王子様と花火
国を揺るがすほど重要な秘密を知った私は、強制的にカイ君のお付……いや、お守りかな? になった。まぁ別に付き合いは今までと変わりはないのだが拘束時間は格段に増えた。呼び出しには即応じなければならないのだから。
朝の配達には支障は無いが、ファミレスのバイトは減らす他なかった。ああ、夏休みの稼ぎ時だというのに。とても迷惑だ! とは口が裂けても言えない。それだけのことを私は教えられてしまい、巻き込まれたのだ。
危ないことを強要させれ訳ではなく、やることは基本的にカイ君の遊びに付き合うこと。そう、遊ぶだけである。
残りの休み期間は1ヶ月ほど、高校生になってすぐにアルバイトを始めた私にとって初めての働かない夏なのである。普通は喜ぶところなのかな? 特別嬉しさはないんだけど……ちょっと罪悪感があるくらい。母は年相応に遊んでくればいいと言ってくれたがあまり乗り気にはなれなかった。
朝の配達を終えると、家の前で車が待っている。これから毎日続けるのだろうか? 黒塗りで威圧感のある車が毎朝来るなんてどこのヤクザかと思われるのではないか、ご近所で噂にならないことを切に願う。
「ミナト! はやくはやく!」
カイ君の笑顔が覗かせる。私、この笑顔に弱いのかも。
忙しい日々とはこうゆうことだろうか、アルバイトしている時よりも学校へ通っている時よりもずっとずっと大変である。
カイ君がやりたいことは日本で普通に行われていることがしたいのだとわかった。ファミレスで食事するのもその一つであったみたい。学校へ行く、学校で勉強をする部活をする。放課後は友達を連れ立ってファーストフードを食べながらくだらない話する。多少の違いがあれど日本で生まれ育った17歳なら皆が経験があるようなこと、それがいいのだと少し悲しげな顔をしながら話してくれた。
ただ、餅つき羽根つき凧揚げ節分ひな祭りにこどもの日、流しそうめん落ち葉で焼き芋年越しそば。これらも“日常”として認識しているのはどうかと思う。体育館みたいなとこ貸し切って流しそうめんをした時はさすがに驚いた。日本人でだってそうそう経験できることじゃないので正直楽しかったけど。
1年かけて行う行事をこの短い期間で消化するのは目まぐるしい日々であったが、カイ君は喜んでくれただろう。
17歳の夏休みの1ヶ月など早いものである。
毎年、夏の終わりには近所の神社でお祭りがある。商店街などが協力して、小さいながら花火も上げるほどのお祭りである。
昔はよく行っていた、昔は……。
「ミナト、おまつりにいこう! はなびダヨ!」
勿論、このイベントをカイ君は見逃すはずはなく久しぶりにお祭りに行くこととなった。
すっかり私の家に溶け込んでしまったカイ君。弟たちと遊んでいる時に花火大会のチラシを見つけて目を輝かせた。
「ミナト! これはなに!?」
私が説明に入る前に2人が騒ぎ出した。
「花火ー!」
「おまつりー!」
夜空に花咲く光の光景を鮮やかに映し出しているチラシ、それを釘いるように見るカイ君。そりゃあ行きたくなるよね。
「ミナト、おまつりにいこう! はなびダヨ!」
拒否権などないので断ることはないのだが、そういえば浴衣があると母が言い出したのは予想外であった。
その言葉はカイ君の耳にも届き、私は浴衣着用を余儀なくされる。
「母さんが昔着ていた浴衣だけど……うん、大丈夫ね。あなたもこれを着られるくらいに大きくなったのね」
私の背に浴衣をあてながらしみじみ語る母。変な強制力がなければ私が浴衣を着たいなど言うわけがないので、こうやって浴衣を着るとなると変な感じである。普段着慣れない服はやっぱりちょっと恥ずかしい。
いつもと変わらぬ威圧感のある車でやって来てそのまま行こうとしたのを引き止め説得。近い場所だし、駐車場とかないってこと考えが及ばないんだろうな。
「ミナト、かわいいヨきれいダヨ!」
「うん、ありがと……」
カイ君のまっすぐすぎる感想に恥ずかしくて戸惑ってしまった。慣れない格好のせいかな? 顔が赤くなってる気がする。
2人並んで歩き出す、夏の終わりといっても日の入りはまだ遅い。
ふわりと明るい夕暮れ時、カラコロと下駄を鳴らしながら歩く。深い青を泳ぐ金魚は、夜空に浮かんでるようにも見える。
カランコロン、音を鳴らしながら少しづつ母の姿を思い出す。私が忘れた記憶、何をやっても楽しかったあの頃。浴衣を着た母の右手と父の大きな左手を握りしめ、祭囃子に近づくたび心が躍ったあの日あの時。とても楽しかった思い出。だから忘れたのだ、忘れたかったんだ。
2人の後を少し距離を置き、ついてくるドージマさん。人混みではボディガードするのが難しいとのことでお祭りに行くことは反対していたのだが、カイ君に頼み込まれ離れていますがついていくので人混みで先に行くのはやめて下さい、と釘を刺された。
祭囃子が聞こえる。光と声が溢れる神社。今日だけはさぞかし騒々しくなるが、神様も笑ってくれている。そんな話を誰かから聞いたような……。
「カイ君、まずは神様にお参りだよ」
食べ物を物色し始めたカイ君を呼び止め先導しようと歩き出したが、人混みでさらに下駄を履いていることでうまく進めない。よろけた私を支えてくれたカイ君と目が合う、優しく微笑み小さく頷く。そして私の手をとり歩き出す。繋いだその手は母の手とも父の手とも違うけど、伝わる温かさは一緒だった。
意識しちゃダメだ。心で繰り返す言葉は手の温もりと共に溶けていく。
心に反して手は離すことができない。手を離したらもう一度戻ってくる保証はどこにもない。自分でもよくわからない感情に苛まれる。汗ばんできた手を気にしながらも、少しだけ強く握り締めた。
あれもこれもと、カイ君と出店を巡っていく。楽しそうな姿は弟や妹の喜び方とよく似ている、その笑顔が昔の自分とも重なる。自分の顔など鏡でもなければ見れないはずなのに見えてしまう、昔は同じ笑顔がそこにはあったからだ、私の隣に。
花火が上がった、鮮やかな光たちが祭りに来ていた人たちも近隣の街も、一瞬で全てを包んだ。
「ミナト! あれがはなびダネ!」
カイ君の目にも私の目にも、カラフルな色が映る。
花火の色に私の記憶が映り込む、3つの笑顔とともに。
「花火……カイ君、もっと花火がキレイに見える場所があるの。行っても、いい?」
笑顔で私の願いを聞き入れてくれるカイ君。
今度は私がカイ君の手を引き、歩き出した。
――あの日、私は父に肩車してもらいながら花火を見ていた。
父がもっと近くに見れる秘密の場所があるといい、私を乗せたまま歩き出した。父の言う秘密の場所という言葉に私の心はさらに躍った。
「ほらミナト、ここならよーく見えるだろ?」
私と父、そして母。花火が上がり三人に色を映す。
私が覚えている父との最後の記憶だ。そのお祭りと花火が最後の思い出。
あの場所で、もう一度あの場所で花火が見たい。
目的の場所にたどり着くと、少し息が上がっていた。花火が終わる前にこれてよかった。
花火が上がる。
「キレイだね……」
重なり合った手が熱を帯びる。私の心が締め付けられる感覚がして目頭が熱くなる。
また、花火が上がる。
夜空に花が咲き、色がつく。
「ミナト! アブナイ!!」
カイ君の声と共に私の目に映ったのは、光を反射する無機質な瞳と鋭利な刃物。
馬鹿だ、私はなんて馬鹿なんだ。あれほど言われていたのに、勝手なことをしてしまった。
身代わりなどすれば常に命の危険が付きまとう、それでもいいのか? そう聞いた私自身がカイ君を危険にさらすなんて。なんてことをしたんだ私。
ダメだよカイ君。その人はカイ君が狙いなんだよ、私を庇わなくてもいいんだよ。逃げてよ、私なんかほっておいて逃げてよ。ごめんね、私のせいだ。全部私が悪いんだ。
追いついてきたドージマさんがすぐに男を捕らえた。しかし、遅かった。
赤く染まった腕を押さえながらも、私を慰めようとするカイ君。
私は、“ごめんなさい”を繰り返すことしかできなかった。
その言葉すら、花火が連れ去っていった。
時間空けるとダメですね。なんか雰囲気変わってるw ですか! このペースで走ります(多分