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第7話 救うための別れ

前回までのあらすじ:


美樹がピチューンした。

「くそ! 守るって約束したのに!! 美樹ぃ!!」

厚志はマンションに突撃しひしゃげたトラックを叩きながら叫んだ。だが、返ってくるのは厚志がトラックを叩く音だけ。

「俺は……俺はまた守れなかったのか…………」

地面に伏し、溢れる涙を拭おうともせず厚志は呟いた。

「藤堂さん……」

香奈が涙を流しながら背中を撫でる。その手は震えていて、泣き叫びたいのを我慢しているようであった。

「すまない……すまない!」

厚志は誰に向けてか分からないまま謝り続けた。その謝罪は、今ここにいる香奈に向けてなのか、今はいない香織に向けてなのか、自分を庇った美樹に向けてなのか厚志自身理解できていなかった。

ただ、溢れ出る感情を涙と一緒に吐露しているだけだった。

「おーい、厚志さんー!」

「…………?」

厚志は誰かに呼ばれて頭を上げた。どこか聞き覚えのある声。

「美樹!?」

「よかった。無事だったんだね」

「美樹……本当に生きて……?」

厚志は美樹が生きているという事実が理解できず、夢や幻覚ではないかと思った。香奈などは呆然として口をパクパクさせている。

トラックに阻まれているため姿は確認できない。だが、その声は確かに美樹のもののように思える。

「当たり前じゃん、ほら下からなら見えるから」

「……本当だな、確かに美樹だ」

トラックのタイヤによって持ち上げられた空間を覗くと、少し擦り傷はあったが笑顔の美樹が手を振っていた。

「でも……どうやって」

「あの警察の人が助けてくれたの……」

「……そうか。美樹、よかった…………本当によかった……!」

厚志はさらに溢れる涙を拭いながら笑った。美樹も少し苦笑しつつ笑っていた。

あの警官にどれだけ感謝してもしたりないほど感謝した。

守るはずが守られ、しかもそのせいで失いかけた。

自分には出来なかった事をやってのけた警官を弔いたかったが、トラックの下敷きになったのか遺体の姿は無い。探そうにも今は難しかった。厚志はせめてもの償いから黙祷を捧げた。

「はっ、み、美樹ちゃん。無事でよかった!」

「香奈、私は大丈夫だから。厚志さんをよろしくね」

「……えっ? 美樹ちゃん?」

香奈は一瞬何を言われたのか分からなかったのだろう。キョトンとして聞き返す。

「やべぇ、奴らが集まってきたぞ!」

「早くスーパーに!」

美樹の背後から怒声が飛ぶ。チャラ男と奈穂の声である。

「ごめん、トラックの音で感染者が寄ってきたみたいなの……逃げなきゃ」

「…………わ、分かった」

香奈が美樹の微笑みに答えるように笑う。その笑みはぎこちなく、まるで笑い慣れていない者が笑ったような歪みかただった。

「お、おい美樹! 駄目だ一緒に―――」

「無理だよ厚志さん。この隙間は通れないし、道路はこのトラックのせいで通れなくなってる」

厚志の言葉を遮るように言う美樹。だが、諦めるわけにはいかなかった。せっかく助かっている事が確認できたにも関わらず、離れ離れになどなれるわけがなかった。

「な、なら俺が―――」

「香奈はどうするの?」

「…………っ!」

美樹に指摘され二の句が続かなくなる。確かに美樹を守ると約束したが、同時に香奈も守ると約束したのだ。

どちらも大事で、どちらか一方が欠けていいわけでも無い。押し黙った厚志を見かねたのか美樹が一つの提案をした。

「なら、私を迎えに来て。スーパーで待ってるから、自衛隊らしくかっこよく迎えに来てよ」

「………………分かった。迎えに行くから待ってろ」

「うん、待ってる」

そう言うと、美樹の姿が消える。

「……絶対に迎えに行くから」

駆けていく足音を聞きながら厚志は静かに決意を口にした。

立ち上がり振り返る。そこには溢れ出そうな涙をなんとか我慢している香奈と不安そうな康太達がいた。

(俺が守らないと……)

気を引き締める。武器が無くなった今は鍛えた身体だけが頼りだった。

さすがに康太からスコップを借りるわけにもいかない。いざとなれば彼に香奈達を守ってもらわなければならなくなるからだ。

「行こう、とにかく一秒でも早く迎えに行かなければならないんだ」

「…………はい!」

皆が頷いたのを確認すると厚志は先頭に立って歩き始めた。そのすぐ後ろに香奈、康太は眼鏡の子に縋り付かれながらスコップを構えて着いてきていた。

とりあえず黙視できる範囲に感染者はいない。

(美樹は無事に辿り着けたのか…………)

悲鳴などが上がっていないため大丈夫だと思うが、不安は拭い切れない。厚志は頭を振り、今はとにかく一刻も早く寮に向かうために歩を進める。

道すがら今更ながらに自己紹介をしあった。

康太の名は知っていたが、眼鏡の子は田嶋佳子というらしい。人見知りらしく、康太達以外とはあまり話す事が出来ないのだそうだ。

佳子は終止康太の影に隠れていた。どうやらそこが普段の定位置らしい。厚志は少し苦笑しながら康太と佳子、奈穂を含めた三角関係にため息を吐いた。

(面倒な関係だな……)

そう思い、肩を竦め歩く。

幸い寮までの道中は特に感染者に遭遇する事はなかった。いたとしても遠くにいたため早足で移動するだけでよかった。

「ここを曲がったら寮だ……」

あと一つ角を曲がれば寮の前に出る。厚志ははやる気持ちを押さえ、角から寮の前の道を見る。

ここさえ大丈夫ならすぐにでも美樹を助けに行ける。

だが―――

「…………ここまで来て……」

目の前には絶望が広がっていた。

前には香奈の家の前にいたのとは比べものにならない寮の感染者がいた。明らかに厚志達の装備では突破できない。

幸い寮の周りは堅牢な城塞のように二メートル近い壁が囲い、門は鉄扉が備え付けられていたため、侵入はされていないようだった。

「…………ひっ―――」

厚志が止まったのを不審がり角から道を覗いた香奈が悲鳴を上げかける。

慌てて彼女の口を塞ぎつつ、厚志は康太達に道を見るように促した。

「……マジかよ」

「…………っ!?」

康太が絶望したような表情を浮かべ、眼鏡の子は顔を引き攣らせて彼に縋り付いた。

「さて、どうやって入ったものか……」

「他に入口は無いんですか?」

厚志達のいる場所と一番近い感染者との距離は約百メートルほど。感染者の足なら数分はかかる距離である。

ただ、今いる場所は直接寮の周りを囲んでいる塀ではなく、その隣の家の塀なのだ。つまり、少なくとも十メートル近くは感染者に近付かなければ塀を登っても意味が無いのだ。

香奈の家に入った時のように隣の家から塀に入る案も考えたが、何を考えているのか分からない上司のせいで民家と寮の間にある塀はやたら高く作られていた。そのため民家の屋根から移動する事は出来ない。

ただ、寮の入口側の塀は厚志が台座になり持ち上げれば何とか越えられる高さである。いつ気付かれるか分からない今の状況でいるよりはマシである。

何より厚志は一刻も早く美樹を助けに行きたかった。

「無い。何故か分からないがうちの量の出入口はあそこしかないんだ。そこでだ皆……聞いてくれ、今から俺が台座になるから俺を足場に塀を越えるんだ」

「……え、でもここはまだ寮の塀じゃないんでしょう?」

すかさず佳子が聞いてくる。厚志は頷きながら自らの案を話始める。

「ああ、だからギリギリまで近付く事になる」

「い、嫌よ! 私はあんな奴らの近くになんか行きたくない!」

佳子がヒステリーを起こしたように自らの体を抱きしめ後退る。

「…………俺は藤堂さんの案に乗ります」

「新橋君!?」

康太が震える佳子の肩に手を置きながら答えた。まさか賛成するとは思っていたらしい彼女は驚愕していた。

だが、康太の決意は固いらしく、縋り付くように服を掴む佳子を半ば無視するように話を続けた。

「もし奴らが俺達に気付いたら、佳子ちゃん達が上る間俺が皆を守ります。俺も少しでも早く奈穂を助けに行きたいですから」

康太は厚志の焦りがどこから来るものか理解しているらしく、少し震えながらもスコップを構えた。

助けた際の取り乱し方を見ているため少し不安だったが、スコップを構える康太の目は紛れも無い『漢』の目だった。ただの『男』ではなく『漢』である。

「…………頼んだ」

厚志は康太の肩を叩き、彼が頷くのを確認すると香奈に顔を向ける。

「佳子さんから先に上らせてくださいね」

香奈は厚志が口を開く前にそう言った。その瞳に恐れの色は感じられない。

「……ああ、了解」

まるで厚志が何を言おうとしているのか理解したような言葉に、苦笑しながら頷いた。

唯一佳子だけがまだ渋るような顔をしていたが、康太が行くと言った辺りから特に明確に渋りはしなくなっていた。

「いいか、奴らは多分音や匂いに反応する。匂いはどうにもならないが音はなるべく立てないようにしてくれ」

三人が頷くのを確認すると厚志は走り出した。

塀との境に到着すると直ぐさま膝まづく。

目だけで合図して佳子が厚志肩に足を乗せる。完全に体重がかかったのを確認すると一気に立ち上がった。

「っ、きゃあっ」

「馬鹿っ」

いきなり動いたためか佳子が悲鳴を上げた。康太も思わず声を出してしまう。

厚志は視界を感染者に向ける。何体か今の声に気付いたらしくこちらに向かって移動を始めていた。

康太がスコップを構え、厚志を庇うように感染者との間に立つ。

「急げ!」

佳子をさらに手を使って持ち上げる。彼女はバランスを少し崩しながらも何とか塀の上に登る。

「次、香奈ちゃん!」

「は、はい!」

膝まづくとすぐに香奈が乗ってくる。佳子と同じ要領で塀に登らせる。

「新橋君! 次は君の番だ!!」

「先に行っててください! 後から行きますから」

「馬鹿か君は! どの道この高さを一人で登れるわけないだろう!! 君はあの子を助けに行くんじゃないのか!?」

「…………っ、分かりました!」

厚志は再度膝まづき、康太が乗るのを待つ。体重がかかった瞬間立ち上がる。

さすがに女の子二人とは違い、わざわざ持ち上げなくても塀の上に登った。

「藤堂さんも早く!」

「スコップをくれ! それで上がれる!!」

「どうぞ!」

康太が持っていたスコップを受け取り、少し塀から離れる。

「と、藤堂さん!?」

離れた厚志を見て香奈が悲鳴にも似た声を上げる。だが厚志は別に映画みたいに、後は任せたぜ、みたいな事をするつもりでは無い。

助走を付けるために離れたのだ。かなりボロいスコップを見て少し不安になる。

(…………頼むから折れるなよ)

神にでも祈るように拝むと走り出した。すでに感染者との距離は十メートルも無い。

失敗すれば死を意味する。

「何するつもりなんですか藤堂さん!」

「早く! 奴らもうそこまで来てますよ!!」

「…………っ!」

塀に向かって走り出した厚志を見て香奈達が声を上げる。

塀の手前でスコップを地面に突き立て、次の瞬間スコップが立っている間に柄に足をかけて飛ぶ。

「いっけえぇぇ―――っ!?」

突然、足場が無くなる。飛ぶための勢いをそのままに足場を失った足が空を切り、塀に激突してしまう。

「~~~っ、嘘…………だろ……」

スコップは真ん中からポッキリと折れていた。予想が大当りしたが、全く嬉しくはなかった。

「藤堂さん、早く捕まって!!」

「早く上がって!」

香奈と康太が手を伸ばしているが厚志は首を振った。

感染者は、もう数メートルの距離まで近付いていた。香奈達に持ち上げられている間に掴まれ、下手をすれば香奈達ごと落ちる可能性がある。厚志も危険だと分かっていて助けてもらおうとは考えられない。

「いい、先に入っててくれ」

折れたスコップの掘る側を広い上げながら言う。

「駄目ですよ藤堂さん!」

厚志は折れたスコップを構えながら香奈の声を無視した。

(美樹……すまん)

声に出さず信じて待っているだろう美樹に謝る。

厚志の前には十数体の感染者の壁が迫っていた。

はい、結局美樹はピチューンしませんでした。

グレイズ(かすり判定)とってたんです♪


次回予告:

厚志祈祷中......


人間って汚いんだZE☆

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