表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嗚呼  作者: 大庭言葉
14/27

十四

 鶏鳴が響く前に目を覚まして、階下へと足を運んだ。居間を通って行こうと想ったが、余りに早い起床に憚られそうだった所以、気付かれぬよう縁側に降りることとした。外の蛇口を捻って、手一杯に汲んだ水をくいと飲乾す。靄のせいか、地理的なせいか、朝の湿り気は少し度が過ぎているように想える。肌寒さに自然と胴震いした。

 裏口に息を殺して忍ぶ。其処には大きな鶏舎があって、今にも鳴きださんばかりの風を醸している。いつもなら鶏の世話も妻がするのだが、何せ昨晩は眠れなかったせいで朝の目覚めが早い分、何もすることがない。今日だけは私が――。縁側に置いてある鶏の餌を取って、小屋に投げた。鶏がそれを即座に食べる。その屈んだ瞬間に卵が鶏の尻元にあることに気付いた。丁度私がその卵に手を伸ばそうとしていたときであった。

「起きていらしゃったのですか」 

 妻が静謐な口調で私の背後から声を掛けてきた。私は小屋に伸ばしていた手をさっと引いて、素知らぬ顔で彼女を向いた。

「昨晩は少し眠れなかったんだ」

 そう言えば妻は当然のように訝りの色を浮かべて、私の目の奥を見据えてくる。私の言葉に一切の嘘はないのだが、押し負けてつい俯いてしまった。刹那に私の目に飛び込んできた蕗や蕨に薇の山菜。私は苦しい形勢を立て直すべく、全く話題の違う質問をした。

「朝飯の味噌汁はそれかい」

 すると彼女は戸惑いの顔を浮かべながらも、肯定して、私の横を通って卵を取って去って行った。妻が縁側を上って勝手元へと姿を消していく。それを捉えた私の目が脳に伝達し終えたとき、俄かに安堵が私を襲い、急に眠気が視界を霞ませてきた。もう一眠りでもしようか、そう想い乍ら階段を上った。

 私の背を見た鶏が何かを悟ったかのように、一斉に鳴きだした。鼓膜を劈くような高いその囀りは憂鬱を覚えさせ、煩わしそうな面持ちを鶏に向けた。すると、鶏の上に丁度、朝日が昇り始めたのである。日昇の福音か、頬は次第に緩み、私はゆらゆらとした足取りで軋む階段をゆっくりと上って行った。

 鶏は止め処なく鳴いた。今朝だけはそれが五月蠅いとは感じなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ