八
帰路の途中に常々騒がしい商店街がある。私が仕事を終えたときの腐蝕した心を、いつも浄化してくれる、憩える数少ない処の一つだ。私はいつものように、愛想のいい老翁が営む魚屋に足を運んだ。
「今日も新鮮なのを仕入れといたよ」
威勢のいい語調で、まるで私を待ち侘びていたかのような風を醸しながら彼は言った。無意識の内に私の表情は綻んでいた。
「今日は何があるんですか」
「そうだな、さっき来た烏賊とかはどうだい。おまけで山椒もつけてやるぜ」
彼はそう言うと店裏に行って、籠一杯の山椒を持ってきて私に見せてきた。微粒子のように小さな緑色を帯びた粒が、私の目を眩ませた。
「じゃあ烏賊と山椒を頂こうかな」
押し負けた、というところだろうか。彼の商売根性と謂うものに惚れてしまい、ついつい購入してしまうのだ。妻には迷惑を掛けるとしっていながらも、私は神経が疲弊しているときには、決まって食材を買って帰る。私は坊主頭を撫でた。
「御待遠様」
袋に烏賊と山椒が詰め込まれていた。私が店を出ようとすると、最後に老翁は蛇足を添えた。
「烏賊の山椒風焼きにするといい。青紫蘇何かを敷いて丸めて食べると旨いもんだ、あれは」
満面の笑みを浮かべながら、愉悦に浸っているような面持ちを私に向けて言った。誇らしげな口調が、私の笑みまでもを誘う。
「妻に言ってみます」
そう言って軽い会釈でその場を済ませて、足早に店を出て行った。
もう夕暮れのように見えるが、これは朝なのだ、と私は当然のことを自身に念押しして帰路を歩んだ。




