*~第一章~ 家庭
その女性は私の母親だった。
母は入り口から一番遠くの席についていた。
朝から身支度は万全に施して、いつどこに外出してもいいような
派手すぎない清楚感のあるドレスを見事に着こないしている。
その右で母と共に食事をしていた金髪のツインテールで青い目をした女の子。
私の妹である「風遊」という。
彼女は私と違って母の美貌を受け継いだのか目鼻立ちがくっきりとしていて
地毛とは思えないほどの金髪が浮かないくらいの美少女である。
風遊も手を止め私を横目で見るが、また料理に目を戻して食べ始めた。
これも"いつも"のうちだ。
母も言葉は交わすもののほんの挨拶程度。母は妹に付きっ切りで妹を溺愛している。
私はそれに反感を買ったこともあったが、今ではそれが私の家庭の"いつも"なのだ。
私が食事をとろうと、入り口から一番近い席に座ることだって"いつも"のうちなら、
母と一番遠い席を選ぶ私の心境も、実際のこの物理的距離、心理的距離も"いつも"のうちである。
私が席につくと同時にシェフがいつものように朝ごはんを私の前に出してくれる。
シェフはいつも料理について説明をしたがるのだが、あいにく私は料理に興味がない。
シェフが自慢げに言う素材の価値やら、香辛料のバランスやら、
私はおいしく食べられたらそれでいい。
それにやっぱり朝は時間があまりない、といいつつまだまだ出発時間には余裕がある。
私が朝から焦るようなことをしたくないだけなのだ。
だからアラームは出発の一時間前に設定するし、せめて優雅に朝食を食べる。
そのときシェフの料理自慢はBGMとして不向き、それだけの話である。
母と妹が食事を終え、席をたって母が食堂から出て行く間際に
「今日もいつも通りまっすぐ帰ってきなさい。」と言った。
何かコレは特別なことがあるのだとすぐに悟った。
だってあの母親が私を心配することはないし、
だからと言って毎日寄り道もせず帰宅している私に今日は念を押して
「帰って来い」というのだ。
今日は・・・特に大した予定のある日ではないはずだ、祖父や祖母の誕生日でもない。
家族の誕生日でも、何回忌でもない。
だとすればなんだ?
私も参加しなければならないイベントで、どこかに行くのだろうか?
だとしたら「お金持ち」同士のパーティやら何やらなのだろうか?
それが何にせよ、私は帰らなければならない。
帰れない理由も、予定も遊びに誘う友人もない。
母の言うとおりいつも通りまっすぐ家に帰ってきた。
でも、結局何もなかった。
自分だけで驚いてしまったが、今日も一日帰宅してから
特別なイベントやパーティへの参加もなく私はあっけにとられたが、
安心のせいか、日々の疲れのせいか、夕方自分の知らぬ間に眠ってしまっていた。
起きたのは23:44。思いがけない痛手を踏んでしまった。
この家は、というか母は特に時間に厳しい人であって
こんな時間に起きている中学生なんて探せばごまんといるのだが、
昔、不謹慎だと怒りを爆発させていたことがあった。
が、私だって熟睡してしまっていたのだ。そして今起きてしまったのだ。
目を閉じてみるが、すっかり覚めてしまった。
気づくと布団もかぶらずベッドにうつぶせたまま
寝てしまっていたようで体が冷え切っていた。
「寒い」とひとりごとをこぼしてみれば息が白くなるほどに気温は低下しているらしい。
電気もつけずにベッドの上で座っていると、寒気がぞくぞくとしてきた。
すると、案の定トイレに行きたくなってしまった。
こうなるともう頭がトイレから離れない。
いくら今更布団に包まったって、寝ようったって寝られない。
仕方なくこっそり部屋を抜け出して
螺旋階段を降りトイレへ入った。
水を流す音が大きく響く。私はただただ母に見つからないように祈るしかない。
そうしてまた忍び足でラウンジを歩いていると
クシャ と何かを踏んでしまった。突然のことにびっくりして飛び上がる私。
だが大声も上げられない、大きな音も出してはならない。
心臓の音さえうるさく感じながら真っ暗なラウンジに落ちているものを
目を凝らしてみてみると
「・・・ただの、紙?」
丸めて捨てられたメモのようだった。
大きさは手のひらより小さく、何か書かれているようだが
ここは暗すぎて文字まではさすがに読めない。
「・・・あはは」
聞こえてきたのは甲高い女性の声。
さっきとは色の違うような心臓の音に続いて、私は一気に手汗をかいている。
(だれ?こんな時間に。母や妹はこの時間なら寝ているはず。
だれ?・・・まさか泥棒!?)
心の中で緊張と焦りと恐怖が入り混じって冷静さを失いながらも
声の行方を捜していると、かすかに食堂に灯りがついている。
(食堂?何?やっぱり泥棒なの?でも食堂には金目のものはないだろう。
だったらもうすぐ出てきてしまうのか)
一人でに頭がぐるぐる思考を始めて高まるのは心臓の脈ばかり。
(おちつけ、冷静にならなくちゃ。)
そうして勇気を振り絞って食堂のドアへ近づいていった。
両開きの片方のドアがかすかに開いている。
やっぱり小さい灯りがついていた。
中をみるほど勇気を持てず、息を殺して耳を声に傾けた。
「やっと今日だね」
幼い女の子のささやくような声が聞こえる。さっき聞こえた甲高い声だ。
「そうね、もう少ししたら言わなくちゃね。」
もう一方で優雅なねっとりとした女性の声が響く。
どう考えても、聞いたことのある声だった。
母と、妹だ。
だけどどうして?
こんな夜中に、しかも食堂で灯りもほんの少ししかつけずに・・・
私に、隠れて?
特に妬む意識はなかった。ただただ疑問しか湧かない。
だってあんなに夜更かしを怒っていた母が今こうして妹と笑って会話をしている。
それは、私を夜更かしさせないため。ということは
この密会を私に隠す為だったということか?それともこれは今日だけ?
今日だけ?・・・帰って来いと言った今日だけ?
どういうこと?夕方ではなくこんな時間に何かあるということ?
しかも「もう少し」?
「馬鹿よね、あの子も。気づいてもおかしくないくらいなのに」
「それは仕方ないよお母様。だって、馬鹿だもの。」
甲高い声でわらう妹。誰の話を・・・まあこの流れで行くと私だ。
しかし何?なぜこんな時間に何かがあると・・・?
「お父さんさえいなければ、あの子がここにいるはずもないのに」
急に母の声のトーンがどす黒い低いものになった。
妹は慣れた様子でそれに相槌を打っている。
「あんな子、どうして私の子供だと言えるのよ。あんな汚い子。」
「汚らわしい」
「捨てられたまま、死んでしまえばよかったのに」
「私の位置も奪われたのよ、お母様」
「そう。風遊ちゃんの長女という位置まで奪った、あんな汚らわしい子」
「ああ。やっぱりそうか。」
つぶやいた私の声なんて
私にしか聞こえないほど、心の声か実際に声に出たのかわからないくらい小さな
私がつぶやいたその一言なんて誰にも聞こえなかっただろう。
だけど、振り絞ったつもりだったんだ。
その一言でスイッチが入ったかのように
私はドアを自分の限界まで力を出して蹴り開けた。
小さな灯りの逆光となって、
おそらく恐怖と驚きが混じった表情を見ることができなかったのが残念だが
それでも、何も考えられないくらい私の心臓は高く脈を打っていた。馬鹿みたいに。
私は呼吸と脈を整えるためにうつむいて肩を上げ下げしながら息をした。
どうして私がこの二人に、この状況で恐怖しなければならないのか。
どうしてこんなに悲しまなければならないのか。
どうして私は、この家にいるんだろうか。
私が顔をあげた瞬間灯りがいつもの明るさでついた。
いきなりのまぶしさに目を一瞬傷めたが、そんなこと構わずに二人に目を向けた。
おしゃれで高そうなパジャマを着て二人でお茶をしていたらしい。
その証拠に紅茶の残り香がドアを開けた瞬間から私にまとわりついてきた。
二人はまだ驚いているようだ。当たり前だろう。
いないと思っていた人の悪口を影でこそこそと言ってる最中にご本人登場のシーンだ。
にっこり笑われていても困る。
なんて思っていると母が真顔に戻り冷静かつ端的にいった。
「いつからいたの?」
なぜこの状況で冷静になれるんだろうか。それが私たちの距離なのか。
なら私だってそれを踏まえて言ってやろうじゃないか。
「もう少しでたのしいことが始まるようですね。こんな時間に。」
「ちゃんと質問に答えなさいよ!」
妹がしゃしゃり出てきて噛み付くような目で私を睨む。
「風遊ちゃん、少し黙ってなさい。」
驚くことに母が妹を制止した。どういう意図かはすぐにわかった
「聞いていたってことでいいのね、そのドアの開け方からして。」
母は片眉をあげて嫌味ったらしくねっとりと聞くが答えなんて待ってもいないようだ。
「あなたは私の子供ではありません。」
母は単刀直入に眉ひとつ動かさず、さらっと言い放った。
「あなたは捨てられていたのです。近所の川の橋の下でね。よくある話でしょう?
まさか、私がその保護者を経験するものとは思ってもみなかったけれどね。
もちろん拾ってきたのは私じゃないわ。お父さんよ。
新しいものや、珍しいものも好きだけど、正義を気取るのも好きな人だから。
私が何とか止めようとしても私が悪く言われるのよ、酷い仕打ちよ。
その頃には私のおなかにはもう風遊ちゃんもいたのに!
あげくの果てにお父さんは結局外国で事業を展開している途中だったから
すぐに飛び立ってしまって、私一人で見ず知らずのあなたの世話をしたのよ
愛せるわけもなかったって結果が今よ。」
ため息をついて自分の爪を見つめる母。
その爪には先週された、綺麗なネイルアートが施されているはずだ。
「でもね、それを解決するものがあったのよ。
あなたは今から寮に入ってもらうの。学校のね。
だけどもちろん今の学校じゃない。そこから勧誘が何度も来ていてね。
そこは一般人じゃ入れない学校らしいの、いいでしょう?
周りからの評判もまた上がってしまうわ」
クスクス嬉しそうに爪を見ながら笑う母は妖艶な悪魔のように見えてくる。
「だから、今から支度しなさい。10分よ。
さあ、はやく!」




