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第16章 食事の一時

美樹達が新たに戦力として認められた翌日の正午過ぎ、A棟内部は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

つい先程無線連絡が入り、後数時間程度で自衛官達が到着してしまうのである。

「とりあえず門の前にいる感染者をどうにかしないとトラックは入れないぞ?」

「分かってる、だが掃討するほどの弾は無い……」

厚志が腕を組み、唸る。そんな事をした所で解決策が浮かぶわけではないのだが、何か無いかと考えるしかない。多田は大介に呼ばれて食堂を出て行った。

厚志は包丁や鍋が煮立つ音のする食堂で一人になっても唸っていた。

現在、門の前には数百体近くの感染者が犇めいていた。数時間前に一度厚志と多田で塀に上り確認したが、トラックが突っ込めば即座に餌食にされてしまう量だった。かといって、今の厚志達の装備では百発百中で何とか倒し切る程度の弾数しかない。

正直、手詰まりだった。トラックを受け入れようとすれば、間違いなく感染者がなだれ込む。だからといって、見捨てる事も出来ない。

「さて、どうしたものか……」

厚志が何も思い付かず唸っているとキッチンに続くドアが開かれた。ドアから出て来たのはエプロンを着けた美樹だった。エプロンの下は裸―――という事は無く、Tシャツに膝丈のスカートというラフなものだった。ご丁寧に右手にはオタマを握っている。

「厚志さん、ご飯の準備終わったよ。これ、今日が消費期限の牛乳だから飲んでいいって香奈が」

「ん? ああ、分かった。ありがとう」

「どうかしたの? さっきから唸ってばかりだったけど」

美樹が心配そうな表情で厚志の顔を覗き込む。手に牛乳の入ったコップを持っているため、零れそうで怖い。

「…………ん? 見てたのか?」

「え? あ、いや! 別にずっと見てたわけじゃなくて、たまたまチラッと見た時に厚志さんが唸ってるのが見えたから、どうしたんだろうなって思っただけだから!」

「…………いや、何を慌ててるんだ?」

「あ……あぅ」

いきなり慌て始めた美樹に呆気に取られながらも、厚志が指摘すると途端に小さくなってしまった。

厚志としては何の気無い質問だったのだが、本当に見ていたらしい。心配されるくらい唸っていた事に気付かなかった厚志は気持ち表情を柔らかくした。

「いやな、彼等を受け入れるのはいいんだが……問題があってな」

「問題?」

「ああ、今門の前には数百の感染者がいるんだ……今のままでは中に入れる事が出来ない……」

厚志は自分で言っている内にまた気持ちが沈んでいくのを感じていた。また守れないのか、そんな考えすら浮かんでくる。

眉をひそめて俯き気味になった厚志に対し、美樹はキョトンとした顔で首を傾げていた。

「別にわざわざ門から入れなくていいんじゃないの?」

「…………は? いや、中に入るにはあそこからしか入れないだろう?」

「別に車ごと入れる必要はないんじゃないかな? 例えば感染者が少ないとこの塀から中に入れるとか」

「…………っ」

あっけらかんと言う美樹。厚志はしばし考え、はっと気付いた。

今までトラックごと収容しなければいけないと考えていたが、重要なのは人を助ける事で、車ごと助ける事では無い。何故今までこんな簡単な事に気付かなかったのか分からず、自分の馬鹿さ加減に少し笑った。

「あ、厚志さん? 私なにか変な事言った? 素人考えで言っちゃってごめ―――」

「美樹、君は最高だ!!」

「え? きゃ、きゃぁ!?」

何故か謝ろうとしていた美樹の言葉を遮って、厚志は彼女に抱き着いた。美樹が持っていたコップが弾みで床に落ちる。

「何でそんな簡単な事思い付かなかったんだろう! ありがとう、美樹!」

「え、ど、どういひゃひまひて……」

美樹は顔を真っ赤にして、何故か呂律が回っていなかった。

とても良い香りが鼻をくすぐる。いつも美樹から漂ってくる匂いだが、今はいつも以上に香りが強かった。それに、温かな体温と柔らかな感触を感じる。

そこでようやく厚志は美樹に抱き着いている事に気付き、慌てて離れた。すると、美樹はへにゃへにゃと床に座り込んでしまった。

「あ、すまんいきなり抱き着いたりして」

「ひ、ひえ……おきになさらずに~」

どこか呆けたような表情で美樹がふらふらしながら答える。厚志は何故美樹がこんな事になっているか分からず、眉をひそめた。

「とりあえずそこ牛乳零れてるから……」

「うわ、ホントだ……濡れちゃった…………」

スカートを持ち上げて確認する美樹から慌てて顔を逸らす。本当に無防備過ぎる。美樹は見られるという事をあまり考えていないのかも知れない。

「おーい、準備は大体終わったぜ~」

「いやーやはり体を動かすのは良いですね~」

「…………まあね」

バリケードの最終チェックや玄関に作るバリケード用の機材をはいかんぜ担当していた多田、大森、大介が順に食堂に入って来る。多田は恐らく呼ばれて行った後にそのまま作業を手伝ったのだろう、少し額に汗が浮いていた。

「藤堂、すまなかったな話し合いの途中に抜けて、作業手伝ってたら気分が乗っちゃ…………って?」

「どうしたんですか多田さん…………うわ」

「…………」

多田達が三者三様の反応をする。無言が一番嫌なのだが、それ以外の露骨に気まずそうな表情も、それはそれで嫌だった。

確かに見る人が見れば分かるだろうが、状況が悪かった。多田達の姿を確認して即座にスカートを押さえて隠したため見えなかった。だが、スカートを押さえた美樹とその前に立つ――先ほど慌てたため――少し汗をかいた厚志。さらに、美樹のお尻の下の床には白い液体。

「あ、厚志さん……腰抜けて立てないから立たせて…………」

美樹の発言は本当にわざとではないかと思ってしまう。今の状況でそんな発言をすればどうなるか分かったものではない。

厚志は恐る恐る多田達に顔を向けた。そこには引き攣った笑みを浮かべた多田達がどうしていいか分からない様子で立っていた。

その顔は、たまたま嬉しさから抱き着いた拍子に牛乳が落ち、何故か分からないが腰が抜けた美樹がたまたまその牛乳の上にへたり込んだと理解しているものではなかった。

「もう、美樹ちゃん。みんなに準備できたって言って来てって言ったのに、いつまでかかってるのよ~」

この状況でさらに香奈まで登場してしまった。

万事休すである。素早く行動して誤解を解いておけば良かったと思ってもすでに遅い。

固まっている多田達に首を傾げながら香奈が厚志達の方に歩いてくる。

怪訝な顔をしていた香奈の表情が引き攣った。そのままぷるぷると奮え始める。

「あ……えっと……これはその…………」

「藤堂さんは黙ってて下さい」

「はい……」

ピシャリと言われ、すごすごと下がる厚志。別に悪い事はしていないのだが、有無を言わせない。今の香奈にはそれ位の迫力があった。

「美樹ちゃん……藤堂さんに何かされた?」

「え? えっと抱かれた……かな?」

「抱きしめられたって言って!!」

キッと香奈に睨まれて押し黙る。だが、今弁解しなければ確実に自分の信用ががた落ちになる。それが分かっていた厚志は何とか誤解を解こうと口を開きかけた。

「確かに……確かに私もある程度は容認してきました…………」

厚志が言葉を発する前に香奈が口を開いてしまった。タイミングを逃した厚志は何も言えず、聞く事しか出来ない。

「人が来るか来ないかの瀬戸際の興奮を楽しむ。そういう……プ、プレイがあるのも知ってます…………でも、でも!」

香奈は一度息を吐き、目一杯吸い込んだ。

「避妊だけはしてって言ったでしょ~~~~~~!!」

「そこぉっ!?」

香奈の息切れする程の全力の叫びに思わずツッコミを入れてしまう厚志。それくらい見当違いな叫びだったからである。

「こ、高校生で妊娠したらどうするんですか!? 責任取れるんで―――むぐぅ!?」

「香奈ちゃん、落ち着いて!」

パニックになったかのように喚き始めた香奈を大森が慌てて羽交い締めにする。ついでに顔が隠れるくらいの大森の手が香奈の口を塞ぐ。

しばらくもがいていたが、やがて落ち着いたのか静かになる。手で隠れているため分からないが呼吸が出来ずに気絶したわけではないようだ。

「藤堂~高校生に手を出すのはいただけないぞ」

「だから違うって言ってるだろ!? これは―――」

厚志はなるべく簡潔に、でも誤解しないように状況を説明する。その間に美樹は牛乳で汚れてしまった服を着替えるために部屋に戻っていた。

「―――というわけで、俺は何もしてないんだ」

「ま、藤堂にそんな度胸ある訳無いから知ってたけどな」

「なら止めろよ!?」

「いやぁ、面白くって……テヘッ☆」

「気持ち悪いわぁぁぁぁぁぁ!!」

厚志と多田が取っ組み合いの喧嘩――というかじゃれあい――を始める。大森達は巻き込まれないように食堂の端に移動していた。

「…………へ? 何もしてないの?」

「そりゃあね……見れば分かるし」

「え、だって……白いのが…………」

「あれは牛乳だよ。本物は……あ~、えっと……」

呆然としている香奈にどう説明していいものか分からない大森が頬を掻く。

「と、とにかく違うんだよ」

「う……だって本物なんか見た事ないし…………美樹ちゃんも抱かれた何て言うから…………」

「ん、気にしない気にしない」

どんどん尻すぼみになり、小さくなる香奈の頭を撫でる大森。大森は香奈の『見た事ない』発言に少なからずホッとしているようであった。

「くらぇぇぇぇぇぇ!!」

「甘ぁぁぁぁぁぁい!!」

厚志と多田がほぼ同時にパンチを繰り出す。鈍い音と共にそれぞれの拳が、それぞれの頬にめり込む。

二人はニヤリと笑い合うと、ゆっくりと仰向けに倒れた。

「…………ぜぇ、ぜぇ……今日はこの位に……してやる」

「…………はぁ、はぁ……それじゃあ……ザコキャラみたい……だぜ」

多田の言葉に皮肉を返しながら、厚志は上半身を起こした。まるで昔の青春映画みたいに同じように起き上がった多田と拳を叩き合わせた。

「…………何やってるんだか」

大介がぼそりと呟いた。その呟きに香奈と大森が強く頷いた。

「ただいま~厚志さん美樹はさらに可愛くなって戻ってって…………何これ!?」

「いや、えっと……暴れちゃって」

「今からご飯だっていうのに何してるのよ厚志さん!」

「いや、俺だけじゃなくて多田も……」

眉を吊り上げて近付いてくる美樹に、厚志は弁解しつつ慌てて隣を見るとそこに多田の姿は無かった。

「全く、これだから若い奴は困るんだ」

「多田、お前!」

多田はいつの間に移動したのか、大森達に混じって傍観者を気取っていた。多田を連れてこようと立ち上がりかけた厚志を美樹は見逃さない。首根っこを掴まれて再び座らされてしまう。

「厚志さん、大人なんだから素直に謝りなさい!!」

「え、えぇ~」

厚志は理不尽な状況に少し泣きそうになっていた。

「美樹ちゃん、とりあえず急いで食べちゃわないとトラックが来ちゃうよ」

「あ、そうだった……仕方ないなぁ」

香奈が美樹を宥めてくれたお陰で、どうにか説教されるのは回避できた。厚志の目には香奈が天使のように見えた。

「怒るのはその後でね」

「…………え!?」

柔らかく微笑む香奈が、今は天使ではなく死神に見えた。微笑みながらさらりと厚志を持ち上げておいてどん底に落とした。厚志は背筋が寒くなるのを感じた。

「……ほら、厚志さんは机とか直して」

「…………はーい」

厚志はとぼとぼと立ち上がり、倒した机や椅子を直していく。傍観を決め込んでいた多田を睨みつけ、手伝わせた。

何故か不満そうな多田を小突きながら直していく。幸い壊れたものは無かったため元通り立たせるだけで済んだ。

机も直し終わり、何か手伝える事はないかとキッチンを覗く。すると、すでに大森と大介が盛り付けなどを手伝っていた。それほど広くないキッチンに四人がいるため動きづらそうだった。

「机とかは直したから、何か持ってくものがあったら出してくれ」

「分かった~」

とりあえず声だけでもかけておいた。食堂とキッチンの間は、よくある大衆食堂のように好きな物が取れるように胸くらいの高さから天井まで丸々くり抜いてあり、そこに予め準備してある料理を置けるようになっている。食べる側は好きな料理を取るだけでいい、というわけだ。

厚志は本来料理が並べてあるはずの場所に肘をつき、キッチンを眺めていた。

やがて、盛り付け終わった皿が差し出される。それを受け取り、机に運ぶ。いつの間にか多田が布巾で机を拭いていた。

「楽な方選んだな……」

「ふ……猿も木から落ちるってね」

「いや、意味分からないから」

「俺の小意気なジョークを汲み取れよ」

「……さっぱり意味分からなかった」

「全くこれだから藤堂は……」

とか言い合いながら出された料理を運んでいく。数度往復すると、机の上には豪勢な料理が並んでいた。といっても、チャーハンと野菜を切ったり裂いただけの簡単なサラダだけである。だが、今の状況では十分豪華な食事に違いは無かった。

「さ、これで最後ですから先に席に着いててください」

「了解~」

香奈から最後の料理を受け取り、机の中央に置いた。途端に向かいから端が伸びてくる。それを払い、向かいにいる多田を睨む。

「何してるんだ?」

「こんなうまそうな卵焼きを前にして箸を伸ばさない馬鹿がどこにいるか!」

「お前は我慢の出来ない子供か」

「いや、我慢を忘れた大人だ!」

「なおたちが悪いわ!!」

もう一度伸びた箸を掴み取り、多田をさらに睨む。多田は唇を尖らせ、不満そうにしていた。

まさに子供だった。厚志は呆れながらも箸を掴む力を緩めない。かなり強い力で押されているため緩めれば即座に摘み食いされてしまうからである。

「こら! お行儀悪いですよ!!」

「いてっ」

木製のお盆が頭に振り落とされ、ぱかんと小気味の良い音を立てた。特に痛いわけではないが、思わず声が出てしまう。

それで均衡が崩れてしまった。多田の箸が勢いよく卵焼きに突き立った。

「多田さん! お行儀悪いにも程がありますよ!! お箸を突き立てるなんて!!」

「あーす、すいません……」

香奈が即座に箸を引き抜き、多田に突き付ける。多田は母親に叱られた子供のように身体を縮ませて謝っていた。

(箸を突き付けるのはお行儀悪くないのかな……?)

そう思いながらも、厚志はとばっちりを受けたくなかったため黙ってみていた。

「……はぁぁぁ、全くもうちょっと落ち着いてくださいよ」

やがて、香奈が深いため息を吐くと、少し呆れを含んだ笑みを浮かべた。厚志と多田は頭を下げ、何とかその場は収まった。

それを見計らったように美樹達がキッチンから出て来て適当な席に座る。まるとそれが当たり前かのように厚志の隣には美樹が座った。

席順は左奥に厚志。それ以降は時計周りに美樹、大介、多田、香奈、大森である。ちなみに机は六人掛け。

「このリア充達め……」

多田の恨めしそうな言葉が聞こえた気がしたが、厚志は敢えて無視した。

「それじゃあ、いただきます!」

『いただきます!』

香奈の掛け声と共に手を合わせて食事を始めた。

皆でワイワイ騒ぎながら食事をしていく。もちろん先程美樹が考えついた作戦も話し合っておく。

モノの十数分で机を埋めつくしていた料理は無くなっていた。

「ごちそうさま! んじゃ無線確認してくるぜ!!」

「ああ、頼む!」

多田が皿を片付けた後、無線のある部屋に向かっていった。厚志達はのんびりと後片付けをしていく。

「これどこに置くんだ?」

「あ、それは棚の上にお願いします」

香奈が大森が洗った皿を受け取り、付近で拭いながら答える。

「りょうか―――」

「藤堂! まずい事になった!!」

答えようとした厚志を遮るように多田が食堂に入って来た。

「多田? どうしたんだ?」

「ついさっき避難してくる奴らが休憩に寄った時に奴らに襲われたらしい!!」

「な、本当か!?」

「ああ、自衛官が噛まれたらしい!!」

「くそ、皆、準備しろ!!」

厚志の号令で美樹達が慌ただしく動き始める。

「多田、裏側に着けてもらうようには言ったのか!!」

「ああ!」

「よし、作戦通りにいくぞ!!」

厚志は再度声をかけ、自らも行動を開始した。

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