1-3 劇
「さあ!今日も素晴らしい一日の始まりだ!」
声が、思ったよりも遠くまで届いた。
天井の高い劇場に反響し、わずかな遅れを伴って自分の耳に返ってくる。
――大丈夫だ。
胸の奥で、そう思った。
舞台の上の彼は、船大工の青年だった。
朝靄の運河に立ち、まだ眠る街を見渡し、
誰に聞かせるでもなく未来を信じる男。
客席が、静まっている。
咳払いも、衣擦れの音もない。
仮面の貴族も、商人も、舟で来た市民も、
皆が舞台の上に視線を向けていた。
台詞を重ねるたび、
体が少しずつ軽くなっていく。
恐れていたはずの視線は、
今はただの光だった。
次の場面へ移る合図。
仲間の役者と目が合う。
一瞬だけ、微かに笑われた気がした。
鐘楼の場面。
舞台装置の奥に、黒く沈む塔が現れる。
疫病で人が去り、
陰謀で信頼が崩れ、
それでも青年は、最後に一人で塔に残る。
彼は鐘に手をかける。
沈黙。
その一拍の間、
劇場全体が息を止めた。
そして――
彼は、鐘を鳴らした。
舞台上の音と、客席のざわめきが重なり、
それは本物の朝のように響いた。
その瞬間、彼は思った。
――ああ、俺は今、ここに立っている。
平凡だった日々も、
冷えた白パンも、
名もない役も、
全部このためにあったのだと。
幕が下りる。
一拍遅れて、
拍手が起きる。
それは最初、ためらうようで、すぐに波のように広がった。
彼は仲間と手を取り合い深く、深く頭を下げた。
誰かのためではない。
ただ、自分がここまで来たことに対して。
舞台の上で、
彼はもう一度だけ、静かに息を吸った。
明日も素晴らしい日が来ると信じながら…




