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歌劇団の囚人  作者: 青識or惣菊


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7/11

1-7 転

翌朝

 彼はいつも通り家を出た。

 荒れた部屋は最低限だけ片付け、倒れた椅子も、散った紙も、すべて元の場所に戻した。


 顔を洗い、鏡を見る。


 目の下に薄く影はあるが、それだけだ。


「……大丈夫だ」


 誰に言うでもなく、そう呟く。


 稽古場の裏口を押すと、

 聞き慣れた足音と声が流れ込んできた。


「おはようございます!」


「今日はいよいよ通しだな」


「緊張するよな」


 俺も同じように声を出す。


「おはよう!」


 それだけで、何も違わない。


 彼女はすでに中央にいた。


 譜面を手に、団員と確認をしている。


「あ、先輩!おはようございます!」


 明るい声。

 昨日と変わらない、無邪気な笑顔。


「昨日教えてもらったところ、すごく助かりました」


「良かったー」


「今日も、よろしくお願いします!」


 彼は頷く。

 それ以上の言葉は出さない。


 周囲の団員たちは、自然に彼女を中心に集まっていく。

 誰も意識していない。

 それが一番、残酷だった。


「主役が板についてきたな」


「さすがだよ」


「新人とは思えない」


 その言葉が、

 彼の耳を素通りする。


 稽古は滞りなく進む。


 彼は正確に動き、

 正確に歌い、

 正確に、支えた。


 何事もなかったかのように。


彼女が初主役で完璧すぎる成功を収める舞台


 夜。

 客席は埋まり、ざわめきが天井に溜まる。


 幕の向こう側で、彼女は深呼吸をしていた。


「……大丈夫かな」


 不安そうに呟く声に、

 彼は近くから答える。


「大丈夫だよ。

君は凄く頑張ってきたじゃないか」


 それは嘘じゃなかった。


「……ありがとうございます!」


 幕が上がる。


 舞台は、彼女のものだった。


 第一声で、空気が変わる。

 観客が息を呑むのが、はっきり分かった。


 声は伸び、

 動きは自然で、

 感情は溢れているのに、決して乱れない。


「……すごいな」


 誰かが小さく呟いた。


 彼は舞台袖で、それを聞いていた。


 鐘楼を見上げる彼女の姿。

 希望を語る声。

 絶望を越えて、再び歌う終幕。


 完璧だった。


 ミスは一つもない。

 迷いも、怯えも、客席には届かない。


 幕が下りた瞬間、

 割れんばかりの拍手が起こる。


 歓声。

 喝采。

 名前を呼ぶ声。


 それは、彼女の名だった。

俺が一度たりともたどり着いたことのない景色を見てるのだ。


俺が「支える者」として強いられる瞬間


カーテンコール。


 彼女が中央に立つ。

 団員たちが左右に並ぶ。


 彼は一歩、彼女の後ろの位置だった。


「すごかったな!」


「初主役であれは化け物だ」


「これからは、彼女の時代だな」


 周囲の囁きが、拍手に混じる。


 彼女は深く頭を下げ、

 涙ぐみながら笑った。


公演は無事終了した。

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