オンヤサイ
旅人がある時訪れた街。
宿屋に来た旅人を見て、主人はこう言った。
「あなたは運が良い、今日は街でお祭りがあるのですよ」
祭り? と旅人は聞き返す。
「えぇ、私たち家族も、いえ、街の者なら大半は祭りを楽しみにしています。旅人さんでも歓迎いたしますので、ご一緒にいかがですか?」
旅人は少し考える。だが祭りは嫌いではなかった為、すぐに首を縦に振った。
「では晩の八時、お呼びに伺います」
晩八時。旅人と宿屋家族―――主人とその妻と娘、の4人は祭りの行われる教会へと向かっていた。
その道すがら、同じように祭りへ向かうのだろう、人が集まって来た。
主人は飲み仲間。妻は井戸端会議仲間。娘は学校の友達のところへそれぞれ行き、旅人は一人教会の中へと足を進めた。
明かりが灯された教会の中は白い壁のおかげで日の暮れた夜だというのに明るく、普段の静寂な雰囲気は街人達の会話により感じられなかった。
旅人は後ろの方の席に座った。
すると、先ほどまでバラバラになっていた宿屋家族が、集団のまま旅人の周りの席に付き出した。
主人達が旅人の右側。妻一行が左側。娘が友達と共に旅人の前の席にそれぞれ座った。
ふと、旅人は訊ねた。このお祭りの名前は? と。
すると宿屋の主人が答えてくれた。
「オンヤサイ。ですよ」
オンヤサイ。何故そんな名前なのか、再度主人に訊くと、
「それは、後に分かりますよ」
と言われて、旅人の疑問は未解決のままに。
そんな時、前方に数人の人が立った。
皆同じ黒い、男性はタキシード。女性はドレスを身に付けている。
彼らが演奏家です。と主人が言うと、
「音を奏でる夜の祭り。だから音夜祭なのです」
オンヤサイの名の意味を述べた。
なるほど、と旅人が感心した時、演奏家達が手に物を持ち出した。
それを見て、旅人は驚いた。
演奏家達は、手に鋏や包丁を持っていたのだ。しかも鋏は、紙などを切る小さな物ではなく、包丁ぐらいの刃を持つ大きな鋏だ。
演奏家の一人が、前にある台にかかっていた、白い布を外した。
そこにあったのは、楽器では無かった。
ニンジン、ジャガイモ、キャベツ、カボチャ等、大小様々、色とりどりの野菜が机の上にところ狭しと並んでいた。
演奏家達が各々思い思いの野菜を手に取ると、ざわついていた教会内が一瞬にして静まり返った。
そして、ある演奏家の、
ザクッ
というキャベツを包丁で切る音を合図に、次々に演奏家達は野菜を切り始めた。
その音は、リズムを刻み、まるで一つの音楽を演奏しているかのように音を続けた。
鋏で、包丁で、ニンジンを、キャベツを、ジャガイモを切って音を奏でる。カボチャは包丁を突き立てて徐々に刃を進め、タンッ! 一際大きな音を立てて真っ二つになった。
それを唖然と見ていた旅人に、宿屋の妻が、
「音を野菜で奏でる。だから音野菜なんですよ」
オンヤサイの名の意味を述べた。
なるほど? 旅人が多少困惑してる間に、演奏は終了した。
観客から割れんばかり拍手が鳴り響く。演奏家は並んで一礼した。
すると演奏家達は、台の上の刻まれた野菜を持てる限り両手で持った。
野菜を持つと、いつの間にか横に置いてあった銀色の箱に入れていった。
あの箱は……。旅人がそう言った時、前に座っていた宿屋の娘がこちらを向き、
「あの野菜は残さずに蒸して、この後みんなで食べるんだよ」
野菜を入れている蒸し器を指差して、
「野菜を蒸して食べる。だから温野菜なんだよ」
オンヤサイの名の意味を述べた。
へ、へぇ……。旅人は曖昧に返事をした。
その後、調理された野菜は観客全員に振る舞われた。
皿に盛られた野菜を見て、……これもある意味、オンヤサイ。
旅人は思ったが、口には出さなかった。
夜を奏でる夜の祭り。だから音夜祭
音を野菜で奏でる。だから音野菜
野菜を蒸して食べる。だから温野菜
どれも当りでどれもそう。だから街の人々は、この祭りを、オンヤサイと呼ぶ。
もしもアナタなら、何と呼びますか?
実在する。野菜を切って演奏をする人たちを見て思いついた物語です。
同じ言い方で、別の意味表わせる言葉。
アナタなら、この祭りをなんと呼びますか?
それでは、
感想及び評価、お待ちしています。