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時を超えても  作者: たちばな 弓流
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過去 苦しさの中の幻

「殿!」

 三津の一誠を呼ぶ声が遠くで聴こえる。地面が顔に当たり、打ち付けられた半身に鈍い痛みが走る。目の前に土と紫陽花の幹があり、雨の後の濃い土と緑の臭いが鼻をついた。しかし、息が出来ない。苦しい。身体を強く打ちつけたらしい。

「う……痛、い」

 痛い。何が起こったのか分からなかった。しかし、この感覚には覚えがあった。いつ、どこで。いや、思い出せない。


「殿!こんな所でお会いできるなんて!」

 三津は笑顔で一誠の袖を掴んだ。一誠は圧倒されながら、一歩後退りをした。

「いや、あのな……永を見なかったか?」

 一誠は辺りを見回すが、紫陽花に隠れて永の姿は見えない。佳の話では、三津に誘われて一緒に庭へ出たとのことだった。おかしい。記憶のない永一人では心配になって探しに出たのだが、三津だけか?

 三津は袖を掴んだまま、一瞬苦々しい表情を浮かべたが、一誠は辺りを気にしていたので気が付かなかった。


「ええ、永さまと一緒ですのよ。あら?永さまのお姿が見えませんわ」

 三津は一誠と一緒になって周りを見回す。

「先に戻られたのかもしれませんわ。殿、私と一緒にあちらを見て回りましょうよ」

 三津は永が倒れている方向とは別の方向を指差す。しかし、一誠は三津の話には耳を貸さず、キョロキョロと辺りを窺っていた。


「永?」

 三津の歩いてきた小道の向うに倒れている人の足が見えた。

「永っ!」

 一誠は気が付き、袖を掴んでいた三津の手を払いのけた。そして、走り出す。

 永は鈍い痛みのまま起き上がれずにいた。目の前には地面と幹しか見えないはずなのに、一誠の姿が見える。


『えり……え、りっ……!』

 一誠の声がする。耳に膜を張ったようにくぐもって聴こえる。何度も自分のことを呼ぶ。

 私のことか?ああ、そんなに心配そうな顔をしなくても、大丈夫だよ。もう泣きそうじゃない、そんな顔をしないで。一誠さま、なんでそんな着物を着ているの?南蛮人の絵を佳とこの前見たが、似たような着物を着ていた……それを一誠が着ている。ああ、そうだ……この前から呼ばれている『えり』っていうのは、やはり私のこと……?

 永は一誠に似た男が必死に自分を呼ぶ姿が見えたが、それが現実なのか幻なのか区別が出来なかった。頭がもうろうとして何が何だか分からない。

「永!」

 一誠に抱えられて、ただ見つめ返すだけしかできない。だけど、声を出そうとしても、声が出ない。私は大丈夫、そんな顔しないで……そう言いたいが、口をぱくぱくとさせるだけだった。


「え……い!」

 今度ははっきりと聴こえた。

「永!永、しっかりしろ!」

 いつもの一誠だ。意識を引き戻されるような感覚。気が付くと、全身に鈍い痛みが戻ってくる。痛みに顔を歪めた。

「あ……」

「永!しっかりいたせ!」

 一誠は永の上半身を膝の上に載せていたが、ぼうっとして様子がおかしい永を抱え直す。脇の下に腕を回し、膝裏にもう片方の腕を入れ永を抱きかかえた。そして、立ち上がる。

「永、永!」

 一誠は永を抱えて歩き出した。騒ぎを聞きつけた家臣が、何人か集まってきた。

「殿!いかがなさいました?これは、永姫さま!」

 いつも一誠の傍に控えている若い家臣の一人が驚いて近づいてくる。だが、一誠は鋭い眼差しで睨みつけた。

「永に触るな!俺が運ぶ。そなたは、三津と戻れ」

 後ろで呆然と立ち尽くす三津に、ちらりと視線をやると、何も言わずにまた歩き出した。そのやり取りを、永は再び遠のいていく意識の中で聴いていた。

「しっかりしろよ、永」

 一誠は、腕の中で力が抜けた永の身体を抱く腕に力を込めた。


 三津は、遠ざかっていく一誠の背を見ていた。ざっ、ざっという足音も小さくなっていく。なんで?私は、ただ殿と……。三津は唇を噛み締め、両手を握りしめた。悔しさが身体中を駆け巡る。

「三津さま、お戻りになりましょう」

 三津を任された家臣が恐る恐る声を掛ける。その声さえも癇に障る。

「うるさいっ!一人で戻れるわ!」

 三津は怒鳴りつけ、足早に戻って行った。


「永!しっかりしろ!」

 一誠が抱えながら走る。身体が揺れるが、しがみつこうとしても力が入らない。永は弱々しい力で、一誠の胸元に手を伸ばす。一誠も気が付いて、永を抱える手に力を込めた。

「一誠さ……ま、ご……めい、わ……く」

 腹を強く打ったのか呼吸が苦しかった。

「迷惑じゃない。いい、もう喋るな、何も考えるな」

 一誠が真っ直ぐに前を向いて走る。下から見上げる一誠の顔も凛々しく、頼もしく映る。ここまでしてくれるのに、何故、私と一誠さまの間には溝があるんだろうか。そう思いながらも永は完全に気を失った。


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