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あなたがいるこの世界で  作者: 宮沢弘
第二章: ゆらぎ
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2−2: 紹介状

 イルヴィンは帰宅し、ソファーに寝そべっていた。片手に端末を持ち、テリーからもらった資料を読んでいた。それらを見る限り、テリーが言ったように「都市伝説ってのはただの怪談じゃない」ようにも思えた。聞くことがある都市伝説というものと、テリーが興味を持っているものとは違うように思えた。

 どこがどうとはっきりと言えるわけでもなかった。だが、テリーの蒐集した資料の分類を見るなら、耳にすることがある都市伝説はただの「現代の怪談」であった。それに対し、テリーが興味を持っていたのは「根拠がありそうに見える不可解な話」だった。少なくとも、そのようにテリーは分類していた。

 知能サービス周りの話は、やはり「根拠がありそうに見える不可解な話」に分類されていた。

 もっとも、イルヴィンにとっては、その境がどこにあるのかはわからなかった。

 「太陽系外からの信号の受信」という話もそちらに分類されていたし、「宇宙船における非反動推進技術」という話もそちらに分類されていた。技術的要素があるものはそちらに分類されるのかとも思えた。だが、「タイムトラベラーの影」という話は「現代の怪談」に分類されていた。その話を読んでみると、不可解な人影はタイムトラベラーが実体化できずにいるものだという。技術的な話とも、そうでないともイルヴィンには区別が着かなかった。

 どうにかテリーの区別の基準はつかないものかと、いくつもの都市伝説を読んでみたが、その区別はつきそうになかった。にわかではわからない、何かの基準があるのかもしれなかった。

 そろそろ資料に当たるのも一旦休もうかと思った時だった、イルヴィンの端末に着信が入った。エリーからのものだった。

 イルヴィンは体を起こし、ソファーに座り直し、それから着信を受けた。

「こんばんは、元気? あぁ、いえ。元気っていうか、トムのことを聞こうかと思って」

 端末の向こうからエリーが言った。

「トムか……」

 イルヴィンは端末をクレードルに置き、また背をソファーに戻した。

「亡くなったらしい」

「どういうこと?」

 エリーは端末に顔を寄せ、声を潜めた。

「どういうこともなにもない。職場にそういう連絡があった。それだけだ」

「原因は何なの?」

「わからない。おそらくは原因不明の昏睡のまま、原因不明での死亡だろう……」

 イルヴィンは腕を組んで言った。

「スイッチを切ったみたいにな。都市伝説そのままだ」

 端末の向こうからはエリーが無言で凝視めていた。

「テリー、昨日話しただろ? 交代要員のテリー・ジェラルド。今は俺の正式なパートナーになったが。テリーから、奴が集めた都市伝説の資料を貰ったんだ。結構あってね。君から着信があるまで、それを読んでいたんだ」

「個人で都市伝説を集めるのって、案外大変なんだけど」

「そうなのか? 随分分量があるぞ」

 エリーは向こうで姿勢を直した。

「ちょっと待って。あなたの端末に少しだけアクセスするから」

 エリーはキーボードを叩いているようだった。

「そのテリー・ジェラルドって、同僚だわ」

「同僚?」

「えぇ。半分オフィシャルな仕事のね。あら、丁寧に紹介状も置いてあるわね。たぶんテリーの定型文なんでしょうけど」

 イルヴィンは両手をソファーに着き、身を乗り出した。

「どういうことなんだ? 同僚とか、半分オフィシャルとか。説明してくれないか?」

 エリーはまだ向こうでキーボードを叩いているようだった。

「それより、行った方が早いわね。私からの紹介状も置いたから、それを見てアクセスしてみて」

 イルヴィンが黙っていると、エリーは続けた。

「明日か、それともあなたが資料を読む時間が必要だから明後日の方がいいかしら。夕食を一緒にしましょう。あなたの部屋で。何かテイク・アウトを買っていくから」

 そこでエリーは深呼吸をした。

「いい? アクセス先にはいろいろ資料があるけど、飲み込まれちゃだめよ」

「飲み込まれるなとは、テリーも言っていたが。どういうことなんだ? たかが不思議な話だろう?」

 向こうでは、エリーが机を指で叩いているようだった。そんな音が端末から聞こえていた。

「昨日、私は都市伝説の形態に興味があるって言ったの憶えてる?」

「あぁ」

「形態そのものはさして多くないの。でも口承伝承から都市伝説まで、共通する形態がある。どういうことかわかる?」

 イルヴィンは首を横に振った。

「わかるわけがない」

「私が考えているのは、そして他の人が半分は実証していることだけど、人間の認識にはいくつかの形態しかないの」

「それで?」

「都市伝説がなぜ人々の間を伝わると思う?」

「いや、さっぱり」

「古い口承伝承でもそうだけど、人間の認識の形態に直接訴えるからだと考えているの」

「つまり?」

 エリーはまた端末に顔を寄せ、声を潜めた。

「つまり、感染力が高いミームなのよ」

「あぁ、それはつまり……」

「それに、あなたはトムに何が起きたのかに興味を持っている。感染を受け入れる準備ができているようなものだと思うの」

「それは、君とテリーが紹介してくれた所にアクセスしない方がいいということかな」

「いえ。そこにだけ注意して。その上で、むしろただの都市伝説だと確認した方がいいと思う」

「だけど、」

 イルヴィンはエリーを凝視めた。

「どう注意しろっていうんだ?」

「ただの都市伝説だって常に意識して。それなりの経験を積めば、ただそれだけのことなんだけど」

「わかった。やるだけやってみるよ」

「明後日の夜には行くから。飲み込まれないでよ」

「あぁ」

 そこで通話は切れた。

「飲み込まれるなって言ったって」

 イルヴィンはそう呟き、ソファーに深く座り直した。


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