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嗚呼  作者: 大庭言葉
12/27

十二

 書斎の襖を引けば、障子が微弱に揺れている音が間髪を入れずに私の耳に入り込んできた。梅雨が伴う独特の冷たさを持った風は、私を震わせた。雲を縫って射し込む月光は淡々しい力を振り絞って、机の上を照らしている。其処には私に挑発するかの如く、折り目正しく便箋が置いてあった。その様は滑稽にも程があり過ぎて、絶句する他無い。私は書斎を歩き回り、障子を全開した。小さな山々を抜けて降り注ぐ月の光、それは私の顔の細部まで浮き彫りにするような光を伴っている。私はあっという間に障子を引いて、机の後ろに堆く並べられた書物を一瞥する。昔、独逸に留学した際に熟読していた医学書や心理学の書物、基本的に欧米の科学的な書物が積まれていた。それは埃を被っていて、高貴な本さえも何処か倹しい物に見えてしまう、普遍的な自然の感受が存在した。

 私は「さてと」と謂う声を洩らし、揺り椅子に腰を下ろして便箋を手に取った。机の引き出しから裁ち鋏を取り出して、封筒の上部を綺麗に切って床に落とす。開封してみれば、中には二、三枚の手紙と一枚の写真らしきものが入っている。私は先ず手紙を手に取った。冒頭に歪で、弱々しい文字で、

『空っぽの器の中に蝋燭を灯して寝たら、朝には器の中に蝋さえ残っていなかったんです』

 以前に此の文へと繋げるような文など一つも無い。唐突にこの文が記されていて、それから幾つかの行間を空けて、改まった時候の文を添え、坦々と現状や手紙を送った目的などを綴っていた。

「……空っぽの器の中に蝋燭を灯して寝たら、朝には器の中に蝋さえ残っていなかったんです……」

 思わず口にしてしまっていた。それが余りにも意味深で、ついつい声にしてみたかったのだろう。こうやって自己欺瞞して、正当な口実を設けることで自分を安楽の海に溺れさせる。これは一種の自虐であるのに、私は性懲りもなく無意識の内で繰り返しているようだ。

 しかし何より、私を驚かせたのは同封されていた一枚の写真であった。

 其処には微笑んだ十五、六の一人の少女が立っていた。彼女は笑っていた。

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