夏休みの宿題
どこで聞いたか忘れてしまいましたが、宇宙船地球号という言葉を聞いて私が考えたことをSF小説として書いてみようと思い、はじめました。具体的に何年後の未来、というようなことは決めていませんが、科学技術等に関してはいわゆる近未来SFモノに出てくるくらいの水準です。
ハロー、ハロー、私は##です。応答してください。
ハロー、ハロー、私は##です。応答してください。
ハロー、ハロー、私は##です。応答してください。
ハロー、ハロー
ハロー
は、ろ
宇宙船地球号、誰が言ったんだっけ。覚えていないし、どうでもいいや。
宇宙船地球号 三年一組 村上 ##
この地球が宇宙船だとするならば、乗組員は我々人間ということになるのだろうか。それとも、ジャングルに生息するワニや虫も含むのだろうか。含むのならば、お隣さんちの三毛猫も乗組員ということにしなければならないだろう。そもそも、乗組員の定義とはいかなるものなのだろうか。
大辞林によると、
乗組員【のりくみいん】 船や航空機に乗り込んで船内や機内の仕事をする人。乗組人。
とある。
ということは、犬や猫の類は仕事をしていないから、乗組員ではないということになるのだろうか。いや、そもそもこの場合の仕事とは何を指すのか。
地球を宇宙船として定義しているのだから、船内での仕事、となると地球のサイクルに関わること、だろうか。ではやはり、犬や猫を含むことになる。さらに、植物も乗組員として数えるべきだろう。
そうなるとこの宇宙船地球号には、かなり多くの乗組員がいるということになる。
学校でも、たぶん、会社でも人は多く集まればいくつかのグループに分かれていく。物理的な区切りが存在したり、やるべきことややりたいことによって心理的な区切りが存在している。人以外の動物も群れを作ったりするようだが、ここでは我々人というものを考える。
個人という最小単位があり、それが二つ以上で友人や恋人といった組ができる。さらに、個人は学校や会社などの団体に属したりもする。ここで、個人は二種類以上の団体に同時に属することもできる。
ここで、個人の所属する組や団体をコミュニティーと呼ぶことにする。個人はコミュニティーの中で、様々な役割を割り当てられる。その役割をこなすことで、コミュニティーから恩恵を得ることができる。
コミュニティーには、主張や理念というものがあることが多く、それらを巡ってコミュニティー間の争いが起きることもある。コミュニティーの規模が大きければ、争いの規模も大きくなる。
私たち乗組員は日々コミュニティー間の争いに囲まれている。物理的な距離が離れていても、蝶の羽ばたきがやがて嵐を引き起こすように、余波は何らかの影響を与えてくる。
いつか、コミュニティー間の争いが加速し、肥大したとき、この宇宙船地球号が破綻しないという保証は、きっとない。
いつだったか、夏休みの宿題に「宇宙船地球号」というタイトルで作文だかレポートだかを書いた。宇宙船地球号、というのは環境問題に関する何かに載っていた言葉だったのだが、この地球が結局は閉じた世界だというのなら環境破壊の前に、社会の崩壊が起きてもおかしくないだろうと思ったのだ。
どこにも逃げ場がないのなら、完全に壊れてしまうまで、我々乗組員は耐え、留まらざるを得ない。それはもしかすると、ものすごく、苦しいことなのかもしれない。
ああ、どうしてこんなことを思い出す羽目になったのか。