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あなたがいるこの世界で  作者: 宮沢弘
第三章: 講義
13/25

3−3: 講義 3

「ピザ、温めた方がいい?」

 エリーは空缶を袋に戻し、箱に触れると、それを持ってキッチンに向かった。

「ねぇ、二段にしちゃってもいい?」

 電子レンジの蓋の開け閉めの音と一緒に、エリーが訊ねていた。

「それじゃぁ、『根拠がありそうに見える不可解な話』ってのはどういうものなんだ?」

 イルヴィンは隣に残っているテリーに訊ねた。

「ここまで来れば、あと一歩だけ。さっき、『何か背後にありそうだ』と思うだけでも充分と言っただろ」

 イルヴィンは新しい飲み物の缶を袋から取り出し、一つをテリーに、一つを自分の前に、もう一つをエリーが座っていた所の前に置いた。

「あぁ、それがあと一歩っていうのは?」

「『何か背後にありそうだ』から、『何か背後にあるはずだ』に変わるだけでいい。形はどうあれ、何かがあるから何かがあるはずだっていう認識の形態には何の違いもない」

「だけど、見た目には大きな違いが現われたの」

 エリーが二枚の皿にピザを乗せて戻って来た。皿をサイドテーブルに置くと、イルヴィンの前を通り、そして横に座った。

「『何か背後にありそうだ』という段階なら、何かが起きた時にはその前に何があったかを探そうとするかもしれない」

 エリーは皿を指差し、それからテリーを指差した。

「ところが、『何か背後にあるはずだ』になると、起きたことに関係していると認識されることは何でもよくなるの」

 テリーはピザを取り、エリーは目の前にあった缶のプルタブを開けた。

「さっきテリーが『数万年前には役に立ったんだろうけど』て言ったけど、それは本態、つまり『現代の怪談』でも、『根拠がありそうに見える不可解な話』でも同じ。もうちょっと詳しく言うと、『現代の怪談』は50万年前まで、もしかしたら5,000年前まで役に立っていたわね」

「そう、それが三万年か一万年前くらいからは、『根拠がありそうに見える不可解な話』が主役になった。それはつまり、」

「つまり?」

 三万年と言われてもどういうことなのかがわからず、イルヴィンは問い返した。

「つまり宗教だよ。あるいは律法という呼び方をしてもいい」

「すると、」

 イルヴィンは缶を開けながら訊ねた。

「その頃に、人間の認識の能力は新しい形態を獲得したということか?」

「認識の新しい形態か…… うーん、そこはどうなんだろうなぁ」

 テリーは曖昧に答え、ピザを口に運んだ。

「新しい形態なのは確かにそうなんだけど、」

 エリーが隣から続けた。

「正確に言うなら、むしろ暴走ね。関連づける能力の暴走。さっき三つの組を例として挙げたわね」

 TVには、またそのウィンドウが前面に現われた。

「だから今の文明は、その能力の暴走に基いているの。言ってみれば、妄想に基いた、あるいは幻想に基いた文明なの」

 イルヴィンとエリーもピザを取った。

「これが妄想や幻想の賜物だっていうのか?」

「これとかは違うかもね」

 エリーは流し込んでから答えた。

「一万年前か5,000年前に、あるいは2,500年前くらいなのかもしれないけど、論理的な思考が現われたの。少なくとも、それで充分説明がつくし、むしろその方が説明がつくの」

「そうなった時に、それ以前のものはどうなったと思う?」

 テリーが飲みながら訊ねた。

「どう……」

 イルヴィンはTVと自分の端末と缶を交互に見てた。

「どうにもならないな。それ以前のものは消えずに今もある。いや、今もあるだけじゃない。今も、基盤はそっちなんじゃないか?」

 テリーはまた手を叩いた。それだけでなく、笑っていた。

「そのとおり。まったく実にそのとおりなんだ」

 そう言い、また笑っていた。

 イルヴィンはエリーを見た。エリーも笑みを浮べてはいたものの、テリーほどに明るいものではなかった。

「そうなると、俺がやってる『根拠がありそうに見える不可解な話』についても理解できるんじゃないか?」

「でも、そこが問題なのよ、」

 エリーは静かに言った。

「関連付ける能力は暴走したまま。それがどういうことかわかる?」

 イルヴィンはエリーの言葉を考えた。

「あくまで暴走だと言うんだな? テリーは、何かが起きたら、何かを理由や原因にしてしまうだけとも言っていた」

「えぇ」

「根拠や論拠は、実際には論拠や根拠でなくてかまわないんだな?」

「えぇ」

 そこでイルヴィンは缶から一口飲み、右の頬をあげた。

「誰かが、『これはあれの根拠だ』と言うだけでいいわけだ」

「そうなの」

「大当り!」

 エリーは寂しそうに、テリーは陽気に応えた。

「二人とも本気でそう思っているのか?」

「資料と分析に誓って」

 テリーは掌をイルヴィンに向けると、中指と薬指の間を開いて見せた。そのジェスチャにどのような意味があるのかはわからなかったが、冗談を含めつつではあっても、二人とも真剣なのだとは、わかった。二人の目を見て、イルヴィンにもそれはわかった。


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