら、怒りたくなる気持ちやらを抑えてその場を去った。


逢応のことをもっと分かってあげたくて、一生懸命考えたけど、何にも出てこなかった。





続く



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