現在 誠の他にも生まれ変わりはいた
薄暗い病院のロビーで待っていると、永里の両親が処置室の方から戻ってきた。二人の足音だけが遠くまで響いた。隣の先生と誠は立ち上がって二人を見る。
「お騒がせしてしまって、申し訳ありません」
永里の父親が頭を下げた。
「それで永里さんの容体は……」
一番訊きたい事を先生が言ってくれる。誠は両手に汗をかくのが分かって、強く握りしめた。
「大丈夫です。身体の方は。怪我も擦り傷と打撲くらいで骨には異常はないようです」
身体の方は……意味深なセリフだった。では……?誠は次の言葉を待って、ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。
「ただ……目を覚まさないんです。脳にも異常はないんですが……。そんなわけでして、とりあえず入院して様子を見ると……」
目を覚まさない。あの時、気を失ったままなのか。
「おじさん、おばさん!すみません!俺がもっと注意していたら、こんな事には!」
堪らず誠は頭を下げた。何で永里なんだ、何で俺じゃなかったんだ。何で気が付かなかったんだ。後悔だけが押し寄せて、苦しい。好きな女を守れなかった……誠の心の奥底にはそれがある。目の前で好きな子が傷つく所を見てしまったのだ、後悔しても後悔しても、まだ足りない。
「誠くんに怪我がなくて良かったよ。それに誠くんは永里が危なくないように車道側を通っていてくれたんだろう?横道の車の飛出しまでは仕方ないさ」
永里の父親がそう言って誠の肩をぽんと叩いた。
「だから頭を上げてちょうだい。誠くんが気にすることはないのよ」
永里の母親の言葉にゆっくり頭を上げると、はにかんだ笑顔が目に入った。泣きたい気持ちでいっぱいだろうに、永里の両親は自分の心配をしてくれている。そう思うと泣きそうで目頭が熱くなった。
「本当にすみませんでした……」
か細い声でもう一度謝った時、病院の入り口の自動ドアが開く音がして、全員がそちらを振り返った時だった。
「永里は?永里はどうした!」
年配の女性の声だった。ゆっくりと、いや急いでいるのだろうが、こちらへと向かってくる。
「母さん!」
永里の父親がそう呼んだ。ということは、永里の祖母か。
近くで見ると、六十半ばくらいの女性だった。急いでいたためか息が切れていて、大きく深呼吸をした後、話し始めた。
「永里は大丈夫なの?」
「怪我は大丈夫だけど、まだ眠ったままなんだ」
永里の父親が言い終わると、我に返って辺りを見回す。慌てて誠と先生は頭を下げた。
「失礼しました。永里の祖母です」
「私は剣道部の顧問をしています小島と申します。こちらは一緒にいた高科誠くんです」
誠は紹介されて再び頭を下げた。
「高科です」
すると、永里の祖母は時が止まったように、茫然と誠を見ていた。
「高科……。もしかして、一誠さま……?」
なぜ、それを?誠はぱっと顔を上げた。永里だって思い出していないことなのに、なぜ永里の祖母が知っているのだ。
「なんで……それを……?」
自然と口から滑り出した言葉だった。だが、誰もそんな事は知らない事実なので、すぐに誤魔化すように目を伏せた。
「その話は、また今度しようか、誠くん。どうやら私と彼は以前からの知り合いのようだったよ」
さすがに年齢を重ねると誤魔化すのが上手い。あまり怪しまれないように言ってのけると、永里の父親を促した。
「さ、早く永里に会わせてちょうだい」
「あ、ああ。先生、ありがとうございました。誠くんも気をつけて帰るんだよ」
永里の父親は挨拶をすると、永里の母親と祖母を連れて、再び元の処置室の方へ戻っていった。残された誠はその後ろ姿を見送るだけだったが、内心は穏やかではない。
「送っていくから、帰ろう」
先生は誠の背中を押した。
どくん、どくん……誠の心臓が高鳴る。
俺の他にも過去を知っている人がいた!永里の祖母は自分を『一誠』だと知っていた……ということは、かつての自分の妻だった『永』は永里だと知っているはずだ。近くにいた者……女、女、いや、男かもしれない。誠は遠い記憶を巡らせる。
「あ……!」
誠が振り返ると、もうすでに永里の家族の姿はなく、ただ暗い廊下があるだけだった。思い出した……あの女は……!
「どうした?」
隣を歩く先生が不思議そうな顔をして覗き込む。
「あ、いや、何でもないです」
再び入口へと向かって歩き出した。そうだ、思い出した。あの女は佳だ。永の乳母だった佳。そうか……永里のおばあさんは佳の生まれ変わりか!頭の中で謎が解けて誠は少しすっきりした表情で病院を出た。だが、まだ不安は消えない。
「永里……」
所々に病室の灯りが漏れる病院を見上げて呟いた。