表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたがいるこの世界で  作者: 宮沢弘
第五章: あなたはいない
21/25

5−1: イミュータブル・フー (Immutable Foo)

 夜通し走り続けたテリーは、イルヴィンの個室の病室で、ベッドの横に椅子を広げて座っていた。

 イルヴィンはマスクを着けられているわけでもなく、針が刺さっているわけでもなかった。頭を覆う薄いヘルメットには何本かのコードが繋り、患者衣の胸の奥にも何本かのコードが入っているだけだった。ただ、右の額にガーゼが貼ってあった。

 テリーは端末を起動すると、研究所からの概要に目を通し始めた。

 最初の項目は「知能サービス」であり、その本文は簡単に「先のミーティング資料を参照」と書かれ、リンクが貼られていた。「先のミーティング」とは何かとテリーは思ったが、リンク先の表示はイルヴィンを含めての時のものだった。

 二つの項目は「サロゲート」であり、その本文もまた簡単に「先のミーティング資料を参照」と書かれ、リンクが貼られていた。

 三つめの項目は、「サロゲートの型番」となっていた。指示を出す時にテリーはそれを予想していないわけでもなかった。 "T.G." や "I.F." という個別のものに意味はないだろうと考えていた。その本文には「アルファベット二文字がサロゲートの型番を示すものであるとするなら、最大で676種類存在する可能性がある」と記されていた。本文は更に続いていた。「ただし……」

「あ…… ここは?」

 その声でテリーは端末から目を移した。

 イルヴィンはベッドの上でまだ横になったまま、目だけを動かしていた。

「本社の病院だ」

 椅子から立ち上がり、ベッドの横に立ってテリーは答えた。

「大丈夫か?」

「いや、どうだろうな。いろいろな夢を見ていたよ」

 答えるだけのイルヴィンを見て、テリーは訊ねた。

「体が動かないのか?」

「あぁ。どうも上手く動かない。痺れている」

「痺れているなら、感覚はあるってことだろうな」

 椅子をベッドのすぐ横に動かしてから、端末をイルヴィンの目の前にかざした。

「俺が最初に行った時、トム・ガードナーと親戚かって聞いたよな?」

「そうだったか?」

「あぁ。それでここを読めるか? 最大676種類のサロゲートだとさ」

「その次を見せてくれ。ただしの後だ」

「676種類、ただし以降読み上げ」

 テリーはそう指示した。

「ただし、 "I.F." は型番として用いられるのみでなく、サロゲートを指すものとも言われている。この場合、 "I.F." は『イミュータブル・フー』であると言われることがある。イミュータブルはプログラミング言語において、その状態や内容の変更ができないものを指す。フーは未確認機を指すものではなく、プログラムの例示において用いられる "FOO, BAR" などからのものと言われる。これは、一度生成されたサロゲートに対しては、外部から状態の変更を行なうことができない、あるいは少ないことと、存在そのものに意味を持たせないことからの呼び方とされている」

「止めてくれ」

 イルヴィンはそこで言った。

「もし、そうだとして。ならトムはどういうことだ。俺もか?」

「そうだな。もし、そうだとしてだが。記憶が変わっていたとしたらどうなる? 本人は気付かないかもしれないが、周囲は気付くかもしれない。この前も言ったが、自己同一性の保持に問題がでるだろう」

「あぁ、そうだな。つまり?」

 テリーは両手を一度大きく広げてから答えた。

「つまり、あんたがエリーと婚約していることを忘れたらどうなる?」

「それは困るな」

 笑顔と思える表情を浮かべて答えた。

「あるいは、あんたはエリーと婚約していると思っているが、実際にはそんなことはなかったら?」

「そんなことが起こっているのか?」

「いや、起こらない。起こったら困るだろ? だから起きないようになってる。そこについては知能サービスからも手が出せない。イミュータブルってのはそういうことだろう。記憶だけに限らないが」

「よかったよ。俺の妄想じゃなくて」

 弱い笑い声とも、軽い咳とも思える音を出した。

「だが、そのために何かあったら破棄されるということでもある」

「それがトムに起こったことか?」

「実際にはともかく、FOOを構成するものの多くの場所か肝心の場所が置き換えられたら、破棄されるのかもしれない」

「そうか。俺はまだ運がよかったのかな。こうしてお前と話していられる」

 イルヴィンは横に座っているテリーを目だけで捉えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ