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あの日から1週間が過ぎていた。あっという間だったなと里見は美容室を見渡し、あらかたは片付いたが、細々とした物はまだ片付いて居なかった。実際荷物は結構あってスタッフだけでの片付けは骨が折れた。ふうっと息を吐き、あの日の事を思い出した。丹下のアパートから店に行くと何故かスタッフ全員が里見を待っていた。
「どうしたんだい?何でいるの?」
今日は一応定休日、来るにしても明日だと思っていたのに…どうしたのかと思っているとチーフを任していた菊池がスッと前に出て来て頭を下げたまま
「あの、里見さん!お願いがあります!ここの片付けの作業手伝わせてくれませんか?」
「え、何を言ってるんだい、君達は早く次の仕事場をみつけないと!そんな事させるわけには…」
菊池は後ろを振り向き、するとスタッフ全員が頭を下げて
「お願いします!」
と言われて困ってしまった。でも心の中ではとても嬉しかったが、前途あるこの子達の事を思うなら、少しでも早く仕事場を探さないといけない…ぐっと手を握り
「私は大丈夫。君達が私を心配してくれるのは分かってるよ、でも同じように私も君達が心配なんだよ?こんな所に居ても先に進まない…早く新しい仕事場で腕を磨いてっと私が言える立場じゃないが…それに少しは伝があるから…大丈夫」
心配しないで欲しいと必死だった。
「そんな悲しい事は聞きたい訳じゃないんです!ここにいるスタッフ全員で決めたんです!ちゃんと一人一人意見を聞いて決めたんです。スタッフ全員里見さんの事尊敬しているから!最後まで一緒にいようって…決めたんです。」
皆が泣きながら「お願いします」と、もうこれ以上言う事は無かった。里見は頭を下げて
「有り難う…こんな私に付いてきてくれて……分かったよ…それじゃ分担を決めて取りかかろうか?」
皆一斉に「ハイ」と、それぞれが片付け始めた。それから1週間経った今、あらかたの物は段ボールに詰めてあともう少しでと顔を上げると、大分スタッフ達の顔に疲労が見えて、何とも言えない気持ちだった…作業していた手を止めて、息を吸い
「皆!ここら辺で一旦休憩にしよう?」
「え…でもあともう少しで」
スタッフの子の肩を菊池がポンと叩き
「皆休憩しよう?オレも疲れました」
「やったー」
それぞれが気を使ってくれて「疲れたねー開店した時この作業あったんだと思うと、その大変さ分かって良かった」と「そうだよね!それ思った!」なんだか店をやっていた時以上に結束が出来ていた。里見はポケットからお金を出し
「飲み物とか買ってくるけど、皆何が欲しい?」
と聞くと、皆一斉に「やった」と里見がメモろうとすると菊池が
「オレが行きます。」
と手からお金を取り「もちろん、里見さんの奢りですけど」とニヤリと笑い、皆からオーダーをメモり荷物持ちとあと一人連れて行った。だからふざけて
「お金余ったら欲しい物買ってもいいよ?」
「やった!何買おう!」
皆から「いいなーお駄賃か」と騒ぎ「良いだろう」と近くのコンビニへ行った。ヤレヤレとまだ片付けていない椅子に座り、肩を叩き年かなっと思っていると。バタバタと足音がし菊池が息を切らせながら入って来た。物凄く慌てた様子で、他のスタッフがビックリして
「どうしたんですか?チーフ、あれ?連れて行った佐藤君は?」
ともう一人のスタッフを心配していると、ハァハァと大きな袋を持って佐藤が帰って来た、余程大変だったのか凄い汗をかき
「チーフ!…どうしたんですか?いきなり走って行っちゃうから……オレ荷物大変だったんですよ!聞いてます?」
キョロキョロと菊池は店を見渡し里見に気づくやいなや、雑誌を拡げ「里見さん、これ!」と見せられたが、意味が分からないと首をかしげると、一緒に雑誌を見ていたスタッフが声を上げた、
「あ!これ、例のモデルのやつだろ!」言うと皆が
「知ってる!この子今噂のやつでしょ?」「ああ!正体不明のモデルってやつなー」「それもあるけど、噂じゃ実在って言ってるよね?」「嘘、居ないの?」「それ噂でしょ?」「イヤイヤ、聞いた話だとそんなモデル何処探しても居ないって」「それじゃCGって噂本当って事?」「じゃないかな?それにこんなキレイだったら分かるだろ名前ぐらい、それなのに今だ名前も分からないなんてあるのか?」と皆好き勝手に言ってたが菊池だけは黙って里見を見ている。
「里見さんこれ…本当なんですか?」
何の事かと雑誌を覗きこむと見開き一面をあの時撮った写真が載っていた、ああと頷き
「うん、これがどうかしたのかい?」
分からず、菊池を見ると、スタッフ達も不思議そうに菊池を見ている。それに痺れをきらしたように雑誌の一部分を指差し
「これ!ここを見てください」
皆と指差された所を見るとそこには、撮影丹下よしき服デザイン久米田護、ヘア里見カオルと明記されていた
「………!」
ビックリした。そういえばあの時写真をどうこう話があった…でもと顔を上げるとスタッフ達が「里見さんこのモデル知り合いなんですか?」「本当にいるんですか?」と質問攻めにあい、どうしたものかと思っていると菊池がもう一度
「これ、本当なんですか?」
「うん、本当だよ。たまたま手伝う機会があってね」
頷くと菊池は椅子にガタンと座り
「これ見た時、ビックリしましたよーコンビニで飲み物選んで、雑誌であの月シリーズが載ってるって書いてあったから開いて見たら里見さんの名前載ってるし、オレマジビックリして…はぁ…」
「そうですよ、お金払った途端チーフいきなり走って行っちゃうから、オレ一人でこの量大変だったんですよ!酷い!」
「あ!悪い…お前の事忘れてたよ」
飲み物を開けたスタッフ達から悲鳴が「うわ!何だこれ」「こいつ!炭酸振りやがった!」「きゃー」
と阿鼻叫喚。タオルやらモップの大騒ぎ、そんな騒ぎの中いきなり電話が鳴った、一斉にシンとなり皆が誰だろうと固まっていた。ハッと里見が受話器を取ろうとした瞬間、おもむろに菊池が先に受話器を取ってしまった、手持ちぶさたで見ていると菊池が急に困った様に
「ハイ、ハイそうですが…いえ店はもう…ですが…でしたら少しお待ち頂いても良いですか?」
もしかして業者とかかなと思っていると菊池は困った様子で
「あの里見さん、じつは…この雑誌を見て電話してきたようで…予約をしたいそうなんです、どうしたらいいですか?」
「え…予約?でもお店閉店してしまったと伝えてくれた?」
「伝えましたが、どうしてもっとおっしゃって…」
どうするか少し考えて、まあいいか、一人ぐらいと思い直し
「うん、いいよ明日で良かったらって伝えてくれるかな?」
菊池はビックリしたが次の瞬間嬉しそうに頷き「お待たせ致しました。ハイ、ハイそれでは明日の10時にお待ちしています」
と電話を切った。他のスタッフ達が「良いんですか?」と聞いてきたが「いいよ、一人ぐらい」と笑って答えると「あのーすいません」と外から呼ぶ声が、何事とスタッフが出ると、直ぐに戻って来て「あの!里見さん、お客さんです」と慌てたように、一体何が起こっているのか判断がつかないまま、スタッフにどうしますかと聞かれ「えっと今日は流石に無理だし、一応店は閉店したって伝えてくれる?」スタッフは頷き走って直ぐまた戻って「ダメです、いつなら良いのかって、聞いてくれません!」「里見さん」振り向くと電話を持ったスタッフが「また予約です」と「何なだこれ?」「どうやら雑誌を見た人がかけてきているみたいなんです…」どうしますかと聞かれ、流石にパニックになり、もうどうにでもなれと「店は来週からって伝えて!いいね?」言われたスタッフ全員が「ハイ」とそれぞれ予約を取り、外では来てしまった人に伝えてと騒ぎが収拾できたのは、20時も過ぎた頃だった、皆グッタリとその場に座り嬉しそうに笑った。
「ようやく、終わりました」
「予約だけで3ヶ月埋まった。もう後はキャンセル待ちだぞ!やった!」
菊池が嬉しそうにガッポーズしている、それにスタッフが拍手していた。里見は改めて雑誌を捲り、あのページの自分の名前を見て丹下達が言っていた大丈夫の意味を知った。その上で感謝し、もう一度貰えたこのチャンスに頑張ろうと立ちあがり、スタッフ全員に
「皆聞いて欲しい、いきなりの事にビックリしているのは私も一緒だ、こんな事になるなんて思っても無かったが、この際これに賭けようと思う…皆付いてきて来てくれないだろうか?」
黙って聞いていた全員が立ちあがり菊池が皆に「皆!里見さんについていくよな?」
「ハイ!もちろんです」
皆が嬉しそうだった。中には泣いている者も居た。
すると一人のスタッフが手を上げて
「あの~もしかして、片方けたこれら…戻さないといけないんですよね?」はっと皆が積み上がった段ボールを見て「嘘でしょ!」と青くなった。スタッフ全員で段ボールから荷物を元に戻すという作業に後で「夢に見た」とか「オレ、見なくても何処に何があるか分かる」とトラウマをのこしたようだ…。
1週間後には開店が何とか間に合い胸を撫で下ろした。来てくれたお客は一様にモデルの様な髪型にして欲しいと言う要望にていねいに応え着実にお客を増やした、それに離れた常連も戻り、前以上の人気店となり、そしてスタッフにもお客がつき里見に少し時間の余裕が生まれた頃に丹下からメールが来た
「お久しぶりです、お元気ですか?お仕事の方は大丈夫でしょうか?もし良かったら今夜飲みませんか?」
直ぐに「行かせて貰います」と返すと「それじゃ今夜お待ちしています。皆もまっています」それを確認しポケットに仕舞い仕事場へ向かった。