現代 もう一人の生まれ変わり
放課後。今日の部活はストレッチのみだったので、早く終わった。誠は足早に学校を出て、永里の入院先の病院へと急いだ。昨日とは違って明るい内に到着し、入口近くの駐輪場に自転車を止めて中へ入っていく。昼間の診察時間が終わっても、ロビーには多くの人が行き交っている。受付で永里の部屋を訊き、すぐ近くのエレベーターに乗って三階へと向かう。ナースステーションの前の案内板で病室を確認し、こちらを窺う看護師に一礼して歩き出した。
そして目的の部屋の前まで来た。『成島永里』の名前を確認して、ノックをして開ける。
そこでまず、目に飛び込んだのは……佳、永里の祖母の姿だった。
「こ、こんにちは」
驚いた。いきなりで。
「あら、どうぞ、どうぞ。お入りなさいな」
永里の祖母は、腰かけていた丸イスから立ち上がり、にっこりと笑顔を向けた。誠は後ろ手で戸を閉めると、ゆっくりと病室へと足を踏み入れた。カツン、カツンと革靴の足音が響く。
「来てくれたのねえ。嬉しいわ。ま、座って、座って」
永里の祖母が、もう一つイスを用意してくれたので、誠はそれに腰を下ろした。
「すみません、今日は顔を見に来ただけなので、何も持ってこなくて」
誠はベッドの向うの窓際に移動した祖母に頭を下げた。学校から真っ直ぐ来たので、見舞いの品など考えていなかった。ただ、永里の姿を見たかっただけだ。
「気にしなくていいのよ。永里、ただ寝ているみたいでしょう?」
永里の祖母は、ベッドに横たわる永里を愛おしそうに見た。釣られて誠も永里を見た。点滴を受けながら眠っている。
「まだ意識が……?」
穏やかな寝顔は昨日のことなど無かったかのようだ。
「そう、まだ目を覚まさないのよ」
そうか……。まだ安心はできない。眉を寄せて堪らない表情を見せた誠に、永里の祖母はふっと目を細めた。そして、ゆっくり立ち上がり、一度部屋を出た。少しして戻ってくると、その手にはペットボトルのお茶が二本。一本を誠に手渡すと、また窓際のイスに座る。
「ありがとうございます」
にっこりと笑うと、永里の祖母は自分のお茶を開けて、一口飲んだ。
「いいのよ。それより、誠くん、少し時間はあるかしら?訊きたいことが沢山あるでしょう?」
昨日の話の続きが出来るらしい。誠はもちろん大きく頷いた。
「はい」
まさか、こんなに早く話が訊けるとは思わなかった。誠もペットボトルにお茶に口を付けて喉を潤した。
「何から話をしようかねえ……。私が永姫さまの乳母だったということは、もう気が付いているのかしら?」
「はい、佳ですよね」
やはり。誠は膝の上に載せている自分のエナメルのスポーツバックを床に置いた。しっかり話を聞きたい。あ……でも、今、思い切り呼び捨てにしてしまった。慌てて口を押えた。
「すみません、馴れ馴れしく」
「いいのよ、気にしないで。だって、その方が私の知っている殿らしいじゃない。そうそう、私の名前は、昔は佳。今は成島佳子というのよ。可笑しいでしょう?昔は血のつながりは無かったのに、今は永姫さまの祖母よ。『成島』は、あの当時からの成島家の末裔なの。それが、永里の祖父と結婚したことによって、私が主君の家に入って『成島』を名乗るなんてねえ」
遠い昔を懐かしむように、佳子は目を細めて穏やかな笑顔で永里を見つめる。
「誠くんも、あの『高科』の子孫でしょう?」
「そうです」
誠の家は高科の子孫の家だ。この辺りは高科の領地で、昔の一誠の居城は、ここからも遠くはない。それどころか、この病院の屋上にでも登れば、城跡の山が見えるはずだ。だが、誠は一度も行ったことはない。かつて自分の暮らしていた場所に行って、懐かしむなんて考えもなかった。永里は何も思い出していないというのに、自分だけが行って何になるというのだ。
「そう。面白いわね……殿と姫さまの血が入る誠くんは、また殿の生まれ変わりなんだから。そして、永里は、また成島に生まれてきた」
かつての俺と永の子孫が、また俺。俺には、一誠の血も永の血も微かだが入っている。自分では考えたことはあったが、まさか、こんな話をする日が来ようとは思わなかった。
「すみません、俺……今も昔も永里のことを守ってやれてなくて……」
永里の寝顔を見ながら、昨日から思っていたことを口にした。
「仕方ないことだから、気にしなくていいのよ。それよりも誠くんが怪我がなくて良かった」
佳子は皆と同じように責めはしない。その優しさが嬉しくもあり、ずきんと胸を刺す。
佳子はしばらく黙って考えていた。やがて、何か思い出したように身を乗り出した。
「ねえ、誠くん!憶えているかしら?姫さまが池に落ちて記憶がなくなったこと」
「あ……ありましたね、そんなことが!」
そうそう、永が池に落ちて溺れて以来、しばらくの間、記憶喪失の時期があった。思い出して、つい声が大きくなった。はっと気が付き、恥ずかしくて俯く。ふっと吹き出し、佳子は笑顔になった。しかし、すぐに真面目な顔つきに戻る。
「そう、あれからすぐに記憶は戻ったけれど、あの時の姫さまって性格は同じのようなんだけれど、何となく別人のようで……。私も深くは訊かなかったけれど、あれって……今の永里の魂が姫さまの身体を借りているのではないかと思ったんですよ」
ああ、俺も色々思い出してきた。そうだ、あの時、永は今までとは少し違っていた。剣の稽古をした時もそうだ、今までしたこともないくせに、剣の腕がかなりのものだった。今の永里ならずっと剣道をしてきたのだから、そう考えると話は合う。だが、魂だけが永に入った?
「魂だけがタイムスリップした?ということか」
「そう!それ!」
佳子は大きく頷く。
「誠くんの『今も昔も』で思い出したわ。姫さまはあの頃、何度か危険な目に遭っていたわ」
「だったら、今、永の魂は……?」
そこに横たわる永里をゆっくりと見た。ただ眠っているだけだ。しかし、ショックで当時の永の魂は永里の身体と入れ替わったら?
「もしかしたら、本物の永姫さまは、ここで眠っているのかもしれないわねえ。その代わりに今、永里が危ない目に遭っているのかもしれない」
佳子は立ち上がり、永里の頭をそっと撫でた。
そうだ、思い出した。佳子の話が、もしそうならば永里は交通事故に遭っただけではなく、その後も怖い思いをしているはずなのだ。
「永里」
誠が話しかけても目を覚ましてはくれない。誠は唇を噛み締めた。
その後、誠は佳子と少し話をして病院を後にした。佳子のタイムスリップの話を聞いてから、もやもやしている。考えがまとまらない。誠は、来た時と違って、人がいなくなったロビーのイスに腰を下ろした。
いや、待てよ。記憶を取り戻した時、永は何て言った?佳子には教えていないことがあったはずだ。残っていたペットボトルのお茶をぐいと飲んで空にした。頭の中の記憶を辿る。永は何か言っていたはずだ。
「う……ん……何だっけかな」
つい独り言が出てしまう。誰もいないので、聴かれることはない。唸ってもなかなか出てこない。
仕方ない。行ってみるか。今日は遅いから、明日だな。腕時計を見ると、もう6時を回っていた。決めると、既に心は早く明日になればとの思いに駆られるが、今は学生なのだ……明日も学校だ。うわ、宿題もあった。苦々しく思い出すが、仕方ないのだ。
「よし!」
誰もいないので大きな声で立ち上がり、隣に置いてあった鞄を肩に掛けた。
明日、高科の城へ行こう。もしかしたら、俺も何か思い出すかもしれない。誠は、薄暗くなった夕焼けの残る外へと出て行った。




