第18章 救いと絶望
「おいおい……最悪な状況じゃないか……」
多田は呻きながら、美樹に支えられて立ち上がろうとしていた厚志に駆け寄った。
「藤堂、指揮は俺が引き継ぐ、お前は美樹ちゃん達と逃げる準備しとけ!」
「待て……俺は大丈夫だ……」
「支えられて立ってるのがやっとの奴が何言ってる…………トラックに生存者がいないか見てくるからお前はうちにあったトラックが動くか確認してくれ!」
「お前だけでは……」
「今こうして押し問答している間にも感染者がトラックを囲んでいってるんだ! うだうだ言ってないで早く動かないと助けられるものも助けられないんだよ!!」
それ以上の反論を許さず、多田は立ち上がり厚志に背を向けた。
放っておけば厚志は必ず生存者がいないか確認しに行ってしまう。そうなればただでさえ満身創痍の厚志が危険に曝され、そんな彼を助けるために美樹達が動いてしまう。そんな事態は避けねばならなかった。
そして、今五体満足で動ける人間は少ない。
多田も、厚志の言う皆を助けたいという気持ちが理解できないわけでは無い。だが、今この状況でそれに囚われすぎれば大切な『誰か』を失ってしまう。それが分かっているからこそ厚志と対立してしまう―――しなければならないのだ。
「大森! 着いて来てくれ、トラックの連中を助けに行く!!」
「あ、はい!」
香奈と共に塀から落ちた大介を介抱していた大森はすぐに着いて来てくれた。もちろん小銃を肩に担いで。
「とりあえず逃げる準備を始めてくれ! ここは放棄する!!」
それだけ言うと、多田は追い付いて来た大森と共に塀にその身体を突き刺し横たわるトラックに向けて走り出した。
「多田さん、どうやって助けるつもりですか?」
「…………はっきり言って助けられるとは思っていない……」
「…………そうですか」
多田の答えに明らかに落胆する大森。だが、それは大森も理解できているのだろう、それ以上追究してくる事も糾弾してくる事もなかった。
確かに状況は最悪だった。
トラックは横転。塀には大穴。一応トラックが邪魔をして大量に入って来ているわけではないが、それでも既に数十体の感染者が敷地内に雪崩込んでいる。しかも今もその数は増え続けている。
トラックの周囲には感染者がうろつき、生存者がいる事を感知したのか、荷台の壁を叩いていた。まだ背面にある扉までは数体しか到達していないのが唯一の救いだった。
数体の感染者が多田達に気付き、何かを求めるように手を突き出して近付いてくる。
「大森、距離を取って各個撃破!」
「でも下手に撃つとトラックに当たってしまいますよ!?」
多田と大森は足を止め、尻込みしていた。トラックは自衛隊の物とは違う運送用だった。そのため、ちょっとやそっとでは感染者に破られる事はないだろう。だが、銃は別である。荷台がいくら金属で出来ているとは言え、高速で撃ち出される金属の塊を何発も防げるようには出来ていない。
下手に弾が中に入れば、中で跳弾し生存者を殺してしまうかもしれない。そうでなくとも怪我は必至だろう。
確かに多田と厚志ならばある程度当たらないように撃つ事は出来るかもしれない。だが、今ここにいるのは普段から訓練している厚志ではなく、一般人の大森なのである。いくらクレー射撃で鍛えてるとは言え、やはり実戦形式での訓練をしている多田達には及ばない。何より、あまりの事態に動転しているため、まともに射撃が出来るとは思えなかった。
「くそ! どうにか助ける方法は無いのか!?」
多田がいくら考えても解決方が出ない自分に悪態を吐いた。大森も不甲斐なさに拳を握り締めている。
その時、横転したトラックの荷台に繋がる右側の扉――現在は上側になっている扉――が開いた。どうやら電動式らしいが、重力に逆らって開かないといけないため、かなり時間がかかった。
「くそ……一体何が…………」
中から出て来たのは額から血を滴らせている男だった。迷彩色の作業のような服を着ている所を見ると自衛官らしい。
「おい! あんた、大丈夫か!?」
「…………っ、あ、貴方は……?」
「無線で話した多田だ! 階級とかはこの際言わなくていい!! とりあえず中に何人いるんだ!!」
多田はとにかく早く行動するためにそう叫んだ。こうしている間にも感染者達は塀とトラックの間から溢れ、敷地内に入って来ている。
音を出せば出すだけ寄ってくるのは理解していたが、焦りから叫ばずにはいられなかった。
「私と一組の母親と子供、後は学生が一人だけです!!」
(…………減ってる)
多田は表情に出さないようにして心中で呟いた。
恐らく先程襲われた際に死んだのだろう。最初に報告された人数よりも半数以上減っていた。
見れば扉の端から母親らしき女性と少年が顔を覗かせていた。
「何とかこいつらを減らせませんか!?」
「……無理だ! 下手に撃てば貫通してしまう!!」
「…………なら民間人だけでも助けてください! 俺が道を開きますから、援護お願いします!!」
「なっ!? ま、待て!!」
多田が止める間もなく自衛官が扉を飛び越え近くにいた感染者の頭に八九式小銃に装着していた銃剣を突き立てた。
そのまま自衛官は機敏な動きで近付いていく感染者達の頭を撃ち抜く。その動きは無駄が無く、かなりの能力を持っている事が感じられた。
だが、話している間にかなりの数の感染者が集まっていたため、中々進めない。その場を守るのが精一杯の様子だった。
「皆さん、早く出て来て下さい!!」
自衛官の言葉に押されるように顔を覗かせていた高校生位の少年が出て来る。次いで母親が子供らしき小学校高学年位の少女を抱えて少年に渡した。少年が少女を抱えたのを見ると母親もトラックから出て来た。
「……っ! 大森、援護するぞ!!」
「っ! はい!!」
ようやく全員が出た事で、当たる可能性が減ったため多田達は援護射撃を開始した。と言って今度は跳弾や誤射の可能性があるため離れた感染者しか撃つ事が出来ない。
ただ、このままではじり貧になるだけだった。多田達は援護射撃だけでなく、銃声に反応して近付いてくる感染者を倒さなければならない。加えて自衛官達も戦ってはいるが実質戦闘しているのは自衛官と少年のみである。訓練していない少年はもとより、守りながら戦っている自衛官も息が切れている。だが、そんな彼らを嘲笑うように感染者は続々と増えていく。
「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」
疲れから注意が散漫になっていたのか、少年が横から掴まれ、噛み付かれていた。
「……まずいっ!!」
多田が少年に噛み付いている感染者の頭にポイントし、撃つ。外れた時の事よりまず先に助ける事を優先した。
弾は感染者の頭を突き抜け、少年を傷付ける事なく背後から近付いていた感染者の肩に突き刺さった。
「…………ありがとう!」
「……気にすんな!」
お礼を言う少年に答えながら、多田は唇を噛み締めた。
これで少年は助からない。噛まれた者は遅かれ早かれ感染者になる。それは少年も知っているのだろう、どこか諦めたような雰囲気を漂わせながら近付いてくる感染者にバールを振り下ろした。
と、子供を抱きしめていた母親が自衛官に何か言っていた。銃声や頭を割る音で聞き取れないが、自衛官は苦い表情をした後、頷いた。
「自衛官の方!」
「……? 俺か?」
「はい、このままでは全滅してしまいます…………この子だけでも……この子だけでも助けてください!!」
「……な、…………っ」
母親の言葉に即座に反論しようとしたが、多田は言葉を発せられなかった。今のこの状況では全滅する事は必至だった。
感情に流されて反論し、他の方法を探している間に自衛官がやられてしまえばそれでおしまいなのである。だから、多田は唇を噛み締めそれ以上言葉を続けられなかった。
「え? お母さん何言ってるの!?」
「奈々子、言う事を聞いて……このままでは皆死んでしまうの…………」
「…………でもっ」
「お願いだから……奈々子が生きてくれれば私はそれでいいの……お願いだから生きて……」
「嫌! お母さんと離れたくない!」
少女―――奈々子が母親にしがみつく。だが、彼女は抱きしめかけた手を何とか抑え、首を振り、奈々子から身体を離した。
「お願いします! 奈々子はまだ中学に上がったばかりで……私の……私の宝物なの! どうかこの子だけでも助けて!!」
母親が涙を流しながら言う。
中学に上がったばかりという事は恐らく十二、三歳なのだろう。調度つい最近死んだ多田の妹―――と同じような年頃。
多田は迷いを断ち切るように首を振ると答えた。
「分かった!!」
「多田さん!?」
大森が何かを言おうとしたのを手で制し、多田は首を振った。
多田が迷えば迷うほど少女が助かる可能性は下がっていく。恐らく厚司ならば全員を助ける方法を模索するだろう。だが、ここにいるのは多田だ。
彼は全員を助けるために仲間を危険に曝す事も、全員を死なせる事も出来なかった。
「どうすればいい!」
「私が彼女を投げます! 何とか近くまで来れますか?」
「分かった! 出来るだけ近付く!! 大森、援護を頼む!!」
自衛官とのやり取りが終わると同時に、近場にいた感染者に弾を撃ち込む。間髪入れず隣にいた感染者に銃剣を突き立てる。
手榴弾を使えば一気に道は開けるかも知れないが、破片が自衛官達に当たってしまえば意味が無い。伏せれば何とか避けられるかもしれないがその分隙が出来てしまう。故に直接倒して道を開かねばならなかった。
出来るだけ近くに行き、出来るだけ安全な状態にする。ただそれだけを考えて突き進む。
自衛官達に向かって進んでいるため、大森の援護は銃ではなく誰かが部屋に置いていたらしい木刀だった。トラックが突っ込んだ際に集めていた武器が飛び散ったため、近くに落ちていたものなのだろう。
「そこで十分です! 行きます!!」
「あ、ああ! 大森、俺に感染者を近付けるな!!」
小銃を肩に担ぎ、両手を空け、受け止める体勢を作る。背後で何かが割れるような音がしたが、今は気にしていられない。ただ奈々子を受け止める事だけに神経を集中させる。
「いや、いやぁっ! お母さんっ!!」
自衛官に担ぎ上げられた奈々子が暴れ、叫ぶ。だが、自衛官は有無を言わさずその腕力をフルに使い―――投げた。
中学生くらいの少女が宙を舞う。奈々子が仮に平均体重だったとしても四十キロは下らない。それを数メートル離れた多田に向けて投げた。恐らく火事場の馬鹿力もあるのだろうが、尋常ではない筋力をしているのも確かだった。
「くっ!? 受け止めた! 大森、下がるぞ!!」
「は、はい!!」
奈々子をなんとか受け止め、急いで下がる。暴れる彼女を何とか押さえながら多田達は安全な――あくまで感染者がすぐには来れない距離の――場所までたどり着く。
「もう大丈夫だ!」
「ありがとうございます…………これで……これであの人に顔向け出来る…………」
母親はそう言うと同時に、今までギリギリ保っていた防衛線が破られた。自衛官達の悲鳴と共に何かを咀嚼する音が聞こえてくる。
「お、お母……さん?」
多田は奈々子を抱きしめる事で見えないようにした。奈々子は暴れる事も、涙を流す事も無く、ただ放心していた。
「大森、藤堂達の所に戻るぞ」
「はい……」
多田は胸中で自分の不甲斐なさを呪いながら藤堂達の元へ移動を始めた。なるべく足音を出さないようにしていたためか、それとも目の前に新鮮な食物があるためか、感染者達は多田達に気付く事無く食事をしていた。
完全に隠し切れなかったためか気絶していた奈々子を抱き上げ、多田達は厚志達がいる破壊された裏の塀に向かった。
かなり大きく削られた塀の近くでは厚志が既に起きて指揮をとっていた。
「藤堂! もう動いて大丈夫なのか?」
「ああ、まだ少しくらくらするが寝てるわけには行かないからな……」
厚志は未だ万全ではないのだろう、少しふらつきながら答える。だが、今は本当に寝ている場合ではなかった。
元々表から奈々子達を迎える事を考えていたため、多田達のA棟の入口は表側の玄関以外全て塞いでいる。そして、今その唯一の入口の側には既に数十体の感染者がうろついている。
例え、なんとかA棟に避難できたとしても袋のネズミになるだけである。
「藤堂、ここは放棄しよう、もう戻るのは無理だ」
「…………ああ、分かっている。ところで避難してきた人はどうした? まさか…………」
厚志は多田が抱き抱えている奈々子を見て気付いたのだろう。眉を吊り上げると胸倉を掴んできた。
「お前が着いていて何でこの子しか助けられなかったんだ!!」
「…………言い訳するつもりは無い。俺は、この子だけでも助けられたのはよかったと思っている」
「お前っ!!」
厚志の拳が迫る。だが、痛みは来なかった。見れば大森が両手で掴んで止めていた。
鍛え方では自衛官である厚志には及ばないが、やはり大森とは体格差がある。両手を使われればさすがに動かないようで、何度が動かそうと試みていたが、やがて諦めたのか厚志は胸倉からも手を離した。
「藤堂さん、多田さんは―――」
「止めろ、何を言っても見捨てた事には変わらない」
「でも…………分かりました」
まだ何か言いたそうだったが、大森は肩を竦めて厚志の腕を離した。厚志もそれ以上は何かするつもりは無いのか、踵を返すと指示に戻っていった。
「…………ふぅ」
多田はため息混じりに肩を竦めた。少し自嘲も入っていたかもしれない。
確かに最終的には救えなかったが、多田も初めから誰かが死ぬとは思っていなかった。厚志が万全であれば早々に近付く感染者を掃討し、牽制しつつ全員助けられたかもしれない。しかし、それはあくまでも『かもしれない』というだけで、いまさらそれをとやかく言っても始まらない。まして厚志に責任があるわけでも無い。
多田は一瞬でも『かもしれない』を考えた自分をさらに自嘲もした。
「…………私は香奈ちゃん達を手伝ってきます」
大森は居づらくなったのか、多田が頷いたのを見ると足早に横倒しになった、寮にあったトラックから荷物を出している香奈達の所に駆けて行った。
状況は最悪だった。もしもの時のために半分ほどの食糧や武器を積み、待機させてあったトラックは横倒しになり、今は何とか無事な荷物を運び出している。背後では既に自衛官達を食べ終えたらしい感染者達がよたよたと向かって来ている。しかも、裏の方の塀にも音を聞き付けたらしい感染者が集まって来ている。
このままここにいれば八方塞がりになるのは目に見えていた。
(落ち着け、今はこの状況を打開するのが先だ…………)
多田は深呼吸をして、気持ちを切り替え厚志に近付いていく。
「藤堂、ここはもう駄目だ。別の場所に避難しよう」
「…………ああ、分かっている。多田は指揮を引き継いでくれ、俺は用がある」
厚志はまだどこか釈然としないものがあるのだろう、一瞬眉をひそめたが、すぐに指示を出した。今は争う事よりも生き残る方が大事だと理解できているからこその行動だった。
生きていなければ争う事も出来ない。
「用ってまさか……」
「赤石達に事態を知らせてくる。あれだけの事があって気付いていないとは思わないが生存する確率は上げておかなければならない」
「~~~っ、分かったよ! ただし一人では行くな、お前の声に集まった感染者を見張る役を一人は連れていけ」
厚志の真剣な言葉と眼差しに多田は頭を掻き吐き捨てるように言った。
付き合いが長いからこそ分かる。こうなった厚志は何があっても引かない。だからこそ、ここで反論すればまた意見の食い違いから争ってしまうのも分かっしまう。かと言って全てを認めて送り出すわけにはいかない多田は妥協案として誰かと一緒に行動するように言った。
厚志一人なら死んででも誰かを助けようとしてしまう。だが、誰かが一緒にいれば安全圏まで守ろうとするはずである。多田は自分の案に嫌気がさしながらも提案せざるをえなかった。
ここで厚志を失うわけにはいかないのだ。生き残るための戦力としても、美樹達の心の支えとしても。そして、何より親友として失いたくなかった。
「分かった…………多田」
「何だよ」
「…………いや、何でもない」
「…………さっさと行け。こっちは残りのメンバーと裏から出てるからさっさと来いよ」
何か言いかけた厚志は首を振ると肩を竦めた。多田もそれ以上何も言わず、いつものように軽い感じで厚志を送り出す。
「分かった。大槻君! すまないが一緒に来てくれ!」
厚志が走っていくのを確認した多田は、トラックから積み荷を下ろしている美樹達の所に向かった。
「美樹ちゃん、今どんな感じだ?」
「積み荷は元々あまり多くないのでだいたい降ろせたんですが…………」
美樹は腕を組みながら積み荷を見た。そこには、多くはないとは言え、今いるメンバーでは到底運べない量の荷物が積み上げられていた。もちろん皆で運べば半分くらいは運べるはずなのだが、それではいざ感染者に襲われた際に戦えない。
「とりあえず食料七割、武器三割程度でリュックに詰めるだけ詰めてくれ、って言っても美樹ちゃん達でも持てるくらいには留めておいてくれ。あと武器はなるべく鈍器と銃半々で」
「は、はい、分かりました」
「済まないが、この子をよろしく。俺は感染者が近付いてこないようにしておく、なるべく急いでくれよ!」
美樹の返事を聞く前に、奈々子をリュックサックを枕代わりにして寝かせると近くにあった装填済みの弾倉を掴んで今まさに裏の塀の瓦礫を越えようとしている感染者に向かっていく。
武器を鈍器と銃で半分ずつにしたのには理由がある。安全な場所に立て篭もっているならともかく、今からはいつ襲われるか分からない街中を移動しなければならない。この先銃弾を補充する見込みは日本という国では限りなく低い。もちろん銃はあるに越した事はないが、いざという時に弾が切れては元も子も無い。それを防ぐためにもどうしても鈍器は必要だった。
(……ったく、結局俺も厚志と変わらないのかね)
少し自嘲しながら銃を構えて瓦礫を越えた感染者を撃つ。
先程赤石に事態を伝えに行くと言う厚志を無理矢理止める事は出来た。だが、多田は了承した。厚志だけでなく大介にも危険が迫る事が分かっていたのに、だ。
それは、一重に長い付き合いだからというだけではない。多田自身も人に死んでほしいわけではないからだ。だからこそまだギリギリで間に合うと判断して厚志を向かわせた。
ただ、多田は誰でも彼でも助けたいとは思っていないのもまた事実だった。大切な者が無事ならそれでいいとさえ思っている。
今でこそここにいる美樹達が危険に曝されれば助けるが、初めに美樹を助けた際は、厚志が死なないように着いて行っただけだ。
(チッ、次から次にわらわらと!)
胸中で悪態を吐きながら表の方から迫って来ている感染者を撃つ。
今の所裏から侵入してくた感染者はさっきの一体だけだが、銃声に釣られて集まってくるはずである。既に表の方から来ている感染者との距離はかなり縮まっている。あまり時間をかけているわけには行かなかった。
二つ目の弾倉が空になるかという時に待ち侘びた人物達が姿を現した。
「悪い、待たせた!」
「ああ、赤石達はなんて?」
「…………ここなら安全だから早く出て行けだとさ」
少し寂しさを漂わせながら厚志が言う。ある程度初めから分かっていた事だがそれでも直接言わるのは堪えるらしい。
「そうか……なら、お望み通り早くここを離れるぞ!」
「…………ああ」
まだどこか心残りがある様子の厚志の背中を押し、美樹達の元へ向かう。既に表から向かってくる感染者達との距離は十メートル程度しかない。
「離れるぞ! 準備はいいか?」
「はい、大丈夫です! これ、多田さんの分です!」
「大森、奈々子ちゃんを頼む」
「分かりました」
食料や鈍器等が入ったリュックサックを受け取り、背負う。多田の指示で大森がリュックサックを背負い、奈々子を抱き上げる。他のメンバーの準備が調ったのを確認すると、武器を構えた。
「よし、いくぞ!」
近付いて来ている感染者の動きに注意しつつ、多田達は寮から脱出するために、ぽっかりと口を開けた裏の塀に向けて移動を始めた。