第3章 感染経路
※2011年6月19日 誤字脱字修正しました。
数分後、着替えと簡単に血を洗い流した厚志は居間に皆を集め、簡単に自己紹介した。もちろん怪我人の和臣と彼に付き添っている英子はいない。
香奈の母親――香織というらしい――も着替えを済ませ、血もあらかた拭き取られていた。
「とりあえず、現状分かっている事は外にいるのは人ではない事、それだけです」
一応年齢的には香織が一番上なのだが、自衛官という事もあり、厚志がこの場を仕切っていた。
今分かっている事を話してはいるが、まだ情報は殆ど無い。分かっている事といえば、奴らが人ではない事。そして、厚志の力で殴っても怯まなず、異常に力が強い事位である。
「はい、頭叩いたらやっつけられるのが抜けてるよ」
美樹が何故か手を挙げて意見を言う。
「ああ、そうだったな。まだ試してないので分かりませんが、どうやら頭部への攻撃のみ有効のようです。これは映画などと同じですね」
そこで一拍間を置く。
「あと、これは未確認情報ですが、外のゾンビ―――感染者と呼ぶ事にしますが、感染者に噛まれたり引っかかれたりすれば感染者になる可能性があります。映画等と同じなら、数分から数時間で仲間入りしてしまうでしょう」
言い終えると三人の顔を見る。美樹以外の二人は苦虫を噛んだような渋い表情をしていた。やはり美樹はその手の映画を見ているらしい。抵抗なく受け入れている様子だった。
「ねえ、そこまで分かっているなら何でさっきあの人の治療をしたの?」
「それは……」
美樹の質問を一度噛み潰し、どう答えたものかと考えたが、厚志は自分に偽らない事にした。
「俺はこの壊れた世界で『人間』でありたい。人間なら怪我した人を助けるのは当然だ」
例え助からなくても、と厚志は心の中で付け足した。
美樹は厚志の答えに唖然とし、口を開けたまま固まってしまった。そのまま数秒ほど固まっていたかと思うと、ぷっと吹き出し笑い始めた。
「……何がおかしいんだよ」
「いや、厚志さんって意外に熱い人なんだなって思って!」
厚志が今更ながら自分の答えに照れて頬を少し染める。美樹はそんな厚志をお構いなしにバシバシ叩いた。
「美樹ちゃんいいなあ、藤堂さんっていい人みたいだし」
「そうみたいねえ、美樹ちゃんもいい人捕まえたじゃない!」
佐草親子がからかいなのか本音なのか分からない事を言う。
「な、なな、何を言ってるんですか! 捕まえたんじゃなくて助けただけですって!」
「……痛いって」
さらに強く叩く美樹に小さく文句を言う。顔を真っ赤にした美樹は気付いた様子もなく、叩いていた。
「ま、美樹ちゃんをからかうのはこれくらいにして、いい時間だしお昼にしましょう。こういうときだからこそ、食べないとね」
香織が思い付いたかのように言うと、タイミングよく美樹のお腹が鳴った。
恥ずかしそうにお腹を抱きしめるように隠す美樹。
「わ、私も手伝います!!」
ただでさえ真っ赤だった顔を耳まで赤くし、台所に向かう香織に着いて行った。
手持ち無沙汰になった厚志は何の気無しにテレビを点ける。
まだテレビ局は無事なのか大半の番組が放送されていた。だが、どこもニュースしかやっていない。
とりあえず、目に付いた番組で止めてみた。
何処かの病院なのか、多数の怪我人らしき人達がひしめいているロビーにレポーターが立っていた。
朝のニュースでよく見る少し童顔気味のレポーターが緊張した面持ちでレポートし始める。
『―――こちら現場の九大病院ロビーです。本日未明、謎の暴動が起こり、ここ九大病院にも多数の重軽傷者が運び込まれています。既に手術室が溢れてしまっているため、ここロビーでも治療が行われている状況です!』
レポーターの後ろでは医者や看護師が忙しく動き回っている。既に医者達の服は血に染まり、マスクすらも赤く染まっていた。
その時、レポーターの後ろを今しがた運び込まれたらしい患者が担架に乗せられて運ばれていく。その首には明らかに噛み付かれた痕があった。
(映画通りならまずいぞ……)
厚志の予想通り、先ほどの患者が突然起き上がり、治療を行おうとしてた医者に噛み付いた。
『暴動は未だ続いており、負傷者は増える一方で―――』
『おい、あれ見ろ!!』
突然画面に太い手が現れ、カメラマンらしき男の声が聞こえてくる。
『ちょっと、今レポート中なんだから喋っちゃ駄目でしょ!!』
『いや、それ所じゃないって! 後ろ後ろ!!』
レポートを邪魔され苛立った様子のレポーターを無視するようにカメラマンが後ろを指差す。
ようやく惨劇に気付いたらしい医者や負傷者達から悲鳴が上がる。ロビーは一早く逃げようとする者達で大混乱に陥った。
『何? ちょっと、何よあれ!!』
事態に気付いたレポーターが口に手を当てて後退る。
その頃には医者を食い終えたのか、その患者はレポーター達の近くにいる動けない負傷者に襲い掛かっていた。
『た、助け……ぎゃあああああああああ!!』
襲われた負傷者がレポーターに手を伸ばすが、首筋に喰い付かれ血しぶきを上げる。それがカメラのレンズに飛び散り、画面半分近くが血の赤に埋め付くされる。
『おい、逃げるぞ!!』
『え、ええ!!』
カメラマンに手を引かれ、逃げようとした瞬間、先程まで倒れていた最初に襲われた医者が起き上がった。
『おいおい、マジかよ!!』
『え? い、いやああああああっ!!』
医者は見えているのか分からない白く濁った目をレポーターに向けると襲い掛かった。
『ちくしょう! あい―――』
そこで映像が切れ、『しばらくお待ちください』と書かれた、何処かの自然が映し出された映像が流れ始める。
「……っ!」
香奈が耐えられなくなったのか、台所に向かって走っていった。
厚志は重い空気の中、まだ何か情報を得られないかと思いテレビを見続けた。
すると画面が変わり、椅子に座ったキャスターらしき男性が映し出された。
『どうやら、事故があった模様です。新しい情報が入り次第、お伝えしたいと思います。続いては暴動に対しての総理からの―――』
少し動揺したような仕草は見せたが、キャスターはまるで何事も無かったかのようにニュースを続け始めた。
これ以上得られるものは無いと思い、厚志はテレビの電源を切る。
「やはり……か」
厚志はため息混じりに肩を落とした。そして、これから行わなければならない行動を頭に浮かべ、肩を落とした。
「あの、何かあったの? 悲鳴みたいなのが聞こえたし、香奈はなんか怯えてるし」
「んー、予想が大当たりだったって事かな」
「……分かるような分からないような答えね」
美樹が渋い顔をして厚志を見つめる。厚志は具体的に答えていいか分からず、苦笑するしかなかった。
これで良くない予想ばかりが当たっている状況になる。厚志自身見た目には出さないようにしているが、動揺していた。
外にいる感染者は文字通り『ゾンビ』なのだろう。噛まれればやがて死に、感染者になる。最悪引っかかれただけでも仲間入りするかもしれない。
分かっている有効な攻撃手段は、美樹が倒した一体目と同じように頭を攻撃する事だろう。もしかすれば、ゲームのように一定以上のダメージを与えれば倒す事が出来るかもしれないが、現状それを試す手立ては無い。
美樹の力でも倒せる事から耐久力は無いに等しいようだが、囲まれれば一巻の終わりである。
現在、佐草家の高い塀に守られているためここは無事だが、いつ食料が切れたり、あまりの数に耐え切れず崩壊したりするか分からない。しかも、あの青年が感染者化する可能性が限りなく高い事を考慮に入れなければならない。
「……問題は山済みだな」
「何はともあれ、今は腹ごしらえしましょう。難しい話はそれからでいいでしょう?」
香織が有り合わせで作ったらしい野菜炒めを持って現れる。大皿に盛られたそれは豪快で、男料理を思わせた。
厚志は先ほど見た光景を思い出し、吐き気を覚える。だが、香織は柔らかく微笑み、告げた。
「これくらい食べるでしょう?」
「……まあ、四人いれば食べれると思いますが……」
こんな状況にもかかわらずのほほんとしている香織に呆れ――内心救われ――ながら、食事の準備を手伝いために立ち上がる。しかし、美樹によってコップや箸などは運ばれていたためほとんどする事が無く、やった事といえばご飯を装った人数分の茶碗を運んだくらいである。
「たまの休日にいきなり手伝いする気になった父親みたい」
「……うっさいな」
美樹にそんな事を言われながらも、厚志がご飯を配り終える頃には全員――といっても、和臣と英子はいないが――席に着いていた。
お決まりの挨拶をして食事をはじめる。よくよく考えれば、昨日の夜から食べていないのでほぼ半日ぶりの食事である。意外とコチュジャンや山椒などを入れ、香り高く仕上がっている野菜炒めは胸に染みた。
「そういえば、聞き忘れてましたが上の二人とはどういう関係なんですか?」
「え? ああ、あの二人は近所に住んでいる子達なのよ。あまり関わりはなかったけど、怪我してる所を見つけて保護したの」
そういえば大丈夫かしら、と顎に手を当てて二人がいるであろう二階を見る香織。その顔には本気で心配する感情が浮かんでいた。
厚志は言い出し難かったが、意を決して声を出した。
「そうなんですか、あの申し上げ難いん―――」
「うわっ!?」
「わっ!? 美樹ちゃん!?」
美樹の声と共に何かが倒れる音がした。同時に香奈が驚き、飛び上がる。
ぼうっとしてたのか、どうやらお茶を零してしまったらしい。
「何やってんだか……」
厚志が呆れて、香奈に出された布巾で机を拭く美樹を見る。幸いにも服にはかからなかったらしく、机だけを拭いている。
「うう、ごめんなさい……」
「気にしないで、服汚れてない?」
香奈がまるで母親のように甲斐甲斐しく美樹の服を確認する。明らかに同い年には見えなかった。
「っと、それより先程の話なんですが……あれ?」
特に問題ないことを確認して、香織に視線を戻したが、そこに彼女はいなかった。布巾でも取りに行ったのかと思っていると、二階から悲鳴が聞こえてきた。
「っ!? まずい!! 美樹、香奈ちゃんここでじっとしてて!!」
慌ててバットを掴み、二階に向かう。
先程の悲鳴が香織のものか英子のものか分からないが、明らかに何かあった事は間違いなかった。恐らく予感が正しければ和臣が感染者になったのだろう。
あの傷では助かるわけが無かった上、和臣は噛まれていた。先程のニュースで確信はしていたものの、厚志はまだ人間である彼を『殺す』という考えに至る事が出来なかった。
その光景を見て、厚志は後悔した。
「……っ」
開け放たれた寝室のドア。血に塗れた室内。既に殺していたか、首を噛み切られ痙攣する英子の姿があった。ベッドの上には口元を血に染め、まるで涎のように垂れ流している和臣の姿があった。
香織は何とか抵抗したのか、まだ腕に噛み付かれただけのようだ。だが、今この世界に蔓延しているモノには噛み付かれただけでも感染してしまう。
「くそ!!」
厚志は自らの愚かさに悪態を吐くと、和臣に向かって走った。これ以上被害を出すわけにはいかない。
「うおおおおおお!!」
つい先程手当てし、会話した相手にバットを振りかざし、叩き込む。
ゾンビになって知能が低下したためか、やわらかいベッドの上でバランスが取れず、ふらふらしてた和臣の脳天にあっさりとバットは吸い込まれた。
スイカを叩き割ったような感触が厚志の腕に伝わってくる。嫌悪感を覚えつつも、そこで安心せず一度距離を取る。
しばらく待ってみたが、和臣―――だったものはピクリとも動かなかった。
「くそっ」
もう一度悪態を吐くと英子の頭にもバットを叩き込む。噛まれた和臣が感染者になったのだ、その彼に噛まれて死んだ英子もまた感染者になる事は必至である。
そして、和臣に噛まれた香織もまた感染者になるはずだった。
「藤堂さん……ありがとうございました」
「いえ……」
どうやって声をかけようか迷っていると、香織の方から声をかけてくれた。
「ご飯を持ってきたんだけど返事が無かったので、ドアを開けたら、いきなり……」
「すいません、こうなる事は分かってたのに和臣さんが噛まれていたのを伝えなかったばかりに……」
悔しさでバットを握り締める。今はまだ死に至っていないため会話出来ているが、いずれ香織も感染者になる事は避けられない。
その事実をどう伝えていいか迷っていると香織が何もかも分かったような笑みを浮かべて話し始めた。
「分かってます、私もああなっちゃうんですよね? 『噛まれたり引っかかれたりすれば感染者になる可能性がある』……でしょう?」
「……っ!」
「いいんです。藤堂さん―――」
香織が何を言おうとしている厚志には分かった。聞きたくは無かったが、止めるわけにもいかず、ただ聞くしか出来なかった。
「私を人間のまま死なせてください」
この事態を招いたのは自分だ。他の誰でもない、一番早くにその情報を仕入れたにもかかわらず、周りに流されて伝えなかった自分の落ち度なのである。
「……わかり、ました」
血が出るほど歯を噛み締め、俯きながら厚志は答えた。そんな事を言わせてしまう状況に追い込んだ自分を責めた。
(俺は、また守れないのか……!)
自分の無能さに絶望し、厚志は香織を送った後、死のうと考え始めた。目の前の女性も助けられない自分が下にいる二人も守れる訳が無いのだ。美樹達も一緒に送ろうとさえ思ってしまう。
そんな絶望に飲まれつつあった厚志に香織が話しかけた。
「あの……最後にわがままを言っていいですか」
「はい、いくらでもどうぞ」
「うちの娘と、美樹ちゃんを守ってやってください」
「……っ! でも、俺はっ!」
まるで厚志の考えている事を見抜いたかのように香織が言った。条件反射のように反論しかける厚志。
「大丈夫です。あなたなら守れる」
「目の前の人すら救えない自分にですか?」
「ええ、今日初めて会ったけど、分かるわ……見ず知らずの美樹ちゃんをここまでちゃんと連れてきてくれたんでしょう?」
「それは……自衛官だからですよ……」
消え入りそうな声で答える。だが、香織は頑として引く気は無いのか、続ける。
「違います。あなただから出来たんですよ。いくら自衛隊の人でも、誰でも出来ることではないです」
「……」
「偉そうな事を言ってすいません……でも、私にはもうあの子しかいないから」
涙を流し、頭を下げる香織。彼女だって出来るなら自分で香奈を守りたいはずである。だが、もう出来ないからこそ、死の恐怖よりも先に厚志に頼んでいるのである。
(そうだ……何を弱気になっているんだ。この人だって香奈ちゃんを守りたいはずだ。俺だけが守れなかったわけじゃないんだ……)
香織の本心を理解し、厚志は気を引き締め、彼女を真っ直ぐ見た。
「分かりました。俺が責任もって守り抜きます」
「……ありがとう」
そう言うと香織は少し虚ろになった瞳で微笑んだ。この状況で笑みを浮かべる彼女の強さに感嘆し、バットを握り締める。
「もう……意識が飛びそうなの……お願い」
「……はい」
厚志は唇を噛み締め、バットを構えた。
「ごめん……なさい、あなたに……全部背負わせること……なってしまって」
「いえ、気にしないでください。むしろ恨んで頂いて結構です」
「ふふ、大丈夫……むしろ……感謝……し……て……」
香織の身体から力が完全に抜ける。
人として死なせてほしいと言われたが、生きている状態で送れるほど厚志は割り切れなかった。そのため、完全に死ぬのを待った。
自分の弱さに呆れつつ、厚志は香織が望まない目覚めをする前にバットを振り下ろした。
再び手に伝わる嫌な感触に眉を寄せる。何とかある程度原形を留めた香織の遺体に近付き、目を閉じようとした。
「え? 嘘……い、いやあああああああああ!?」
「っ!? 香奈ちゃん!? 待っててくれって言ったのに!」
いつの間にか厚志の後ろには香奈と美樹がいた。美樹は何とか声を出すのをこらえていたようだが、香奈は悲鳴を上げ、母親の遺体に近付こうとした。
厚志はそれを止めた。大丈夫だとは思うが、当たり所が悪く感染者になって襲い掛かられては香織とした約束が守れなくなってしまう。残酷とは思いつつも暴れる香奈を止めた。
「何で、何で何で何で何で何で!? 離してよ! この人殺し!!」
「……っ」
厚志は香奈に頬を叩かれたが、離さない。下手に血に触れて、感染しては元も子もないからだ。
「離して、離してよ!! お母さん!!」
涙を流し、顔をぐしゃぐしゃにして叫ぶ香奈。見ていられなくなり、厚志は腹に一撃を入れて気絶させた。このままでは心が折れてしまうからだ。
ぐったりとした香奈を彼女の部屋に連れて行き、ベッドに寝かせた。涙を拭こうとしたが、自分の手が血に汚れていることに気付き、何もせず部屋を出た。
「……噛まれたんだ」
「……ああ」
外で待っていた美樹が尋ねてくる。下手に知識があるため、状況がなんとなく想像できたのだろう。香奈のように責めてくる事は無かった。
「大丈夫?」
「……ああ」
美樹が心配そうに頬に手を当てるが、頬を叩かれた痛みよりも『人殺し』と言われた方が痛かった。心にズシリの圧し掛かり、押し潰されそうになる。
「……とりあえず、着替えよう」
「……その前に、あの三人をあのままにしておけない」
厚志は重たくなった身体を引きずり、自らが止めを刺した和臣と英子の遺体を彼が寝ていた部屋に並べていく。もちろん、人と同じようにベッドに寝かせて、だ。
「なあ、香織さんの部屋はどこだ?」
「こっちだよ」
最後に香織の遺体を抱き上げ、彼女の部屋のベッドに寝かせる。さすがに血に塗れた服までは変えられなかったが、それでも廊下に放置するよりはマシだった。
胸の前で手を組ませ、普通の遺体と同じようにする。綺麗なタオルで目立った血を拭い、綺麗にする。頭だけはどうしようもないので、新しい白いタオルで覆った。他の二人も同じようにしていく。
「これくらいしか出来いないんだ……すまない」
「……」
美樹は厚志の行為を何も言わず手伝った。最後に三人それぞれに手を合わせ、黙祷する。
自らの不甲斐無さと、これから少しでもこういう人を出さない事を胸に誓いつつ、厚志は黙祷を終えた。
そこに居続けるのが辛くなり、廊下に出る。香奈の部屋の前に行くと、壁に背を預け、ずるずると座り込んだ。
「……これから先もずっとこうやって弔っていく気?」
厚志の隣に座ると、美樹はようやく口を開いた。
「もちろんだ」
「そんなんじゃいつか死んじゃうよ」
「それでも、俺は人間でありたいから……止めない」
「……そっか」
美樹はそう言うと、厚志の頭を撫でた。
「……っ」
押さえ込もうとしていた感情が一気に浮上してくる。
「助け……たかったんだ……!」
「……うん」
「死なせたく……なかったんだ!!」
「……うん」
涙を流し、厚志は溢れ出る感情を吐露する。
美樹はただ頭を撫で、聞いていた。
「自惚れているつもりは無かった……でも、俺が伝えてれば……!!」
「……厚志さんだけが悪いんじゃないよ」
「でも、俺はみんなを……守らなければならなかったんだ……!!」
涙が止まらない。余計な体力を使うわけにはいかないのだが、一度堰を切った感情は止まらなかった。
「何言ってるのよ。厚志さんはスーパーマンじゃないでしょ?」
「それでも……守りたかったんだ!!」
美樹が悪いわけではないのは分かっていたが八つ当たり気味に叫ぶ。
擁護してくれるのは嬉しいが今の厚志にそれを受け入れる余裕は無かった。
「俺は……俺は……っ!!」
「……厚志さんは気負いすぎだよ。今日は色々あったんだから、もう休んでもいいんじゃないかな?」
「……それでも……俺……はっ」
何故か分からないが、強烈な睡魔が厚志を襲う。美樹に触れている部分はじんわりと温かく、それがさらに睡魔を強め、身を委ねてしまいそうになる。
「いいから、今は休んで……それからまた私達を守って……今度は後悔しないように」
「……美……樹……」
美樹の優しい言葉に抗えず、張り詰め続けた緊張の糸が切れた厚志は眠りに落ちていった。