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第17章 葛藤と最悪の事故

厚志は自室で装備を簡単に点検し、装填済みの弾倉をポーチに差し込んでいく。だが、最後の一つを入れようとした時、手が滑って落としてしまう。

多田から知らされた非難してくる者達が噛まれたという事実が、厚志を焦らせていた。

香織や康太達の顔が浮かぶ。厚志は、また守れない、という恐怖からの震えをなんとか押さえ込み、弾倉を拾いポーチに差し込んだ。

自分を落ち着かせるために頬を叩き、鼓舞する。装備の再確認を終えると、厚志は部屋を出た。

すると、廊下に顔を伏せた多田が窓に背中を預け立っていた。

「多田、何してるんだ? 皆の装備の確認は済んだのか?」

「そんなのはとっくに済んでるよ」

「なら、何しているんだ。早く行かないと着いてしまうぞ!」

多田の緊張感の無い態度が癇に触り、少し強めの口調で言ってしまう。それでも多田は今の状況を分かってないかのように動こうとしない。

確かに多田自身の装備は整っており、いつでも出られる感じではある。だが、多田に動く気配は無い。

厚志はしばらく待ったが、痺れを切らし、美樹達が待っているはずの玄関に向かうため、歩みを進めた。

だが―――

「何をしているんだ?」

厚志の目の前に顔を伏せたままの多田が立ち塞がっていた。別に手を広げて防いでいるわけでも、銃や爆発物で脅されている訳でも無い。それでも動けなくなるほど今の多田は威圧感を放っていた。

「何をしているんだって聞いてるんだが?」

厚志が再度問う。すると、多田がゆっくりと顔を上げた。

その表情は―――無かった。いつもはチャラチャラした印象のある多田だからこそ、無表情の彼は不気味だった。

「なあ、藤堂……お前分かってるのか?」

「何をだよ」

「このまま非難してくる奴らを中に入れるのは危険だっていうことだよ」

「…………どういう意味だ」

「お前だって分かってるはずだ、噛まれたら例外無く感染者になる」

多田は普段の彼では有り得ないほど落ち着き、説いて聞かせるように話す。それもまるで子供に聞かせるようにゆっくりと、である。

それが厚志の癇に触る。多田の言いたい事は何となく理解できる。だが、それを認めるわけにはいかなかった。

それを認める事は今までの厚志自身の行動を、引いては香織や康太達を裏切る事になるからである。

「それ位分かってるさ……でも、俺は守れる人を見捨てるつもりは無い」

「それで美樹ちゃん達を危険に曝したら意味がないだろう!」

「…………確かにそうかもしれない。それでも俺には見捨てられない」

「~~~っ、守りたいものの本質を見誤るな! 今のお前はなにもかも守ろうとしている! 人間は神じゃない……全てを救えるわけがないんだ!!」

「……っ!」

胸倉を掴まれ、壁に叩き付けられた。肩に担いでいた小銃がずり落ち、床に落ちる。

厚志は少し噎せながらも、驚異的な力で自分を持ち上げている多田を睨む。

「いいか、もう一度言う……守りたいもののを見誤るな。お前はまた大切なものを失うつもりなのか? あの時みたいに」

「…………っ!? 何だとぉっ!!」

厚志は多田の言葉に激昂し、壁を蹴った。多田がバランスを崩し、厚志が馬乗りになる形で床に倒れる。

「お前に何が分かる!!」

「分かるさ! だがな……分かる、分からないじゃない!! 現実を見ろって言ってるんだ!!」

「このっ!!」

厚志が腕を振り上げる。だが、多田は反撃する気は無いのか、じっと厚志の目を見ているだけだった。

「何やってんのよ!!」

今まさに腕が振り下ろされるという瞬間、その声が聞こえた。声に反応して、多田の顔面に当たる直前で拳が止まる。

「厚志さん、多田さんも何やってるの!? 喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょう!!」

「…………っ」

厚志は多田の上から退くと、床に落としてしまった小銃を持ち、美樹の横を通り抜けた。多田の顔も、美樹の顔を見る事が出来なかった―――見れるはずが無かった。

多田に言われた事はずっと厚志が考えていた事だ。

守りたいもののを見誤らない。それは、守らなければならないものを見捨てる事だ。

誰かを守るためなら、誰かを見捨てる。人が万能でない以上必要な事である。厚志はそれを理解しつつも、納得は出来なかった。

だからこそ、今までの美樹達を危険に曝すと理解しつつも誰かを救おうとしてきた。それは変わらない。変えてはならないもの―――のはずだった。

だが、今の状況では、それを貫くのは難しい。誰かに助けられながら何とか守っているだけだ。

さらに、厚志は美樹を一番に守ろうとしてしまっている。美樹の傍にいたいと思ってしまっている。

それでは誰も守れない。確かに美樹は守れるかもしれないが、助けを求めている『誰か』は守れない。『誰か』の幸せも守れない。

(くそ! どうすればいいんだ!!)

厚志は大切なものを作らないように生きてきた。あの時、大切な人を守れなかった代償として、誰かの幸せや大切なものを守るようにしてきた。自分が大切なものを持ってはいけないと、持ってしまえば誰も守れなくなると考え生きてきた。

それが、美樹の登場と感染者による世界の崩壊で変わってしまった。

厚志は自分の中で美樹が大切な人になりつつあるのは理解していた。だが、それでは駄目だった。

(失うのは辛い…………なら、いっそ―――)

「あ、いた! 厚志さん!」

厚志がある考えに行き着こうとしていた時、美樹が追い付いてきた。

「もう、また喧嘩なんかして、もうすぐ来ちゃうんだからしっかりしてよね!」

「…………ああ、すまない」

「……? 厚志さん、どうかしたの?」

美樹が何がに気付いたのか、首を傾げながら聞いてくる。厚志は美樹の顔をまともに見られず、視線を逸らした。

「何がだ?」

「…………うぅん、何でもない」

「なら、早く行くぞ」

「う、うん……」

厚志は踵を返して玄関に向かった。目的地は門の反対側にある塀である。裏口を塞いでしまった今、出入口は玄関のみになっている。しかも、玄関は門側にあるため、寮をぐるりと回り込まなければ目的地に着けない。

目的地に着くまでの間一度も美樹の顔を見ず、会話もしなかった。何か話したそうな顔が視界の端に映っていたが、厚志は敢えて無視した。

(これ以上関われば、美香と同じ位大切になってしまう…………それでは駄目なんだ……)

頭に浮かぶ美香の笑顔を振り払い、厚志は歩き続けた。

やがて裏の兵の近くで箱を運んでいる大森を見付け、近付いていく。

「大森、準備は出来てるか?」

「はい、武器もトラックの配置も大丈夫です…………藤堂さん何かありました?」

「了解…………何でそう思うんだ?」

大森が眉を寄せて聞いてくる。厚志自身は平静を装っているつもりだったのだが、何か違和感を感じるらしい。

「いえ、美樹さんが先程藤堂さん達を呼びに行く前より元気が無いように見えたので」

「…………別に何もないさ」

いつの間に離れたのか、美樹は近くで医療品の準備をしている香奈の傍にいた。その背中は確かにいつもより元気が無いように見えた。

大森は厚志より頭一つ分大きい身体の割に繊細で、人の機微に敏感のようだ。美樹の雰囲気の変化から何かあったのだろうと気付いたのだろう。だが、それ以上追究は無く、大森は作業に戻っていった。

(……これでいいんだ、俺の傍にいてもいい事なんて無い)

そういい聞かせても、人間すぐに切り替えられるわけでは無い。厚志の視線はつい美樹を追ってしまう。

香奈と話しながら笑う美樹。その笑顔はどこか寂しげで、昔見た美香の笑顔と重なった。

(―――っ。まさか……な)

少し嫌な予感を感じつつ、厚志は塀に添うように停まっているトラックをよじ登り、屋根を伝い塀に移る。

兵の上には監視役として既に待機していた大介がいた。

塀の向こうには長い直線の道路があるだけだった。左右には住宅が並び、調度塀にぶつかって左右に道が分かれている。見通しはかなりよかった。

「大槻君、異常は無いかい?」

「はい、今の所何も見えないです。ゾンビもちらほらしか見えません」

「了解した」

双眼鏡を覗いたまま大介が答える。厚志はその隣に腰を下ろした。

「…………藤堂さんは後悔してもしきれない事ってありますか?」

「…………あるさ、それはもうたくさん、な……」

大介の突然の質問に厚志はしばし考え、答えた。

美樹から聞いた話しから推測すると、恐らく大介は叔父である多五郎の死の事を言っているのだろう。未だ双眼鏡を覗いたままの大介の手は震えていた。

「叔父さんは優しい人でした…………こんな俺にも変わらず接してくれるくらいに……」

「そうか……」

厚志は多五郎本人を見た事も本人と話した事も無い。ただ、美樹から話を聞く限り、良い人間だという事は容易に想像できた。

このような状況でも自分を見失わず、誰かを救い続けた。最後の最後まで、だ。

厚志のエゴとは違う本当の優しさ。厚志が人を救いたいと思うのは過去への罪滅ぼしの意味合いが強い。つまり、偽善以外の何ものでもないのだ。

(俺に人を想う事も救う事もする資格は無い)

そんな事を考えてしまう。気付けばいつの間に双眼鏡を外したのか、大介が厚志を見ていた。

「俺は命を救ってもらった叔父さんと貴方に感謝してます」

「…………」

「俺は叔父さんと同じように人を守れる……同じように助けられる」

厚志は思わず逸らしそうになる視線を何とか固定し続けた。今は逸らしてはいけない。大介の視線を受ける資格が無いと分かっていても聞かないわけにはいかなかった。

「遅くなりましたが、ありがとうございました。助けてもらって」

「そんな……感謝されるような事は…………」

深く頭を下げられ、厚志はしどろもどろになり、ようやく視線を逸らした。そんな厚志を何か見透かしたような目で大介が見てくる。

「…………藤堂さんは誰を守りたいんですか?」

「…………っ!?」

胸に直接突き刺さるような言葉。

『誰を』―――それに反応したかのように厚志の脳裏に美樹の姿が浮かぶ。それを掻き消した。

「俺は…………『誰か』を守る資格なんてな―――」

厚志の呟きを掻き消すように、金属が擦れる甲高い音を立ててトラックが道の向こうから現れた。トラックは蛇行し、左右の塀に何度かぶつかりながら厚志達がいる塀に向かって走ってくる。

明らかに普通の状態ではなかった。大介が慌てて双眼鏡を覗き込む。

「藤堂さん、あれ! 運転手を見てください!!」

双眼鏡を渡され、厚志は言われた通り運転手を見た。

双眼鏡の丸く切り取られたような視界の中にトラックの運転席を収める。自衛官らしき迷彩色の服を着た男がいた。

その男の顔は―――青白かった。

「か、感染者……!!」

恐らく先の報告で噛まれたというのは彼なのだろう。確かに運転席ならば他の生存者に噛み付くような事態にはならない。しかし、予想以上に感染が早かったのだ。

既に感染者となった男がまともな運転など出来るはずも無く。そこで運が悪い事に安定したのか、今まで蛇行していたトラックが真っ直ぐ塀に向かって走り始めた。

「まずい! 皆塀から離れろ!!」

慌てて作業をしていた美樹達に向かって叫ぶ。だが、塀に阻まれて状況が理解できていない美樹達は首を傾げている。

「トラックが突っ込んで来るんだ! 早く逃げろ!!」

厚志の鬼気迫る様子にようやく美樹達が離れ始める。

だが、圧倒的に―――遅い。

「大槻君! 君も早く避け―――」

振り向くともうすぐそこまでトラックが迫っていた。

厚志は咄嗟に大介を蹴り、少しでも遠くに移動させる。そして、自分も塀を蹴り、トラックがぶつかる場所から少しでも離れようとする。

次の瞬間、轟音と共にトラックが塀を突き破った。

塀を形作っていたコンクリートが大小様々な破片となって宙を舞う。その一つが厚志の腹に当たった。

「が……ぁっ!?」

そのまま受け身らしい受け身も取れず、厚志は地面を転がった。

遠くでもう一度轟音が聞こえた。

厚志は腹の痛みに耐えながら何とか身体を起こして状況を把握しようとした。だが、受け身を取れなかった事で予想以上に身体を打っていたらしく、全身に痛みが走り起きる事が出来ない。

早く立たなければいけない、そう自らを鼓舞するのだが身体は言う事を聞いてくれない。裏の塀の近くにいた感染者はある程度倒してはあったが、どこから沸いて来るか分からない。早く状況を確認しなければならなかった。

その時、厚志の傍らに誰かが近寄って来る。

「厚志さん大丈夫!?」

「美、樹…………状況……は……?」

一瞬感染者と勘違いしかけた厚志は、何とか声を出し、美樹に聞く。

「一応皆無事、でも……トラックは……」

厚志は助け起こされながら美樹が見ている先に視線を向けた。

「……くそ、何でこうなるんだ…………!!」

呻いた厚志の視線の先には、門の真横に突っ込み横たわるトラックと、塀が崩れた事により我先にと敷地内に侵入を始めた感染者達の姿があった。

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