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ここが村なら、俺たちの住んでるところはなんと呼べばいいんだよ。
それが、真一の村の入口に立ったフォウの第一声だった。
名前に村という文字がついているだけの地方行政区画、といった風情の街並みだった。ビルもあればマンションもある。人もたくさん住んでいる。インフラも充実している。
古い瓦葺の旧家が並んでいる一画もあったが、聞けばわざと景観を残しているとのこと。村内に中学校と高校はひとつずつしかないが、小学校は二つもあって、互いをライバル視しているのだそうだ。
農地が広がり山々が都会よりはずっと近く見えるあたりが、かろうじて田舎らしさであろうか。
「コンビニもいっぱいあるしさ。商店街もある。これのどこが村なわけ?」
「日本では、村にもいろいろある、ということじゃないかな」
和彦も興味津々であちこちを眺め回しながら、生返事でフォウに応えた。
隣を歩く洞口親子は、住んでいる土地をほめられても、特に嬉しそうにはしていなかった。
「見かけは小奇麗な小都市ですがね」
洞口氏が呟くように言った。
「中身はやはり、旧態依然とした日本の村社会なんですよ」
真一もむっつりと黙り込んでいる。おびえているようにも見える。
父親の手は拒否したが、フォウに差し出された手には取りすがり、しっかりと握ったままだ。
尊敬するプロの霊幻道士がいてくれたら、意地悪なクラスメートに出会っても大丈夫だ、と自分に言い聞かせているのだろうか。
くいしばってへの字になった唇が、和彦には哀れに思えた。
街角で、何人かの村民が議論していた。
中年の男が何やら激しく主張し、周囲の年配の男女がしきりに頷いている。
はっとして、洞口氏がそちらから顔を背けた。向こうも洞口氏に気付き、いっせいにこちらを向いた。
全員が意地悪な顔をしていた。
「おや、洞口さんがお友達を連れてお帰りだよ。こいつは珍しいですな」
「あんたにしては、ずいぶん若いお友達だわねえ。しかも一人はなんだい、映画スターかい。ずいぶんなイケメンをお連れでないか。どうしたね、その人を使って若い娘っ子から人気取りでもするおつもりで連れてきたのかね」
顔つきだけでなく、喋る言葉も言い方も意地悪の極みである。
あまりにあからさまなので、逆に和彦はびっくりしてしまった。
「どうだね、里帰りは楽しかったかね」
「はあ、まあ」
「確かお父さんが北で牧場をされてるんでしたな。いいですな、いつでも逃げる場所のある人は」
「そう言いなさんなよ、じいさん。洞口さんはしょせん、うちの村のお人じゃないんだから」
「だからといって、そんな言い方もよくないだろう。なにしろ息子さんは、村で一番の旧家の、最後の生き残りだからな。みんなで大切に育ててやらなくちゃ」
それが残酷な冗談であることは、いっせいに冷たい笑いが起きたことでよくわかった。
洞口氏はぐっと拳を握りしめ、こらえてている。真一がキッと顔を上げて大人たちを睨んだ。
「おお、こわ。にらんでるよ、いっちょまえに」
中年女がせせら笑った。
「真一ちゃん、おばちゃんにはいいけど、学校のお友達にそんなふうな目つきをしちゃいかんぞね。ただでさえ都会風を吹かせて好かれておらんのに、ますます嫌われてしまうぞな」
「……なんだぁ? このおばさん」
「フォウくんっ」
慌てて和彦はフォウの袖を引いたが、カッとなったフォウがそんなことで止められるはずもない。
「おい、おばさん。ヨソモンが気に入らねえってのは今のストレートなパンチで十分に伝わったけどよ。そんな殺傷力の強いパンチを子供にまっすぐ打ち込むのはあんまりじゃねえか?」
「な、なんだいあんたは」
「ヨソモノだよ」
フォウがぐいと胸を張る。
「ヨソモノだから遠慮なく言ってやるが、あんたらそう親しくもない相手に向かって失礼すぎるぜ。ましてや子供相手にイヤミを言って、それでなんか気持ちがいいのかい。いいんだとしたら、かなりのヘンタイだな。病院で診てもらったほうがいい。幸いこの村には、設備のいい総合病院もあるみてえだし」
「なっ、なっ」
中年女を始め、村人たちは赤くなったり青くなったり。
何か言い返そうとするが、フォウの剣幕に押されて無意味に唾を吐き散らすばかりだ。
「な、なんにも知らないくせに! でしゃばるんじゃないよ、よそものが!」
ついには捨て台詞を残して、全員がそそくさとその場から立ち去ってしまった。
「フォウくんったら」
和彦は溜息をついてフォウの脇腹を小突いた。フォウも我に返ったようで、あちゃーと言って頭をかいた。
「すんません、洞口さん。つい頭に血がのぼっちまって。これであんたの立場がもっと悪くなったとしたら、申し訳ない」
「いいえ」
洞口が苦笑しつつ首を振った。
「かえって胸がスッとしました。そうですね、何を言おうが立場が好転するはずもないんですから、我慢していないで、フォウくんみたいに言いたいことを言ったほうが、かえってすっきりするのかもしれませんね」
ぎゅっと、真一がフォウの腕にかじりついた。
厳しい顔つきは変わらないが、目が小さな勝利感に輝いている。
フォウに対する信頼がさらに増したと見えた。
和彦はもうひとつ溜息をついた。
これで真一がフォウの真似をするようになったら、またぞろ面倒なことが起こるに決まっている。
フォウが強い言葉を使えるのは、強い心がその裏側にあるからだ。
相手に何を言われようが折れない強さがないうちは、一人で大勢を相手にするべきではない。
和彦にもう一度突っつかれるまでもなく、フォウもその危険は理解していた。
「いいか、真一くん。ケンカにはやり方があるんだ。俺がゆっくりそれを教えてやるから、自分で勝手にケンカを始めるんじゃねえぜ。わかったな」
「……うん」
「今のケンカは、俺がここに長居する人間じゃないからこそできたんだ。お前はこれからもこの村に住むんだから、そのことを考えて……」
「住まないよ!」
急に、真一が声を荒げた。
「こんなド田舎のきったない村なんかに、いつまでも住んだりするもんか!」
「真一!」
疲れた声で洞口がたしなめた。
「なんてこと言うんだ。ここはママのふるさとなんだぞ」
「でもここの人たち、ママのこと嫌ってるじゃないか!」
「そんなことはない」
「あるよ! パパは見ないふり聞かないふりしてるだけだ! みんな陰ではママやママの家のこと、いろいろ悪口言ってるんだ。いいや、陰だけじゃない。大人は陰口だけど、学校の連中は面と向かって俺に言うもん!」
「言うって、何を」
「何って……」
そこで急に真一は口ごもった。
「い、意味はよくわかんないけど……お前の家はメカケをいっぱい取ってなんとか家を続けてきたけど、やっとのことで子孫がお前ひとりにまで減ってよかったとか。息子を連れて出て行ってくれたからせいせいしてたのに、本人は死んでも息子が戻ってくるなんてがっかりだとか」
「なんだぁ、そりゃ」
フォウが目を丸くした。
「ひっでえ言いようだなあ。それ、真一くんのクラスメートが言うのかよ。大人の口マネをしているとしても、そいつはひどすぎだ。ようし、ここは俺がきっついお灸をすえて……」
「フォウくん、フォウくん」
和彦は慌ててフォウの腕を掴んだ。
「頼むから落ち着いてくれよ。僕たちがここに来たのは、真一くんが見たという幽霊話を検証するためだっただろう?」
その裏には、幽霊話にかこつけて学校の仲間を見下そうとする息子の態度を改めさせたい、という洞口氏の父親としての思いがある。
それなのによそからやってきた、しかも外国人の霊幻道士が真一の味方になって子供たちに脅しをかけるのでは、洞口氏のもくろみが台無しだ。
「大丈夫だよ、和彦さん。俺だって子供相手に暴言吐いたり暴力奮ったりはしねえよ。それどころか、仲良くなろうと思ってお配り用の駄菓子まで用意してんだぜ。ほら」
フォウはジャケットのポケツトからごそごそと菓子袋を引っ張り出そうとした。
和彦は呆れた。
出発のときから両側のポケットをぱんぱんにさせていたから、てっきりそこには除霊道具が入っていると思っていたのだ。
それがすべて駄菓子だというのだから、呑気にもほどがある。
つまりはそれだけ、フォウが真一の語る幽霊話を信用していないということの表れでもあろう。
真一が勢い込んで語る目撃談をしかつめらしく聞いていたのが全て演技だったのだとしたら、なんでもすぐ顔に出るフォウとしては上出来の部類だ。
「妻の家は旧家でしたから」
洞口氏が解説を入れる。
「子供の悪口のとおり、家系の最後の一人が私の妻だったそうなんです。古い家のしきたりで結婚相手は親戚の中から選ばなければならなくて、そのときたった一人生き残っていた遠縁の男性と結婚したはいいものの、相手は妻より三十歳以上の年上というひどい条件で。
真一が生まれてすぐにその男も流行り病で死に、妻の両親も同じ病気に感染して……それで真一を連れて、思い切って都会に出て……」
「あなたと出会って、幸せになったんですね」
和彦の励ましの言葉に、洞口氏は力なく首を振った。
「早死にの家系なんだと、妻はよく言っていました。けれども真一には半分あなたの血が流れている、だからきっと運命から逃れられる。何度も何度も、祈りのように口にしていました。
妻は……本当は、真一をここへ連れてきたくはなかったのかもしれません……」
真一のためと言いながらも、洞口氏にも妻に対する未練の気持ちがあって、愛する人の生まれ育った故郷という存在にふらふらと引き寄せられてしまったのだろう。
その気持ちを断罪する権利は誰にもないと和彦は思った。
ただ、誰かが彼の思いを断ち切らなければならない。
洞口爺フォウを選んだ裏には、そういう意図もあるはずだ。
炎のような気性の霊幻道士。確かに洞口爺の選べる範囲内では、最善の人選といえる。頑固ジジイの、かなり強引な人選ではあるが。
その息子の気弱な洞口氏に案内されて家に着いた。
うわあとフォウが声を上げるほどの立派な家だった。
さすが旧家というだけのことはある。親戚が何組も住んでいた時代もあったとのことで、大きな母屋だけでなく、離れの家が何軒もあって広い中庭を囲んでいた。
しかし今は、ここに住むのは洞口氏と真一の二人だけ。
彼らが住む母屋の一画以外は障子も雨戸も閉め切っているとのことだった。
「ですから、奥のほうにはもっと広くて立派な部屋もありはするんでしょうけれど。お二人が来てくださると事前にわかっていれば、よい部屋をみつくろって掃除もしておいたんですが」
「いえいえ、とんでもない。それほど長居をするつもりもないですから、お気になさらず」
とりあえず、入口に近い部屋の戸を開けて風を入れ、簡単に畳の上をほうきで掃いた。
真一がふうふう言いながら、別の部屋から布団を運んできてくれた。
布団も山のようにありはするがどれも黴臭くて使えない、けれどこれは自分たちが洗い替えのために日に干ししていたものだから大丈夫だ、と得意げに説明してくれた。
「幽霊は僕たちと和彦さんと、三人で夜に出るんだよね! だからフォウくんも和彦さんも、夜まで寝ておいたほうがいいよ」
「俺は平気だよ、夜は強いから」
夜更かしは平気なくせに朝は起きないフォウが、自信たっぷりに言った。
「けど、和彦さんは寝ておいたほうがいいかもね。じゃあ、夜になるまでちょっと部屋で休ませてもらおうかな」
夕ご飯は店屋物でも取りますから、と恐縮しつつ洞口氏が言った。そのほうが洞口氏にも負担をかけないだろうと思ったので、和彦はぜひそうしてくださいと言った。
フォウはさっさと部屋に荷物を置いて、和彦を手招きしている。
和彦が部屋に入ると、ふすまをぴたりと閉じた。
ふすまの合わせ目にぴたりと耳をつけて、外の様子をうかがっている様子だ。
「どうしたんだい、フォウくん」
「しっ」
どうやら、洞口親子がいなくなるのを待っているようだ。
「あのさ。もし洞口さんや真一くんが来たら、俺は外の空気を吸いに行ったとでも言っといてくれよ」
「何をする気なんだい、フォウくん」
「ちょっと気になるんだ」
「何が?」
「この家が」
その返答に驚いて、和彦は部屋の中を見回してみた。
自分たちの村のものよりも数段レベルは高いが、それ以外はなんの特別なところもない、典型的な日本の旧家屋に見える。畳に押し入れ、襖に障子。隅に置かれた布団も含めて、気になるところは特にない。
「うん、そう見えるだろう? たぶん洞口さんにも真一くんにも、そう見えてるんだと思う。……だからこそ俺は真一くんの霊感ってやつは嘘だと思うし、けれども廃墟へそれを確かめに行く前に、ちょいとこの家の中を確かめておきたいんだ」
「確かめるって、何を」
「過去の残滓を」
そう言ったフォウの顔は常とは違って、プロの霊幻道士のものになっていた。
だから和彦も黙って、音もさせず家の奥のほうへ消えていくフォウを見送るしかなかった。




