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第13章 新たな絆

「というわけで、現在ここに向かって数人の生存者を乗せたトラックが向かっています」

厚志は寮にいる人間を全て食堂に集め、隆一郎が知らせてきた無線の内容を告げた。食堂には十数名の老若男女がいた。美樹と香奈は部屋で待ってもらっているためこの場にはいない。代わりと言っては変だが、簀巻き状態の赤石は隆一郎の監視の元連れて来ていた。

知らされた内容にどう反応していいのか分からない皆は眉をひそめていた。

「そこで、私は彼等を救う事を提案します。つまり、ここに招き入れるという事です。もちろん招き入れるには門を開かねばならず、危険が伴います」

「ふざけるな! せっかく安全なこの寮をわざわざ危険に曝すのか!!」

いち早く異論を唱えたのは赤石だった。それに賛同した他の自衛官達が声を上げる。

「そうだ! お前達がスーパーに行った時だって運よく奴らが入らなかったからいいものの、一歩間違えばここは地獄だったんだぞ!!」

「他にいくらでも行くとこはあるはずだろう? 何でここに来させるんだよ!」

「新橋君を助けられなかったのにその人達は助けるの!?」

口々に罵倒が飛ぶ。最後に発したのは恐らく康太達の中で唯一生き残った佳子であろう。

香奈や美樹に付きっきりだったため、何があったか説明してなかった。と言っても説明した所で納得してもらえるとは思えなかった。

だから、黙って皆が落ち着くのを待った。実際皆を危険に曝し、康太を置いてきたのは事実である。

「生存者の中に噛まれたものがいないと言い切れるのか?」

手前に座った老人が聞いてくる。スーパーで助けた人物だ。

恐らく美樹に聞いたのと同じ、生存者の中に感染者に噛まれた者がいてまたスーパーの時のようにならないか危惧しているのだろう。

「それは……いないとは言い切れません。無線で一応怪我をした者、噛まれた者がいないか確認はしてもらいましたが、確実に全身くまなく確認したとは言えません」

「何だそれは! 私は賛成できないぞ!!」

赤石がそれ見た事かと声を荒げる。厚志はそれに反論する事は出来ない。

赤石の態度に少し苛立ちつつも、厚志は続けた。

「反対してもらって構いません。賛成出来ない方はもう一つの棟に移動していただいて、完全にドアを閉じて下さい」

「賛成できない者を追い出すつもりか!」

「違います。B棟の方が立て篭もるのに適しているからです」

赤石の反論に即座に返す。

赤石をあまり調子づかせないため、周りを巻き込んで暴挙に出さないため、厚志は努めて礼儀正しく振る舞った。もちろん内心では、香奈にあんな事をしておいてどの口がほざいてるんだ、と今すぐ殴りたいくらいだった。

「まず第一に、今いるA棟は玄関と裏口、さらに管理人用の部屋に窓があり侵入され易いです。しかし、B棟は入口が一つしかない。第二に門より遠いため、襲撃にあったとしても多少なり時間があります。そして、これが最大の要素です。階段、エレベーター、二つの手段で地下のシェルターに入れます」

「……シェルターにはこちらからも入れるよな? 俺達がエレベーターで入ったのはこの棟からだし」

隆一郎が首を傾げながら聞く。

確かに隆一郎の言う通り、厚志達は今いるA棟からシェルターに入り、武器を手に入れた。ただし、エレベーターを使って、だが。

「そう、確かにこちらからも入れます」

「なら条件はほぼ変わらないじゃないか!」

元から寮にいた青年が声を上げる。厚志はさらに続けようとする彼を手で制し、先を続けた。

「条件は同じではありません。そちらはエレベーターと階段、こちらはエレベーターでしかシェルターに入れません」

「ならなんだって言うんだ! 入れる事に変わりはないだろうが!」

「いいえ、違います。今は電気が供給されているため同じに見えますが、明日も今日と同じように電気が供給されているとは言えません。世界は今崩壊してしまっているのですから……」

厚志の言葉に誰もが押し黙った。今は安全な場所にいるため忘れていたのかもしれない。すぐそこには壊れた世界が広がっている事を。

実際、未だ電力供給が続いているのは奇跡と言ってもいいだろう。恐らく他の自衛隊員達が必死に防衛しているはずだ。でなければ、人間がいなくなった供給施設が稼動しているはずがない

それもいつ崩壊するか分からない。いつ途絶えるか分からない物に頼るほど楽天的になれる状況ではなかった。

「……分かっていただけましたか? では、決をとりましょう。立て篭もっていたい方はそこにいる赤石一佐に着いて行ってください。受け入れようと思っている方はここに残ってください」

「食料はどうするつもりだ? まさか、独り占めなどはせんだろうな?」

隆一郎に縄を解かれた赤石が嫌味な笑みを浮かべて聞いてくる。それをさらりと流しつつ、厚志は隆一郎に目配せした。

すると隆一郎と大森が人数分のパンパンに膨れた袋を持ってきた。

「食料は人数で割り、一人当たりに配給する分を袋に分けておいたので、それを一人一袋持って行ってください。もちろんこちらもシェルターから武器を人数で割り、人数分いただきます」

「………………ふんっ」

赤石は何か言いたげだったが、鼻を鳴らすと、隆一郎が持ってきた袋を一つ掴むと、食堂を出て行った。それに釣られるようにして過半数の人間が移動を開始した。もちろん元からいた自衛官もである。

最終的に残ったのは、隆一郎と事前に事情を話して協力してもらった大森とスーパーで助けた少年だけだった。といっても少年は助けたくて残ったというより、どっちでもよかったという雰囲気が感じられた。

何はともあれ、厚志の予想通りになってしまった。予想外だったのは赤石が意外にもあっさりと引き下がった事だ。不安を覚えないわけではないが、今は無駄に争うつもりはなかった。

「本当によかったのか、あのおっさんは必ず何かをやらかすぜ」

「……かと言って任せられる人間がいなかったのも確かなんだ。仕方ないさ」

「何かあっても文句言うなよ」

「……言う訳無いだろ」

ため息混じりに厚志は言った。

なにも隆一郎は全ての責任を負わせようとしているわけではない。あくまで責任を取る覚悟があるのかを問うているのだ。

「あの、これからどうしましょうか?」

大柄な大森が、その身体に似合わない怖ず怖ずといった様子で聞いてくる。

「んー、とりあえず今向かっている自衛官達が到着するのは早くても明日以降だからな……」

厚志は腕を組み、唸った。

そう無線があったのは隣の町に救助活動に向かった部隊からだった。恐らくどこもスーパーの前の道路のように事故車があるはずである。そのため、普通に車で走れば一時間程度で着く場所でも数時間かかる可能性が高い。

「とりあえず電気が通っているうちに武器を貰って、扱い方の説明とかバリケード作ったりしたらいいんじゃねぇか?」

「あーそうだな……多田、頼んでいいか? 俺は美樹達に現状を説明してくる」

「あ、てめっ、自分だけいいとこ取りとはセコいぞ!」

「……違うから」

笑いながらからかってくる隆一郎をあしらいながら、食堂を出る。

背後から隆一郎が自己紹介をしながら何をするか指示する声が聞こえた。

「あ、自己紹介するの忘れてた…………後でしておかないとな」

肩を竦めながら自分の間抜けさに苦笑する厚志。どのみち美樹達も自己紹介をするのだからその時に一緒にしようと自分を納得させ、二人がいる部屋に向かった。

途中片方に部屋が並ぶ廊下の窓からB棟が目に入る。並んで建っている上、基本的にA棟と反対の作りになっているB棟の廊下を、木材を抱えて慌ただしく走る自衛官が見える。どうやらバリケードを作っているらしい。

その中に、一つの部屋から出て来た赤石が目に入った。その手には女性ものの下着が握られている。

実はB棟は女性隊員が暮らしている場所だった。男子禁制であるB棟で欲望の限りをつくそうとしている赤石を見て、厚志はため息を吐いた。自分の判断が間違っていたのではないかとさえ思ってしまう。

佳子も向こうに行ったため、何をされるのか分からない。だが、厚志には止める事は出来なかった。その資格があるとは思わなかった。

「……厚志さん?」

「あれ? 美樹?」

気付けば廊下の先から美樹と香奈が歩いて来ていた。

「大丈夫なのか?」

「あ、うん。香奈も落ち着いたし、今の状況を知りたいって言うから」

「……そうか」

香奈を見ると確かに先程のような恐慌状態ではなくなっているようだった。だが、まだその笑顔はぎこちなく、心なしか男である厚志から遠ざかろうとしているのを感じる。

やはり、トラウマになってしまったのだろう。厚志にすらこの態度なのだ、恐らく男性恐怖症になってしまったのかもしれない。

「あ、藤堂さん!」

突然かけられた声に振り向く大きな鞄を担いだ大森が歩いて来ていた。ガチャガチャという金属と金属が擦れ合う音が鞄から聞こえる。どうやら工具や金具が入っているらしい。

「窓とかはいいと思うんですが、裏口と玄関、どちらを塞ぎますか?」

「あーとりあえず裏口で頼む」

「畏まりました……おや? そちらのお二人は?」

大森がようやく気付いたかのように美樹達を見る。どう考えても厚志より背が高いのだから見えていたはずだが、とりあえずそれは置いておいた。下手につっこめば面倒な事に成り兼ねない。

「あの場にいなかったからな、美樹とはスーパーで一緒だったよな、説明は省くぞ。で、黒髪でおさ毛なのが佐草香奈だ」

「ちょっと、何をぞんざいな紹介してるのよ! 『彼女は相良美樹。俺の大切な娘だ』とか言えないわけ!?」

ぞんざいな扱いに憤慨した美樹が叫ぶ。しかも厚志の声真似までしている。全然似ていないが。

「はいはい、ちなみに美樹は名字で呼ばれるのが嫌らしい。だから、気軽に『頭軽そうな女子高生』とか呼んであげてくれ」

「それじゃあ名前より長くなってるじゃないの!」

背中をぽかぽかと叩かれるが厚志は気にしない。そもそも美樹も本気ではないため、痛くも痒くもないからだ。

突然背中に定期的にきていた衝撃が無くなる。振り返ると叩くのを止めた美樹が腕を組んで何か考えていた。

「はっ、まさか『俺以外の男が名前で呼ぶんじゃねぇ』っていう事!? もうっ、ツンデレなんだか―――いたぁっ!?」

厚志は無言で暴走――妄想とも言う――を始めた美樹のおでこにデコピンを放った。

「妄想はとりあえず置いておいて、美樹は知ってると思うけど、こちらが大森勇貴さんだ」

「おおもり……ゆうき?」

大森の名前を聞き、香奈が首を傾げた。そのままトラウマなど無かったかのように大森に近付いていく。

「まさか勇兄さん?」

「ん? その呼び方……まさか香奈ちゃん?」

「やっぱり! 勇兄さん!!」

香奈が大森に抱き着いた。がたいのいい彼は女子高生が一人飛び付いたくらいではびくともしない。

「よかった、香奈ちゃん無事だったんだね」

「うん、勇兄さんも無事でよかった……」

いきなりの展開に厚志と美樹はぽかんとしてしまう。

どうやら香奈と大森は知り合いらしい。数度しか会話してない大森が敬語を使っていないのもあるが、香奈が満面の笑みで頬を擦り寄せている姿がそれを語っていた。

「えーと、香奈?」

「はっ、えっと……あの、こ、この人は私の父の同僚の息子さんで……昔から家によく遊びに来てたんです」

「へー偶然ってすごいな」

しどろもどろながら説明する香奈に頷く。

偶然と言うには出来過ぎていた。たまたま助けた美樹の友人である香奈を厚志が助け、また別れてしまった美樹を助けた際に一緒にいたのが大森。そして、香奈と大森は昔ながらの付き合い。

本当縁があったと言うには出来過ぎているくらいだった。

「あの、勇兄さんの手伝いをしてもいいですか?」

「……大丈夫? あんな事があったのに」

「……はい、大丈夫です」

苦笑しながら答える香奈にそれ以上何も言えない。今は何かに打ち込みたいんだという雰囲気が感じられたからだ。

「何かあったって何ですか?」

「あー、言ってもいいのかな?」

大森が首を傾げて聞いてくる。厚志は眉をひそめ、香奈を見た。

すると、香奈はどうぞと言わんばかりに苦笑を深めた。

「ふう、ここに着いた時の悲鳴は香奈のものだ」

「なっ!?」

「本当に申し訳ないが、うちの上司が香奈を襲おうとしたんだよ」

「…………それは、さっきの時に縛られていた人ですか?」

言葉を発する度に大森の声が低くなっていく。底冷えするような声に少し寒気を感じながらも答える。

「ああ、そうだ」

「……そうですか、分かりました。ちょっと殴り飛ばしてきますね」

「あ、ああ…………えぇっ!?」

大森が飛び切りの笑顔で言ったため、最初は意味が分からなかった。だが、彼から発せられた殺気は厚志だけでなく美樹達も感じ取れるものだった。

「いや、落ち着いてくれ。俺が殴っといたから!」

「駄目です。香奈ちゃんにそんな事をした奴を許せません」

慌てて歩き始めた大森を止めるために前に立ちはだかる。だが、大森はものともせず、厚志を巻き込んで進んでいく。

「頼む、今君が怪我して抜けられると困るんだ!」

「関係ありません、許せないものを殴り飛ばすのは当たり前ですよ」

大森がしがみついて止めようとする厚志を見て、にこやかに笑いながら言う。なまじ丁寧な口調だから余計に恐ろしさが強まっていた。

「勇兄さん、待って!」

「うわっ」

香奈の言葉に反応していきなり止まった大森に反応できず、厚志は落ちてしまう。

「勇兄さん、今は私の事よりやらなきゃならないことがあるんでしょう?」

「そ、そうだけど……」

「なら、つべこべ言わずに早く働いて!」

「わ、分かったよ……」

腰に手を当てて叱り付ける香奈。大森はそのがたいからは考えられないほど肩を落とし、まるでいじけた子供のように口を尖らせながら香奈に従った。

厚志は美樹に起こしてもらいながら、その光景を見ていた。

「な、なんだかな~」

「香奈のほうがお姉さんみたいだね」

美樹と一緒に苦笑しつつ、作業に向かっていく二人を見送る。

二人の関係性は、しっかり者の妹と温厚な兄と言うものなのだろう。美樹の言った通り、香奈が姉に見えるのも確かだった。

ただ、これだけは言えた。鍛えている厚志を引きずるほどの怪力と温厚な人柄を持った仲間が増えたという事だ。

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