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第5章 理解と目的地

※2011年7月10日 誤字脱字修正しました。

「えっと、とりあえずテレビつけよっか」

 厚志と香奈が落ち着いたのを見計らい、美樹が努めて明るい声を出す。彼らは涙で腫れた目を擦りながら、テーブルに座り直した。

 美樹がリモコンを操作して電源を入れる。

「ん? あれ? 真っ暗だ」

「……まさか」

 厚志は嫌な予感がした。美樹がチャンネルを変えるが、どこも同じような黒一色か砂嵐のみだった。

 ただ一局だけ違った。

 背景は他と同じく黒一色だが、他の局とは違いテロップが流れていた。

「えっと、なになに……『現在原因不明の感染症により放送が行えない状態にあります。放送が再開されるまでお待ち下さい』?」

「……情報すら流れていないのか」

 美樹が読み上げるより先にテロップを読み、厚志は肩を落とした。

「あれー? おかしいなー」

「……いや、おかしくない。二人ともこれから俺が話す事を落ち着いて聞いてほしい」

 厚志は美樹と香奈が自分に注目したのを確認すると話し始めた。

 恐らくテレビ局は全滅、もしくは職員が撤退したのだろう。どこかのタイミングで真実を追い求める熱血な報道関係者が現れるかもしれないが、今は期待しないほうがいい。公共放送ですら政府からの通告が流れていないところを見ると、最悪政府関係者がもう全滅している可能性すらある。

 むろん、本来なら事が起こった時点で政府高官は優先的に保護されるはずだが、もし関係者に感染者がいれば保護など関係無い。いくらボディーガードや自衛官が着いていようが関係なく感染は広がるだろう。

 あくまで守られるのも人なら守るのも人だ。もし家族や親友が感染し、人を襲うと分かっていてもそう簡単に割り切れるものではない。そうした躊躇が被害を広げる可能性は高い。

 厚志もそうだったのだから分かる。人の形をした者の、しかも頭を潰すなどいきなり出来るわけがないのだ。だからこそ、ゾンビというものは爆発的に感染する。

 政府が全滅した、というのは想像の域を出ないが、それでもテレビ局が全滅しているのは事実だった。やはり、この現象は日本だけでなく世界中で起きている可能性すらあった。

「……あくまでもその可能性がある、というだけだが期待はしないほうがいいだろう」

 厚志はそう締め括り、軽くため息を吐いた。

「……嘘でしょ」

「そんな……」

 美樹と香奈は驚愕し、不安そうに厚志を見る。二人の不安を拭い去るだけの判断材料が無いため、厚志は押し黙るしかなかった。

 何とか暗くなった空気を吹き飛ばすために今後のプランを提示する事にした。

「……とりあえず俺はこれから寮に向かおうと思う。あそこなら多少の事では感染者に入られるような作りはしてないし、何より武器があるからな」

「武器?」

 美樹の問いに強く頷く。

「ああ、演習場が近くにあるんだが、倉庫の鍵が壊れたとかで今銃なんかが寮に集まってるんだ」

「へー」

 厚志はさすがに内部情報なのでまずいとは思いつつも、状況が状況なので話した。倉庫の鍵が壊れていては、武器の管理が出来ていないなどとマスコミが叩くには恰好の的になってしまう。確かにマスコミに知られれば厄介だが厚志の上司は自らの保身のために直すまでの間、あろう事か自衛官の寮に武器を置いたのだ。

「ま、不祥事はこの際置いておいて、そこなら安全なはずだ。食糧もかなりあるしな」

「厚志さん、そこって遠いの?」

「というか、まずここがどの辺りなんだ?」

 恥もてらいも捨てて聞く。初めて感染者に会った際にがむしゃらに走り、香奈の家までは美樹の案内で来たため、厚志は自分がどの辺りにいるのか理解できていなかった。

「うわ、厚志さん迷子なんだ!」

「うっさいな」

「迷子、迷子、ごーまい~」

「……で、香奈ちゃんここはどの辺りなんだ?」

「スルーっ!?」

 美樹が大袈裟に驚き、厚志をバシバシ叩く。

「これは、迷子と迷子を逆にしたごーまい。そして、今から寮に向かう……ゴーマインドを―――」

「家の前の道を行くと国道に出ますよ。あと、国道の近くに最近出来たスーパーがあります」

「香奈までっ!?」

 必死に構ってもらおうとギャグ――にもなっていない――を説明しようとする美樹をさらに無視して香奈が続けた。ついに美樹はいじけ、床にのの字を書き始める。

 香奈が慌てて謝り、厚志は肩を竦めた。妙にいじりがいがあるため、普段ならまずしない意地悪をしてしまう。

「すまんすまん。たぶん、それなら国道に出て数分歩けば着く近さだぞ」

「全く……でもそれなら、大丈夫かな?」

 立ち直ったらしい美樹は頭の中で地図を描いているらしく、視線を上に向いたまま答える。香奈は近さよりも感染者がいる可能性に対して不安がっている様子だった。

「あの……大きな通りは危ないと思うんですが」

「……確かにな。ある程度は遠回りしたほうがいいと思う」

 厚志は香奈の意見に頷き、腕を組んだ。

 やはり大通りは車を使って逃げる人間が多かったはずだ。乗り捨てられた車は遮蔽物になり、ただでさえ動きの読めない感染者達を見えなくする。加えて移動の邪魔にもなってしまう。

 さらに厚志には一つ懸念事項があった。

「あと、感染者が何に対して反応するか分からない」

「どういうこと?」

 美樹の問いに厚志は渋い顔をして立ち上がった。

「どうせすぐに見る事になるから、見た方が早いな……二人とも着いて来て」

 キョトンとする二人の意志を確認せず、二階に向かう。二人が後ろから着いてくるのを足音で確認しつつ、廊下の突き当たりにある出窓に向かう。

「見てみて」

一度下を確認し、厚志は美樹達が見えるように脇に退く。

「……うわ」

「……っ」

 門前に集まっている感染者達を見て、美樹は渋い顔に、香奈は口に手を当てて恐怖していた。二人の反応を確認し、厚志は続けた。

「見ての通り、奴らはここに集まって来ている。それが何故か分かるか?」

「え? 私達が家の中にいるからじゃないの?」

「それはその通りだが、よく見てみろ……奴らの目を」

 離れているため分かりづらいが、よく見れば分かる。感染者達の目は白く濁り、白内障のようになっている。あれで見えているとは思えない。

 事実、厚志達が隣の家に入る前は突っ立っていても奴らはほとんど気付かなかった。それでも数体が気付き始めると後は雪崩のように集まった。

 つまり、少なくとも視覚以外の何かを判断材料にして感染者は人を襲っているという事だ。

「予想では二つ、一つは聴覚。もう一つは嗅覚だ」

「……その根拠は?」

 感染者を見ていられなくなり、俯く香奈の肩を抱きながら美樹が問う。

「推論でしかないが、まず聴覚。こちらは隣の家に入る時、奴らが俺達に気付いた順番が気になった」

「……順番?」

「……ああ、これは嗅覚にも言える事なんだが、奴らは俺達から近い順に気付いただろう?」

「んーそうだったっけ?」

 美樹が曖昧に答えるが、厚志は覚えていた。しかも、あの時は生温い風が頬を撫でていたから風上ではなかったはずだ。

「だが、風下ならともかく、あの時は確か風上だった。なら視覚でなく嗅覚でもない判断材料、それは―――」

「……聴覚」

 美樹が厚志の代わりに答える。

「そういうわけだ。あの時俺達はそれなりに大きな声で会話してたからな」

 ため息混じりに肩を竦める。あくまで推論の域を出ないが、ある程度の判断材料が揃っているため、絶対に違うとも言い切れない。

「ちなみに嗅覚はどんな理由があるんですか?」

 ようやく落ち着いたらしい香奈が顔を上げ、聞いた。

「こっちもあくまで推論だが、今のこの状況だ」

「……この状況って?」

 美樹が訳が分からないというように首を傾げる。

「あ、家の中……」

「そうだ、香奈ちゃんの言う通り。見えていなくて、音もあまり出していない……むしろ街中の方が爆発や悲鳴が聞こえる今、奴らが何故ここに集まっているのか、それが答えだ」

 こちらもまだ推論だが、用心するに超した事はない。

 むろん異常聴覚が発達して中にいる厚志達の会話が聞こえるから集まっているのかも知れないが、下手に外れて襲われては意味が無い。なるべく危険だと思う事は避けておいた方が得策だ。

 厚志は沈んでしまった空気を払うように努めて明るい声を出す。

「さ、今はとりあえず休むぞ! いつ電気や水なんかが止まるか分からないから今のうちに風呂に入っておこう!」

「うわ、厚志さんのえっち」

「な!? な、何でエッチなんだよ!」

「だって、『水を節約するために一緒に入るぞ』とか言うつもりなんでしょ」

 美樹がにやけながらじりじりと下がる。明らかにからかっている目だ。

「ん、んなわけあるかぁ!!」

「はっ、あえて覗くことに興奮を……」

「もっとないわ!!」

 美樹のからかいに我慢できなくなり、逃げ出した彼女を追い掛ける。きゃー、と棒読みで声を上げながら美樹が逃げる。

「ぷっ、あはは」

 厚志のものでも、美樹のものでもない笑い声が上がる。

 二人がピタリと止まり、声のした方を見る。

「あ、ごめんなさい。何だかおかしくて」

 香奈がうっすら涙を浮かべて笑っていた。

 つい先程まで悲壮感を漂わせていた少女とは思えない歳相応の笑み。

 厚志は美樹に目配せをする。彼女は厚志の意図を察したのか微妙に歪んだウインクをした。

「いや、いいんだ。美樹が馬鹿なだけだから」

「なっ、厚志さんがえっちぃだけだよ!」

「何だと!」

「何よ!」

 額を突き合わせ睨み合う。再び笑い声が聞こえた。もちろん笑い声の主は香奈だ。

「あはは、美樹ちゃんも藤堂さんも息合い過ぎですよ!」

 ついにはお腹を抱えて笑い始める香奈。それを見て厚志と美樹はホッと胸を撫で下ろした。

「あ、そうだ。お風呂ですよね、今沸かしてきます」

 香奈が思い出したようにポンと手を打つと階段に向かって歩き始める。しかし、もう階段に足がかかるという所で振り返った。

「厚志さん、美樹ちゃん……ありがとうございます」

 深くお辞儀をすると、香奈はすぐに踵を返して階段を下りていった。

「……香奈ちゃんには敵わないな」

「うん、だから私の一番の自慢は香奈の親友だっていうことだよ」

「……そうか」

 厚志は返事をしながら未来の頭を撫でた。香奈の手前我慢していたのだろう。美樹はくしゃりと顔を歪め、涙を流し始める。初めて会った時のような事はないが、厚志の胸に飛び込み、小さく鳴咽を漏らす。

 悲しいのは香奈だけではない。香織の態度からも分かるが美樹は佐草家とかなり親しかったのだろう。彼女もまた悲しんでいないわけがなかった。

「……なぁ、美樹」

「……ぐすっ、なに……?」

「もうウインクはしないほうがいいぞ。あの顔は見てられなかった」

「~~~っ、大きなお世話よ!!」

 美樹が耳まで真っ赤に染めて厚志から離れる。落ち着くまで泣かせたままでもよかった。だが、香奈が階段を上がる足音が聞こえたため、あえてからかった。むろん、美樹も分かってるのだろう、涙を拭うと少し無理をしながら笑った。

「美樹ちゃん、藤堂さんもうすぐ入れるので先に入っちゃってください」

「了解、んじゃ一緒に入るか」

「な、ななぁ!?」

 いくら無理矢理笑ったとしても赤くなった眼はごまかせないため、からかう振りをして美樹の背中を押しながら階下に向かう。

「あ、私は食器を洗ってますから、何かありましたら台所に来て下さい」

「え? 香奈、何でスルーなの!?」

「香奈ちゃん、ありがとう。よっしゃ、合法的に女子高生の裸が見れる!」

 変態~、と叫ぶ美樹を無視してとにかく背中を押して風呂場に向かう。風呂場は居間に続く廊下の途中にある。ドラム式の洗濯機や洗面所のある脱衣所に入り、厚志は美樹の背中を押すのを止めた。

「……はぁ、ほんと厚志さんは優しいね」

「ま、泣きたくなったら何時でも胸くらい貸すさ。何なら本当に風呂も一緒に入ってやるぞ?」

「……うわ、さっきの本気だったんだ」

「いや、冗談だから……」

「……ほんと、変態」

 そう言いつつ、美樹は目を少し潤ませながら小さく笑った。

 厚志は先程より力の戻った美樹を見て胸を撫で下ろす。世界が最悪の状況で、親しい人が亡くなれば落ち込むのは仕方が無い。だが、人は落ち込めば落ち込む程咄嗟の行動に影響が出やすい。

 具体的には、突然感染者と遭遇した時だ。気がそぞろで警戒していなければすぐにやられてしまう。

 美樹達を守ると誓っても、厚志も人間である以上限界はある。だから、なるべく生きる気力を持って、生きる努力をする状況を作らなければならなかった。例え、周りから道化と見られてもだ。

 幸い、美樹は理解してくれているため、厚志は救われていた。恐らく香奈も美樹の変化に気付いているはずだが、変わらず接していた。

(ほんと、この子らは強いな……)

 自己犠牲しか思い付かない自分の弱さを感じながら、厚志は苦笑した。

 ふと、美樹を見ると腰に手を当てて、じと眼で見ていた。

「ん? どうかしたか?」

「厚志さん、いつまでいるつもりなの? まさか、本当に私とお風呂に入るつもり?」

「へ? あ、すまん!」

 慌てて脱衣所を飛び出し、後ろ手で引き戸を閉める。

 この家の風呂は脱衣所があるにはあるが、それは洗面所を兼任しているため、廊下からすぐ入れる位置にある。そのため、明確に脱衣所という空間が無い。美樹が風呂に入るためには、厚志の目の前で服を脱ぐしかないのだ。

「……あー振り回されでばっかりな気がする」

 独りごちながら、廊下と脱衣所を繋ぐ戸に背中を預け、床に座り込む。

 今日一日あった事を思い出し、苦笑した。

 戸が薄いためか、衣切れの音が聞こえる。よくよく考えれば戸一枚挟んだ向こうでは美樹が今まさに裸になろうとしている。

 厚志はゴクリ、と生唾を飲み込んだ。

 早く離れればいいのだが、いくら自衛官だといっても所詮厚志も男である。美樹の女子高生にしてはかなり良いスタイルを思い出し、どんな裸か勝手に妄想が走り出す。

(いやいや、相手は守ると約束した子だろ!?)

 何とか妄想を止めようと頭を抱える。

 どうやら美樹は服を脱ぎ終えたらしく、ドアの開く音が聞こえ、やがてシャワーの音が聞こえてきた。そんな音を聞かされて、妄想がさらに加速しそうになる。

「何してるんですか?」

「ぬおぅっ!?」

 突然かかった声に驚き、厚志は意味の分からない言葉を発してしまう。

 恐る恐る振り返ると荒いものを終えたらしい香奈が首を傾げて立っていた。

 厚志の背中に冷や汗が一気に吹き出した。脱衣所に繋がる戸の前で悶えるている状況で言い訳できるわけがない。とりあえず平静を装い、何事もなかったかのように立ち上がった。

「これはだな……」

「男の人なら仕方が無いかも知れませんが、ちゃんと美樹ちゃんに同意を得てからにして下さいね」

「……へ?」

 香奈に何を言われたのか理解できず、厚志は馬鹿みたいな顔で固まっていた。

「少なくともちゃんと美樹ちゃんに許可を取れば見せてもらえると思いますよ。美樹ちゃんも満更でもないみたいですし」

「え? あ、いや、香奈ちゃん? 何を言って……」

「ま、美樹ちゃんはスタイルも性格もいいですから、男の人は放っておけないですもんね。私なんてずん胴の童顔で運動も出来ないし、私なんて、私なんて……」

「え? え? えええぇぇぇっ?」

 厚志はいきなりいじけ始めた香奈を美樹が風呂から上がるまで延々慰め続ける羽目になってしまった。

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