お食事
漸く着いたと思った時には、もうすでに腹と背中がピッタリくっつくほど空腹に襲われていた時だった。どうしてここまで空腹に襲われなければならないのだろうかとも思いながらも、ここにたどり着くまでに、唯一白黒のトイレマークの看板を見つけただけだった。
そんなものがあるのならば、食堂。だとか、その他諸々の物があってもおかしくは無いと思う。真っ白な壁と、綺麗に清掃されている床。それを俺が穢しているのかもと思っただけで、少しばかりいい気味。なんて思ってしまうのはどうしてだろうか。どこかに汚い感情があるから?
といっても、ここに着てから何かを考えることしか出来ないから、仕方がないと思う。
もしここに二人できていたら、相談しながらもどうにかできるんじゃないかと思うけど、ここには俺一人しか居ないようなものに感じてくる。
特にこの足音が。
今までは、相談される方だったが、ここに来てから相談したい人の気持ちが、はっきり綺麗にとは言わないが、だんだん薄っすらとわかってくるようになってくる。
ここが食堂だとわかったのは、ただ単に真っ白な布が、細長ーいテーブルに二つの椅子。しかも、それは端と端で向かい合うように置かれていた。それで尚且つそのテーブルには、白い布のようなものが綺麗にかけられている。
椅子も白。
何か食べ物を落としただけでも黄ばんでしまうんじゃないか心配しながらも、近くに居るメイドにおなか減ったと。ただそれだけなのに、そのメイドは軽く礼をしながらも、ドアと向かい合うように、大分億のほうにある白いカーテンの奥に消えてしまった。
この部屋自体が細長い。
入ってきたドアに近い方の椅子に座って、向こう側を見つめるが、そこには向かい合うように遠くにある椅子と、真っ白な景色の外。つまり窓がチョコチョコッとだけある感じだ。そして、左隅の方に人の出入りが出来るような場所を、てきとうにカーテンで隠すようにある。
そこに隠れて言ったと思ったメイドが、静かに出てくるなり、たくさんのメイドが出てきて、たくさんの料理をテーブルの上いっぱいにおいていく。
とても置き方は綺麗なのだが、奥のほうにまで置かれると、ゴム人間ではないのだから、届くわけが無いというくらいの遠さにまでおかれる。
食べたいとは思わないが、どれから食べれば良いのだろうかとは迷う。
首からぶら下げるような白い布を渡され、大人しくそれについている紐で首に巻く。これはこぼしても服を汚さないようにしているのだろうかとも思う。確かにこの服自体も凄く白くて、少しのごみでも目立ちそうだ。
目の前に置かれた柔らかくておいしそうな垂れのかかった、ステーキの皿の右側にナイフが何本か。左側にフォークが何本かおかれていた。
これはなんとなく解る。
利き手でナイフを使い、逆の手でフォークを使うはず。
しかし、準備してくれた人には悪いのだが、俺の利き手は左であり、右ではないことから、普通の人とは全く逆だった。少しばかり困りながらも、一つ一つフォークとナイフを交換するように換えていった。
たくさん並べられたフォークたち。常識で、外側から使うのか、内側から使うのか。というものがあるのだが、実際のところ忘れた。
なんとかを呼ぶ男という漫画を読んで、「へぇ〜そうなんだぁ〜」と何回か納得したことがあったような気がする。その話を最初から最後までヌンヌン唸りながらも思い出すと、それによれば、確か外側から使うはずだ。
カチャっという音を鳴らしながらも、ゆっくりと恐々左にナイフ。右手にフォークを持った。それぞれの背に人差指を伸ばすように力を入れながらも、「ハ」の形にしながら、ゴリゴリとステーキを斬る。
ゴリゴリと言っても、実際のところ、本当に斬っているのかもわからないくらい柔らかくて、フォークで抑えるのは良いが、ゆっくりと離した時、フォークで多少切れた肉を見ると、かなり高級に感じてくる。
フォークで持ち上げ、ゆっくりとそれを口に含めるなり、優しく噛むように歯を当てただけで、ジンワリと口の中に広がっていく甘み。一瞬、天国に行った様な気分になれる。それに、こんな肉は、多分生まれて初めて食べた肉だ。
少し嬉しくなって、続けて、肉を切ってはフォークで口の中に含める。その度に微笑んでしまう口許を隠す事もできずに、フォークを優しく銜えてしまう。
ゆっくりとフォークを皿にカチャリと鳴らすなり、急に後ろから手が伸びてきて、汚さないように掛けていたナプキンで後ろから優しく口許を拭いてくれる。
急な出来事で、フォークもナイフも、手に持ってはいるのだが、皿におくようにしたままピタリと止まった。
ゆっくり振り向くと、そこには皆が言う「ご主人様」のお出ましだった。微笑む事も無く、真顔でゆっくりと手を引いていく。
「あっ……ありがとうございます……えっと……」
「構わん食事を続けたまえ」
そういいながらも足をすすめ、何メートルかあるテーブルの側面を歩きながらも、ダイブ迎えにある椅子に座る。
そこに座るのは、「ご主人様」のためのものだったのだろう。もしそれが間違えで、俺が今座っているところが「ご主人様」の席だとしたら、とても失礼なことをしているのではないのだろうか。
でも、何も言わずにメイドが椅子を引き、その椅子に座る「ご主人様」を見ると、なんだかどうでもよくなる。
「あっあの!」
「なんだ?」
話をかけるなり、食事に目を通していた「ご主人様」の目線が上がり、俺のほうをジッと見つめる。
「えっと僕は貴方のことをなんとお呼びすればよろしいのですか?」
一応目上の人ということで、戸惑いながらも敬語で聞く。
「その服……サイズはどうだ?」
「あっピッタリでいい感じです」
「そうか」
そういうなり、ナプキンを首に巻き、フォークとナイフを手に持って「ご主人様」は食事を始めた。
大人しく俺も再び食事を進めるが、ピタリと固まり再び「ご主人様」の方を見る。
話を変な方向に変えられた。
確かにこの服は、変にピッタリで、どうしてここまでサイズがばれているのか。ただの運とか、勘とかそんな感じであれば、このフォークの置き方も勘で左利きとわかってほしかった。
「ご主人様」は俺が左利きだという事を、忘れていなければ知っているはずだし。
「あっあの話を変えないでくださいよ……」
「私のことは自由に呼んで構わん」
「えっでわよければ名前を……」
「……氷上恢夢だ。氷の上で“氷上”恢夢のかいは“りっしんべん”に灰で恢。むは“夢”と書いて夢」
「ひょうじょう……かいむさん……」
「氷上恢夢」少し換えれば「表情皆無」だ。
本当は、俺が生まれた「日本」というか、「地球」で産まれたのか。もしこの人も、俺の生まれたところとは違うところで生まれたのならば、少しばかり興味があるような気がする。
どうして皆がみんな「表情」がないのか。
気になりどころだ。
「じゃあ……恢さんとお呼びしてもよろしいですか??」
にっこり微笑んで、愛想をふる。が、無表情でステーキを斬りながら構わんという。
できるだけわかりやすく、簡単な名前。それで尚且つ崩した言い方で言いたかった。ここで少しでも驚いてくれたり、クスッとでも笑ってくれたりを少しばかり期待していたが、驚くどころか、本当にどうでもいいというような返事が返ってきて、少々ムーッとしてしまう。
ここまで頑固な人も居ないのではないのだろうか。
もしかして、恢さん自身、表情が表に出にくい体質なのか、メイドと同じような感じなのだろうか。
メイドが「ご主人様」と呼ぶのならば、皆が皆というのは難しそうだが、できるだけ「恢さん」を愛称とさせてやりたい。というよりも、「恢さん」というニックネームにしたのは、漢字変換をすれば基本的に「解散」とでるからだ。
こんな無表情な場所から、皆が皆解散して行って欲しかった。
そんな願いのこめられた名前を。無駄な事かもしれないが、少しでもここを変えたくなる。 一度ここに来る前に感じた、表情なんかなければいいのに。とか、感情なんか消えてしまえばいいのに。そんなのもう思わないと思う。
表情が無ければ、相手がどんな気持ちで何を言いたいのかもわからない。
それから避けるために、無表情になったのならば、間違いだ。そんなことに今更気付いてここに居る。
できることならば、この屋敷自体に色を表情という色をつけてやりたいと燃える俺だった。