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歌劇団の囚人  作者: 青識or惣菊


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11/14

1-11

公演後、舞台前に簡素な席が設けられた。

支援者や常連客を前に、団長が短い挨拶をする。


拍手のあと、彼女が一歩前に出た。


光を受けて、少しだけ頬を赤らめる。


「本日は、ありがとうございました」


声はよく通り、震えもない。


「この舞台に立てたのは、私一人の力ではありません」


彼は、嫌な予感を覚えた。


「特に……先輩方の支えがあったからこそ、ここまで来られました」


一瞬、視線がこちらに向く。


「毎日、稽古に付き合ってくださって。舞台の立ち方も、声の出し方も、全部……」


微笑みながら、はっきりと言った。


「先輩に、教えていただきました」


客席から、感嘆の声が漏れる。


「ああ、なるほど」


「だからあんなに安定していたのか」


拍手が起きる。

彼に向けられたものではない。

彼を“土台”として認識した拍手だった。


彼女は深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」


彼は、頭を下げ返した。


その瞬間、

彼は舞台の中心から一歩、正式に退いた。


Ⅱ.支える者


人の輪ができる。

支援者、商人、顔なじみの客。


「いやあ、素晴らしい主役でした」


「若いのに、大したものだ」


誰かが彼に気づき、声をかける。


「あなたが指導されていたとか」


「ええ、まあ……」


「やっぱり、裏にしっかりした人がいると違いますな」


別の男が頷く。


「舞台は支える人がいてこそです」


その言葉は、賞賛の形をしていた。


「あなたみたいな方がいるから、彼女が輝ける」


彼は笑おうとした。

だが、口元がうまく動かない。


「次の公演も楽しみです。

主役はもちろん彼女で」


当然のように、そう言われる。


誰も、彼に役の話をしない。

もう決まったこととして扱われている。


「いや、先輩がいなきゃ始まりませんよ」


彼女が明るく言う。


「これからも、よろしくお願いします」


その言葉に、逃げ道はなかった。


Ⅲ.歪んだ希望の夜


夜。

彼は部屋に戻り、灯りもつけずに座っていた。


耳に残るのは、

「支え」「裏方」「教えた人」

そんな言葉ばかりだ。


台本を開く。


主役の名前。

彼女の名前。


その下に、小さく書かれた文字。


―― 代役


ふと、目が止まる。


(……代役)


それは、舞台ではただの保険だ。

誰かが倒れたときの、影。


だが今夜、それは違って見えた。


(もし……)


指が、文字の上をなぞる。


(もし、彼女がまた“怖くなったら”)


(もし、声が出なくなったら)


(もし、舞台に立てなくなったら)


胸の奥が、熱を帯びる。


(その時、立つのは……)


自分だ。


彼は、ゆっくりと息を吸う。


(俺は、知っている)


彼女の弱さを。

震えた声を。

夜の闇で見せた、不安を。


(支えられるのは、俺だけだ)


それは希望だった。

だが同時に、

彼女が落ちることを前提にした希望だった。


彼は台本を閉じ、胸に抱える。


ランプの火が、静かに揺れる。


その夜、彼は初めて、

「代役」という言葉を

祈るように思い浮かべながら眠った。

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