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幕間 彼等のその後

今回は厚志達の本編ではなく、寮で別れた赤石達のお話です。

「何故、こうなった……」

 うごめく感染者達を二階にある一番広い部屋から見下ろしながら、男は呻いた。

 男の背後では、恐慌状態に陥り、ここに詰めかけて来た一般人を落ち着かせようと奮闘する自衛官達がいた。

 つい先ほど轟音と共に敷地内にトラックが突っ込んで来た。裏側から突っ込んで来たトラックは、あろう事か表の――数百の感染者が集まる――壁に突き刺さった。

 元々はそのトラックで避難してくる者達を受け入れるだけだった。だが、予期せぬトラブルが起こったのだろう。結果として安全だったはずのこの場所は今や数百の感染者が押し寄せる、危険地帯になってしまった。

「余計な事を……」

 男―――赤石は再び呻き、苦虫を噛み潰したような表情で振り返った。

 意見の違いから、向かいにあるB棟に立て篭もり、他の者を救おうとした若い自衛官達の顔が頭を過ぎる。

(……やはり殺しておけばよかったな)

 物騒な事を考えながら机の一番上の引き出しから拳銃を取り出す。弾が入っているのを確認すると、片手に持ち、まだ喚いている一般人達に声をかけた。

「落ち着け! この地下にシェルターがある、助かりたければ武器を持ってさっさと降りるぞ!」

「し、しかし一般人に銃を渡すのは……」

 すかさず若い自衛官が反論してくる。このような状況でもまだ一般常識や規則を持ち出す自衛官に苛立ちながら赤石は答えた。

「弾幕くらいなら張れるだろう! ごちゃごちゃ言っている間に奴らが中に入って来たらどうする!? 貴様が責任を取れるのか!?」

「……っ、わかり、ました」

 怒りを何とか押さえ込んだ様子で、若い自衛官は拳を握りながら頷いた。そんなやり取りをしている間にもう一人の自衛官が武器を持ってきていた。

 武器と言っても基本は拳銃で、自動小銃は赤石や自衛官がむ

 一般人達にも武器が渡り切ったのを確認すると、赤石を口を開いた。

「よし、武器が渡りきったな……私と君が先頭、貴様は殿、一般人はその間だ」

 赤石は先に年輩の自衛官を指し、先程逆らった若い自衛官に殿を命じた。

 敢えて若い自衛官に殿を任せたのには理由がある。赤石は自らに逆らう者を嫌う。特に今のような状況でそんな人物を残しておいても自分に利益は無い。むしろ、命令できる地位にいたい赤井にとっては後の敵になる事が容易に想像できた。

 だからこそ、殿を命じた。普通ならば前を行く赤石達が危険に思えるが、まだ感染者が寮内に侵入していない今ならば危険は少ない。感染者の侵入とタイミングがあってしまえば危険になるが、それなりに頑丈に作られているため、余程一箇所に加重かかからない限りすぐには破られないだろう。だが、それも時間の問題である。

「そこの階段を下りればすぐだ、お前はここで見張りをしていろ」

「……了解しました」

 若い自衛官は不服そうだったが、赤石は無視した。一々揉めている時間は無い。

 既に赤石達が出す足音なのか、それとも匂いに反応したのか、大量の感染者が窓を叩いていた。階段のすぐそばにある窓など今にも破られそうなほど軋んだ音を出していた。

 こちらの寮にはシェルターの入口の目の前に出られるエレベーターは無い。エレベーターはいざという時停まる可能性がある上、もし感染者が詰め寄ってきた際に運悪くボタンを押されてしまえば感染者のお出迎えを受けてしまう。

 赤石がB棟を選んだのはそんな理由だった。ただ、問題があるとすればB棟からシェルターの入口までは少し歩かないといけない事だった。

(こんな事ならこちら側に入口を作っておけばよかった!)

 赤石は心の中で悪態を吐きながら若い自衛官を残し、階段に向かう。

 シェルターは地下一階ではなく、強度を保つため天井にも分厚い壁を作るため大体地下二階程度まで下りなければならない。もどかしさに逸る気持ちを抑えつつ、赤石は階段を下りていく。

「ここまで来れば……赤石一佐! 近藤を呼びま―――」

 年輩の自衛官が若い自衛官を呼ぶ許可を求めてくる。だが、その言葉が終わる前にガラスが割れる音が聞こえてきた。

 上の階から叫び声と共に銃声が聞こえてくる。

「赤石一佐!」

「もう手遅れだ、今は早くシェルターに向かう!」

「しかし……!」

「うるさい、黙れ! 行くなら一人で行け!! 私はあんな奴のために死ぬ気は無い!!」

「……っ」

 押し黙った年輩の自衛官を置いて、赤石は歩き始めた。こうしている間にも感染者は迫って来ている。

 既に銃声は聞こえなくなり、代わりに転げ落ちるような音と呻き声が聞こえ始めている。恐らく、感染者が階段を踏み外して落ちているのだろう。

 人間ならば階段の傾斜やバランスを考えて下るのだが、既に死んでいる感染者はそんな高度な事が出来るわけが無い。

 歩くや走るといった動作はかなり高度な動作なのである。ロボットが何年もかかってもぎこちない歩く事や走る事――というかほとんど競歩だが―が出来るようになったように各種センサーやバランスを司るプログラムなど多種多様な情報や自己の制御を必要とする行為なのである。階段を下りるなど、さらに難しい行為である。

 そんな動作を食う事しか残っていない感染者達が出来るはずも無く、一段目を踏み外して転げ落ちているのだろう。

 ちなみに、登る事は出来ないわけでは無い。感染者は食い物(にんげん )に対して異常な執着を示す。下りる時は転げ落ち、登るときは這って登る。そうまでして追うほど感染者達は飢えているようだ。

 (やはり奴らから逃げるには立て篭もるしかないようだな)

 赤石は何度もそういう場面を見ていた。厚志達が来るまでは最初に逃げ込んできた近所の住人以外誰も受け入れず、見捨ててきた。といっても、そもそも感染者が門に集まっていたため入る事すら出来ない状態だった。そういう連中は近くにあるマンションやアパートに逃げ込んでいた。

 どうやら階段を登れないと踏んでいたらしいが、そんな淡い希望はすぐに壊された。音に集まる習性を知らなかったらしい彼らは赤石達に大声で助けを求めた。

 大声に反応した感染者はマンションに殺到した。入口を塞ぎ、階段からは登ってこないと高をくくっていた彼らは、非常階段を這い登ってきた感染者に食われた。

 それを知っている赤石はいち早くこの場を離れたかった。先程早く下りようとしたのも同じ理由だった。

(ちっ、足止めにもならないクズがっ)

 赤石は心の中で吐き捨て、早足でシェルターの入口に向かう。

 普段なら一分もあれば着くはずの入口が焦る赤石にはやけに遠く感じた。入口が目前に迫ったという時、背後で何か生々しいものがたたき付けられたような音がした。

 思わず振り返る赤石。その視線の先に、雪崩のように折り重なるようにして階段から下りてくる感染者の姿があった。

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!?」

「き、来たぁ!!」

 感染者の姿を見た一般人達が悲鳴を上げる。

「沢田! 私がシェルターに入るまでここを死守しろ!!」

「……なっ。…………了解、しました」

 年輩の自衛官―――沢田にその場を任せ、赤石はシェルターに走った。一般人達は一瞬逡巡したが、我が身が可愛いのか赤石に続いて走り出した。

 何とかシェルターにたどり着いた赤石達は分厚い扉が開けっ放しになっていた入口を越えて入っていく。同時に狭い通路に銃声が響く。

「早く閉めろ! 奴らがすぐそこまで迫っているんだぞ!!」

 赤石が叫び、今まさに入口を越えようとした一般人の男二人を呼び止める。二人は厚志が救い出した青年と老人だった。

「貴様ら、この扉が閉まるまでここを死守しろ!」

「な、何故わし達がそんな事せないかんのじゃ!?」

「あとは閉めるだけでしょう!? 俺達が何かしなくても閉めればいいだけでしょう!!」

 すかさず二人が反論してくる。

 それもそうだ。赤石の命令は二人に死ねと言っているようなものなのだ、簡単に頷けるものではなかった。

「グダクダ言っている間に奴らが来てしま―――」

 赤石の言葉を遮るように悲鳴が通路に響き渡った。それは沢田の守りが破られた事を意味していた。

「早くしろ一刻の猶予もないんだぞ!!」

「私が出ます、だから早く閉めてください」

 先にシェルターに入っていた大学生の女が赤石の脇を通り抜けていく。それを赤石は止めた。

 女は絶望したような表情のまま煩わしそうに振り向いた。

「貴様は駄目だ、若い女は必要だからな」

「…………最低」

 女は赤石の手を振りほどくと通路に出て行った。諦めたのか青年と老人も彼女に着いていく。

 赤石は舌打ちすると入口脇にある扉の開閉装置に駆け寄った。

 このシェルターのドアは金庫並の分厚い金属性のため、手動で閉めるためには男数人で押さないと閉める事が出来ない。そのため、つい最近電動式に変更したところだった。

(どいつもこいつも役立たずばかりだ!!)

 心中で悪態を吐きながら赤石は扉を閉めるためにボタンを押した。だが、いくら押しても扉は一ミリも動かない。

「な、何故だ!?」

 赤石の驚愕を余所に、もうすぐそばまで来ているのだろう、通路から銃声が響き始める。だが、やはり素人だからなのか、がむしゃらに撃っているらしく、すぐに聞こえなくなった。

 元々役に立つと思っていなかったため、一般人には予備弾倉など渡していなかった。自衛隊で使用している拳銃は九発しか入っていないため、やたらめったら撃てばすぐに弾切れになってしまう。案の定彼女達も弾切れに陥ったらしく、シェルターに駆け込んで来た。

「扉は閉まらないの!?」

「今やっている! だが閉まらないんだ!!」

「何ですって!? なら手動は!?」

「む、無理だ! あれは大の男数人でようやく動く代物なんだ!!」

「何でそんな物にしたのよ!!」

 女に胸倉を掴まれながら揺さ振られる。先程まで絶望したような表情だったが、死が間近に迫って怖くなったのか、鬼気迫る様子だった。

「もうそこまで来ている!!」

 入口に残り、通路を見張っていた青年が叫んだ。

「中に隠れる所はないの!?」

「もう終りだ、この入口ならともかく中の扉は普通のものだ……あの数には耐えられんよ」

「……っ、くそ!」

 女は絶望した赤石を離すと、他の者達と共に奥に走って行った。通路を見張っていた青年も一度赤石に視線を向けたが、眉をひそめると女を追って走り出した。

「……は、はは……もう、終わりだ」

 赤石は壊れたように笑いながら、シェルターに入って来る感染者を見詰めた。だが、何故か分からないが感染者達は赤石を無視して女達が向かった奥の方に向かっていく。

「どこのドアも開かないわよ!?」

「鍵は、鍵はどこじゃ!?」

「あの人が持っているんじゃないのか!?」

 奥の方から叫び声とも怒鳴り声ともつかない声が聞こえてくる。

 感染者は音に反応する。臭いにも反応するようだが、今はそれよりも大声に反応したのだろう。入口脇にいる赤石を無視して感染者達は女達の元に向かっていく。

「い、いやぁぁぁぁ! し、新橋君……助け―――」

 やがて、奥の方から悲鳴が聞こえて来た。それもすぐに聞こえなくなる。感染者に対抗できる若者は一般人の中に二人しかいない。数十、数百に及ぶ感染者に対抗しきれるはずがなかった。

「は、ははは……私は選ばれたのか? 私は選ばれたから襲われないのだ!!」

 赤石は狂ったように笑いながら叫んだ。多田達から感染者の特製を聞いてはいたが、今の彼はそんな事も分からないほど狂っていた。

 近場にいた感染者が赤石の声に反応して寄ってくる。だが、狂ってしまった彼はただ笑い続けた。

「がぁっ……は、ハハハ! 俺は……選ばレ……!!」

 全身に噛み付かれ、噛みちぎられながらも赤石は笑い続けていた。

 その笑い声は、感染者で埋め尽くされた地下に虚しく響いた。

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