プロローグ
人は剣であり、剣は人である。
俺のじじいは何度も言っていた。
しかし、今俺の手に持つ稽古用の鉄の塊は違うという。
だが、じじいの持つ刀“雪”は人であるという。
名を付け、愛でることで物は人となるのか?
否、その刀はかつては人だった。
そしてその刀は俺の祖母だという話だ。
生まれてこの方、じじいと動物と魔物と植物しか見てこなかった俺には想像もつかなかった。
両親は俺が生まれてすぐじじいに預けられ、今まで育てられてきた。
俺の母も剣であり、人でもあるという。
見たこともない現象、見たこともない人、信じろといっても難しい。
俺の手に握られている鉄の剣もじじいの刀も、どう見ても意思無き物なのだから。
「ハヤト、お前いくつになった?」
「ついこの前15になったはず」
禿頭に白く長い顎鬚、見た目ではただの隠居した老人。
しかし、剣の腕はこの世界で五本の指に入るほどの腕だそうだ。
その名、剣王『オボロ』と聞けば多くの者が跪く程だ。
だが、この事をその時の俺はまだ知らなかった。
「ワシの教えを言うてみろ」
「一つ、剣は己が信念の為に、弱きものの為に振るう。
一つ、人は剣であり、剣は人であるを忘れることなかれ。
一つ、女には優しく、誠実に生きよ」
最後の一つが実にじじいらしい、下心丸出しの教えだった。
「そろそろお前も自立する時がきた。この山を降り、ここを目指すといいだろう」
そう言ってじじいは封書と地図をよこした。
「こんなとこよりも経験を得られ、身も心も鍛えられるだろう」
少し寂し気な顔をしてじじいは言った。
「ここでワシが教えたことを決して忘れるな。世間に出る前にそれを叩き込みたかったのだ」
「なんだよじじい、そんなシケた顔すんなよ。ならまだ置いておけばいいじゃんか」
俺には一つ目的がこの場にあった。
これはじじいと稽古を始めてからの約束事、一度でもじじいに勝てたら“雪”を貰うというものだ。
もちろん、今の今までじじいに剣を掠らせたことすらなかった。
「お前が15になったら独り立ちさせると、お前の父親との約束じゃからな……」
「それならじじい、約束忘れるなよ? 俺が戻ってきてじじいに勝ったら“雪”をくれよな!」
「その頃にはお前には必要なくなっておろう……」
こうして地図に印をつけられた場所に向かうこととなった。
俺には剣しかなかった。
不安がないわけではない。
だが、ずっとじじいの元で暮らしていて、外の世界がどうなっているのか気になっていた。
外で学び、経験をし、戻ってきたらあのじじいに引導を渡してやろう。
そう思いながら山を降りていった。