現代 永里、戻る
「え……!え……り!」
何か聴こえる。一誠さま?
「永里!永里!」
自分を呼ぶ声がする。私は『えり』だったか『えい』だったか。何があったのか思い出せない。
「永里」
ゆっくりと永里は目を開けた。初めに目に飛び込んできたのは、真っ白な天井だった。どこだ、ここは。自分の横に点滴のボトルがぶら下がっているのも見えた。
「永里」
もう一度呼ばれて、永里は顔だけを動かした。窓際にいる人物は背に夕日を受けて、顔がよく見えない。逆光の眩しさに目を細めた。永里が目を覚ましたので、その人は段々と近づく。
「一誠さま……」
しかし、様子が違う。着ている物が違う。髷も結っていない。え……?どこ?ここは?私は溺れかけていたはず。
「一誠さまじゃない……。え?誠?」
誠は目を丸くしたが、分かっていたのか微笑んだ。
「永里、戻ってきたんだね。良かった……良かった!」
つっと誠の頬を涙が伝った。
「誠……誠だよね?」
永里には、一誠か誠か区別がつかない。同じ顔、同じ声。ただ話し方が違う、服が違うくらいだった。
「そうだよ。永里……ちゃん、昔の自分のことを思い出したんだよね?俺が誰だか分かる?」
誠の声は涙声だった。
昔のこと?昔、昔……ああ、そうか。私は永じゃない、永里だ。そして、ここにいるのは誠。
そうか、私は永だったのか。そして誠は一誠さまだったんだ。一気に過去の人生が蘇る。実家の成島家、嫁ぎ先の高科家、一誠、佐和子、三津、子供達……沢山の顔が思い出された。
「うん。誠でしょう?昔は一誠さま……」
誠は微笑んだ。泣いて真っ赤な目が嬉しそうに細められる。
「そうだよ。前世は一誠だった。永里ちゃんは永姫だったって思い出した?」
永里は大きく頷いた。どうして今まで忘れていたのだろう……でも、大勢の人は前世の記憶なんかない。自分もその一人だった。だが、誠は以前から憶えていたようだし、自分のことも知っていたようだ。どんな気持ちで私のことを見ていたのだろう。
「ごめんね、ずっと忘れていて」
誠は首を振って否定した。
「いいんだ。永里ちゃんが戻ってきてくれただけで。永の記憶まで思い出してくれたのはオマケのようなもんだよ」
誠は涙を拳で拭う。荒っぽい拭い方は男らしい。
「泣かないでよ」
永里は顔を歪めた。
「嬉しいんだよ。永里ちゃんが目を覚ましてくれたし。自分で何が遭ったか憶えてる?」
記憶を辿る。永の記憶の前……ああ、そうだった、私は事故に遭ったんだった。誠と一緒に帰る途中で車とぶつかったんだ。それで、ここは……病室ってわけか。永里はキョロキョロと辺りを見回した。
誠の話では、事故に遭った後、この病院に運ばれた。怪我は大したことはなかったが、眠ったままで意識が戻らなかった。それが一週間。
永としての前世の記憶は全て思い出したが、特に強く憶えているのは……池に落ちて記憶を失ってから三津に殺されそうになった川での事件までだ。まるで今経験してきたように憶えている。まさか、本当に経験していたというのだろうか。
誠は『戻ってきた』と言った、え?……ということは……?誠は私が何をしていたか知っている?いや、でも……眠っていたというし、私自身はここにいた。じゃ、どういうこと?誠をじっと見ると、まだ拳で涙を拭っていた。沢山心配してくれていたんだ……。
「ごめんね、誠」
「もういいって。調子狂うから謝らないで」
それじゃ、普段の私が横暴みたいじゃん。口を尖らせると、誠はふっと笑った。
「ずっと付いていてくれたの?」
「うん……顔を見に来ていたくらいだよ」
どれだけ心配していてくれたのだろう。そう考えると申し訳ない。
「永里ちゃん、思い出したついでに……」
その時、ドアをノックする音がした。誠の言葉を遮る。二人でそちらを振り向くと、看護師と祖母が立っていた。
「目を覚ましたのね!先生呼んで来ます!」
女性の看護師は、廊下をキュキュっと靴を鳴らして走っていった。ドアには祖母だけが残されていた。永里は目を瞠る。
ああ……おばあちゃん……!おばあちゃん!
「おばあちゃん……!じゃない……佳……」
間違いない、この面影は乳母だった佳だ。誠が『俺が言うより先にバレちゃったか』と笑っていた。今度は永里が涙を流す番だった。
「永里!姫さまの記憶が……?まあ!」
佳子と永里は抱き合って泣いた。誠は嬉しそうに、その光景を見守っていた。




