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誠に不本意ではございますが、篠原様は不採用とさせていただきます。
ああ。またか。
瑛一は、この手紙を投げ捨てた。もはや勢いよく破り捨てる元気すらない。手紙を投げ捨てると篠原は床に突っ伏した。天井は豆電球の灯りだけがゆらゆらと揺れている。
今日は久しぶりに決まった仕事だった。日雇いで1日。基本的に工事現場のバイトというのは、単純な肉体労働だ。1日10,000円。朝早くから夕方まで働かされた1日。この1万円で何日凌げるかな。
瑛一は元々こんなパート生活をするつもりはなかった。目指していたのはプロの野球選手だ。小学校から始めた野球は、中学、高校、大学まで続けていた。実力もあったと自分では思っている。常にレギュラーとしてセカンドに立っていた。名セカンドとして実績は残していたと思う。だが結局は人気者に注目がいく世界。瑛一の活躍はスカウトの目には止まらなかった。プロの道しか見ていなかった瑛一にとってはそれが全て。だから就職活躍などする気も起きなかったし、後先は何も考えていなかった。
同期の投手がプロの道に進んだが、あいつの打たれた球を何度自分がダブルプレーに持ち込んだと思ってるんだ、と思うと無性に腹が立ってくる。だがこれが現実。悔しいがあいつは憧れのマウンドに立って、自分は日雇いのパート生活。1日の食べるものもままならず、明日仕事があるかも分からない。現に正社員採用は不合格だった。こんな筈は無い。こんなところで終わってたまるものか。瑛一は反骨心だけで、今の体をもたせていた。
瑛一は食事をすることにした。某チェーン店の牛丼に、今日はグラスでビールも頼んでみよう。頑張った自分にご褒美だ。誰も褒めてくれないから、自分で褒めよう。
不採用通知を丸めてゴミ箱に入れると、1万円を持って街に出た。街は恐ろしく静かで、住民は自分だけかと錯覚するほどであった。一軒家には明かりが点いているが、人の気配がまるで無い。瑛一はいつもより早歩きで牛丼屋に向かった。
「そこの主」
誰かが瑛一を引き止めた。声は異常に響き、そしてそれは間違いなく自分に対して発した言葉だと分かった。それだけの力があった。声は左側から聞こえた。無意識に左へ向くと、深くフードを被った人が薄明るい街灯に照らされて立っていた。全身真っ黒なマントを羽織っており、深くフードを被っているせいか、男か女かも分からない。
「俺ですか?」 確認の為、瑛一は聞いた。
「主以外呼ばぬ。時間は止まっており、この空間は儂と主のみによっと成り立っておる」全身真っ黒なマントを被ったそいつは、一歩も動かず答えた。
「冗談は置いといて、一体なんなんです?」瑛一は苛立っていた。腹が空いていることも関係あるかも知れない。
「よく聞け。主はこの地球人類を代表して、時空移動の権利を獲得した地球人ぞ。貴様には儂の実験サンプルになってもらう」一言が重く芯まで響いたが、内容は薄っぺらい内容で瑛一は苦笑した。
「おい、おっさんかおばさんか分からんが、冗談に付き合う余裕は俺には無いんだよ。さっさと俺の視界から消えてくれ」
「主には儂の実験サンプルとなってもらう」
話が噛み合っていない。瑛一は苛立ち、頭をかいた。
「主に拒否権はない。全て偶然のように見えるが必然なのだ。」
「おい、いい加減にしないと」と動きだそうにも、体が非常に重たい。足に100キロ近くの重りを巻いているようだ。
瑛一はさっきまで軽く歩けていたことが不思議と思うくらいだ。
「言ったはず。主に拒否権はない。全ては必然なのだ」
瑛一の目の前は真っ暗になった。酷く激しい頭痛と目眩だ。やがて瑛一は意識を失った。
「必然のサンプル、必然のサンプル」