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断章 緑色の風と共存した暮らし



巴馴はなれ舞永吊べつりお姉ちゃん、ヒテイがまた川からお魚いっぱいくわえてきたよ!」


舞永吊「わ、本当。ヒテイはお魚大好きなんだね」





出会ったあの日から数日が経っていた。

舞永吊と巴馴は、山で採れる食料を頼りに、無人の社を拠点として日々の生活を営んでいた。


ヒテイが魚を川から捕ってきたので、みんなで焼いて食べる。


-

トビの鳴く声が聞こえる。

澄みきった山には、木々の間を抜けて心地良い風が吹き渡り、森林の香りを帯びた空気が循環する。

木々から漏れる日射しも明るくて山全体を見通せた。

何だかピクニックに来ているみたいだった。

一日の陽も長いのが分かる。

山では豊富な食材が採れたし、本当に人が居ないのがもったいないくらい平和な土地だった。

-



巴馴「本当はね、ヒテイが私のお母さん役してるのも、単に私の甘えなんだ。

…でも私、舞永吊お姉ちゃんがいればお母さん役なんてもう要らないかも」


舞永吊「…そっか」



私はそんなに頼りになる人なんかじゃないのにな。

どちらかといえば私だって今でも散槃ちりはと交わした約束と、たったいくつかの言葉だけに支えられてるようなものなんだから。

目を瞑り、頭を左右に振る。


舞永吊は巴馴に近寄って隣に立つと、そのまま腰を下ろした。



舞永吊「ちょっといい?」


巴馴「うん」



樹木となっていた左目に触れる。



舞永吊「なんか色んな悪い気が、取り憑いているみたいだね」


巴馴「怖くない…?この目…」


舞永吊「大丈夫、平気」



一通り見た後、見せてくれたお礼を巴馴に告げるとその場を離れ、社の裏に回りこんでいった。



舞永吊「お邪魔します…」



誰も居ないけれど挨拶をしてから戸を開けて中に入る。

特にする事も無いから、何か別の事をしていたかった。


社の奥の部屋に資料室のような所があるのを見つけていて、そこの古い書物を読み漁ってみていた。


並んでいる背表紙を見ながら巴馴の事について考えていた。

巴馴に対して私は何かしてあげたかったわけじゃない。

ただじっとしていられなかっただけなのかな。



巴馴はヒテイのふわふわの毛を枕にしてお昼寝をしていた。

温かくてやわらかいその毛並みの寝具はいつかの日の布団よりも心地良い夢を見せてくれる。



辺りには、寝ている巴馴の様子を珍しそうに監視しているかのように見つめる小動物たちがひっそりと木の脇から覗かせていた。




舞永吊が社の中から出てくる。



途端に小動物たちは山の奥の方へ逃げ出していった。



巴馴の左目に関するような本があるかもって、探って見たけれど中々それらしい文献は見当たらなかった。

そんな簡単に都合良くあるほうがおかしな話なのかもしれない。

けれど、巴馴を今見ると何だか最初に出会った時よりも随分と元気が出ているように見えた。


巴馴は目を覚まして、舞永吊が帰ってきたのを確認すると、安心したような表情を浮かべた。





あの蝶がまた近くに来てる。



舞永吊は、社の中にあった鈴を一つだけ持ってきていて、その鈴をリンと鳴らした。

すると、木々の合間から一匹の蝶が羽ばたいて出てきて、二人の視界に入り込んでいた。

ラッカで見た綺麗な羽を持った蝶。


挿絵(By みてみん)



舞永吊「この蝶、私のそばをずっとついて来てるんだよね」


巴馴「綺麗な蝶っ…!」


舞永吊「うん、何か私に伝えたい事でもあるのかな…?

…なんて、そんなはずないか」



蝶が静かに舞う姿に、微笑みを見せると

その蝶はゆったりとした羽ばたきで舞永吊の指先にとまった。



舞永吊「せっかくだし、何か名前付けてあげようかな」


巴馴「じゃあ、べつりっ!」


舞永吊「何で私と同じ名前なの」


巴馴「良い名前だって思ったから」



変なのって言いながらくすくすと笑うと

蝶は、舞永吊の指先を飛び立って何処かへ消えていった。



舞永吊「気に入らないみたいだね」



そんな事ないのにって不服の言葉を零しながら、巴馴は飛んでいった蝶のあとを追うように探す。



巴馴「べつりーどこに居るのー?」


舞永吊「私はここにいるんだけれど」


巴馴「えー、それじゃあ立摘リツにしよう」



リツか…良い名前かも。





急な強い風が隣の山の向こうから届けられるかのように吹き始め、遠くの立ち並ぶ山の木々が奥から順番に揺れていく。

その風が自分の元へ来訪した時、乱れそうになる髪を押さえた。



木の揺れたざわめきはそこに宿る魂が鳴いているかのように聞こえ、揺れる一つ一つの葉も、微動だにしない大木も、

この寸刻の合間の時を物語り、存在しているのだと体感し、認識出来るような気がして、

何故か、溢れそうに高鳴る胸の内と穏やかに静まる心の像が交差していた。


しかし、そもそもここに佇む一本の大木は生まれてから何度この魂の咆哮を経てきたのだろうか。

何百と何千と、その程度の数ではない数多の風に、幾度吹かれて揺れて来たのか。

これは一体いつから、何回目の出来事なのか、という事だけに心を奪われていた。


回数や月日に応じた理由は誰も求めないし、今という時間軸の世界は過去にいつも無関心であり、元より始めから気にするものではないのだけれど、それらが積み重なって今に至るのだという事実そのものが余りにも重く、苦しく感じ、

それならこの瞬間に起きた出来事だけが私のためであり、それだけが実であると言えたなら、沸いてくる感情も幸福のようなものである気がした。

さらに言えば、大昔から積み重ねてきたその大木の歴史が全て甲斐がない、下らないものと切り捨て、忘れてしまった方がよっぽど楽だった。

太古から現在までに変わり続けた世界の中で、大木に限らない全ての万物が感じてきた意志も想いも一概に何が違うのかと問われても答えられる気がしなかった。

それらを踏まえ併せ考えてみれば、揺れ動いた木の葉のざわめきと大木の魂の叫びに聞き惚れ、抱いた胸の高鳴りが全くの趣も感じさせられなかったもの、過ぎ去り消えてゆく皮相なものだという実感を覚え、

いかに先ほどまでの自分が自己勝手な思い上がり、感情の高ぶりの中にあったのかという悲哀を烈々と痛感していた。


ひらりと落ちてきた葉を手にして、これが一体誰に届ける、何のための伝言なのかと、考え悩まずにはいられなかった。

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