王子様と王子様(?)
地面を揺らす音がする。
大きなトラックが荷台一杯のゴミを運んできて、所定の場所に捨てていいく。トラックが退散していくと僕たちは一斉にその“ゴミ”に群がり使えそうなものを拾っていく。これが下層に住む者達の生きていくための稼ぎの一つなのである。
子供と老人、働く気がない大人たちが中心にゴミを物色する。
老人は欲なことは言わないのでいいが、“大人”は酷いものだ、普通に働ける年齢だというのにここへ来て優先的にイイモノをさらっていく。時には子供たちに睨みを利かして。変われるのならば、僕がこの人の代わりに働きに行きたいよ。何度そう思ったことか。
高度経済成長で国が豊かになったと言いながら、上の人たちとの貧富の差に嘆く老人。
上の人たちがどんどん新しい物を手に入れ、古くいらなくなった物を捨てていく。それを拾って下層が 潤っていく。
おかしな話だ、幼いながら感じていた違和感が喉元まで上がってくるが叫んだところで僕にはどうにもできない。そんな力は持っていない、とにかく生きていくのに必死なんだ。
母とボクと幼い弟妹3人。父はいない、一番下の妹が母のお腹の中にいる時に病気で亡くなった。父がいれば下層であっても家族が多くてもそれなりに暮らせていたはずだ。一度だけその話を母にしたことがあった、幼いボクにはそのことがどれだけ母を傷つける言葉であったか理解できていなかった。その時の母の顔は一生忘れられない。
少しでも母の助けに、弟妹たちにご飯くらい好きなだけ食べさせてあげたい。自分が働かせてもらえる年齢でないことはわかっていたが、歳を誤魔化してでもなんでもいい家族を助けられるなら。しかし、年相応に見えないボクを雇ってくれるものなどいなかった。
街角のお店から甘いいい匂いがして自分が酷く空腹であることに気づいた。精神的な疲れ、空腹により思考が停止して立ちつくしていると歩行者にぶつかり地面に足を打ちつけた。ぶつかった者はボクの身なりを見て罵声をあびせて去っていった。
車のブレーキ音がしてボクは初めてそこが車道であったのだと知った。幸い車はボクの前で止まりケガはなかった。焦った様子で運転手が出てくる、車はキレイに手入れの行き届いた高そうな車である。ああ、この人もまたボクを見て怒り出すのだろう。そう覚悟していた。しかし運転手の反応は全く違った、ボクがケガをしてないかを尋ねてきたのだ。そしてボクの顔を見て驚いた様子であった。
その時に出会ったのが、王子の側近であるドージマさんだった。
黒いグラサンに黒いスーツ。一般人ではないのはすぐわかった、そんな人にケガの治療をしてあげるから車に乗れなどと言われて恐怖を感じないはずがない。治療のついでに食事もさせてくれるなどと言わなければボクは逃げ出していただろう。空腹には勝てなかった。
治療と食事だけであったはずが、体を綺麗にしないと治療はできなとして体を洗われ綺麗な服を着させられ、ボクはやたらと大きなテーブルで食事をしていた。そこへボクと同じ年頃の少年がやって来た。彼はボクとよく似ていた、鏡を見ているようなそんな感じがした。
彼はこの国の王子だと知って驚いている所にドージマさんはボクに頭を下げた。
「王子の身代わりをしてくれないか?」
勿論、それ相応の報酬は用意する。その言葉にボクは二つ返事で了承した。いくら学がないボクでもそれが自分の命に関わることなのはわかっている。だけど、これで、家族が助けられる。その思いがあるからこその承諾である。自分にできることが例え危険なことだとしても、誰かを傷つけるわけではない、傷つくのは自分だけである。それで家族が生きていけるのなら、断る理由も後悔もない。
こうしてボクは“王子”になった。
§
瓜二つ、ってほど似た二つの顔が並ぶ。しかし、私の知っている人は一人である。もしかして、兄弟とか? 第一王子、第二王子的な?
「ミナト、キョウはね君にだけは知ってもらいたいことがあって呼んだんダヨ」
「待てカイ、どういうつもりだ?」
目の前で自分を睨みつける存在がいるというのに話を進めようとする王子。ピリピリした雰囲気を感じ取っていないのだろうか? 見ているだけの私が緊張しているというのに。
「フォン、ダイジョブだよ。ミナトはボクと一緒ナンダ。きっとわかってもらえるヨ」
「ふざけるな、お前一人の責任でどうにかなるとでも思っているのか? おまえを縛るつもりはないが、身
勝手をしていいってことじゃない」
いつの間にかお茶の準備をして部屋の隅に待機をしていたメイドさん。二人の争いには無関心かのように振舞っている。
「ティア!」
メイドさんは、さも存じ上げませんとでも言わんとした表情で首を振った。
「どいつもこいつも……勝手にしろ!」
諦めたようだけど、本当に良かったのだろうか。事情のわからない私にはどうにもできないのは確かである。
「ミナト、ボクはね。王子のミガワリなんだ。王子が人前に顔をだすときはキケンがあるから、ボクが代わりになるんダ」
「影武者ってこと?」
時代劇とかでも話がある殿様の代わりになるアレだ。
「カゲムシャ? ニホンではそういうのかい?」
「影武者の意味がわかってるなら、今のおまえの状況もわかってるよな?」
ふてくされて座っていた本物の王子が割って入ってきた。そして、私にとても恐ろしいことを気づかせてくれた。
国民は知りえない、王に仕えるものでも知らない者もいるであろう秘密を知ったのである。ただでは済まないと……。
私はとても危険なことに首を突っ込んだ、いや巻き込まれた。とんだ言いがかりだ、私が望んだことじゃない。
私の人生17年で終わりですか!? 社会的に抹殺みたいになるのですか!?
「お前だけじゃ済まないな、お前の家族も一緒に消えてもらう……とでも言うと思ったか? どこの秘密結社だよ? 一国の大事な秘密だからって無闇に人が消えたら問題になるにだろうが」
本物の王子は冗談で私を驚かしただけのようだ。
「フォン王子の人でなし!! 鬼畜王子! おねしょ王子! 10歳までおねしょしていたのをティアは忘れていませんよ!」
「ティア! 余計なことまで言いやがって……後で絶対困らせてやるからな!」
メイドの過ぎた言動もさながら、王子も意外と子供である。ピリピリとした雰囲気が一気に解けて私は少し笑ってしまった。
王子の鋭い視線がこちらを向く。
「おい、小娘。大した度胸だな、この状況で笑えるとは。まだお前を無罪放免で帰すなんて一言も言ってないんだぞ」
咄嗟に口を押さえたが、私が笑ったことはバレバレであったようだ。
そして、本物の王子は言った。
「俺たちが日本にいる間、お前の時間は全てこちらに…いや、カイの為に使わしてもらう」
「フォン王子、どうして素直にカイ王子の面倒みてくださいって言えないんですかね」
「ティア!!」
メイドさんの解説によるとカイ君の相手をして欲しい、ということらしい。
解説がないと意図が伝わらない王子のお言葉。そんなことを頭に浮かべまた笑いそうになるのを堪えた。
「いいか小娘、カイが呼んだら何があろうとカイに同行するんだぞ。それがお前を生かす条件だ」
「カイ王子は日本が大好きで色んなことを体験してさせてあげたい、すまないがどうか彼につき合ってくれないか? と言っております」
今度は椅子に当たるだけで怒りの意思を示した王子。メイドさんはしたり顔。
こうして私はカイ君が日本にいる間のお守り役を任命された。
半強制的に…。