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第12章 醜悪な心

「藤堂、行きとは逆で頼む!」

「分かった!」

泣き付かれ、寄り添うように寝ていた美樹の頭を撫でながら少し寝かけていた厚志はその声で現実に引き戻された。

行きと同じ経路ならば十分もかからない距離なのだが、あまりにも感染者がいたため、周り道を余儀なくされたのだ。お陰で美樹もある程度落ち着き、厚志自信も何とか気持ちに整理がついていた。

「数は少ないみたいだから下りなくていい、荷台に入らないようにだけしてくれ!」

「任せろ!」

詰まれていたミニミを手に取り、荷台から銃口を出して構える。同時に生々しい音と共に軽い衝撃が伝わってくる。寮の前にたむろしていた感染者を轢いたのだ。

門のキーはまだ隆一郎が持ったままのため、厚志はただ荷台に入られないように散発的に近付いてくる感染者を撃っているだけだった。

「門が開いた! 後は入られないようにしてくれ!!」

トラックが動き始め、門を通過する。もちろんそれを追って感染者達も着いてくる。門を越えた辺りでまるで蓋をするようにトラックが止まる。

「何を止まっておるのだ! 早く進まぬか!」

生存者の老人が声を荒げる。それを大柄な男が宥めている。高校生くらいの少年はただ黙ったまま、冷めた目で叫ぶ老人を見ていた。

厚志は小さくため息を吐きながら、ミニミに取り付けられたスコープを覗き、門を越えてくる感染者の頭を撃ち抜いていく。

少しでも撃ち漏らせば寮は安全で無くなる。緊張から数秒が数分に感じられ、厚志はただ一秒でも早く閉まってくれと願った。

やがて、門が感染者を潰しながら閉まり、ようやく厚志は止めていた息を吐き出した。だが、すぐに安心は出来ない。撃ち漏らしが無いか確かめるために荷台を下り、死体を確認していく。

「よし、多田! もう大丈夫だ!!」

「了解!」

隆一郎の返事と同時にトラックが動き始める。門の脇に停めると、首を鳴らしながら隆一郎が降りてきた。

「何とか戻れたな」

「…………全員じゃないがな」

「……それでも全滅したわけじゃ無い」

「…………」

隆一郎の言葉にそれ以上反応する事が出来なかった。確かにこんな状況下では全滅しなかっただけマシなのかもしれない。それでも、厚志は救いたかったのだ。

気付けば、擦り抜けていった命を掴まんとするように拳を握り締めていた。

「藤堂……」

隆一郎が何かを言おうとしていたが、自分の不甲斐無さに苛立っている厚志は気付かなかった。

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

「っ!?」

「な、なんだ!?」

突然悲鳴が上がった。しかも安全なはずの寮の中からである。

厚志は武器も持たず走り出していた。

「いやぁ! 離してぇ!!」

声は二階から聞こえてきていた。香奈達がいる階である。

駆け上がり、香奈達がいるはずの部屋に向かう。

開け放たれドアを無視して中に入る。

中にいたのは組み敷かれた香奈と彼女にのしかかった赤石がいた。香奈のシャツは破け、下着に包まれた控えめな胸があらわになっていた。佳子は逃げたのか見当たらなかったが、そんな事は厚志には関係なかった。

「何やってんだアンタ~~~!!」

厚志は赤石に走り寄ると殴り飛ばした。そのまま馬乗りになり顔を殴る。

「げっ、あ、がっ、ひゃ、ひゃめ……」

「黙れ!」

上司だろうと関係なかった。ただ怒りに任せて殴った。すでに顔は腫れ、醜い顔がさらに醜く変貌していた。

「お、おい藤堂、それ以上やったら死んじまう!」

「離せ! こいつは、こいつは!」

厚志に続いて駆け付けたらしい隆一郎に羽交い締めにされる。それでも何とか痛め付けようと蹴りを放つ。

美樹も追い付き、香奈に上着をかけていた。

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!?」

赤石は転がるように部屋の奥に逃げて行き、壁に張り付いた。

「ひゃ、ひゃやくほいつを閉じ込へろ! ほうこうざいだぞ!」

「…………」

隆一郎は汚物でも見るような目を向け、厚志を離したどうやら厚志に殴られ過ぎたため口が切れたり、腫れたりしているため、まともに話せないらしい。

「は、はんでほいつを離す!? へ、へいれい違反だぞ!」

「……おっさん、さすがにこれは駄目だわ」

「お、おっさん!?」

驚愕する赤石を無視して隆一郎は歩み寄った。そのまま腕を振り上げ、ただでさえ腫れ上がっていた頬を殴った。

「げぼぁっ!?」

醜い声を出し、壁に吹き飛ぶ赤石。頭からぶつかったため、気を失ったらしい。

気絶した赤石を見て厚志もいくらか落ち着きを取り戻していた。荒い息を調え、香奈に向き直る。

「…………大丈夫?」

美樹に抱きしめられている香奈が小さく頷いた。その身体は小さく震え、痛々しかった。

「とりあえずおっさんは監禁だな、こんな事起こしたんだ仕方ないだろう」

「……ああ、頼む」

隆一郎がその筋力を使い、赤石を引きずっていく。香奈の傍を通る時、彼女の身体が一際大きく震えた。

「すまない、俺の上司が……」

「い、いえ……私は大丈夫ですから……藤堂さんも間に合ってくれましたし……」

そう言い無理に笑っている香奈の姿に厚志は胸が締め付けられた。思わず頭を撫でようと手を伸ばす。

「……っ!?」

厚志は香奈の反応に手を止めざるを得なかった。彼女の身体が驚くほど強張り、顔には恐怖が浮かんだからだ。

「す、すみません……」

「いや、こっちこそすまん。気遣いが足りなかった」

頭を下げ、離れる。

赤石の行った事は予想以上に香奈にトラウマを残してしまったらしい。あの柔らかな微笑みを浮かべる彼女姿は今は無く。追い詰められた子猫のように怯え、美樹に縋り付いていた。

それもそうだ。香奈は昨日母を亡くし、さらに友人まで亡くしかけた。その上、凌辱されかけたのだ、トラウマにならない方がおかしい。むしろ、よく精神が崩壊しなかったと思う。

「美樹、あとは頼んだ。何なら隣の部屋に移動してくれ」

「うん、分かった……厚志さんはどうするの?」

「…………隆一郎に話があるんだ」

美樹はそれ以上追求してこず、香奈を立たせて隣の部屋に向かった。二人が部屋に入るのを確認して、厚志はその場を離れた。

向かう先は隆一郎が赤石を連れて行った部屋である。

部屋に入ると、気を失ったままの赤石をロープでグルグル巻にしている隆一郎がいた。これでもかというほどロープを巻かれた赤石は一回りほど大きくなっていた。

「お、きたな。あの子はどうした?」

「美樹が連れ添って別の部屋に行ったよ。そういえばスーパーにいた他の生存者はどうしたんだ?」

「そうか、生存者はとりあえず適当な空いてる部屋に入ってもらった」

「……すまん、面倒をかける」

隆一郎は気にすんな、と言い、赤石の頬を叩いた。今の厚志なら殴ってでも起こすと分かっているからだろう。

何度か叩くとようやく赤石は意識を取り戻した。しかし、まだ頭がぼうっとしているのか焦点の定まらない視線をさ迷わせている。あれだけ殴られた上、頭を打っているのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、厚志に気遣う気は全く無かった。

「起きろよおっさん」

「ぅ……あ! ひ、ひはまら!」

隆一郎が強めに頬を叩く。ようやく赤石の焦点が合い、厚志達を捉える。先程のお返しにと直ぐさま殴り掛かろうとしたのだろう。だが、簀巻きになっているため、不様に転がるだけだった。

「ひはまら、はにをひはのかわはってひるのは!」

「はいはい、んでどうする?」

まだ呂律の回らない状態で叫ぶ赤石を軽くいなし、隆一郎が聞いてくる。

聞くまでもなく赤石の処分をどうするか、である。

女性を性欲処理の道具としてしか見ておらず、世界がこうなる前から外部の女性とのトラブルも度々あった。正直このままここにいさせていいわけはない。それでも厚志は追い出すとは言えなかった。

追い出すという事は、この他者を踏みにじりながらでしか生きられない赤石には死ねというのと同じである。事実世界がこうなった後も権威を振りかざすだけで何もしようとしなかった。だが、それでも厚志には死ねとは言えない。

今まで守れなかった者達への裏切りに思えたからだ。ここで人殺しに加担しては美樹や香奈に面と向かって守るとは言えなくなる。

「とりあえず監視を付けて保留だな」

「……いいのか?」

隆一郎の目は暗に置いておいても良い事は無いと告げていた。それに気付きながらも厚志は頷いた。

隆一郎は呆れた様子で肩を竦め、大きなため息を吐いた。付き合いが長いだけに何を言うのか分かっていたのだろうが、あえて聞いたのだろう。

厚志は隆一郎の脇を抜け、赤石に対峙する。

「赤石一佐」

「は、はんだ!」

「しばらくはここにいてもらいます」

「ひ、ひはまにはんのへんいがはっていっへるのだ!!」

尚も虚勢を張って叫ぶ赤石に、厚志は笑みを浮かべた。

「別に外に出してもいいんですが、どうせいつかは死ぬんですし」

そう言う厚志の目は笑っていなかった。ただ冷ややかな目で赤石を見ていた。

厚志が冗談で言っているのではないと気付いたのだろう。赤石が血相を変えて声を出す。

「ま、まへ! ほ、ほれだへは!!」

「じゃあここにいてください。食事は定期的に持ってきます。ちなみに私か多田のどちらかがドア前で見張ってるので妙な考えは起こさないように」

「…………わはった」

赤石が渋い顔で頷いたのを見て厚志は部屋を出た。

「見張り頼んでいいか?」

「おう、藤堂はさっさと二人のとこに行けよ」

「ああ。後は頼んだ」

「全く羨ましい限りだぜ、俺も女の子助けときゃーなー」

「…………おい」

冗談冗談という隆一郎を一発叩いてから香奈達がいる部屋に向かった。

隆一郎の意図が分かっていたため叩くだけに留めた。他の者が言えば殴っていただろう。

隆一郎は厚志の怒りが治まっていないのを知っていて、わざと道化を演じたのだ。一発叩いた後の心は確かに落ち着いていた。

(全く、もっとうまいやり方があるだろう…………ん?)

隆一郎の気遣いの不器用さに苦笑していると、廊下をうろうろする大柄な男がいた。不審に思い近付いていく。

「何をしているんですか?」

努めて穏やかな声を出しつつ、近付く。もちろんいつ襲い掛かられてもいいように重心には気を配っておく。一応拳銃もあるのだが、この距離では撃つ前に襲い掛かれてしまう。

「え? あ、スーパーに救助に来ていただいた方ですよね。その節はありがとうございました」

「へ? あ、いや、俺は美樹を助けるついでみたいなものだったからそんなお礼を言われるような事は……はっ!?」

予想外の丁寧な言葉に警戒を解いて近付こうとしていた。慌てて距離を取り同じ質問を投げ掛ける。

「そんな事はいいんです。そこで一体何をしていたんですか?」

「先程悲鳴で貴方がここに飛び込んだ後、もう一人の方に部屋に案内されたんですがどうしても気になってやってきたんですが…………」

どうやら男が言うには、自分にも何か出来ないかと来たはいいがどこの部屋か分からず、さ迷っていたらしい。

「その件でしたらもう解決しました。どうぞ部屋にお戻りください」

「そうですか? よかった」

厚志は心底安堵した様子の男に対して警戒を緩めていた。こんな状況下でも人を心配して何かしようと出来る心を持った人物は貴重だ。基本は元々寮に避難していた人達のように我関せずを貫いているか、何かあっても自分だけは助かろうとする者ばかりだ。

人間も生物である以上、優先順位は自分が一番なのは理解できる。だが、それでも厚志は大切な者のために身を投げ打つ覚悟は出来ていた。そんな厚志だからこそ、この男に少なからず好感を抱いた。

「それじゃあ、何か手伝える事があったら何でもしますから呼んでください」

「……ああ、何かあったら頼るよ……ええっと」

「あ、すいません。自己紹介がまだでしたね。私は大森勇貴といいます。今年で二十九になります。近くの会社で社員として働いていました」

「俺は藤堂厚志。歳は二十五で自衛官だ、よろしく」

厚志は少しだけ対外用の対応を弱め、手を差し出しながら笑った。男―――大森が近付いて来て握手を交わす。

大森は手だけでなく背も本当に大きく、それなりの高さのある厚志ですら見上げなければならない程である。

よく見ると意外と愛嬌のある顔をしていた。確かに遠くから見れば熊と見間違う巨体だが、目はつぶらで笑顔を浮かべる姿は親しみ易さすらあった。

「これ以上お手を患わせるわけにもいきませんので私は戻りますね」

「ああ」

手を離し去っていく大森。隆一郎が案内したのは三階らしいので、階段に向かっていく。その後ろ姿が消えるまで待ち、厚志は美樹達がいる部屋のドアをノックした。

いくら好感を持ったとは言え、まだ完全に信用したわけでは無い。厚志にとって大森も助けるべき『人』である事に代わりは無い。ただ、やはり大切な守るべき『人』とは違うのだ。対応に差が無くても心構えは違うというわけである。

「美樹、厚志だ。入っていいか?」

『うん、大丈夫だよ』

厚志は美樹の返事を聞いて少しホッとしていた。もしかしてまた赤石のように暴走した奴が入ってはいないかと考えずにはいられなかった。だからこそ、最初大森を疑い、迎撃の準備すらしていたのだ。

ドアを開けて中に入る。一応辺りに人がいない事を確認してから、ドアを閉めた。

部屋の中は隣の部屋と同じで畳敷きの六畳一間のワンルーム。ユニットバスがあるが、キッチンは共同なので無い。風呂は大浴場があるにはあるが、かなり混むため厚志はあまり利用しない。

そんなワンルームの畳の上に敷かれた布団に香奈は寝ていた。美樹はその脇で香奈の手を握って座っていた。

「香奈ちゃん寝てるの?」

「うん、あんな事があったし、厚志さんを待ってる間気が気じゃなかったんだ思う」

「そうか……」

そう言いながら美樹の隣に腰を下ろす。するとすぐに美樹が肩に頭を乗せてきた。まるでそうするのが当たり前のように自然な動作で、だ。

スーパーでの事。香奈が襲われた事。色々あったため、今は人の肌や体温を感じたいのだろう。

誰かが傍にいる、という事実は意外なほど精神を安定させる。もちろん気を許した相手に限るが。

空いている右手で頭を撫でる。するともっと撫でてくれと言わんばかりに頭を差し出してきた。

自然にこんな動作が出来る事に今更ながら恥ずかしさを覚え、それをごまかすようにさらに頭を撫でた。

「あのね、厚志さん……」

「……なんだ?」

しばらく頭を撫でていると、決心したかのように美樹が話を切り出した。

しかし、そのまま続きを話そうとしてくれない。何となく何の話をするのか分かった厚志は話せるようになるまで待った。

「…………ありがとう、厚志さん。あのね、聞いてほしいの厚志さんが駆け付けるまでに何があったのか」

「ああ……」

厚志の予感は的中した。もう安全な所まで避難して終わったと言いたい事。だが、美樹の中ではまだ解決していない。そして厚志の中でもまた、救えるはずだった命を見捨てた事は解決していなかった。

「厚志さんが来るのを信じてあの事務所で待ってたの―――」

美樹はゆっくりと話始めた。あの時、何があったのか。

厚志と別れた後、何とかスーパーには入れたらしい。しかし、先に非難していた人の中に感染者がいたらしく、中はパニックになった。その時、混乱した者がバリケードを壊してしまった。

侵入してきた感染者から逃れるために何とか事務所に逃げ込んだ。だが、信二と沙苗は感染者に襲われたらしい。

もう駄目だと判断した店長がドアを閉め、簡易のバリケードを組んだ。

一時的な安全を確保した美樹達は事務所の中で、男女に分かれていたらしい。男達五人はあの血溜まりのあった事務所に、美樹達はその奥、駆け付けた時に隠れていた更衣室兼仮眠室にいた。

事件が起きたのは美樹達が疲れから眠りについてから数時間後に起きた。今まで何とか耐えていたバリケードが限界に達し、崩壊した。

いち早く気付いた店長と大森と青年が何とか支えたが、すぐに限界が来るのは目に見えていた。美樹達も異変に気付き、今日助かった老人と少年を中に入れ、扉を支えている三人に早く来るように言った。

店長と青年が客である大森より先に行くわけにはいかないと言うため彼が離れ、中に入った。次の瞬間ドアが決壊し、店長を吹き飛ばした。

青年は何とか離れようとしたが、感染者に捕まり、そのまま餌食になった。美樹が何とか店長だけでも助けようと近寄り、起き上がらせた。だが、すでに目前まで感染者が迫っていた。

その時、突然身体を押され、更衣室のドアの前までよろめいた。ハッと店長を見ると、感染者に噛み付かれながら笑っていた。

助けられなかった事実に愕然とした美樹は動けなかった。目の前に感染者が迫っていても動けなかった。

飛び出して来た奈穂に掴まれ、何とか部屋に入ったが、ドアを閉めようとした瞬間、感染者が一体身体を挟み込んだ。大森が何とか閉めようとするが、感染者の力が強く閉まらない。

奈穂が動き、感染者の頭をモップで殴った。だが、数発目でモップを掴まれ、引き寄せられた。

そして―――

「奈穂さんの悲鳴が更衣室に響いたの。それを聞いて私はようやく動けて、ドアに挟まった感染者の頭にペンを突き入れたの……」

「…………」

美樹の話を厚志は聞いている事しか出来なかった。下手な慰めの言葉は意味を成さないし、今は茶々を入れるより聞いていた方がいいと考えたからだ。

「だから……だからね。奈穂さんが噛まれたのは私が呆然としてたから……逃げるのが遅れたから感染者がドアを越える時間を与えちゃったの…………」

美樹は俯き、涙を堪えていた。厚志は何も言わず、ただその頭を抱き寄せた。

「私が……私のせいで……っ」

「……責任を感じるのはいい…………でも、それで自暴自棄にはならないでくれ……頼む。今君がいなくなったら俺は多分駄目になる……だから、生きてくれ」

「…………うん」

身勝手な願いだとは思いつつも、厚志はそう言う事しか出来なかった。「忘れろ」とも「君の責任じゃない」とも言えない。言って、美樹が享受してしまえば、いずれ形は違えど、赤石のようになってしまうからだ。

美樹に自分勝手で他人の事を考えない、責任を持てない人間になってほしくなかった。だから厚志は美樹を慰めず、ただ生きるための『理由』を与えた。

「厚志さん……ありがとう」

「ん、気にするな。俺の自分勝手な願いだからな…………疲れたろ? これから忙しくなるから今は休んでおくんだ」

「うん……分かっ……た……」

美樹は緊張の糸が切れたのか、厚志の膝に頭を乗せるとすぐに眠りについた。

(……まだ高校生だもんな……)

忘れていた事実を思い出し、厚志は渋い顔をした。落ち着きのある態度に忘れていたが、美樹はまだ十代半ばなのだ。にもかかわらず、目の前で人が死に、ましてその原因が直接ではないにしても自分のせいだとしたら、普通は耐えられない。

そんな事すら忘れていた厚志は内心美樹に謝りつつ、少し痛みつつある髪を梳いた。すると、美樹はくすぐったそうに身をよじり、笑みを浮かべた。

その反応に癒されていると、廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえて来た。

「藤堂!」

バタン、とノックも無しに大きな音を立ててドアが開いた。ドアの向こうに立っていたのは息を切らせた隆一郎だった。

「…………すまん、取り込み中だったか」

「いや、違うから閉めようとするな」

隆一郎が何を勘違いしたのか、渋い顔でドアを閉めようとした。それを止めつつ、厚志は隆一郎に先を促す。

「それで、何かあったのか?」

「ああ、ついさっき無線が入ったんだ。そしたら今生存者を乗せたうちの連中がこっちに向かってるらしい」

「何だって!?」

厚志は慌てて立ち上がった。そのため、ひざ枕で寝ていた美樹は頭から畳に落ちてしまった。

「いたっ!?」

「あ、すまん!」

美樹に謝りつつ、隆一郎に着いて無線がある部屋に向かった。

新たな生存者を助けるために…………。

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