最終話:爪の痕
あれから数日間。
屋敷の中にはもうすでにほとんど慣れ、日常生活的に困るようなものは、唯一つ。表情という名の敵だった。
恢さんは恢さんで、たまに様子を見にとだけで部屋から出てくるが、それ以外でお風呂以外は見かけなかった。
会ったら会ったで、俺から積極的に話をするようにしていた。けれど、返ってくる言葉といえば「そうか」とか「ふん」とか。でも、それはまだいい方で、メイドたちなんかそんなことすらも言ってくれない。
質問をすれば返ってくるのだが、本当に素っ気のない人たちばかりだった。
そう生まれてきているのならば仕方がないとは思うのだが、もう少し何か足りないような気がしてきていた。
でも、一つ解った事があった。
足音。
それは、なるのは俺だけではなく、恢さんも音が鳴ること。つまり、恢さんはちゃんとした人間なのではないのだろうかと思う。つまり、人間であれば、調教しなおすという事も可能なのだ。
だから、できるだけ恢さんと離そうと考えた時、質問などはメイドではなく、恢さん自身に聞こうと作戦を練っていた。
ということで、今俺は、堂々と廊下のど真ん中を歩きながらも、恢さんの部屋へと向っていた。
コンコン
重そうな大きな扉を、慣れた手つきでノックをする。
「どうぞ」
重そうな声で、どこかのスピーカーがなり、ゆっくりと扉が開けられる。
大きな机が、奥のほうにある。そのところで、地道に何かの書類と戦っている恢さんをいつもみるが、こんなにも人と接しないのに、何をすることがあるというのだろうか。
ここのお金を払っていたり?
さすがにそんなことはなさそうな気もするが、もしここがちゃんとした国なのならば、会ってもおかしくは無い。という事が気になってしまい、ついついここに来てしまったのも事実。
「今日はどうした?」
ここの常連さんになっている俺は、その机越しに立ち、にっこりと笑ってみる。いつもにっこり笑っていれば、なんとなくすっきりするようになってきた。
恢さんは、そんな俺をチラリと見て、ペンや書類を机の上においてきちんと座りなおしてくれる。
一応礼儀というものは知っているらしい。
「外行って来ても良いですか?」
「外?」
楽しげに言った言葉に、眉間にシワを寄せ、少しばかり濁ったような顔つきになる。
外はダメなのだろうかと不安になるが、言ってしまったものは仕方がないし、なんとなくここで引くのもいやだと言う何かのプライドが言う。
すると、真剣な瞳で再び椅子をきちんと座りなおしながらも、くるりと椅子を回して、何かの様子を見るように、外を見ていた。
「外。気分転換に! ここの事もよく知りたいですし」
「……じゃあ誰かメイドを連れて行け」
少し渋った顔をしつつも、何故かメイドを連れて行けという。
くるりと向き直り、三度目の椅子の座りなおし。どうしてそんなに外に行くだけの為に、厳重にならなければならないのか。
ただ一人で行くのもいいし、良ければ恢さんといきたいなぁなんて思っていたのは、そこらへんは気付かれなかったのだろうか。
「なんでですか?」
ついついキョトンとしたような顔で聞いてしまう。
少し失礼だったかな? と思いながらも、ジッと恢さんを見る。少しばかり唸っているかのような様子を見せながらも、時間を置く。
「外は危険かもしれないぞ?」
「かもって……外に出たことないんですか?」
「……」
「……」
ならなぜ書類などがあるんですか? と聞きたかったが、あえてそこは『プライベート』と勝手に解釈し、ジッと黙って見せた。
スーッと視線をずらし、少し焦った様子を見てしまった俺は、にやりと笑って軽く机に手をつけて体重をかけ、じっと見つめる。
すると、くるりと背を向けるかのように椅子を回し、空を見上げながらこういった。
「空が青いな」
「……ないんですね? 外」
「……空が青いと思わんか?」
段々にっこりと笑ってきた俺の口許が、自分でも押さえが聞かなくなるほど楽しい。
「それは天気が良い証拠ですよ? 外ないんですね? なら一緒に散歩しに行きませんか??」
「いや。私は書類が溜まってるから」
「人が来ないこんなところでどんな書類を整理しなければならないんです? あったとしても、たまには新鮮な空気を吸わなきゃダメですよ!!」
軽くポンポンっと机を叩きながらもそういうが、全く耳に入っているのかも解らずに、半分諦め状態になっていた。
仕方がないと、肩の力を抜き、軽くため息を付いていった。
「解りました。僕ひとりで行きますね……失礼しました」
踵を返して、そのままその部屋を出て言った。
外を知らないのならば、特にこれと言って案内も出来ないはずだ。という事になると、先に俺が外を知ってしまい、それで後で連れ出しながらも楽しむというのも、ひとつの楽しみかな? なんて思ってしまい、あそこで妥協してよかったともだんだんおもえてくる。
半ばニヤリと微笑みながらも、一番初めに入ってきた玄関の扉をせっせと開ける。
相変わらずカギが閉まっておらず、軽々とあけるが、多少重みがある。誰が来るというわけでもないから、鍵をずっとしててもいいのでは無いかとは思うのだが、誰も来ないからこそあけているのだろうか。
それとも、俺みたいなのが来るから?
あけたところから見る空は、綺麗。よりも、まぶしくて暫く目を開けれなかった。
人口的な明かりの下で生活していた所為か、自然の光は、比べようのない明るさを見せ付けていた。
ゆっくりと瞼を開けるなり、雨を降った感じもない、乾いた地面。真っ青で綺麗で、何処までも透き通っている空。
涼しくて、綺麗で新鮮な空気。すべてが気持ちよかった。
ドアを閉めて、最初は微妙な不安と、疑問ばかりで通ったもんまでの距離を、今回はスキップ交じりで走る。
あの時は聞こえなかった鳥の声。
靴の音。
すべてが幼稚に戻った気分で、何故か楽しかった。
カシャンと勢い欲手をかけた門がなることをいいことに、それにも何かの楽しみを覚えていた。
グイッと自分のほうに引っ張りながらその門を開け、完璧な外に出た。
ジャリっとなる少しの砂とコンクリート。そこを駆け抜ける速さで走り出す俺。
そんなに走るのが好きというわけではないのだが、凄く久々に感じる外は気持ちが良すぎている。
肺に入る酸素。
冷たくて、それで尚且つ気持ちが良かった。
木に囲まれたこの屋敷。真っ白な屋敷の天辺当たりにある、三角の何かの象徴を見ようと、右足を軸にして後ろに振り向いた時、一瞬何かの幻覚が見えたような気がする。
屋敷全体が、虹色の何かに包まれるように、キラキラしたものが回りに輝いてみた。
全体を囲むように。
虹色は、だんだんと屋敷のほうに近づいていき、だんだん屋敷を虹色に染めていく。
流れる海を見た気分だった。
揺れていて、色が流れている。
だんだんその虹色が消えていくかと思うと、スッと真っ白だった屋敷が、少しばかり本当に薄い水色が写ったような気がする。
白いといわれれば白いが、その前の白を見ている人に言わせて貰えば、何かに染まった気がする感じだ。
色をつけたい。
いつだったかにそんなことを、心に決めたことがあった気がする。
いま、少し色がついたということは、これからも何かできるんじゃないかという、勇気がだんだんわいてくる。
恢さんが少しずつ変わってくれるかのような、何かの期待と自信がこみ上げてきて、いつのまにか唖然としていた顔が、キリッとするような瞳に変わっていた。
握った拳を開くと、そこには爪の痕が残されていた。
短く、スッキリしたような終わりではありませんが、都合上、一旦これで終わりにしたいと思います。
読んでくださった方々ありがとうございます!
もし次連載などがあれば、そのさい、よければ読んで下さったらと思います。
ありがとうございました!




