望み
「いってぇ〜……」
何でかは解らないが、凄く力強い光に覆われ、そのまま反射的に瞼を閉じて数分後。意識は漸く段々と取り戻せるようになってきた。が、凄く体のあちらこちらが痛い気がするのだ。
もし、例えろというのならば、子供の気分で少し高めの木に這い登り、失敗してそのまま背中を地面に押し倒されてしまったときのような感じだ。
ということで、凄く背中が痛いと目を開けたとき。俺は、素直にその場の雰囲気に読み取れず、ジッとかたまり、痛いことを忘れてしまった。
周りは真っ白で、周りには、丁度良い木と木の間のある林に入った感じだ。そして、そこに本当に落ちたかのように、仰向けに倒れていた。
上体だけを起こし、周りを本当にきちんと見回すと、本当に林の中に入ってしまっている感じだ。だが、少しも林と烏という不気味な何かの印象は無く、逆に周りが白すぎて不気味という印象がある。
林に隠れながらも、少し遠めに色とりどりではない、まだ塗り絵をしては居ない城みたいなものが建っていた。といっても、木の上や、木の隙間から出ている部分でしか感じ取れないのだが、確かにあれは城みたいな感じだった。
それ以外に見るのならば、特に人が歩いているわけでもないし、後ろを向いても特にこれといって、真っ白で黒く塗りつぶされたような木が立ちはだかっているという不気味以外は、異常は無い感じだった。
今頼りになるのは、あの城だけ。ということになる。
――俺……疲れてるのかな??凄いふかい夢だな……
こんな夢があるわけないような気もするが、夢というのは人にはわからないもので、どんなものでも作り上げてしまうものだろうなと、勝手に判断を下し、「夢だし」という少しの安心感を、勝手に作りあげ、その城に足を進めて行った。
もしこれが本当に夢じゃなかったとしても、現実逃避にはさすがにやりすぎだろうと思って、きっと何かの衝撃で頭が行かれてしまったのだろう。多分これしか思わないのだろう。
そう思ってしまうのはなんだろうか。
そんなことを、地道にいろいろ考えながらも、思考方向が変わっていってしまったとき、いつの間にか憑いていたその豪邸様のお家の前に立っていた。そんなにも近いものだったのかとかは、あえて考えずに、ゆっくりと顔を上げて見回した。
――でけ……さすが豪邸。
豪邸というのは、実際どんなことを言うのかもわからずに、勝手に豪邸と名づけ、どうにかして入る方法は無いものかと思い、その豪邸の今立ちはだかっている門に手を触れた。すると、触れただけなのに、その勢いでキィッと音を鳴らしながらゆっくりと少しだけ開いた。
オイオイと思いながらも、ゆっくりと押すと、そのままの勢いで、ゆっくりと開いていく。
中に居る人にばれたらどうなるのだろうか。なんて考えながらも、門をきちんと閉めて、前へ前へと進んでいった。
――どうしてこんなに悠々と歩けるんだろう……。
普通ならば、周りを見回して、何がどうなっているのかと慌てふためいてしまうのに、こんなにも安心して落ち着いていられる自分が、少しばかり怖い。そんなことを思ってしまう自分。それはいけないことなのだろうか。
周りを見回すと、綺麗に整えられた庭。
玄関という大きな建物に入れる第二歩めに入るまでの道のりが、少しばかり長いのではと思いながらも、ゆっくりと足を進めていた。さすが豪邸というのだろうか。庭自体がこんなにも大きいと、きっとあの豪邸の中も、ありえないくらい大きくて、ありえないくらい道に迷いそうになるのだろう。そんなの入らなくても目に見えてしまって、逆にそれの所為で入る気が失せる。
今のところ、とやかく言われているわけでもないし、寧ろ庭にも人が居なくて、こんな豪邸が大丈夫なのだろうかとか、他人の話しのはずなのに、凄く不安になってしまう。もしここが税金取りの頭の行かれたやつらだったら、俺がすべて根から綺麗に直してやろうかとも思ってしまったり。
だが、今そうと決まったわけでは無いからこそ、少し憎ったらしくも感じてくる。
――けどカントリーオブエクスプレッシオンレスってどういう意味?
いまだに解らないその本だって、実際こっちには持ってこられなかった。きちんと握っていることは覚えているのに、どうして今になってその大事なモノが無いことに気づいたのか。そして、その英語の意味を調べてくるくらいの余裕さえつかめればよかったなんて、今更そんな無意味なことすら考える余裕は、今にある。
もう少し、ハラハラドキドキして、今からさぁ探検!! なんてことは思いつかない。というか、考える余裕が逆に無いのかもしれない。余り今を見ないで、できるだけ「アァしておけばよかった」とか「こうしておけばよかった」と後悔していたほうが、少しだけ気が楽になるような錯覚を覚える。
「……面白くなりそうだ……」
心の奥底から、どうしてかそう思えてしまった。誰かによって乗り移られてしまったかのように、凄く身体のどこかこっかが重かった。
背中が痛かったあれとは少しちがく、何か人が乗ったように重かった。
ピタリと足を止めると、そこには大きな豪邸へのもう一つの扉があった。
――漸く中か……
長かった足取りだったのに、後ろに振り向けば、そんなにも長くないよう距離だ。そんなにも考え込んでいるつもりは無かったのに。
もう待っていられないと、ゆっくりとその扉に手を触れ、ドアノブを回すとゆっくりと開いていった。
「失礼します」
礼儀としての一言を言うなり、俺はゆっくりと足を勧めていった。
日本では無いのか、靴を脱ぐ場所もなければ、家政婦さんたちは無言であり無表情で、黙々と掃除を行っていた。しかも外靴だと思われるから、軽くその場で靴についた汚れを取るように、とんとんとつま先を床を蹴るようにして、そのまま中に入っていく。
「あの」
話をかけようと、そのお手伝いさんだと思われる人の肩を触れると、手を止めて礼儀正しく俺のほうを向いてきた。
「なんでしょうか?」
「なんかわかんないけど急にこっちに来てここのこと良く解らないんだ。ここはどこなの?」
「Country of expressionless です」
何の感情も無く、スラスラとその英語みたいな言葉を、綺麗に発音して教えてくれたが、その意味を教えてほしかったりもした。少し首を傾げてみても、特に何も言ってはくれないが、再び掃除を始めようとは思ってはいないようすだった。
じっと見つめていると、なにか?ときかれた。
「それってどういういみなの?」
「意味はありません」
「は?」
「……」
余り余計な事を言わないようにしているのか、全く無表情でそう言ってくる。真っ白な建物を、綺麗に片付けようとしている。
掃除に戻ってしまう前に、聞きたいことを聞いて、この先どうすればいいのか悩んでくれなければ困るのだ。
「まぁいいや。で。おれ一番に目に付いたここに来ちゃったんだけど迷惑かな?」
「……あちらのひとですか。コチラへどうぞ」
掃除の道具を床に綺麗に置き、誘導するように少し前を歩くこの女の人の後ろを、少し怖がりながらも近づいていった。
一つ一つの扉とのあいだが、やたらと長い気がする。ということは、長々しくこの部屋は絶対に広い。必要以上に広いと解る。
暫く直線だったり曲がったり、いろいろと進んでいくと、本当に大きな扉が目の前にドンと広がられていた。
その扉の前に立つなり、俺のほうに向き直り、ゆっくりと礼をしてどうぞと扉の方に腕を広げ、ご自分でといわれた。
ゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと扉に手を触れ、コンコンと軽く礼儀としてノックをした。すると、意外にも奥のほうからどうぞと少し嬉しそうな声が聞こえてきた。
失礼しますと少し大きめの声で言って、ゆっくりと扉を開けると、この屋敷の半分を使い尽くしているんじゃないかと思うくらい、広くて大きい社長室みたいな部屋だった。
特に大きな何かを置いているわけでもなく、大きくゆったりとした机と、すわり心地の良さそうな椅子があって、その大きな椅子にのんびりと座って俺のほうを見据えている、男性だ。
「どうぞ」という声は、この男性の声だろう。
軽く息を吐いた。
「失礼します……」
「こちらへどうぞ?」
微笑む事もせずに、軽くその机越しの前を指差された。ため息を漏らさずように、ゆっくりと深呼吸しながらも足を進めた。
「君は……どこから来たの?」
「どこから……?わからない……です」
「名前は?」
「あっ済みません。まだ言ってませんでしたね失礼しました。一之瀬粒です」
できるだけ礼儀正しく、少しの微笑みも無くそう言ってみた。
確かにコチラから失礼したくせに、名前をまだ一度も言っていなかった。さすがにそれは失礼だと思ったのだが、なんだか無表情のこいつがむかついてくる。
「そう。リュウ君ね。日本から?」
「え?あっはい」
日本語もしゃべってるし、それが普通なのだろうと思いながらも首を傾げてると、俺の考えていることがわかったのか、チラリとこっちを見てきた。
そういえばと思い出したように手を動かして、机の端にあるプリントの山の一番上から、一枚ペラリとめくり、机にバシッと置いて、こっちに向け、ペンを置いた。
カチャッと先に親を出してくれてそのままペンを渡してくる。
「これに必要事項書いてもらえないかな?」
口調からして、少し接待に離れているのかなれて居ないのか。どちらかというと、接待に少しでもなれているような気がする。
大人しくペンを左手でもち、軽くペンを回して紙を見つめた。
「左利き?」
「えっ?あっはい」
そう。珍しく俺は左利き。珍しいのかどうかも解らないが、どうしてか滅多に左利きは居ないような空気がある。
紙の必要事項は、名前。元住所。元というのはなんだろうか。ヤッパリ日本の話しのことだろうか。名前は一之瀬粒。小さい頃はこの名前で馬鹿にされてしまったことがあった。「粒のように小さなバカ」その頃が一番初めに、感情なんかなくなってしまえばいいのにと思ったのは。
言われたときは「死ね」と思いっきり怒鳴った。その後に後悔した。
結局死ねといってしまって死んでしまったら、俺が犯罪者になるんじゃないかと。もしこれが本気で言ってしまったのならば、心の傷となってしまうんじゃないか。いろいろとそんなことを永遠に考えてしまった所為で、いろいろと億劫になってしまい、一時期考えるという事を捨てた。
それからというものの結構つらい事に気づいて泣き出した。それから俺の人生が始まったようなものだった。
「もう泣かない」と。
「手が止まってるぞ?」
ハッとしてみると、名前の「一之」までしか書かれていない紙。
少し深呼吸をして「瀬」までを一気に書いた。けれど、ヤッパリ名前を書くのは嫌いだ。特に下の名前の「粒」。どうせ何かまた言われそうで怖かったが、震えながらも一生懸命書いてみた。
上にフリガナを書かなければならなく、そこはスラスラとかけた。
住所も、何の躊躇もなくすらすらと書けた自分が、少しばかり怖い。
次の項目。
どうしてここの世界に来てしまったのか。
――どうしてって……どこからどこまでのことを書けば良いのだろう
『図書室で適当に引っ張った本の名前を読んだとき。本が光っていつの間にかこっちに引き込まれてました』
結構短縮したが、まだまだ長い気はする。けれど、これ以上短くすると、全く持ってわからないものになってしまうため、これで解って欲しいと願いながら、ゆっくりと次の項目にめを引きずる。
生年月日。
一月十一日。
血液型。
O型。
年齢。
――どうしてこうも質問事項が不順なんだ……
年齢は16歳。ピチピチの高校一年生。そしてもう少しで高校二年生。に慣れると思っていた。別にそんなに悪いことをしているわけでもないし、成績が危ないというわけでも、単位が危ないということでもないとは思う。
けれど、少しだけ友情関係なども入れてしまうと危うくなってしまう。そんなことを少し気にしながらも、今は生きてしまっている自分が少し怖い。
感情がなくなればいいと思ったのは誰だっただろうか。自分だったはずなのに。
結局自分の言いように、自分の思考は動いていくからこそ、バカだなともおもってしまう。自分で思っていた以上に、周りの空気にやられてしまうタイプなのかもしれない。
次の項目。
自分が出来る事柄。
項目も無しに、自分で書かなければならないのだろう。けれど、自分がこれといってできることなんて、全くといっていいほど無い。ただ平凡と暮らすだけ。
本当にそう書いてやった『平凡に暮らす事』。
それですべてだった。
ゆっくりとペンを紙の上に置き、向きをその人に向けてみる。解ったのか、素直にその紙を受け取り、ゆっくりと目線を下にずらしていっていた。
きちんと見てくれている。とおもうが、ただ見通して空項目が無いか見ているだけかもしれない。けれど、そんなに長く書いた分なんてないし。けれど、全部見たのか、最後の方少しだけクスッと笑ったような気がした。
けれど、きちんとその男性を見たが、笑った様子は全く無かった。
無表情で、何も考えたくないですって顔をしている。
「最後の……」
「え?」
「平凡に暮らすって……自分の能力とかは?」
「ないです。特にこれといって何か出来たためしないし。相談されて結構有名だって言われたけど、軽く聞き流して適当に相槌打って、その場にあった言葉を出しただけなんだけど……」
「へぇ相談受けね」
「えっ!?でもそんな上手くは乗れないですよ?!」
「……お前はいちいち反応がでかいな……一つ言っておく。ここでは俺以外の前で余り表情をあらわにしないほうがいい」
「あなた以外の人と?」
「あぁ。ここの人たちは感情も無くてその所為で表情もあらわにしない。もって居ないのかもしれない。いや。それは俺が望んだことかもしれない」
望んでできる世界?
人間そんなことが出来てしまうのだろうか。それともこれは、本当にゆめだったりもするのだろうか。それだったら少しでもわかる気がする。
感情なんか消え去ればいいと思ったとき、夢の世界でもいいかもしれないと、心のどこかで願っていたかもしれない。
「望んだ?」
「ここは俺の世界だ」
「……え」