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Geekに恋した2人  作者: 水谷一志
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二 三角関係


 「ちょっと、いつまで私を待たせるつもり?ちゃんと段取り、確認してあるの?」


「すみません、実は私が、ユイカさんの撮影の順番、間違えて伝えてしまっていて…。今、確認して、もう一度スケジュールの調整、してもらっているところなんです。私のミスで、ユイカさんを待たせるようなことになってしまい、本当に申し訳ありません。」


「ちょっと、しっかりしてくれる?こっちは今日の撮影のために、しっかり準備して、勝負かけてるの。中途半端な仕事、しないでくれる?」


「す、すみません…。」


 これはとある場所での雑誌の撮影における、ユイカとアシスタントとの一幕である。こうして見ると、ユイカは高飛車な女だ、と思うかもしれない。さらに、高飛車なだけでなく、自意識過剰で、ナルシストで、性格も悪く、他の人、特にアシスタントなんかは見下している…そう思うかもしれない。


 が、実際はそうではない。


 確かに、ユイカはよくアシスタントや周りの人を叱責するので、高飛車に見えるかもしれない。しかし、それは彼女が、モデルという仕事に対して、自分にも他人にも厳しいからで、決して他のモデルにありがちな、(と言っては他のモデルに対して失礼だが)自意識過剰になっているから、というわけではない。





 ユイカ、本名本郷唯花ほんごうゆいかは、東京生まれの東京育ちである。そして、幼い頃からみんなに「可愛らしい」と言われ、育ってきた。実際、ユイカは小さい時から、誰からも美人と思われるタイプで、非の打ち所がない顔であった。もちろんそれは、20代の大人になった今でも変わっておらず、そのことがユイカを、同性だけでなく、男性からも人気のあるトップモデルに、しているのであった。


 しかしユイカが本当に優れているところは、決して顔だけではない。ユイカは、幼い時から、負けず嫌いで、ストイックな性格であった。


 小さい頃のユイカは、月曜日はピアノ、火曜日は英会話、水曜日はスイミング、木曜日は書道、また金曜日は合気道と、ほぼ毎日、習い事に勤しんでいた。そして、そのどれも、ユイカは手を抜くことなく、真剣に取り組んできた。もちろん、その全てで、そのレッスンのトップクラスの、成績も収めている。つまりユイカは、顔だけでなく、物事に対して万能であり、いわゆる才色兼備な女の子だったのである。もちろん、学業の方もトップクラスの成績であったことは、言うまでもない。


 普通であれば、このような星の下に生まれたら、自信過剰にでもなりそうなものだが、ユイカは決してそうはならなかった。ユイカは物事に対して、本当にストイックで、真面目な性格であった。それだけでなく、ユイカは優しい一面も持ち合わせており、大半の、(ユイカは決してそのようには思ってはいないが)自分より出来の悪い人に対しても、奢ることなく、快活に接し、時には他の人に、(頼まれればではあるが)アドバイスを、丁寧にすることもあった。


 もちろん、ユイカは負けず嫌いな性格も持ち合わせていたが、それはどちらかと言うと、他人に対して、というものではなく、自分に対して、というものであった。特に、そんなユイカでも時々ある、「今日は、勉強も練習もしたくない。」というような弱い心には、絶対に負けたくないと、ユイカは心に決めていたのであった。


 「絶対唯花だったら、トップモデルになれるよ。ねえ、オーディション、受けてみなよ?」


これは、ユイカが高校生の時に、友達に言われた一言である。その時のユイカは、もちろん年頃の女の子らしく、ファッション、ひいては芸能界に興味はあったが、「自分がモデルになる」という、確固たる目標意識があるわけではなかった。しかし、その後友達が、半ば勝手に、ユイカをオーディションにエントリーしたことで、ユイカの人生は、大きな転機を迎えることになるのである。


 「エントリーNo136、本郷唯花です。よろしくお願いします。」


そこから、ユイカの快進撃が始まった。ユイカは、生まれながらのルックス、プロポーションに加え、多種多様な習い事、また趣味の関係で、様々な質疑応答にも臆することなく、堂々と答え、あれよあれよという間にそのオーディションの、グランプリを獲得した。そして晴れて、ユイカはモデルとして、デビューすることになったのである。


 そして、ユイカはその時から、不思議な感覚に捕らわれた。今までの人生でユイカは、勉強や習い事など、(もちろん、自意識過剰という意味ではないが、)どちらかというと自分のために、努力をしてきた。そうやって自分磨きをして、さらなる高みに達したい、そのために、色々なことに挑戦したい…。それが、今までのユイカの生きてきた道であった。しかし、モデルの仕事は、少し違った。もちろん、モデルの業界だって、自分磨きをしなければならないし、目標を達成して、さらなる高みに行くこともできる。だが、雑誌の編集者等、関係者から、耳にタコができるほど聞かされた言葉は、


「あなたたちは、洋服を綺麗に見せるのが仕事なの。決して、自分を綺麗に見せるのが仕事ではないわよ。」


という、言葉であった。


 「これが、モデルという仕事の楽しさ、やりがいなんだ。」


ユイカは、そう感じた。そして、しばらくこの仕事を続けていくうちに、これこそが自分のやりたかったこと、大袈裟に言えば天職なんだと、思うようになった。いかに着ている洋服を、魅力的に見せ、雑誌の読者に楽しんでもらえるか…。気づいたらユイカは、そのことばかり考えるようになっていた。もちろん、誰にでもあることだが、「今日は、仕事に行きたくない。」と思うことだって、ユイカにもある。でも、そんな時でも、ユイカは持ち前の負けん気で、自分の弱い心に打ち克ち、仕事をしてきたのだった。





 「さっきはきつい言い方してごめんなさい。でも、私たちモデルは、オーバーだけど命張って、仕事をしているってこと、分かって欲しかったの。」


これは、全ての撮影のスケジュールが終わった後、さっき怒ったアシスタントを呼び、ユイカが言った言葉である。


「ありがとうございます、ユイカさん。私も、ユイカさんの仕事ぶりを見て、本当に反省しました。次からは、ミスがないように気をつけます。やっぱりユイカさんは、すごいですね!」


 アシスタントの方も、さっき怒られたユイカにフォローしてもらい、嬉しそうであった。ユイカはモデルの仕事を始めて以来、同僚の失敗は厳しく追及する方であったが、その後の声かけも、欠かさず行っていた。そのことが、ユイカを一般人だけでなく、芸能関係者からも人気のあるモデルにし、さらに同業者から一目置かれる、モデルにしていた。





 「ユイカちゃん、今度の仕事なんだけど、最近新人賞をとった、森田奏くんって知ってる?」


「えっと…。すみません、詳しくは知らない方なんですけど、どういった仕事ですか?」


女性マネージャーからの問いかけに、ユイカは正直に答えた。


「分かった。


森田奏さんは、最近流行りの、新人作家。この間、小説の新人賞をとって、それで過去の著作も、ブレイクしてきてる。私も何作か読んだけど、なかなか面白いわよ。


それで仕事の方は、一応、雑誌の対談企画なんだけど、テーマは『20代、若き2人の才能』で行きたいと思うんだ。大丈夫かな?」


「もちろんです!ありがとうございます。それと、相手の方に失礼がないように、その、森田奏さんの著作、読んでおきたいんですが…。」


「そうだね。さすがユイカちゃん。一応、ネットにアップされているものは何作かあるけど、新人賞をとった作品は、『未来からの使者』っていうタイトルのものだから、すぐに持ってくるね。」


「いえ、それだけじゃ不十分だと思います。森田奏さんの著作は、ネットにアップされているものがあるなら、それも含めて全部読みたいです。その、『未来からの使者』だけじゃなく、全部紹介してもらえません?」


「分かった。そこまでしなくてもいいとは思うけど…、やっぱりユイカちゃんはユイカちゃんだね。すぐに全部、用意するからね。」


「ありがとうございます!」


ユイカは、モデルの本業だけでなく、こういった仕事にも熱心で、準備は決して怠らない。その姿勢が、今回の対談の企画にも、如実に表れていた。


 そして、ユイカは奏の著作を、読み始めた。読み終えた後の奏の「第一印象」は…、文章の構成がしっかりしていて、頭の良い人だな、という印象であった。また、小説を書くことが、本当に好きなんだなという印象も、ユイカは奏に対して持った。とにかく、対談に当たって、粗相がないようにしないといけない…。ユイカはこの時は、そのことだけを考え、奏との対談の日を待った。


   ※ ※ ※ ※


 今思えば、その後、奏さんに対してあんな気持ちを持つなんて、この時には想像もできなかった。いや、この時既に、私は本当の奏さんと、「出会って」いたのかもしれない。ただ、それに気付かなかっただけだ。だって、奏さんの書いた小説は、奏さんの思い、パーソナルな部分が、溢れ出たものなんだから。そして、奏さんに会って、あいさつして、話をして…。どうしちゃったんだろう、自分。私が、こんなに、奏さんのことをもっと知りたい、奏さんとずっと一緒にいたい、って思うなんて、やっぱり、あの時の自分には、想像できなかった。


   ※ ※ ※ ※


 「初めまして、森田奏です。今日は、よろしくお願いします。」


奏は、初対面のユイカを前にして、緊張していた。もちろん、ユイカは今をときめく超人気モデルだから、というのは奏が緊張していた理由の1つだ。しかし、理由はそれだけではなかった。実は、ユイカは奏にとって、タイプの女性であったのである。もともと、柄にもなく少し派手めの女性を好む奏は、ひそかに(といっても周囲にはバレバレであったが)「ユイカちゃん、かわいいな。」と思っていた。そして、担当者からこの対談の話を頂いた時、そう、


「ユイカちゃんって知ってるかな?」


と訊かれ、ユイカと仕事ができると分かった時は、


「えっ、はい。一応知ってます。」


と、「一応」をつけて返事をし、さらにポーカーフェイスで通したが、内心では、


「やった!」


と、心が跳び上がってしまうような勢いだったのである。


 また、それと同時に、「対談で緊張し過ぎて、空回りして、ユイカさんに嫌われたらどうしよう…。」と、奏の頭の中には、一抹の不安もよぎった。その不安は、時間がたち、対談の日が近づくにつれて日増しに大きくなり、奏の心は、期待というよりもそちらの不安の方が大きく、完全に不安モードになっていたのであった。


 「初めまして、ユイカです。こちらこそ、よろしくお願いします!」


ユイカも奏にあいさつした。その笑顔もかわいらしく、また上品だな、奏はそう思った。そして、この日を迎えたからには、不安に思っていても仕方がない。とりあえず頑張ろうと、奏は一瞬で、心に決めたのであった。





 しかし、奏以上に、予想外の緊張をしたのは、ユイカの方であった。


 奏に初めて会った時、そして奏とあいさつをした時、ユイカの中で、何かがはじけた。一応、奏の作品は全部読んできたので、奏の人となりは、それなりに理解して来たつもりである。でも、実際の奏は、違った。いや、これが他の人なら、「単に書いてあるものと、会った時の印象とが違う。」というだけのことであるかもしれない。しかし、ユイカの感情は、それとも違う。


 奏を見た瞬間、その一瞬で、ユイカの心は、奏に奪われた。それは、単に奏の見た目だけに惹かれたのではなく、奏の著作からのエネルギーが、奏の全身に、集約されているかのようなものであった。


 「私は、もしかして、奏さんのことが好き…?」


ユイカは、次の瞬間そう思ったが、すぐに、その感情を打ち消そうとした。


 ユイカは今まで、その美貌や性格から、多くの男性に好意を寄せられるタイプであった。そのため、特に学生時代など、例えば同じクラスの男子から告白されたことも、1度や2度ではない。


 そして、その告白を受け入れ、男子と付き合ったこともあるし、またユイカの方からある男の子を好きになり、告白して付き合ったこともある。ユイカの性格上、男遊びが激しい方では決してなかったので、今まで付き合った男性の人数は、多い方ではなかったが、それでもユイカは、決して自分は恋愛慣れしていないタイプではない、と、自分自身で思っていた。


 また、ユイカは、「交際するなら、真剣にしたい。」と思うタイプであったので、いわゆる一目ぼれなどしないと、自分で思っているタイプであった。実際、今まで好きになった人、付き合った人は、一目ぼれではなく、よく考えた上で、そういう関係になった人ばかりである。だから、ユイカは、自分は一目ぼれとは無縁であると、勝手に思っていた。


 そのため、


「奏さんに出会い、自分がこんな気持ちになるなんて、完全に予想外だわ。」


ユイカは、そう思った。そして、「一目ぼれを絶対にしないポリシー」を持っていることから、また、仕事のオンとオフを使い分けるユイカの性格から、ユイカは、奏に対する思いを、打ち消そうとした。





 「ではここで、少し話を変えて、2人の学生時代について、訊いてみたいと思います。」


対談の進行役の男性が、そのような質問を発した時、


「奏さんは学生時代、どんな人だったのだろう?」


そう興味を持って、聴いているユイカがいた。


 そして、対談は好きな小説や、1週間の中で、読書をする時間など、本に関する話になり、その後、今ハマっていることなど、20代の2人ならではの、内容で進んでいった。もちろん、こういった仕事に慣れているユイカは、滞りなく自分のことについて話をしていた。しかし、ユイカの心の中は、いつもとは、まるっきり違っていた。


 「奏さんは、どんなことに興味があるんだろう?どうやって、毎日生活しているのかな?奏さんのことを、もっと知りたい!」


「私、奏さんに嫌われてないかな?ちょっと、自分のこと、しゃべり過ぎたかも…。」


気づいたらユイカは、そんなことばかり考えるようになっていた。もちろんこんな、公私混同のようなことは、今までの仕事の中では全くなかったし、ユイカの本意でもない。しかし、1度芽生えたこの思いを、ユイカはどうすることもできなかった。仕事は仕事で頑張らなければいけないが、どうしても、奏さんのことが気になる…。ユイカは、対談中、そんな気持ちであった。


 「さて最後に、今後の2人の、抱負をお願いします。」


「そうですね。僕は、これから作家としてやっていく自信はありませんが、1人でも多くの人に、自分の作品が認められ、また感動を届けられたらいいなと思います。」


「私は、今までやったことのないことも含め、これからもっと、色々なことに挑戦して、自分自身を高めていきたいです。そして、多くの人に、少しでも元気を与えられるように頑張って、微力ですが、社会にも貢献していきたいと思います。」


こうして、対談が終わった。





初めての対談の仕事を終え、奏は緊張が解け、少しハイな気分になっていた。憧れのユイカとの対談は、思っていた以上に楽しく、時間があっという間に過ぎてしまった。奏は、もう少し対談の時間が、長ければいいのにと後で思ったが、すぐに気を取り直した。


そして、ユイカの方は、少しばかりの、焦りにも似た気持ちを持っていた。このまま対談の会が終了し、家に帰ってしまえば、奏さんとは2度と会えなくなるかもしれない。そんなの嫌だ…。ユイカは、この対談の時間を通して、奏のことが、本当に好きになっていた。


少しの迷い、ためらいの後、ユイカは、勇気を出そう、そう心に決めた。そして、帰り支度をしている奏に、意を決して話しかけた。


「あの、奏さん、今日は、ありがとうございました。」


奏は、ユイカが自分に話しかけてきたことに驚き、また自分のことを、「奏さん」と呼んだことにさらに驚いた。


「あ、ユイカさん、とお呼びしてよろしいですか?こちらこそ、本当にありがとうございました。」


「それでなんですが、奏さんは、イタリアンのお店とか興味あります?」


「はい、イタリアンは好きですが…。」


「良かった!実は最近、新しいイタリアンのお店が、この近辺にできたんです。今度2人で、一緒に覗きに行きません?…今日の『打ち上げ』も兼ねて?」


「えっ?もちろんお誘いは嬉しいんですが、僕なんかと2人でいいんですか?」


「はい、1度奏さんと、仕事以外の時間で、ゆっくりお話がしてみたいと思いまして。」


「そうですか。分かりました。お誘い、ありがとうございます!」


ユイカは、ありったけの勇気を振り絞って、奏を誘った。思えば、こんなに異性に対して緊張しながら、それでも積極的になったのは、生まれて初めてかもしれない。今までユイカは、前にも少し触れたかもしれないが、どちらかというと告白するより、される方が多かった。また、自分から告白する時でも、その前に、その相手の方も、ユイカのことが気になる、というパターンばかりであった。(もちろん、ユイカはそれを計算していたわけではないが。)だから、こんな風に相手の気持ちが分からないまま、異性を誘うという行動は、今回が初めてであった。


 そして、2人は携帯の連絡先を交換した。この時の奏は、ユイカが自分に好意を寄せている、なんてことには全く気づかず、ただ、「純粋に、ユイカさんは今日のお礼がしたいんだな。」


という風に、ユイカの行動を解釈していた。そして、


「ユイカさんは、律儀な人だな。」


というように、勝手に解釈しているのであった。


 その後、奏とユイカは、別々に対談場所のビルを出た。天気予報では、


「冬型の気圧配置の影響で、今日は全国的に寒い一日となり、雪も降るでしょう。」


と言っていたが、その天気予報はここにきて当たり、ビルの外には、雪がうっすらと積もっていた。





 「こんにちは。奏さん。」


「あ、こんにちは、ユイカさん…ですよね?何かいつもと、雰囲気違いますね。」


今日は奏とユイカの待ち合わせの日だ。前に仕事を一緒にした時と違い、今日は雲ひとつない快晴であった。ただ、気温は前とは変わりなく、昼間の時間であるにも関わらず、寒さの強い日であった。


そんな中、待ち合わせの時間に、ユイカが変装してやって来た。普段、雑誌の紙面で見るユイカは、基本的に、「都会のお姉さん」というような格好が多かったので、今日のように、少しボーイッシュな格好を見る機会は少なく、奏は、彼女がユイカであると気づくのに、少し時間がかかった。さらに、ユイカは眼鏡はしていなかったが、マスクをしており、そのことが、余計にユイカを誰だか分からなくしていた。


 正直ユイカは、この日に着ていく私服を、何にするか迷っていた。もちろんユイカは、トップモデルというだけあって、ファッションに対する造詣は深い。その中には、「初デートで、相手の男性が喜ぶコーディネート」という項目も、一応含まれている。(このテーマは、紙面で何度も組まれている企画であった。)しかし、いざ自分が、その立場になると、


「奏さんの好みの女の子って、どんなタイプなんだろう。」


「『モデルをしている割には、ダサい。』


なんて、思われないかな。」


など、不安が尽きないものであった。


 また、その不安に比べると小さなものであるが、(本当はこちらの方が大問題であるかもしれないが)ユイカの頭の中には、もう1つの懸念があった。それは、


「私の姿、今日のデートを、週刊誌などに撮られるとまずい。」


というものであった。もしそのようなことになれば、自分だけでなく、奏さんにも迷惑がかかるかもしれない…。ユイカはそう思い、最終的に、コーディネートをいつも紙面で見せているユイカのイメージとは違う、ボーイッシュなものにしたのであった。


 それでも、ユイカはトップモデルだけあって、センスが良く、傍から見た場合、「完璧な、イメージチェンジ」に成功した、ととられるような服装であった。ただ、そういう格好をしたことによって、


「奏さんは、私のいつものイメージの方が、好きかもしれない。」


という不安を、ユイカは抱いていた。


 しかし、奏の、ユイカを見た時のリアクションは、


「驚いたけど、こんなユイカさんもかわいい。」


というものであったので、ユイカは奏を見た瞬間、「やった!」と、心の中で一瞬喜んだ。





「奏さんは、こういう店にはよく来るんですか?」


「そうですね…やっぱりイタリアンは好きなので、一応チェックはするようにはしています。」


ユイカと奏は、他愛もない会話を、店内で楽しんでいた。ユイカの紹介したこのレストランは、今時の女子が好きそうな、おしゃれなレストランで、さらにデートで男性がそこにいても、苦にならない雰囲気も併せ持っており、このレストランを選ぶ、ということで、ユイカの女子力の高さが際立つような、そんな風情のあるレストランであった。


 「ユイカさんは、仕事が休みの日には、何をしているんですか?」


「私は…『自分磨き』が好きなので、休みの日でも色々と活動してしまいます。最近は、英語がもっとできるようになりたい、と思いまして、英会話の本を買って、読んでいます。将来的には、まだ受けたことがないので、TOEICトーイックなんかも受けたいですね。もちろん、アロマキャンドルをたいて半身浴とか、女の子が好きそうなことも、やっていますよ。


 本当は何もせず、ボーっとした方が、疲れがとれるのかもかもしれませんが、そういう時間はちょっと苦手です…。何か、かわいげのない答えですみません。」


「いえいえ。そんなことないですよ。さすが、ユイカさんは違いますね。僕は、仕事が介護士なので、休みの日には、小説を書いていることが多いですね。他には…体力作りで、ランニングなんかもしています。介護士の仕事は、想像以上に体力を使うので、ランニングは、とても効果があるんです。」


「そうですか。私は介護のことは詳しくないんですが、人の役に立てる仕事って、尊敬してしまいます!」


 ユイカとの会話を、奏は楽しんでいた。奏は、


「ユイカさんはトップモデルなのに、少し新人賞をとったぐらいで何のキャリアもない、僕なんかと対等に話をしてくれる…やっぱり、ユイカさんはいい人だな。」


と、改めて思っていた。


 そして、ユイカの方も、奏との時間を楽しんでいた。さらに、ユイカは、


「こういった他愛もない話が、こんなに楽しいなんて、やっぱり私は、奏さんのことが好きなんだ。こうやってずっと、奏さんのことを見ていたい。奏さんにもっと、近づきたい。」


と、思うようになっていた。


 「今日のランチ、本当においしかったし、楽しかったです。ありがとうございました!」


奏はユイカにそう伝え、帰り支度をしようとした。


「あの…、今日は私も、本当に楽しかったです。これからもこうやって、2人でどこか食事に行ったり、遊んだりしてもらうことは、できますでしょうか?」


「もちろん、ユイカさんが良ければいつでも。これからは友達として、よろしくってことですね?」


「いや、あの、友達としてではなくて…。」


「えっ?」


奏は、その時のユイカの様子が変わっていることに気づいた。


 「あの、私、実は、奏さんのことが好きなんです。その、好きっていうのは、友達としてではなくて、1人の男性として、っていう意味で…。初めて奏さんとお会いした時から、何か、気になっていて、それで、対談で奏さんと話をさせて頂いて、あとこうやって奏さんと一緒に食事をして、自分の中で気持ちが固まった、っていうか…。だから、その、できれば、私とお付き合いして欲しいです!


 …もちろん、急にこんなこと言われても、奏さんも戸惑うだけですよね?それは分かってます。だから、すぐに答えを出して欲しいとは言いません。でも、私とのことを真剣に考えて、できれば、前向きな答えが欲しいです!携帯に連絡してくれても、呼び出してくれてもいいので、いい返事、期待しています!


 すみません、それでは、失礼します…!」


 ユイカは奏に対して、一気にしゃべりかけ、そして走り去るようにレストランを後にした。その走り去る様子は、どこかかわいげがあり、いつものトップモデルのユイカとは、また違った雰囲気を醸し出していた。そして、ユイカの心の中は、奏に告白した、という達成感に似た気持ちで、外の快晴の冬空のように、晴れやかになっていた。


 そして、奏の方は、ユイカの急な告白にただただ驚き、呆然としていた。そしてしばらく経った後、奏もレストランを出て、家路へと向かった。





 奏は、家に着いた後、ユイカとの今日の出来事について、真剣に考えていた。


「確かにユイカさんは、トップモデルだけあって、美人で性格も良く、非の打ちどころのない人だ。それに、正直自分のタイプだ。


 …でも、僕には奈美がいる。奈美との関係を壊して、他の女性と付き合うことは、僕には考えられない。


 だから、ユイカさんには申し訳ないが、やっぱりユイカさんとは、付き合えない。」


奏はしばしユイカとのことについて考えた後、結論に至った。そして、「このことは、ユイカさんに直接伝えなければ」と思い、後日、ユイカを携帯で近くの公園に呼び出した。





 ユイカにとって、今日は運命の日であった。奏に呼び出されたユイカは、待ち合わせの公園へと向かっていた。この日のユイカの服装は、変装用に、前のようにマスクをしていることに加え、伊達眼鏡もしていたが、私服は、ピンヒールにワンピースという、いつものユイカのイメージを思わせるような格好で、それはユイカにとっての、勝負服であった。もちろん、前にレストランに着て行ったような、ボーイッシュな格好も似合っていたが、この日のユイカは、他の追随を許さないような、圧倒的なトップモデルとしてのオーラを、(マスクがあるにも関わらず)醸し出していた。


 ユイカが公園に着いた時、既に奏はそこで待っていた。そして、ユイカと奏との会話が、始まった。


 「すみません、奏さん。お待たせしてしまって。」


「いえいえ、構わないですよ。僕もさっき来たばかりです。」


「ありがとうございます。それでなんですが…、この間の答え、聞かせてくれないでしょうか?」


「分かりました。僕の出した答え、しっかり聴いてくださいね。


 実は僕は、ユイカさんとこうして出会う前から、ユイカさんのファンでした。まあ、ファンと言っても、そんなに熱心なファンではなく、『きれいな人だな。』と思う程度でしたが…、とにかく、ユイカさんのような女性が、僕にとってタイプであることは、間違いありません。


 だから、ユイカさんとの対談の仕事が決まった時、僕は心底、嬉しかった。憧れのユイカさんは、実際どんな人なんだろうと、興味津々でした。今考えると、少しミーハーでしたが。


 そして、ユイカさんとお会いして、話をして、ユイカさんの人柄を知って、僕は、ユイカさんは何て素敵な人なんだろうと、思うようになりました。ユイカさんはトップモデルだからといって、天狗になったりしていないですよね?それどころか、一生懸命、仕事や自分磨きに打ち込んでいらっしゃる。その姿勢は、素晴らしいと思います。僕も、ユイカさんを見習わなければならない…僕は今、心底そう思っています。そして、異性として見てみても、ユイカさんほど魅力的な女性は、いないと思います。」


「ありがとうございます!じゃあ…」


「ちょっと待ってくださいね。でもやっぱり、僕は…、ユイカさんとお付き合いすることはできません。実は僕には、高校時代から付き合っている、彼女がいます。その彼女は、ユイカさんほど器用で、才能があるわけでもありません。でも、僕にとっては、彼女が1番なんです。だから、その彼女との関係を壊して、他の人と付き合うというのは、僕には考えられません。だから…、本当にごめんなさい。これからは友達として、よろしくお願いします。」


 「そうですか…、分かりました。今日は貴重な時間をとってしまい、申し訳ありませんでした。」


「いえいえ。本当に、すみませんでした。」


ユイカは奏の答えを聞いた後、そう言い残し、公園を後にした。そして、奏と別れる時、奏からユイカの姿が見える範囲では、気丈に振る舞っていたが、奏から見えない所に入った瞬間、ユイカの目から、涙が止まらなくなった。その涙は、今流行りの、レンズなしの伊達眼鏡をつたって流れ落ち、また、ユイカはマスクの中から、嗚咽を出さずにはいられなかった。そうやって泣きながら、ユイカは自宅へと、帰っていった。空を見上げれば、そこにはユイカの今の気持ちとは正反対の、快晴の青空が広がっていた。


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