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Geekに恋した2人  作者: 水谷一志
4/4

四 Geekに恋した2人

 「すごいじゃん!夢があるっていいことだよ。頑張りなよ、奏。私、応援するよ。」


奏は自宅に帰った後、奈美との昔の思い出を、思い出していた。それは、奏が奈美に初めて、


「僕、実は小説を書いているんだ。それで将来は、プロの作家になりたいって思ってる。」と、言った日のことであった。


 「僕、小説を書いている時が、一番充実して、時間を使えているかもしれない。もちろん、奈美と一緒にいる時間の方が、楽しいけどね。」


「分かってるよ、奏。それとこれとは別だもんね。でも、ちょっとその小説に、ジェラシー感じちゃうかも。」


「ごめん、奈美。そういうつもりじゃないんだ。ただ、将来やりたいこととして、小説家、っていうのがあって、そのために使う時間が、他の、例えば勉強なんかより充実している、って意味ね。」


「もちろん!さっきのは冗談。でもちょっと、奏を困らせたくなっちゃって。だって今の奏、目がキラキラしてるんだもん。ちょっと、悔しくなっちゃった。」


「そうかな?でも、奈美の機嫌が直ってくれたんだったら、良かった。」


「えっ、私、機嫌は悪くなってないよ?」


「冗談だよ。さっきのお返しね。」


「あ、やられた~。」


また、


「すごいね、奏。昨日、奏が初めて書いた小説、読んだよ。『フラッシュバック』だったっけ?めちゃくちゃ面白くて、最後は一気読みしちゃった。」


「ありがとう。奈美にそう言ってもらえて嬉しいよ。でも、ちょっと残虐な描写があったと思うんだけど、大丈夫だった?」


「うん、そういえばあったね。私は、暴力的なものは基本的にはダメだけど、奏の描写は、サラッとしてて大丈夫だった。それに、何といっても、ストーリーがめちゃくちゃ面白かったよ。こんな小説書けるなんて、やっぱり奏はすごいね。才能あるんじゃない?」


「いや、僕なんてまだまだだよ。これからもっともっと頑張って、腕を磨きたいって思ってる。でも、奈美にそう言ってもらえて、嬉しいよ。実はこの小説、まだ他の人には誰にも読んでもらってないんだ。どうしても奈美に、1番に読んで欲しくて…。」


「そうですか。ではでは木村奈美審査員が、この小説の審査を致します!この『フラッシュバック』は…、100点満点であります、なんちゃって。」


「急に何それ。でも、お世辞抜きで話してもらって大丈夫だよ?本当に、面白かった?」


「うん、面白かった!これからも、私は奏の書く小説、そして奏の1番のファンだから、よろしくね!」


「ありがとう、よろしく!」


 奏は、初めて書いた小説を、奈美に読んでもらった時のことも、思い出していた。





2人なら、他愛もない会話、そして傍から見れば恥ずかしくなるような会話でも、続けることができた。それが、その小説のせいで、こんなことになるなんて…。今の奏は、自分が新人賞をとったこと、いや小説を書いていること自体、そのことを恨みこそすれ、とてもそれを喜んだり、楽しんだりする気には、なれなかった。気づいたら、降っていた雨は上がり、空には虹がかかっていた。奏はそれを部屋の窓から見て、今の自分にも、今日の日の空のように、晴れやかな気持ちになれる日が来るのだろうか、ふとそんなことを思った。





 「はい、OKです!ユイカさん、これでオールアップです。」


最近のユイカは、以前にも増して人気が出ており、仕事の幅を、着実に広げつつあった。この日は、特番で放送される、2時間ドラマの、撮影をしていた。ユイカはこの作品で、ドラマ初出演を果たし、その演技には、ドラマの製作会見の時から、注目が集まっていた。


 そして、当のユイカ本人の演技力であるが、さすが、今まで何でもこなして来たユイカだけあって、要領を得た、安定感のある演技をしていた。ただ、そのために監督からの要求も厳しくなり、


「ここは、もっと感情を出していいよ。」


や、


「ここは熱くなり過ぎずに、自然体で演技しよう。」


など、監督からユイカに、様々な演技指導がとんだ。そして、その1つ1つに、ユイカは応えようとした。また、時には監督であろうと恐れず、自分がこうと思ったら、しっかりと意見する、ということも行っており、その行動が仕事における、ユイカらしさを感じさせた。


 そして、ユイカの撮影は、無事終了した。ユイカはこのドラマの撮影中、このドラマを1番に見てもらいたい人、ユイカにとって大切な人は、今頃どうしているのだろう、そのことをずっと気にかけていた。





ユイカは、この間の奈美との一件の後、奏に連絡しようかどうか、ずっと迷っていた。


「私は1度振られたのだから、奏さんのことは、忘れないといけない。でも、どうしても、忘れることができない…。


それに、本当なら、あんなひどいことをしてしまった奈美さんに、謝らないといけない。でも、そんな勇気なんてない…。」


最近のユイカは、そんな思いを、頭の中でずっとぐるぐる回しながら、自問自答をしていた。


「自分でも、こんな時どうするのが1番いいのか、分からない。それに、例えばもし、奈美さんに謝りに行っても、まだ奏さんのことが好きな私は、もっとひどいことを、奈美さんに言ってしまうかもしれない。それに、奏さんに会っても、自分の気持ちを、一方的に押し付けてしまうかもしれない…。」


ユイカは、そんなことも、考えていた。しかし、ユイカはプライベートでの思いの影響を仕事では一切出さず、あくまで仕事は仕事として、割り切っていた。その辺りも、常にプロ意識の高い、ユイカらしい所であった。


 「でも、このままじゃいけない。やっぱり奏さんに、きちんと伝えないといけない。」


ユイカはついにそう決心し、奏にメールを送って、奏を再び呼び出すことに決めた。





 「お久しぶりです、奏さん。」


「久しぶりです。ユイカさん。」


ユイカは後日、奏をユイカの自宅の近所の公園に呼び出した。その日は奏もユイカも午前中は仕事がなく、午後から仕事が入っていたので、待ち合わせにはちょうど良かった。また、平日の午前中ということもあり、その公園には奏とユイカ以外、誰もいなかった。


 この日のユイカの服装は、いつものユイカらしからぬ、ジャージ姿であった。化粧も、うっすらとはしているが、ほぼノーメークに近い、ナチュラルメイクであった。思えばユイカは、好きな男性と会うというのに、どうしてこのような、手抜きともとれるような格好をしたのだろうか?それは、ユイカ本人にもはっきりとは分からないが、ユイカは奏に、よそ行きの自分とは違う、素の自分を見て欲しかったのかもしれない。また、前回奈美と会った時の、高圧的な態度はもうとりたくないという、ユイカの意思の表れなのかもしれない。


 「その後、仕事は順調ですか?奏さん。」


「そうですね…一応小説は、次回作を書いています。こっちの作品も、ブレイクするといいんですが…。でも、こればっかりは分かりませんね。


 あと、介護士の方の仕事は、順調ですよ。介護の仕事って、大変なことも多いですが、人の役に立つ仕事なので、やりがいも大きいです。


 ユイカさんは、仕事は順調ですか?」


「はい。ご存知かとは思いますが、今度、2時間ドラマに出演するんです。それで、少し前に、撮影が終了して、後はオンエアを待つだけです。お芝居の仕事は初めてだったので、緊張しましたが、楽しく演じることができました。


 2時間ドラマ、頑張ったので、奏さんにも見て欲しいです!」


「もちろんです!ちゃんとチェックしますよ。」


「ありがとうございます!また感想、聞かせてくださいね。


 それで、今日は、奏さんに謝りたいことがあって、お時間、頂きました。」


「謝りたいことですか?」


「はい。実は先日、奏さんの彼女の、木村奈美さんに、お会いしました。」


「えっ!?」


「びっくりしますよね。当然です。だって奏さんは前に、彼女がいる、ってことは教えてくれたけど、名前までは言っていませんから。


 私、奏さんに振られた後、家に帰って、気持ちを落ち着けようとして、でも、奏さんのことが忘れられなくて、それで、勝手に奏さんのSNSを見ちゃったんです。そこからたどっていって、奏さんの彼女の、木村奈美さんのページを見つけてしまって…。それで、奈美さんが○○保育園に勤務している、ということまで調べてしまって、その後すぐに、奈美さんの保育園まで押しかけてしまったんです。


 そこで私は…、奈美さんにひどいことを言ってしまいました。


『あんたなんか、奏さんにふさわしくない。』


とか、


『私の方が、奏さんにふさわしい。』


っていうような内容のことです。


 今考えても、私のしたことは、最低のことだと思います。言い訳はしません。それで、奈美さんにも謝ろうと思ったのですが、合わせる顔がなくて。」


「そうですか。実はつい先日、僕は奈美に振られました。


『奏だったら、ユイカさんの方がお似合いだよ。』


というようなことを、言っていましたね。でも、その時はそんな一件があったとは、思いませんでしたが…。」


「えっ、そんな。私、大変なことを…。」


「いいんです。奈美に振られたのは、僕の責任で、ユイカさんは関係ないと思います。それと奈美には、ユイカさんが謝っていたこと、伝えておきます。」


「ありがとうございます。奏さんはやっぱり、優しいですね。」


そしてユイカは、この日言おうとしていたこと、1番言いたかったことを、話し始めた。


「それで私、気づいたことがあります。


 私、やっぱり奏さんのことが好きです。この気持ちを、自分の中で何度も確かめましたが、その答えに変わりはありません。


 私は奈美さんに、ひどいことをしました。それは、謝るべきことだと、思っています。でも、奏さんを簡単に諦めきれない、私がいます。だから、今度は正々堂々と、奈美さんと勝負させてください。


 これは私にとって、奏さんへの2度目の告白、そして、最後の告白です。もし奏さんが、それでも奈美さんのことが好き、と言われるなら、私は身を引きます。奈美さんと、幸せになってください。


 でももし、奏さんが私を選んでくれるなら、絶対に、そのことを後悔させません。私は、全力で奏さんを幸せにします。


 だからゆっくり考えて、答えを出してくれたら、ありがたいです。返事はいつでもいいです。いい答え、期待しています。


 こう見えてって言ったら何ですが、私、けっこう自信があったりするんですよ…!」


冗談っぽく言った、最後のユイカの言葉は、奏の中で、とても可愛らしく響いた。これが、外見だけでなく、中身も超一流の、トップモデルの言葉なのだろう、奏はその時、そう思った。


 「では私はこれで、失礼します。奏さんも、気をつけて帰ってくださいね。」


「分かりました。ありがとうございます。」


ここで、奏とユイカは別れた。ユイカは奏に思いの全てを伝え、晴れやかな表情であった。また、今日の気温も、冬にしては少し暖かめで、それがやがて訪れる、春の気配を予感させた。





 奏はその日の晩、奈美とユイカ、2人の女性について、考えた。そして―。





 「ごめんなさい。ユイカさん、やっぱり、あなたと付き合うことはできません。」


ユイカを奏が、前に来た公園に呼び出したのは、数日後のことであった。


「やっぱり僕、奈美のことが好きなんです。」


「…そうですか。分かりました。なら、仕方ないですね。


 私、奏さんと出会って、胸がキュンとしました。そして、人に恋する気持ち、人を愛しく思うことの大切さを、知りました。まあ、付き合った彼氏は、昔にもいたんですけどね。


 それは関係ないですけど、とにかく私、奏さんと出会えて、本当に良かった。これで、私の気持ちにも整理がつきました。これからは、奏さんと奈美さんとの関係、全力で応援します。もしよければ、これからも友達として、仕事の愚痴なんかあれば、言ってきてくださいね。」


「分かりました。本当にすみません。」


「いいんです。それにしても、この私を振るなんて、いい度胸だと思いますよ!普段こんなこと、絶対に言わないんですけど、今日だけは言ってみちゃった。許してくださいね。」


 奏はユイカの一言に、笑みを見せた。


「そうですよね。だって、トップモデルのユイカさんですもんね。」


「本当は私、そんな女じゃないんですけど…。今日だけですよ!


 最後になりますが、本当に、ありがとうございました!」


「こちらこそ。ありがとうございました!」


 ユイカは、奏との最後の時間を、深々とした礼で終わらせた。その礼は、この場にしては少し不自然で、ユイカにしてみれば、少しおどけたつもりである。奏の方からも、その姿と、この状況のギャップに、少しだけ笑いがこぼれた。


 今日のユイカの格好は、全体的にラフであったが、数日前のジャージ姿ではなかった。ユイカとしては、今日の日のため、少しガーリーに、おしゃれをしてきたつもりである。そのおしゃれをした結果は、結局実らなかったが、ユイカの心の中に、後悔の2文字は全くなかった。





 「久しぶり、奏。」


数日後、奏は奈美を、あるレストランに呼び出した。


「久しぶりだね、奈美。」


奏が奈美に振られてから、2人は会っていなかったので、2人の間には、少し緊張の色が見える。


 「ところで奈美は、新しい彼氏とかできた?」


「ううん。できてないよ。奏は、ユイカさんに告白とかしたの?」


「してないよ。奈美、1度ユイカさんに、会ったことがあったんだね。」


「え、うん。まあ。ユイカさんから何か聞いた?」


「聞いたよ。それで、ユイカさんから奈美へ伝言。


『先日は、本当に失礼なことをしました。私自身、奏さんのことが本当に好きで、自分の気持ちを止められなくて、あんな無礼な行動に出てしまいました。許してくださいとはいいません。ただ、私のことは気にしないで、幸せになってください。』


だってさ。」


「そっか。でも、私、傷ついてなんかないよ。ユイカさんが奏のことを好きなんだ、ってこと、ユイカさんの態度から、簡単に分かったもん。」


「そうなんだね。


 それで、今日は僕の方から、奈美にお願いがあって来たんだけど、いいかな?」


「何?」


 奏の表情に、少し緊張の色が見えた。


「僕のお願いは2つあります。


 まず1つ目。僕たち、もう1度やり直さない?」


「ありがとう。でも、奏にはユイカさんの方がお似合いだよ。だって私、トップモデルなんかじゃないよ…?」


「実は数日前に、ユイカさんに会ったんだ。それで、


『今までのことは抜きにして、奈美さんと正々堂々、勝負させてください。私、やっぱり奏さんのことが好きです。』


って、言われた。でも、僕は、ユイカさんの気持ちに応えることができない、って、ユイカさんに伝えたんだ。だって…。


 僕、本当に奈美のことが好きだ。今までもそうだったけど、奈美と別れてから、余計にそのことに、気づいたんだ。


 今まで僕は、高校時代から、奈美とずっと一緒に生きてきた。それで、笑った奈美や、怒った奈美、いろんな奈美を見てきた。そんな奈美との思い出の全部が、僕にとって、かけがえのないものだよ。


 そして、これからも、奈美と一緒に、思い出を作っていきたい。月並みな表現だけど、奈美といると、楽しいことは2倍楽しくて、辛いこと、苦しいことは、2人で半分に分けあえる、そんな気がするんだ。」


「…。」


 「だから、僕には奈美が必要なんだ。奈美がトップモデルじゃないって言うなら、僕が奈美をモデルにしてあげる。実は、僕の次回作は、恋愛小説にしようと思ってるんだ。そこには、奈美をモデルにした女性と、僕自身をモデルにした男性2人を登場させて、僕たちの思い出もモデルにした、話を作るつもりなんだ。


 …迷惑かな?」


「ううん。全然、迷惑じゃないよ。」


「ありがとう。とにかく、僕は奈美のことが好きだ。だから、僕ともう一度、付き合ってください。お願いします!」


 「それが、奏の1つめのお願いだね。実は、私も奏に、お願いが1つだけあるんだ。聞いてもらっていいかな?」


「何?」


 「実は、前に私がユイカさんに会った時、ユイカさんに、こんなことを言われたんだ。


『奏さんがこれから、例えば作家として行き詰まった時に、支えていく自信はあるの?』


 もちろん、ユイカさんは奏のことが好きで、それで私にあたったんだってこと、その時から分かってたよ。でも…、


 私、そのユイカさんの質問に、すぐに答えることができなかった。もちろん、奏のことは好き。でも、もし奏が作家として追いつめられた時、私に何かできるかなって、考えちゃったんだ。それで、一瞬、ほんの一瞬だけど、奏から逃げちゃった。だから、奏には、ユイカさんみたいな、芯の強い女性が、私なんかよりふさわしいんじゃないかって、思ったんだ。


 でも、もう逃げない。逃げたくない。私もやっぱり、奏のことが好き。奏と一緒にいると楽しいし、奏の笑顔を見ると、頑張ろうって、思える。だから私にも、やっぱり奏のことが、必要なんだ。奏と別れて、そのことに気づいて、確信したの。


 だから、私からもお願い。もう1度、私と付き合ってください!」


奈美は、奏に告白した。高校生の頃は、奏の方が奈美に告白したので、奈美が奏に告白するのは、これが初めてであった。


 「ありがとう。それが奈美のお願いだね。別れている間、いっぱい考えて、お願いしてくれたんだね。


 じゃあこれからも、よろしくお願いします!」


「うん、よろしく!


 でも、その前にちょっといい?」


「どうしたの?」


「奏の言ったモデルって、モデル違いだよ?」


奈美は、目にうっすらと涙を溜めながら、冗談を言った。


「あっ、そうだね。」





 「それで、2つめのお願いって、何?」


奈美は、奏に話しかけた。


「2つ目のお願いは…、


 はい、奈美にプレゼント。」


奏はそう言い、指輪を入れたケースを、奈美に渡した。


「えっ、これって、もしかして…。」


「そう、婚約指輪。今から奈美に、2つ目のお願いを言うね。


 僕、これから作家として、頑張るから。もちろん、作家の道は、険しいことは分かってる。でも、自分の夢だから、諦めずに頑張っていきたい。


 それと、介護士の仕事も、頑張って続けるよ。いきなり作家一本で行くのは、やっぱり大変だし、兼業で作家活動をしている人も、たくさんいるからね。


 とにかく、絶対に、奈美に迷惑をかけるようなことはしない。約束する。それで、奈美を絶対に、幸せにするから。だから、


 木村奈美さん。僕と結婚してください。」


 少し前からうっすらと溜まっていた奈美の目の涙は、いつの間にか、奈美の頬を伝ってこぼれ落ちていた。


 「ありがとうございます。こちらこそ、森田奏さん。私と結婚してください。」


気づけば奏の目にも、涙が溜まっていた。


「じゃあ、結婚式の準備、しないといけないね。ウェディングドレスの試着とか。」


「わあ、楽しそう。何か、ファッションモデルみたいだね。


 あ、これで正真正銘、『モデル』だね!」


「そうだね!」


 心なしか、レストランの照明は、落ちているように感じた。2人はそう言って笑いながら、また泣きながら冗談を言った。


※ ※ ※ ※ 


 「ユイカちゃん、今日は、森田奏さんと木村奈美さんの結婚式だね。


 …大丈夫?」


ユイカは、雑誌の撮影の休憩時間に、女性マネージャーからそう聞かされた。マネージャーには、特に奏との一件を報告したわけではないが、さすが、察しのいいマネージャーだ、ユイカはそう思った。


「もちろん、知っていますとも。


 私は大丈夫です。思えば、あの2人、本当に仲が良くて、私なんて、出る幕じゃなかったのかもしれませんね。 


 それにしても、私を振るなんて、いい度胸!あっ、もうこの台詞、言わないって決めてたのに、また言っちゃった。私、嫌な女ですよね?」


「そんなことないよ。ユイカちゃんは充分、魅力的だと思う。またすぐに、いい人現れるよ。ただ、マネージャーとしては、気が気ではないけどね。」


「フォロー、ありがとうございます。そうですね。いい人、見つかるといいな。」


「休憩終了です。では撮影の方、よろしくお願いします。」


ユイカはスタッフの合図を聞き、仕事へと戻った。





 「汝、森田奏は、木村奈美を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が2人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


「はい、誓います。」


「汝、木村奈美は、森田奏を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が2人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


「はい、誓います。」


奏と奈美、2人はこの日、永遠の愛を誓った。この日の奈美は、とびきりのウェディングドレスを着て、奏の目には、とても綺麗に映った。また奏の方も、タキシードを着て、いつもより倍以上は魅力的なように、奈美の目には映った。


 そして、奏は結婚指輪を、奈美に送った。また、奈美の右手の薬指には、あの日、2人で泣きながら冗談を言い合った時の、婚約指輪が光っている。


 「ではベールをあげてください。誓いのキスを…」


 神父の呼びかけに応じて、2人は誓いの口づけを交わした。(終)


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