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1日目・朝 (裏)

結論から言いますと私柊花撫(ひいらぎかなで)は柊勇人(ゆうと)の妹ではありません。

・・・少し語弊がありましたか。訂正しましょう。私は柊勇人の血のつながった兄妹ではありません。もっと言うと柊勇人が記憶している妹とは全くの別人です。

 これは私をここに配属した組織宛に電子で暗号化されたログなのですからこんな前置きは必要ないものかと思いますが、もし万が一、億が一にもこの暗号が何者かによって、たとえばどこかの小説投稿サイトなどに投稿され読み解かれていた場合の、その何者かに対する私の精いっぱいの配慮であるものと認知していただきたいです。・・・いえ、冗談です。ここへの割り振りが決定した際に、組織では作戦成就のその日まで等作戦には大きく関わっていらっしゃらない何人かの要人が招かれての作戦報告会があると聞きました。このログでの概要説明はその方々への気配りであるとお考えください。・・・本当ですよ。

 ただ、この報告が実際に組織へ届いているのか不明です。というのもこの時代に来てから一向にそちらと連絡を取ることが叶っていません。そのためこのように音声を暗号化し幾つかのファイルに振り分けて保存している始末です。もちろんそちらの時代にファイルが送信されているのならば、私のほうで受信できない理由があっても大きな問題にはならないのですが、こちらの送信も届いていない場合は目も当てられない状況ですね。この事故が組織での研究の不始末によって招かれたものでないと信じたいところです。

 しかし、連絡が取れないとはいえ職務を放棄するような私ではありません。送信はできている可能性もあります。前述のように概要からまずは報告していきましょう。


 私の名前はデーレン。よく表情や言動から機械のようだと言われますがれっきとした人間です。あなた方の組織に属し任務達成を目標に日々努力している人間です。上官には忠実で成績も優秀です。ちなみに私はお偉いさまにもアピールを欠かさない人間です。・・・おっと、思考の言語を直接投影するタイプのファイルですので雑念が入りましたね。後でこの部分は消去することにしましょう。

 そんな私がこの西暦2015年に配属になった理由は二つ。一つは皆さん知っての通り私たちの時代、「西暦のなくなった時代」を救うためであります。一応断っておきますが「宇宙世紀」ではありません。私たちは西暦、年という概念をすでにずいぶんと昔に捨てました。なぜなら私たちの時代では争いや季節や地域による暑さ寒さが無くなったからです。そもそも西暦とは何らかの大きな出来事や周期を知るためにできたと言われています。少なくとも西暦2015年には夜の暗さや春の生温さ、戦争、箪笥の角に小指をぶつける危険が存在します。しかし、ここから遠い未来に位置する私たちの世界には全ての人間が幸せで、箪笥の角で小指をぶつける危険性や大きな出来事のない統率された世界が維持されています。そのため何らかの出来事が起こった時期や周期を知る必要がなく、西暦の存在意義も無くなったのです。

 さて、長くなりましたがつまりは我々の世界はいたって平和だったわけです。

 しかし、問題が一つありました。そう、皆さんご存じの通りFKUです。

 FKUは様々に形を変え私たちに不幸をもたらしてきました。私たち組織の人間も世界の平和を守るため秘密裏にFKUを撃退してきましたがやはり根源を断ちきらない限りFKUは無限に湧いてきます。このままでは西暦が戻ってきてしまう日も近いのではないか。そう危惧した組織は根源の特定に尽力しました。結果、目標を発見。それが柊勇人だったのです。

 ん?ことの顛末が読めないという方がいらっしゃいますかもしれませんね。

 要約してお伝えしましょう。彼、柊勇人(ひいらぎゆうと)は生まれながらに不幸体質です。不幸体質とは言っても厄介なのが不幸になる体質ではなく、身近な人間に不幸を()()()()()体質であること。そんな彼の(ごう)が開花してしまったのがまさに昨日。両親と妹と出かけた先での交通事故。運転席の母親と助手席の父親は即死。後部座席の妹は衝撃による脳幹損傷による脳死。同じく後部座席の彼は無傷。如実にその体質が顕現した例と言えるでしょう。そして彼の引き起こす不幸は周囲の者だけでなく世界中に行きとどいてしまったのが恐らく私たちの時代。組織は過去の観測装置からそう予測しました。

 では、私は諸悪の根源を殺しに来たのかといえばそうではありません。

 想像してみてください。私たちの時代は西暦2015年から見ればそれはそれはとんでもなく未来にあたります。もちろん柊勇人が存命していることはありません。なのに不幸を配り歩くFKUは未だ顕在している・・・。つまり、彼の生き死にに関係なくFKUはいるのです。彼を片づけても問題の解決は成されない。そう考えた組織は数名の優秀な戦闘員を幾つかの時代にタイムスリップさせたわけです。ええ、優秀な戦闘員として送り出されたはずです。決して少し柊勇人の妹・花撫さんと顔が似ているからだなんてことはありません。

 私以下数名の戦闘員は現場での問題解決が求められる。

 私の場合は少しの時間操作と記憶改竄を用い、「2週間前に事故にあったが無事怪我はなく生還した妹」として柊勇人と接触する任が下されました。

 そして私デーレンは柊花撫として「兄さん」と暮らし彼を監視することとなりました。死者への冒涜とも取られるかも知れませんが仕方のないこととしておいていただきたく思います。

 かなり前置きが時間を取ってしまいましたか?それでは「兄さん」の観察日誌をお伝えしていきましょうか。

 現在は早朝、恐らく5時ごろです。時間という概念が良く分からないので、針がカチカチ一定のリズムを刻む時計なる装置を上手く読み取ることはできませんが先ほど短い針が4を、長い針が6を指していたので着任したては4時半、今が5時であると推測します。着任してすぐ部屋の間取り、監視カメラの設置、そして寝ている「兄さん」に記憶の改竄、修正を行いました。我ながら素晴らしい手際の良さだったように感じます。部屋から出る際箪笥に小指を強打したことは予想の外でしたが。

 あまり大きく記憶を変えすぎると自然界の自律運用に支障をきたすかも知れないので小さな部分だけ。

 思ったより幼い顔を「兄」と再認識します。


 さて、あまりの素早さに時間をもてあましたわけですがどうしましょう。

 過去観測装置では確か花撫さんは朝食の準備をなさっていたような気がします。目玉焼きとパンでした。彼女は目玉焼きに黒いどろっとしたものを垂らし、至福な表情で召し上がっていたような記憶があります。

 では朝食。作りましょうか。

 フライパンに油を敷き、ベーコンに少し火が通ったら卵を割る。黄身の好みに合わせて蓋を用い、しばらく待てば完成。シミュレーションでは簡単にできますね。

 




 シミュレーションでは簡単にできたんですけどね・・・




 さて、パンも焼き目玉焼きも燃やしたことですし・・・次は。

 と、「兄さん」が二階から降りてきたようです。軽い足音が聞こえてきました。

 少し緊張しているように感じます。でも脳内シミュレートでは完璧です。一言挨拶すれば良いのですから。まあ、先ほど脳内の模倣行為はあくまで(しるべ)を与えてくれるものに過ぎないのだと証明されましたが。

 がちゃり。廊下とリビングを分かつ扉のノブが回る音が聞こえます。

 今更ながら動悸が激しくなってきたようです。私が別人だとすぐに見破られたりしないでしょうか。改竄に不具合はなかったでしょうか。



 お、おはようございます

 

 「おはよう」


 ・・・。



 なんとも質素な顔をされてのご登場。当て推量ではもう少し背が高いとしていたのですがそうでもないようでした。

 口元をもにゅもにゅとさせながら食卓に向かいます。



 ・・・はい、おはようございます



 思わず挨拶を繰り返してしまいました。

 「兄さん」はうんうんと頷きながら席に着きます。私も慌てて倣い、木製の椅子に着席。



 兄さん、今日の予定は?


「昨日と同じ。学校行って午後はバイト。晩御飯は賄いが出るからそれで済ましてくるよ」


 了解しました。


「なんか形式ばった返事だな」



食事を始めた瞬間何か話さねばと思い予定を聞いてみました。ほどよい踏み込み具合だったのでは黙考したとたん少し違和感を持たれて焦燥。



 いえ、その、何か変でしたか?


「いいや。ちょっと違和感あっただけ。変ってことは、ないよ」



 少しぎこちない会話をした後に一瞬の沈黙ができます。「兄さん」は例の花撫さんがかけていたものと似た、黒いどろっとしたものを目玉焼きに滴らせています。出来てしまった不可思議な間を埋めたくなて「兄さん」が使い終わったソース瓶を音を立てながら引き寄せ、それを目玉焼きに垂らしました。今ようやく私は沈黙が苦手な性質(たち)だと知りました。



「ちょ、お前それソースだぞ。いいのか?醤油じゃなくて」


 え?あ、間違えました



 慌てて取り繕います。なんと。花撫さんがかけていたのは「醤油」というものだったのですね。私たちの時代では絶滅してしまっているのでしょう。見たことがないものだと思いました。そして「兄さん」がかけている「ソース」なるものも。そりゃあ根絶するわけですよこんな黒くてどろっとしたもの。しかし、気持ち悪い色艶とは言えこのままでは疑問を持たれてしまうでしょう。もうソースもかけてしまいましたが仕方ありません。醤油の入った瓶を傾け適当な量を黄身の中央に流し込み一口。



 っ!?


「辛いに決まってるだろう。馬鹿」


・・・馬鹿じゃ、ないです。



 衝撃的な浸透圧で舌が麻痺しかけました。でもそれが逆に功を奏したようで、「兄さん」は笑ってくれました。

 着任より3時間。今のところ順調です。




 

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