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あなたがいるこの世界で  作者: 宮沢弘
第二章: ゆらぎ
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2−4: テリー・ジェラルド

「通常運転」

 机の向こうの壁の一面を占める10枚の大型ディスプレイを眺めながら、イルヴィンが呟いた。

「まぁ、こんなものか」

 テリー・ジェラルドも大型ディスプレイを眺めながら答えた。

「だけど、案外イエローが多いもんなんだな」

「そうかな。そっちもだけど、こっちを見ていればとりあえず済むんだが」

 イルヴィンは手前のディスプレイを突いた。そこには稼働率が90%を超えていることと、正常率が90%程度であるとの表示があった。

「イエローってのは、注意が必要ってほどの意味じゃないんだな」

「あぁ。注意が必要かもしれないってくらいの意味だ。イエローのままだったらまずいが、その場合にはオレンジに表示が変わる。マニュアルは読んでないのか?」

「これからこれから」

 テリーはそう答えた。

「だけど、注意が必要かもしれないってのだとしても、やっぱり結構多いように思えるけど」

「本当にマニュアルを読んでいないんだな」

 イルヴィンは椅子をテリーへと向けた。

「少なくともここの知能サービスは多数決を使っているんだ」

「多数決ね。あぁ、なるほど。基本、正しい計算ができている。だけど、エラーもある。なら、多数決で多い方を選べば、まぁ正しい計算ができているはずってことか」

「そういうことだな」

「それって古いやり方だよな」

 テリーは大型ディスプレイを眺めながら答えた。

「一つひとつのユニットの信頼性が、確実には期待できない時代のやり方だ」

 そこでテリーはイルヴィンに目を戻した。

「なぜだ? 無駄と言えば無駄な方法だろ?」

「いいか、」

 イルヴィンはテリーに椅子を一歩近付けて答えた。

「ここだけで20万ユニットだぞ。その全部の動作を事前に確認できるか?」

「それだけ作っているんだ。出来たっていいんじゃないか?」

「その分、コストが上乗せされるけどな」

 テリーはまた大型ディスプレイに顔を戻した。

「それで使ってみて、駄目だったら交換か」

 テリーはイルヴィンに目を戻し、凝視めた。

「本当にそういう理由なのか?」

 イルヴィンは立ち上がり、椅子を机の前に戻し、腰を下した。

「お前の陰謀論は、とりあえず置いとけよ」

 そこで端末を取り出し、テリーに向けた。

「お前からもらった資料だが。もう一人からも紹介状をもらってな。研究員に登録したよ」

「研究員? ただの研究員か? アシスタントが研究員とだけ言ったのか?」

「ただのって、どういう意味だ? 研究員は研究員だろう?」

 今度はテリーが椅子をイルヴィンに向けた。

「違うんだ。研究員っていうのは、言うなら中級研究員だ。二人だけの紹介状で、最初から研究員になれたなら、その二人とも上級研究員のはずなんだ。俺はそこの上級研究員だ。なら、もう一人も上級研究員のはずなんだ」

 イルヴィンも椅子をテリーに向け、端末にエリーにもらった紹介状を表示させた。

「エリー? エリー・アベル? 彼女か」

 「彼女か」という言葉にイルヴィンは興味を惹かれた。

「知っているのか? 君とはどういう関係なんだ?」

 テリーは一度息を吸ってから答えた。

「知っていると言っても、研究所でのことだけだ。つまらない想像をしているんだったら、そんなものは捨ててくれ」

 テリーはもう一度息を吸ってから続けた。

「研究所の流派は大きく三つある。一つは都市伝説の真相を探そうというものだ」

 そこでテリーは拳をイルヴィンに向け、人差し指を立てた。

「これはどうでもいい流派だ。だが、重要な流派でもある。アシスタントから聞いただろうが、研究所ですら各国政府の上層に位置している。なぜそんな位置を維持できると思う?」

「上部組織の、国際文化人類学研究所の位置からじゃないのか?」

「それもあるが。よくわからない噂の出所を探るのは監視の意味もあるんだ」

「監視? 政府をか?」

 イルヴィンは端末を持ったまま、その手を振った。

「よしてくれよ、そういう陰謀論は」

「まさにそういう陰謀論を扱っている連中だよ」

 テリーは頭を振りながら答えた。

「そういう陰謀論を扱う連中がどういう連中かは想像が着くか?」

 イルヴィンは一旦天井を見上げてから答えた。

「テリー、君のような物好きの……」

「違うんだ。もしそうなら、物好きとして大歓迎だよ。だけど違うんだ」

 イルヴィンは端末を目の前に戻し何回か叩いた。

「君の分類には『根拠がありそうに見える不可解な話』と『現代の怪談』というのがあったぞ」

 端末をテリーに見せ、イルヴィンは訊ねた。

「『根拠がありそうに見える不可解な話』というのは、その一つめのものに相当するんじゃないのか?」

「違うんだ。一つめのものを扱っている連中は、各国のエージェントなんだ。そんなのに近寄りたいと思うか? 俺は御免だね」

「じゃぁ、君はどういう立場なんだ?」

 テリーはまた拳をイルヴィンに向け、今度は人差し指と中指を立てた。

「俺がやってるのを二つめとして言うなら、伝播経路の研究だ。『根拠がありそうに見える不可解な話』を見たならわかるだろうが、実際にどうかはともかく科学技術が関係していそうなものが多いだろ?」

 イルヴィンが思い出せるものとしては、確かにそう言えるように思えた。

「だが断わっておくと、その科学技術が実在のものかどうかはどうでもいいんだ。人々の認識として、それらが根拠がありそうに思えるかどうかが俺の問題なんだ」

「実際には関係していなくてもかまわないのか?」

「あぁ。人々がどう認識しているのかが問題だからな。俺はそれを共時的にも通時的にも、扱っている」

「それで、エリーは?」

 テリーは薬指を立てた。

「それが三つめの流派だ。都市伝説の形態の研究をしている。いいか? 都市伝説がなぜ伝わるのか、考えたことがあるか?」

「それは、昨夜エリーから聞いたことかな。人間の認識の形態とか言っていたが」

 テリーは腕を下し、うなずいた。

「そうだ。そこは厄介な話だ。人間の認識機構そのものに造詣が必要になる。脳も知覚も心理もな」

 そこでテリーはイルヴィンを凝視めた。

「彼女とどういう関係なんだ?」

「どういう、」

 イルヴィンは先日のレストランを思い出していた。

「婚約者…… でいいと思う」

「婚約者? 良い相手に恵まれたな。ぜひ今度リアルで紹介してくれないか」

「それはかまわないが」

「いろいろ議論したいことがあるんだ。あんたより俺の方が良い相手だってわかってもらいたいね」

 イルヴィンはテリーの言葉が本気なのかどうかの区別がつかず、テリーを凝視めた。

「冗談だよ。だけど議論したいってのは本当だ。それだけ彼女を認めてるって思ってもらっていい」

「明日、彼女がうちに来るんだ。彼女がいいって言うなら、そこに来てもらってもかまわないが」

「二人の邪魔をしようっていうんじゃないんだ。議論なんか、いや俺はいない方がいいなら、そう言ってくれてかまわない」

 イルヴィンは端末をポケットに戻し、手前のディスプレイを見て答えた。

「聞いてはみるよ」

 手前のディスプレイには、稼働率が90%を超え、正常率も90%程度であると表示されていた。


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