第19話 グリーシアの内乱
帝国内や他国で流通する銀貨が出回り過ぎたためオサムはインフレを気にしなければならなくなった。
「銀貨ばかり何十億枚も使ったし、世界の経済規模を考えるとそろそろやめるか」
オサムはそう言って帝国の銀貨の殆どを一旦封印した。
代わりに金貨、それに以前と違う青銅貨や黄銅貨を数種類作らせた。
市場に出回る金貨は主流となる銀貨、それに青銅貨、黄銅貨と比較すると多くはない。
銀貨との兌換率は30対1程度だろう。そのあたりは市場経済に任せればいい。
物資は帝国で押さえてあるので、流通量をコントロールすればいい。
金や銀、銅や鉄鉱石、石炭は多く産出させているがストックさせているため問題無い。
今出回っている銀貨の一部も税や穀物、塩等で回収しようと考えていた。
副都のある旧シャングールは経済規模が大きいため問題は無いだろう。
南のルアムールは元々金銀での取引は殆ど無かったため、流通貨幣として必要なはずだ。
オアシス都市や北の都市群は人が住まず産業の無かった場所であるため今の流通量ではまだ足りない。
引き続き銀貨や新しい青銅貨等の導入を行うことにした。
新規に作る貨幣は鋳造ではなく鍛造とした。そのための工場も作った。
そして一旦バラ撒いた銀貨の回収が始まった。
そうこうしている間に次々と出産が始まった。
ウォース・ローレンダーク、イザック・シュルツ、リクソム・ストワード。
全て男児であった。
リムルの子もリューゼ・オルトール・グレイス。男児であった。
「やれやれだな、毎回慌てちまう。」オサムが言うと
「戦場に立って敵を待ってる方が気楽ですね」ハンビィが答えた。
クイードやタキトスも安心したらしい。オサムの執務室に集まってきていた。
「モンスターの大群が現れる程度で何も起きなかったですね」
「そうだなぁ、それも全部クラウドやアンカール達で片付けてるし」
オサムは机に足を放り出して椅子にもたれかかっていた。
「平和なのは良いんだけど、やることがなくなったな、俺達」
そう言うと椅子をくるりと一周させた。
待つのは疲れる。期間がわからないなら余計だ。
大陸西側と南方は1年程度では変わらない。
オサムは何もしてこなかったわけではない。
絵画や彫刻などの美術品や音楽や演劇などの芸術を振興していた。
多くのその道の天才たちがグレイス帝都に集まってきていた。
城の敷地に巨大な美術館を建て、それらを展示、保管したがこれはオサムの趣味ではなかった。
後世に残すためにやっているだけだ。
文化の保護者として戦乱による破壊からそれらを守っていただけである。
大きな出来事が起きたのはそれから約半年後のことだった。
グリーシア皇帝が崩御した。
元々が高齢であったため、自分亡き後のこともオサムに託されていた。
後継者として長子を皇太子指名しており、その後ろ盾となるようにだ。
他の子供達は爵位を与えられ家臣と同様の立場であったが、次男だけは国を与えられ王となっていた。
そして内戦が起きた。
気が強く好戦的な次男アトロ・スパルトンに対し、
温和で優しい皇帝であるパトロス・グリーシアは話し合いで解決を諮ろうとした。
しかし、アトロはそれに応じなかった。
オサムはパトロス・グリーシアの後援者だったが、グリーシア帝国の内政には干渉しない。
国境付近に軍を待機させただけでグリーシアとの国境は越えなかった。
これもグレイス帝国の方針であり、変えることは考えていない。
南東の国境付近に領土を持つアトロは隣接するパルトス王国と組み、20万の兵で周辺を攻略した。
オサムは歴史上そんな例を知っていたため放置していた。
3割の国土がアトロの手に落ちたが、皇帝に即位したパトロス・グリーシアは帝都周辺に兵をまとめただけだった。
総兵力50万人。この内乱で多くの者が難民となりグレイス帝国に逃げてきた。
一時的な住居や食料、仕事などは与えるため、難民といえども移住者と変わらない暮らしが出来る。
また、グリーシアの混乱を避けて、交易商もグレイス領地を通るのでグリーシアは疲弊した。
オサムは一度アトロに会うことにした。
黒騎士の装備ではなく、儀礼用の威圧感のない軽装甲冑だ。
もちろんビーツにレアアイテムを使わせて作っているため、防御力は普通のフルプレートを軽く凌ぐ。
腰にはレイピア。これも刀身はシルバードラゴンの鱗と角で作らせた。
インペリアルセイヴァーレベル50の剣。
そしてオサムはアトロの居城の庭にグリフォンから飛び降りた。
騎士や兵が一斉に出てきたが「王と話がしたい、グレイス皇帝だ」と言うと暫くして城に案内された。
アトロは「グレイス皇帝陛下が何をされに?説得ですか?」とオサムに敵意を向けると。
「そうではない、反乱の真意を聞きに来た。それが済めば帰る。」
オサムはそっけなく返答した。
それを聞き、アトロは
「兄のような気質ではこの国は守れませぬ、東や南方に敵が居ると言うのに」
「父上はこの帝国を良く統治しておりました。兄には無理だという私の判断です。」
アトロも国を思っての行動のようだった。
オサムはそれを聞きながらも
「だから国を割るのか?もう既に我が帝国に数万の者が難民として入ってきたが?」
「民を恐怖させるのがお前の帝国統治のやり方なのか?」
オサムは問い質した。
「それは私の望むところではありませんが、これ以外に方法を考えられませんでした。」
アトロが言った瞬間
「馬鹿者が!前皇帝の遺志に逆らい、他国の援助を受けて内乱を起こす。」
「お前のやっている事はこの帝国の弱体化だ。他国に借りを作る事にもなる」
オサムは自分よりかなり年長のアトロを叱りつけた。
「国を思っているのはお前もパトロスも同じだ。しかしパトロスは守りに徹している」
「国中の城塞に抵抗するなと伝えても居る。お前が帝都を攻めれば恐らく死ぬつもりで居るだろう」
パトロスの性格をオサムはよく知っていた。
「他国からの軍に荒らされた国土を良く見ることだな、前皇帝なら決してやるまい。」
「お前が始めたことだ。私は様子を見るだけにする。軍は出さぬ。好きに荒廃させよ。」
そう言い残してオサムは一旦パトロスの居るグリーシア帝都へ去っていった。
アトロは数日の間考え、帝都へ直接軍を動かした。
そこは50万の兵に守られていたが、パトロスが全軍の司令として甲冑を着ていた。
グリーシアの紋章が浮き彫りにされた甲冑と楯、馬用の甲冑の装飾。それだけでわかった。
アトロが軍を進めると、中央の兵が道を作りパトロスが先頭に出てきた。
数百騎を引き連れてアトロはパトロスに声が届く距離までやってきた。
よく見ると、爵位を持つ弟達もパトロスの軍に居た。
パトロスが
「アトロよ、これ以上の戦は私の望むところではない。一騎打ちで決めたい。」
そう言って剣を抜いた。他の兵は抜刀していない。
アトロは
「兄者が私に勝てると思うてか!」と怒鳴ると
「思っては居らぬ、しかしこれでお前が勝てば、アトロよ、お前が皇帝だ」
パトロスが答えた。
アトロは好戦的だが馬鹿ではない、パトロスの真意を知った。
パトロスはアトロに帝位を譲るため、敢えてアトロの手で死のうとしている。
強き者が皇帝とならねば帝国を維持出来ないと考えているのだろう。
「安心せい、この50万の軍は動かぬ。お前は帝国の敵ではないのでな。」
その言葉にはパトロスの思いと覚悟が込められていた。
アトロが単騎で馬を進めると、それに応じてパトロスも進めた。
70万の軍勢の中央で一騎打ちが始まった。
数度打ち込んだだけでアトロの優勢が分かった。
一旦離れ
「何故兄者はこのような事をするのです、我が軍の倍以上の兵力を持つのであれば戦えば良いではないか」
アトロが問うと
「一兵たりとて死なせたくないのだ、私ごとき皇帝のためにはな」パトロスは答えた
「皇帝を斬れば帝位はお前に渡る、皆にもそう言い聞かせてある、さぁ来い。」
パトロスが剣と楯を構えた。
更に数度打ち合うとパトロスは馬から落ちた。
立ち上がりはしたが「それ、好機だ、私を斬れ」パトロスが言うと
アトロは剣を向け、暫くしてその剣をパトロスが立つ近くの地面に投げ捨てた。
「出来ませぬ」アトロは言った。
「何故だ?あと一振りでお前は皇帝になれるのだぞ?」パトロスが馬の横に立って言う。
「できませぬ、兄者。愚か者の私を斬ってください」アトロが言うと
「私がお前を斬ることなど出来ぬ、お前のほうが強い」パトロスが返した。
その言葉を聞き、アトロは馬から降りて兜を取り膝をついた
「これならば兄者でも斬れます」アトロは言ったが
「無理だ、お前は大事な弟でありこの国の柱だ、グリーシアを頼む」
パトロスがアトロの放り投げた剣を目の前に置き、自分も兜を取った。
「さぁ、斬れ、アトロ」と言ったまま立っていた。
その時、アトロが剣を取り、自分の首に当てたのでパトロスはアトロを蹴り飛ばした。
「お前ではない、私を斬れ」パトロスは続けた。
アトロは
「出来ませぬ、兄者は帝国を、私は我が事を考えておりました。」そう言って剣を捨てた。
「アトロよ、お前も帝国のことを考えての事だろう?」パトロスが言うと
「兄者では帝国を守れぬと考えていただけで。しかし兄者が正しい」
アトロはパトロスの考えに振れて考え方を変えた。
「良いのか?私では帝国は守りきれぬぞ?」パトロスが言うと
「赦されるなら、私が守り抜きます」アトロは答えた。
「そうか、では守ってくれ。帝位は要らぬのか?」パトロスは確認した。
「要りませぬ、一人の家臣として働きます。兄者の剣として。」アトロはもう帝位に拘らなかった。
「そうか、では頼む、南東の敵は手強いらしいがお前が居れば安心だ」
パトロスはアトロの反乱を不問にしようとしていた。
「何か罰を、そうでなければ皆が納得しませぬ」アトロが言うと
「では、お前から王位を取り上げ辺境の軍を任せる。伯爵に降格だ。領地はそのままで良い」
パトロスはそう言うが、実質的には処分がないのと同じようなものである。
「アトロよ、それで良いか?」パトロスが訊き「はい」とアトロは答えた。
これを持って約9ヶ月のグリーシア内乱は治まった。
アトロは領地まで戻り、パルトス王国の軍を返した。
「皇帝の器ではないな、グレイス皇帝陛下のおかげか。」
自分は辺境軍の司令程度が似合っている、そうアトロは考え直した。




