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時を超えても  作者: たちばな 弓流
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過去 密談

 誠がそんなことを思っている頃、三津の元へ佐和子が尋ねてきていた。三津は明らかに不機嫌で、可愛らしいというのに口を尖らせ、睨むように佐和子と向かい合って座っていた。

「おお怖い……そんなに睨まないでくれるかしら」

 佐和子は扇で口元を覆った。

「佐和子さま、何の用ですか?」

 そう言われても三津は表情を変えることはなかった。


「三津どの、焦っていらっしゃるようね」

「意味が分かりかねます。はっきり言ってくださいますか」

 すると、佐和子はくすくすと笑っていたが、すぐに真顔になった。


「それでは、はっきり言いますわね。三津どの、永どのへ……直接的すぎますわよ。そんなことでは、すぐに貴女は怪しまれますわ。まあ、我慢できなかったのでしょうけど。あの池に落とした時も、三津どのの侍女が永どのの背中を押したのを見ましたわ。あれも直接的すぎますわよ。あの侍女が捕まったら、貴女も終わりでしょうに」

「じゃあ、佐和子さまがやればいいわ!佐和子さまは、見ているだけじゃない!」

 三津が怒鳴ると、佐和子は蔑むような目で三津を見る。口元を扇で覆っているのだが、目だけでも感情が読み取れるようだ。ここは三津の部屋、人払いをしているので佐和子と二人きりだが、それでも大声を出せば不信に思われる。三津は膝の上で重ねていた手に力が入った。


「ふふ……三津どのに良い物を差し上げますわ。これを永どのへ使えば宜しいと思いますのよ。これなら誰がやったか分からない」

 そう言って、佐和子は袂から紙包みを取り出した。すっと畳の上を滑らせる。三津の顔から怒りが消えた。唇を噛んで包みを見つめていたが、顔を上げて佐和子を見ると涼しい顔をしている。


「これって……まさか毒?」

 佐和子は口元を隠して、ふふっと笑った。

「さあ、それはどうだか」

「あの時……佐和子さまが毒のことを永さまのせいにしていらしたのは、自作自演だったということ?」

 毒を持っているのなら、それも可能なはずだ。

「いやだわ。私、そんな物は飲まないし、自作自演だなんて人聞きの悪い」

 そして、包みを三津の前に更に差し出す。


「これを使いなさいな。どうせ、国元の実家から催促されたんでしょう?早く子を生せと……。本当は兄上どのが人質でこちらに来るはずだったのに、そちらの御両親から懇願されて代わりに三津どのが殿の元へ来たのだから、早く子を産んで欲しいのでしょうけど」

 三津はごくりと唾を飲んだ。この包みは……毒だ。膳にこっそり混ぜてしまえば、誰の仕業かは分からない。しかも確実に……。

「三津どのがどうしようと構いませんけど、とりあえず持っていて損はないわ。受け取りなさいな」

「でも……」

 躊躇う三津。佐和子の腹の底からの低い声が響いた。


「受け取りなさいって言ってるでしょう。ここまで来たのだから、私も三津どのも一緒よ」

「佐和子どのは何もしないじゃない……」

「失礼ね。私も協力しているでしょう?」

 佐和子はもう一度、包みを差し出した。

「まあ、いいわ」

 三津は畳の上にぽつんと置いてある包みに手を伸ばし、懐へ忍ばせた。後戻りなんてできるものか。今更だ。決意した三津を見ながら、佐和子は面白そうにくすくすと笑っていた。


 数日後、永が廊を歩いていると、佐和子と佐和子付きの侍女三人と行き会った。

「ごきげんよう。今から義母上(ははうえ)さまに珍しい絵巻物を見せていただけるのよ」

 佐和子は得意気に永に言った。

「あ、そう。楽しんでいらして」

 せいぜい嫌味に聴こえるように、薄く笑って永も答えた。

 ざあっと雨の音が強くなった。

 すると、佐和子は面白くないのか、永を一度睨んだが、すぐに元の高飛車な態度になった。

「ええ、そういたしますわ。では、失礼いたしますわね」

 佐和子が踵を返して歩き出したので、永も反対方向へ歩き出した時だった。

「きゃ……!」

 気が付くと、永は前のめりに倒れた。咄嗟に手が出て、顔を打つことはなかったが、膝にジンジンとした痛みがあった。

「私にもできますのよ……」

 佐和子が呟いた声は永には聴こえなかった。雨の音の方が勝っていたのだ。

 永は誰かに足を掛けられてつまずいた。永はすぐに、佐和子達の方を見たが、誰が足を引っかけたのか分からない。それどころか、皆、くすくすと笑っているだけだ。永は唇を噛んだ。佐和子には以前も嫌味を言われるし、毒の件もある。ただ黙って嫌がらせを受けるなんて、耐えられるはずもなかった。それどころか、最近は身近な物まで失くしているのだ……それは、佐和子に仕業とさえ思えてしまう。だが、確証はない。


「まあ、大変。雨で床が濡れていたのかしら。永どの、どこもお怪我はないかしら?」

 佐和子は口元を隠しているが、笑っているのが分かる。何でこんな辱めを受けているのだ。

「立てるかしら?」

 佐和子の傍にいた侍女の一人が永に手を差し伸べて、立たせようとしてくれる。永は、その手を思い切り握って、彼女の力ではなく握ったまま自力で立ち上がった。

「痛い!」

 侍女は顔を歪めて、急いで永から手を離す。

「永どの、転んだ永どのに手を貸して差し上げた者に、何てことをするのかしら」

 佐和子は憤りを露わに永に詰め寄る。しかし、永も負けていられない。鋭い目で睨んだ後に、口の端を上げて微笑んだ。冷たく笑う。

「あら、嫌だ。女の私が握った程度で痛がるなんて、都から来た者は随分とひ弱なのね。お公家さまならまだしも、ここは武家なのだから、少しは力を付けた方がよろしいのでは?」

 佐和子の顔が引きつっている。足を掛けられて侮辱の笑いまで受けたのだ、怒っている佐和子の様子がおかしかった。

「早く行かないと義母上さまがお待ちじゃないかしら?せいぜい楽しんでくださいな」

 永は吐き捨てるように言うと、怒りに震える佐和子を置き去りに歩き出した。

 

 ああ、こんなところを佳に見られたら『やっぱり姫さまですね』と言われるのだろう。しかし、正面切って嫌がらせをされたのに黙っていられなかった。

 今までもこんな嫌がらせを受けて、お互いにいがみ合ってきたのだろうか。記憶がないので何とも言えないが、佐和子、三津とちゃんと話したことはない……良いのだろうか、このままの関係で。永は唇を再び噛んで、自室へと向かって歩いて行った。

 今日は本当によく雨が降る。ざあっという地面を叩きつける音が、いつもより大きく聴こえている気がした。

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