二十四
彼女は私が言うよりも先に布団を敷き、その中に眠って腕だけを出した。最期に、計らいが粋な小娘だと感嘆しながら縹色の鞄から注射器を取り出して、馴れた手つきで敏捷に液体を注ぎ込む。彼女は虚ろ目で私の仕草を追う。果たして私は彼女に死を与えていいのだろうか、土俵際で究極の選択を強いられている感覚だった。私は一呼吸置く為に、そしてこの心の曇天を晴らす為に、彼女の枕辺を行ったり来たりした。彼女の気遣わしそうな面持ちが、私を急かしているようで、益々私の心が萎縮した。だが、彼女の決心を覆すことはできないだろう。私は何故義侠心を保持しているのだろうか、全てを放棄してしまえばいい。又もや私の心の何処かに潜む魔の囁きに自己欺瞞をしているようだ。しかし脆弱な私は魔の囁きの誘惑に打ち勝つほどの力も無いから、不承不承それを受け入れる他ないのである。
「では入れますよ」
私はそう言って彼女の腕に注射器を刺した。ぷつりと微弱な音が窮屈な湯殿に響き渡る。彼女は強く目を瞑り、奥歯を噛み締めていた。私は彼女の顔から視線を反らして液体を流し込む。それは見る見るうちに入り込んで、気付けば全てが彼女の体内へと沈んで行った。
「せ……先生……」
彼女はその後に何か物言いしていたが、余りにも不明瞭で、歯切れの悪い言葉の数々は私の頭の中で認識されることはなかった。注射器を刺し込んで数分後、彼女は死んだ。湯殿に立て掛けられた時計を見る。午前の十一時を廻ろうとする頃。麗しき顔で彼女は旅立った。私の心には鬱々たる呵責が尾を引いた。不快であった。少し酸素の欠乏さえ感じたものである。大きく呼吸しても充分な酸素が得られない。憤懣が私を自暴自棄にさせた。
髪を毟り、膝を想い切り殴り、咆哮を伴いながら首を振る。償いたくても償いきれない罪を犯したという忸怩たる悔恨があとを引く。だが、私は自棄の中でふと死んだ彼女の顔に一瞥をやった。
潔い精白が醸す冴え渡った華。その優艶さの見事さ。これは到底人間とは言えない美しさである。このとき、私の胸裏に戒められた欲情が蘇り始める。咽頭を音を立てて生唾が通った。多くなる瞬きと、震える手足。破廉恥な私の欲求は、右手を動かした。右手の親指と人差し指がそっと布団を捲る。駄目だ、これは未通の冒涜だ。そう私の心の中にはきちんと正義と謂うものが存在し、必死で抑制しようとしていた。だが、私の欲情はそのようなものを易々と蹴散らした。布団を捲れば当然、存在する彼女の麗しき魂の消えた躰。舌の裏に溜まった生唾の量は奇矯と謂っても不自然ではない境地に達していた。それを強引に喉仏へと潜らせ、私は彼女の袴へと触れた。
「駄目だ……」
そう言いながら私は袴を下ろした。刹那、罪悪感と謂う愚かな感情が一蹴されるように、虚無となった。




