満月の夜
うんと伸びをすると横で本を読んでいた恵がチラリと見て
「課題終った?」
「ああ、ようやく終った。あー疲れた!たかだか宿題忘れたぐらいで、課題こんなに出すか?」
「お疲れ様、忘れた椿が悪んだろう?これに懲りたら今度からは宿題ちゃんとしなよ?」
そう言って、又読んでいた本に視線を戻しオレを 見ない、それは最近出版された葉芝の本で、発売するなり気になっていたようで丹下の所から持ち出して今に至る…
「なあ、恵?」
「うん?なに…」
「明日の…」
「うん、そうだね…」
何も言ってないのに生返事…本を読み終わらないと会話は無理だなと思ってると、ふと今日は確か満月だったなと窓から外を見ると、ちょうど月が雲に隠れたのかうすぼんやりとしていた、恵に
「恵、オレ少し屋上に行ってくる、風に当たりたいし…いいだろ?」
答えが来ない事をいい事に部屋から出ようとすると、恵が顔を上げ、どうやら聞いてたようで
「屋上に行くのは良いけど、この時期暖かいって言っても夜はまだ冷えるから、長い間はダメだよ…わかった椿?」
「分かってる、それじゃ行ってくる」
部屋からでて屋上に向かった。初めは屋上が在るなんて気がつかなかった、丹下に言われ屋上に行く階段を見付けて、それ以来ちょくちょ気分転換で行くようになった、階段を上がり屋上へのドアを開けると目の先には満月が、さっきまであった雲が晴れて満月が出て綺麗だ…満月の明かりに目を細め見ていると少しずつ体が変化するのを感じて目を閉じた、体がフワリと一回り小さく、短い髪が腰の所まで届き、さっきまでの自分ではない完全に変わったもう一人の自分だ…そっと目を開けて、小さくため息を付き柵に手を掴み夜空を見上げ
「こんなに、何もないのは久々か?ここ最近忙しかったもんなー」
誰に言うでもなく、ボソリと言うと
「それは、良かった」
返しにビックリして振り返ると、あの時の…男がそこに居た、男はあの日と同様に無表情な顔でオレを見ていた、何でここにいるのか…何度会いたいと思った事か。実際に会うと何をどういって良いのか分からない…たださっきから震えがと止まらないが…逃がしてたまるかと男に手を伸ばし、胸ぐらを掴み
「ようやく!…会えた」
「…そうか…久し振りと言えば良いのか?」
飄々としたその言葉に、キレた。
「久し振りじゃねえよ!お前のせいで…色々大変だったんだぞ!」
男はオレに胸ぐらを掴まれながらも、一切動じず
「それは、お前が願ったはずだ違うか?」
確かに願ったが、こんな事になるなんて夢にも思うか!…普通にはこんな事あり得ない、でも…確かに願ったのはオレだけど…
「大変だったかもしれないが…それだけでは無かった様に見えたが?違ったか?」
確かに大変だった?と聞かれれば…それだけでは無い… むしろ楽しかった…色々な人と出会えたし恵とも昔の様な感じに戻れたし、あれ?今気付いたが…何でコイツ今になってオレに会いに来たんだろう?と疑問が生まれた。
「それより、オレ何かに用があるのか?お前確か自由だろ?何でこんな所に居るんだよ?」
無表情な顔が少し歪んだ様に見えたが気のせいだったのかもしれない…男は淡々と
「ああ、あれから色々な所に行ったよ、この世界は思っていたより広いな、私が知らない事ばかりだった…楽しかった…でもふと思ったんだ…私が願いを叶えた者達は、果たして幸せだったのだろうかと…」
自由になった事で自分が今までやって来た事が分からなくなったのか?じっと男を凝視してしまった、
「…それで、その答えを聞くためにオレの所に来たのか…?」
男は頷き
「幸せか?」
幸せなわけ無いだろうと言いかそうと思ったが……別にそんな事もないし?まぁ最初の頃はこんな体嫌だった…でも今じゃこの体のお陰で丹下達に出会えたし、そこまで嫌では無い。少し考え
「…そんなのは、わかんね…大変だったのは確かだしな、でも不幸ってわけでもない…さしあたって普通か?」
「…そうか…普通か」
男は何か考えているのか、黙ってしまった。顔は無表情なのに、何となく落ち込んでいるのが分かった。
「……お前に願いを叶えて貰った奴らは、それが良くない結果だとしても、きっとそれを受け入れたはず…それで尚に幸せになるか不幸になったかなんて自分次第だろうが?お前が今さら何を言った所で、どうにか出来る訳じゃないだろう?今さら」
男は頷いて少しホッとした顔をして笑った。
「ありがとう…そう言ってくれて良かった。…もし嫌だったと言われたら君の体を元に戻そうと思っていたが…そうか本当に良かったよ」
「……え?は?」
ニッコリと笑っている男を凝視して
「戻せるのか?もしかして…」
頷いた。全身に汗が吹き出すのが分かった、今何て言った?戻せるて言ったよなこいつ…脳に到達するまで訳が分からなく呆然としてしまった。意味がわかった瞬間ハッとし男を見ると、男は満月を背に中に浮いていた、
「おい、ちょっと待って!」
声をあげて止めたが、時は遅く男の姿は無かった。最初から居なかった様に消えてしまっていた、慌てて辺りを見渡し
「嘘だろ!元に戻せるんなら戻しゃがれ!ちくしょー!戻ってこい!」
屋上で叫んでいると、後ろから
「何大きな声出して叫んでるのうるさいよ椿…」
恵が呆れたようにオレに文句を言ってるが、そんな事どうでも良かった、がっと恵に詰め寄り体を揺らし
「アイツが居たんだよ!」
恵が訝しげにオレの腕を払い
「もう、アイツって誰?」
「アイツはアイツだよ!ほら!オレをこんな風にした奴だよ!覚えてるだろ!」
そう言えばアイツが誰で名前も知らないせいで…結局アイツと、一切の説明が出来ない事に気付いたが恵はわかったようで
「何処!何処にいるの!」
今度は恵がオレに掴みかかりながら聞いてきたが、首を振り分からないと言うと、恵は一旦息をはき
「椿、一旦落ち着こうか?ここで話をするのも何だし部屋に戻ろう、このままじゃ風邪を引くし」
頷き恵と二人、部屋に戻り屋上であった事を喋ると恵が温かいミルクティーを出しながら
「そっか彼、心配していたんだね…」
出されたミルクティーを一口飲み、ガタンと椅子から立ち上がり
「そんな事はどうでもいいんだよ!恵、アイツを見付け出すぞ!」
「見付けるって、どうやって?消えたんだろ?」
どうやってと言われ思わず詰まると、恵が考えるように肘を付き
「もしかすると彼、椿の近くに居るのかもしれない?」
「何でそうなるんだよ?」
「いやだって彼、何で椿に会いに来たんだろう?」
「幸せどうか知りたかっただけだろう」
「それだけじゃ無い気がする…彼は椿の願いを叶えたけど、逆に椿も彼の願いを叶えたよね?彼はもしかして自由になった事が幸せなのか分からなくなったのかも…あれほど欲しかった自由が実はそうでも無かったら?」
「…それでオレを?そんな事で確認しに来たって?…そんな訳…」
「分かんないよ?椿だって自由にしろと言われたらどうする?初めは嬉しいだろうけど…それが時間が経てば経つほど気が付くはずだよ?自由と何だろうって…」
「そうすると、アイツはどうするんだ?」
「…さあ?どうするのかな…彼がどうにか自分で考えないと、でも彼一人じゃ限界が必ず来る。その時に彼はもう一度椿に会いに来るんじゃないかな」
「それは、いつの話なんだよ!オレは早く元に戻りたいんだよ!」
「う~ん?そんなかからないと思うけど…どうかな?気長に待とうよ」
「待てるかよ!恵アイツをどうにかおびき寄せないのか?」
恵がため息を付き
「じゃあ、皆に相談する?僕達だけじゃたかだか知れてるしね、それにきっともう丹下さんの所に皆いるはずだから」
恵が手差しだし、その手を握り椅子から立ち
「アイツ等にいい考えが浮かぶと思うか?」
聞くと、さあ?と首をかしげられ、ヤレヤレと歩きながらいつものように
「腹減ったなー」
「そうだね」
恵がドアを開けて中に入るやいなや
「遅かったね二人共?」
丹下が台所から顔を出し
「どうせ、椿のせいで遅くなったのがオチだろ?」
ソファで脚を組み、偉そうに久米田が
「そんな事無いよね?」
里見が久米田をたしなめ
「宿題が多かったようだね」
小鳥遊がくつろいでいた葉芝に
「今日は無かった…ああ!コイツ今日授業中に居眠りして、ペナルティで課題出されたみたいですよ?」
ニヤニヤと笑ながらオレに
「授業サボって保健室で寝てた奴に言われたく無いよね?椿」
葉芝がギクリと恵を見て
「何で、それを…?」
「あーハイハイ!それまで!皆揃った事だしご飯にしよう!」
各々がテーブルに座り手を合わせてる様子は不思議な感じだ…半年前までは名前も顔も知らなかった人達と今じゃご飯を食うまでの仲だ…世の中の巡り合わせに…アイツにもこんな奴等が出来るといいなと柄でもない事を思った、どうやら恵もそう思ったのか
「何か、いいね」
頷くと葉芝が不思議そうに
「何か言ったか?」
恵と二人首を振り何でも無いと、しばらくはこの和やかな感じに浸っていたいと…いいだろう?アイツの事はまだ先にしても…まだまだ先は長いのだからユックリしたってバチは当たらないはず。




